3年の時が流れた 

2014年11月18日(火) 17時25分

3年前の11月18日の晩に‥
愛犬ニコラは永久の眠りにつきました。

添い寝していたわたしの傍らで‥


夢の中でわたしは、ニコラにねんねー‥と
あやすように声をかけていました。


きゅーんと微かな小さな声で、わたしに知らせていた
ニコラは‥


シコンノボタンの花言葉は
平静、謙虚な輝き、ひたむきな愛情、勝利‥


ニコラ‥ずっと、毎日想っている。
わたしは、ニコラから限界まで自分以外の存在を
深く愛せる事を学んだ。

だから、これら以上に、わたしを愛せますか?
の、答えに、はい。と答えることができると
ニコラへの愛情が根拠になったの。

ありがとう、ニコラ‥
ママはずっと、ずっと、ニコラの事
想っているから‥
まっててね。

必ず、きっとまた逢えると
信じているわ。



また、明日。 

2013年11月18日(月) 5時25分

私は‥ニコラに毎晩、おやすみなさい。また、明日♪
‥と言っていました。

それが、日課のひとつでした。
1日の終わりの挨拶の言葉でした。


ニコラが可愛くて可愛くて‥朝になるのが楽しみで、
明日に続く今日を無事に終えられたことが
感謝と安堵の事柄で‥

私たちは、そんな幸福感に包まれて
眠りにつく時間が幸せでした‥

ビットもいっしょに寝息を立てて、
みんな平和な気分で眠っていたものでした。

今は、誰もいないひとりぼっちの世界です。
ニコラがいなくなって2年が経ちました。


夕方から闇夜になると一歩も外に
行かなくなりました。
昔のように、怖がりになり、いつも不安で
後ろを振り返りながら急ぎ足で歩くようになりました。

高いマンションの階段踊り場に立つと突然、急に
飛び降りたい気分に急き立てられることが
多くあるようになりました。

自分なんか生きる価値などない。などと思えるのです。
ですから、今一度、命について深い認識と
与えられた尊い命に対する熟考をしないとなりません。

与えられた命について‥健全な考え方をして
自分の中で沸き起こる発作的な気持を
矯正しないとなりません。

ニュースやテレビなどの、命を軽んじる風潮と
あっけなく花びらのように散りゆく命の多さに
空しさと絶望を感じてしまいます。

常習的にそうした話題や空しさを感じ
‥価値観がずれているのかもしれません。


でも、正直な気持‥ニコラのいない世界で生きることは、
本当に本当に寂しいものです。

また、明日♪‥とニコラの鼻の頭と丸いおでこに
おやすみなさいのキスをして眠りについていた
あの晩がひどく懐かしいのです。

ずっと、続く日常と思っていた。
いいえ‥確信していた。
根拠などなく、現実は逆を意味していたのに‥


また、明日♪
‥と朝に目覚めことが楽しみだったあの日は
‥素晴らしい日々だったと微笑みながら眠る毎日です。

ニコラに逢いたい‥


ニコラの夢 

2013年10月02日(水) 21時25分

今朝、ニコラの夢を見ました。
目の前に、突然、ニコラの顔が現れて

驚く私と、なにかをしている私
最初は、二人いるようでした。
でも、夢の中で私は一人になりました。

ニコラをラジオフライヤーにのせて
お散歩しようとしていたところでした。

なぜか、兄か弟がいっしょでした。


ニコラはおとなしく乗っていたのでしたが
電信柱の側に近づくと、自分から降りて
地面に伏せました。

私は、あわてて、起き上がらせようとすると
なんと!ニコラはスクッと立ち上がって
スタスタと歩くのです。

そして、勢いよく、健康的な綺麗ないつもの
いつもどおりの色のオシッコをしました。


私は、よしよし!ニコラ、グーッド!と
笑顔で褒めました。

ニコラは嬉しそうに甘えた足取りで
シッポをブンブン振りながら
喜んで、笑顔のニコラで
とっても、ご機嫌みたいに

しゃがんでいる私の腕の中に、
胸に跳付くように
飛び込んできました。


私は、ニコラをしっかりと抱き抱えて
ニコラの息遣いが肩と頬にかかり

私は、涙が出そうになるくらい
とても嬉しくて、嬉しくて‥

夢みたい!これは、夢?夢なの?
夢みたい!‥と、夢のように
嬉しいと、大喜びで‥


ニコラ、ニコラ!
