劇団UZAIL 

2006年04月19日(水) 2時31分
表には書けないが今、猛烈に腹が立っている。
頭に来ている。

最近の私のストレス要因は新生活の所為でもあるが、ここ2〜3日は大半がそうでもない。
旧生活にいつまでもこだわってる後ろ向き人間に足引っ張られてる気すらしてきた。
マジ、うざい。前の子との思い出のストラップつけたまんまあの子のこと好きだとか言ってんじゃねえよ。
後輩Yが前に言ってた名言、劇団ウザイル。
マジ、ただ寂しいだけだし。寂しさ→恋にすり替えてるだけだし。
あ゛ーーーーー劇団ウザイルだな。
前の子の時も結局あの子里帰りしてるたった1ヶ月半の間に浮気したし。
純粋に好きで告白してきたあの子のこと、自分の寂しさ紛らわす為に利用したし。
最ッッッ低だよ、表向きいい人やってて。
何が「硬派」だよ。笑わせんな。
浮気相手の子卒業式来なかったの、今思ってみれば絶っ対ぇアイツの所為だよ。会いたくなかったんだ。

マジあの子にはアイツに騙されてほしくないんだけど。
絶っ対ぇ向こうの生活に馴染んだら向こうで別の彼女作るし。
絶っ対ぇ傷つくのバカ見るのあの子だし。浮気相手になっちゃった子みたく。

う゛ぁ゛ーーーーーー劇団ウ ザ イ ル !!!

マジ私と彼女の友達関係にまで首突っ込んでくんのやめてほしい。
自分が彼女のこと好きだからって首突っ込むのマジやめて。
マジ、ありえないから。彼女の為に私が彼女に何々してあげて〜お願いとか。
自分の株上げたいだけだし。そんなん、彼女のこと助けてあげたかったら自分でやれよ。
フザケんな!!

あ゛ーーーーーマジイライラする。
完璧、自分と彼女だけの世界だからね。私とか他の子達のこと、またどーでもよくなってっからね。
付き合いきれねえ。一人でいつまでも過去にこだわって勝手に暴走してろよ。

続き 

2006年03月21日(火) 22時28分
みんなが彼のことを心配していたので、近くにいたMとKに電話を代わり、電話が掛かってくる直前に彼のことを話題に出していたMちゃんを呼びに行った。
私がMちゃんを呼びに行っている間に電話は切れており、彼は電話を切る間際、Kに対して「縁を切りたい」と告げたそうだ。
信じられない。あれ程みんなの為に心を砕き、楽しい学校生活の為に尽力してくれたKに対してである。
「寂しいね」とポツリと口にしたKの悲しそうな表情を私は忘れることができない。
Cに至っては「もう何も話すこともないからいい」と電話にすら出なかった。

何処まで行っても一人芝居なのである。
「俺は孤独なんだ。孤独で惨めな男だ。影のある男なんだ」。
自分の勝手な妄想の中の”カッコイイ大人の男”を演じきる為の自己演出。
タチの悪い自己陶酔もいい加減にして欲しい。
自分のことしか考えていないアンタの行動で傷ついている人が山ほどいるんだよ。
どうしてそういうところに想像力が及ばないのか。

以前の私が自分に好意を持っていることを知って、この女なら自分の意のままに動かせるとでも思ったのだろう。自分の言う事を聞くかも知れないとでも思ったのだろう。
都合のいい時に一緒に酒を飲んでくれる友達。都合のいい時に抱かせてくれる女。
残念ながらこの仲間の中にそんな安っぽいワンコインの友情や恋愛は売っちゃいない。
みんなこころの中にお互いの存在を留めながらも、一人で己と対峙して受験勉強や進路の問題に向き合ってきたんだ。
だからアンタの言ってた”距離”とやらをうまく取りながら仲良くやってこれたんだよ。
計算づくで自分の計算通りに他人を操って動かして思い通りにして、それがそんなに楽しいか。
だからアンタはいつまでも寂しいんじゃないのか?