ニコラ、ニコラ!
と、もっと、ギュッと抱きしめようと
抱えていました。

でも、抱きしめた感触が感じられなくて
それでも、ニコラを抱きしめたくて

ニコラの名前を呼びながら
嬉しくて、嬉しくて‥

夢みたい、夢なの?
夢みたい!
ニコラ〜!とさらに、ギュッと抱きしめながら
目が覚めました。

目覚めてから、一日中
夢の中の幸せな余韻に浸っていました。

素敵な夢‥
ニコラが死んでから、もうじき2年
初めて見たニコラの夢でした。


ビットの死 

2013年08月26日(月) 10時14分

今朝‥私の腕の中で、目を最期まで
しっかりと見つめあいながら‥
ビットは息を引き取りました。

もうじき、18歳になるビットでした。
17歳10ヶ月22日の生涯でした。

コニーちゃんの弟でニコラのお兄ちゃんでした。
ほんとうに物わかりのいい、
気だてのいい、優しい猫でした。

ビットどうもありがとう。


湿度の高い日が続く中で
エアコンを冷房にして、快適温度を
保っていたけれど‥
浅速呼吸がひどくなってしまい‥

ビットは気管支喘息と肺の状態が悪くて
気管支拡張剤のテオロングを投与して
朝には鎮痛剤のシロップのメタカムを
与える治療を始めたばかりでした。


それまでは、ステロイドとコンベニア注射と
考える苦慮された方法でしたが
完治の望めない、緩和状態のような
そんな感じでした。


2011年の秋にニコラが死んでから
ひとりぼっちになって、寂しい思いをしながら
生活していたビットでした。

昨日は、ビットが仔猫の時に遊んであげている時
よく、歌っていた、びったん♪ゴ〜ロゴロ♪
びったん♪グ〜ルグル♪と、歌うと覚えていて
いたずらっぽく目を動かしていました。


シリンジでフードを与えたり、お水を飲ませたりと
いつもとは違う出来事をする時には、いつも
動物たちは危害としかみてくれないのかと
思って悲しい思いをしたけれど‥

シリンジで与えたフードをおかわり‥と
側にやって来た時は、嬉しかった。

呼吸器疾患は可哀想なくらい
苦しそうで辛かったと思います。
観ている私もなんとか楽にしてあげたくて
ほんとうに、いろいろ苦心しましたが‥


命の終わりが近づいていた時に
両手でビットの顔を包みこむようにしながら、
呼吸が楽になるように姿勢を気をつけて
あげていたけれど‥ただ、それは
苦しみを長引かせるだけだと観て悟った時に、

ビットが恐がらないように
優しく負担にならないように
撫でて呼びかけていました。

ビットはずっと、私を見つめて、
最期までずっと、私の目を見つめていました。
ありがとう‥優しいビット







そこに見慣れた形があった‥ 

2013年08月15日(木) 17時15分

広い会場の斜め前の座席に
後ろ向きに座っていた
おじいさんの頭に目が止まった。

はげていて、土星みたいな髪の毛に
縁取られている。

私が注視したのは禿げ頭の形‥
レトリバー特有の突起がある頭頂部に‥
とても良く似ている。
凝視してしまった。


見覚えのある頭の形と大きさに
いつのまにか、懐かしさを憶えて

懐かしい‥垂れ耳つけたらまるでニコラ
‥目を閉じてから、もう一度みた。

やっぱり、ニコラ‥
頭の形が大きさもニコラとおなじ‥

涙がみるみる溢れて来て‥
すべてが幻影のように思えてきた。


じっと見つめていると‥
おもわず手を差し伸べて、優しく頭を
イイコ、イイコ‥と撫でてしまいそうになった。

無意識に空中に浮いた右手を
意識的に急いで左手でおさえた。

急に頭をイイコと後ろから撫でられたら‥
おじいさんはさぞかし驚いたでしょうね。


あとで、友人にこんなことがあったの。と
話したら‥友人は吹き出しながら
涙目で真剣に語る私に笑いをこらえながら‥

ほとんど爆笑しながら、私の話しを聞いていました‥。


シリアスな私の話しは、なぜかいつも
笑い話へと繋がってゆく‥


ビット17歳10ヶ月の夏 

2013年08月07日(水) 12時00分

もうじき18歳を迎えるビットの夏
午前3時起床、ご飯の催促、そして
午前4時から7時にかけて、おかわりの催促
ビットは朝に集中して、ウェットフードを
3袋は食べています。


今日は暦の上では立秋ですが‥猛暑の中
動物病院に出かけました。

保冷剤をミニタオルに包み
キュリアス・ジョージ君のバンダナで包み
ビットの簡易クール胸当てを作りました。


ビットは正しく認識して
胸の下に当てて、伏せていました。

ビットの体重は、4.7kg‥
瘦せていました。


もうじき、ビットは18歳になります。
18歳にしては、とても綺麗と先生や
看護師さんたちに褒められました。

ビットは、慢性の気管支喘息です。
浅速呼吸の咳き込みはなくなったけれど
観察していると、呼吸の仕方が浅いのです。


定期検診もかねて、早めに対処します。

レントゲンを撮りました。
前回の状態と比較すると一目瞭然です。

ビットの肺に水が少したまり始めていて
次回、心臓のお薬を投薬するかどうか
方針を決めるそうです。


とりあえず、いつものワンセット
コンベニア注射とステロイド
そして、飲み薬のステロイド

ビットが少しでも苦しくないように
苦しみませんように‥

ビットが18歳を迎える事が出来ますように。

エミール・クラウス展へ 

2013年07月05日(金) 15時25分

エミール・クラウスとベルギーの印象派
展示会へ出かけました。

エミール・クラウスの描く光は優しい陽光のようで、
涙がにじむ絵画もありました。

ルミニスム(光輝主義)と印象派の微妙な相違も
わかるのが実感できたのがやはり‥
エミール・クラウスの絵画をみた時でした。


それは、それは圧巻でした。

他の画家の絵画も素晴らしかったけれど
ルミニスムとはどういう技法なのかが
歴然としました。

ほんとうに、光をたくさんの光を
きちんと描いているのでした。

それも、多種多様にそれも自然体で‥
この、昼休み‥は、涙がにじんでくるほどの
ノスタルジックな気分になりました。

ルミニスムの独自の技法は印象派の域を
超越していますね。

平和、幸福、充足した日々‥
家族の愛情を感じる絵画でした。


この目で、見ているかのような自然な描写と
おもわず、目が眩しい‥と思うような

まばゆく美しい日の光と陽のあたたかさ‥
逆光を利用した美しい光彩

そんなふうに実感できる素晴らしい
コレクションでした。

個人所蔵の作品も多くあったので、
価値ある美術展示会だったと思いました。
観に行けてよかったです。


ステーションギャラリーの移動中、むき出しになった
赤煉瓦と鉄骨があって、そのなかに炭化した木のレンガ?
みたいなのがあって、それは、やはり‥

東京大空襲で炭化した木レンガも、そのまま使用されている。
という説明でした。

東京大空襲の火の海の中で燃えたんですね。
この建物全体が‥そして‥



こうして、復元されて、元どおりになって、
残ったパーツと新たなパーツと絆のように
融合させたんですよね。

震災場所で制作していた津波をかぶった瓦も
ひとつひとつ洗われて、綺麗になって
セットされているのだと知りました。

嬉しくもあり感慨深くもあり‥の歴史的建造物である事を
今更ながらに認識いたしました。


もしも‥エミール・クラウスが
おなじ時代に生きていて‥

グリーンパークで遊んでいる私とニコラを
目撃したら‥

漆黒の光沢から輝きを放つニコラの被毛に
きっと、ペンを取り、ニコラが陽の光を浴びて
笑顔で楽しく過ごす姿を描いてくれたと
思いました。


我が唯一の望みにÀ mon seul désir 

2013年06月24日(月) 7時23分

国立新美術館で開催されている
貴婦人と一角獣のタペスリーを
観に行ってきました。

6枚で1セットのストーリー
À mon seul désir
我が唯一の望みに‥と記されたテントの下で
宝石箱からいくつもの装飾品(心)を
吟味して身を飾ろうとするかのような
そんな印象‥

À mon seul désir‥の作品タイトルの言葉は
アントワーヌ2世と最初の妻ジャクリーヌ
二人の頭文字で囲われていました。

至上の愛情を表しているのでしょうか。


私は、実物を見て‥味覚の貴婦人が素敵だと思いました。
友人は、聴覚の貴婦人がいいと言っていました。
ぜんぶ同一人物とは思えない感じでしたが‥

ミル・フルールという背景の千花模様の花々が
シェイクスピアと重なって‥とても
感慨深く思いながら眺めました。

多種多様な草木や野の草花など‥
オダマキやジキタリスや
スズランやナデシコやスミレなど
実に、見事に繊細に織られているのです。

そこに、動物たち、人たちが配置され
動物たちのモチーフも多種でした。

見知らぬ動物もいました。
実物とは描写や表現が異なる姿の
動物もいました。

例えば、ライオンとかがへんでした。


展示されているタペスリーは6枚でワンセットと
説明がありましたが‥それならば
順序があるのではないかと思いました。

一角獣ユニコーンは伝説の生き物だけど
非常に獰猛で、処女の懐に抱かれて初めて
大人しくなるという。
角には蛇などの毒で汚された水を清める力がある。
‥などという、手なづけるには時間と条件がある
事がわかり当てはめると、まず、人の妻という
それだけで、すでに除外されてしまうけれど

慣れるまで、つまり、触れる事ができる
時間のかかることが最後の触覚なのでは
ないかと考えました。
ストーリーで考えると最後は
触覚になるのが論理的なのですが‥


ですが、視覚のなかで甘えた感じで、
貴婦人のお膝に犬のように前脚をのせる姿を見て、

一角獣に関する深い意味はあまりないと
このタペスリーのストーリーのなかには
あまり、厳格にはないのだと思いました。

展示会場では、周遊するかのように解釈は
お好きなようにとでも配置したのかも
しれないと感じました。

我が唯一の望み、味覚、聴覚、視覚、嗅覚、触覚
‥感慨深く、見つめていると‥


思いの中には、私の愛犬ニコラの面影が‥
たえず浮かんでいました。

帰り道、梔の花の薫る季節‥クチナシの花の香りが、
ふわぁ〜っと漂って‥胸がきゅんとしめつけられて‥

ニコラのハァハァ‥が、いつも私にギュッと
抱きしめられている時のハァハァの息の音が
聴こえました。

‥クチナシの花の香りに思いを馳せ‥

聴覚、触覚、視覚、嗅覚、味覚‥そして、
第六感で私は、ニコラを憶えている。
と、様々なシーンを思い出しました。

それで、私はニコラをほんとうに愛していたと
‥全身全霊で愛していたことを
痛烈に自覚している自分を‥
痛烈に認識させられました。


動物がいること‥ 

2013年06月16日(日) 11時41分

ビットの鳴き声の発声や振る舞い方が
落ち着いて優しくなった。

眼差しもなんとなく、私を気遣うような
優しい慈愛を感じる‥ような気がする。

こうした眼差しは、晩年のニコラがよく
私に向けた優しいまなざし‥。


動物たちって素晴らしい。
命の貴重な重みと敬意を抱かずにはいられない。

私は動物たちがこの世に存在している事、
おなじ世界で共存できている事を
深く感謝している。


この世の中が、人間だけしかいなかったのなら‥。
心の置き場がなくなる人が多いのだろうと思った。

昨日、動物病院で前半は、猫たちばかり‥
帰る頃には、なぜか柴犬ばかりが集まっていた。

好戦的な子がいて、その挑発に乗りかけた
豆芝みたいな小さい犬がお父さんから
拳固されていた。


父親と小学生の男の子と来ていて、拳固された柴犬は、
急いで、その場でお座りしてビシッとアイコンタクトを
父親に向けて、父親の顔色を確認してから‥

息子のお兄ちゃんに目を向けた時に、
エヘッ♪しかられちゃった♪‥みたいな目で
男の子を見た。

その男の子はムスッとした無表情だったのに‥
その柴犬の笑顔に顔をほころばせていた。
うん。というように、優しくうなずいていた。

ごく自然に、本当の姿みたいな感じで。


その子にとって、お互いにとって
お互いが心のよりどころ‥
みたいなのだと感じ入るシーンだった。

微笑ましかった。

信頼の眼差しを飼い主にむける
愛犬の目が愛おしい。


ビットのこと‥ 

2013年06月15日(土) 14時47分

2011年4月の診察時に、ビットは気管支喘息と
診断されて、それが、ずいぶん悪くて
余命宣告されていました。


それから、2年とちょっと経った今、やはりまた
浅速呼吸の頻度が増して、呼吸の仕方も
以前とは異なっているのが心配で
動物病院に連れて行きました。


レントゲンの白い陰はドーナツ型のと
今まで見たこともなかったような‥

肺がんの兆候があると言われました。
慢性の気管支喘息も悪化していました。


苦しくないように、緩和治療しつつ
前回のように、また回復してほしい。

前日の診察時には、抗生剤を注射して
今日は、オシッコ採取して、血液採血
レントゲン検査とリンゲル輸液の注射
そして、コンベニア‥

また、1週間後に動物病院へ


肺水腫になっていくと苦しみが倍増です。
そうならないように‥

それでも、余命宣告受けた日から
ビットは私のケアに答えてくれた。

元気でいてくれたのに‥。

まだ、もう少し、いっしょにいようよ。
ビットは今年の秋で18歳になるのよ。



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