寂しくて、可哀想な人。
彼に対しての印象は今となってはもう、それだけしかない。

哀れな人 

2006年03月21日(火) 21時59分
卒業式前日、友人M(男)のところに突然、ここで散々書いた例の彼から、まるで「暗号解読セヨ」とでも言いたげなぐらい意味不明なメールが届いたそうだ。
Mは大変困惑していた。当たり前だ。
彼の真意は「卒業式行きたいけど行けない。だから誰か誘ってくれ」。
そういうことだったのだろうと私は解釈している。
反抗的な態度を取らないMにメールを送れば、私たちにメールが来たという情報が流れ、誰かしらが連絡をくれるとでも計算したのだろう。
常に計算づくの行動パターン。計算高い男。
しかしながら私たちの中でそんな計算高く、嘘で塗り固められた彼に対する信用はとっくに失われており、誰も連絡を取らなかった。

そうしたら式の当日、式の終了時刻を見計らったように私に電話をかけてきた。
「2週間前に送られた君のメールにさっき気付いた」という内容だった。
また嘘である。有り得ないのだ、前日にMに対してメールを送っているのだから。墓穴を掘るとは正にこの事である。
計算と嘘で人生を固めたかったらもう少し賢くやれと言ってやりたい気分である。

私は彼から借りた物を返したいからと2週間前にメールを送ったのだが、それは返さなくていいからあげるという電話だった。
私は何としてでも返してしまいたかったのだが、向こうが聞き入れない。
挙げ句「特別な意味とかないから」などと言う。
呆れた。何が今更「特別な意味」だ。(上につづく)

アールイー:アールイー: 

2006年03月01日(水) 22時51分
この曲は『サイレン』の続編であると同時に、ごっちと建ちゃんの失われた大学時代の輝きについての曲。
そう勝手に解釈している。

大学を卒業して、バンドは続けていたものの段々仕事に拘束される時間が長くなって、建ちゃんは酔っ払ってしかバンドの練習に来なくなって、ごっちは毎晩頭を掻きむしって、心の隅っこで泣いた。

「記憶だって永遠になんて残らないものとおもい知って
 僕はずっと掻きむしって こころの隅っこで泣いた」

それでも「君を待った 僕は待った」と繋いで、最後は「君じゃないとさ」と、結ぶ。


この曲は私の中で、ごっちと建ちゃんの歌だった。

夏の終わりに、アジちゃんのラジオに彼の好きなバンドの人がゲストで来たんだ。
その時、その人が「いいね」と言って1曲選んでくれたのがこの曲で。
聴いていた彼も「いい曲だね」とか、確かそんなことを言ってくれたんだ。

「繋ぎあった時もあった  ほどけない感情持ち寄って
 それが僕のすべてだった それもたった今 失くしたんだ
 かたちだって時が経って 変わりゆくものとおもい知って」

皮肉な事に、かたちが変わったあとに私と彼が共有したこの曲は二人のかたちに重なることになった。
かたちは変わって、あんなに好きだった記憶さえ永遠になんて残らなかった。
だけどこの曲は私の中で、今まで通りごっちと建ちゃんの歌であるのと同時に、”あの頃”を既に失った私たちの歌にもなったんだ。

相手が酔っ払わないと姿を現さない、という状況も、なんだかごっちと建ちゃんの過去に似たようなところがあった。
だけど私はごっちのようには待てなかったんだ。
待つ意味も価値も感じられなくて、「君じゃないとさ」とも思わなかった。

結末だけがRe:Re:とは違ったんだ。


ごっちの日記には、よく建ちゃんが出てくる。
ラジオで二人が喋っている様子は、いつもとってもたのしそうだ。
アジちゃんたちがこれからもずっと仲良く、一緒の目標に向かってバンドをやっているといいなあと思う。
でもかたちは変わって、記憶は永遠になんて残らない。
だから私はこころの中のようせいさんに、今のごっちと建ちゃんの仲良しな姿を、そしてその記憶を投影し、託したんだ。
ようせいさんたちの世界に、いつかはかたちを変える、永遠には残らない”今”のごっちと建ちゃんの記憶を閉じ込めたいと願ったんだ。

社会派のあの人 

2006年02月17日(金) 23時32分
さいきん、社会派ごっちーの活躍がめざましい。
ここ一週間ぐらいの公式日記での法律についての言及ね。
わたしはああいった、一般や万人の目線からの発言を厭わないあの人のスタンスが素晴らしいなあといつも思う訳です。
自分の脳みそフルに使って考える力をちゃんと持っている。
自分の脳みそフルに使って考えたことを誰かに一生懸命伝えようとする意志と勇気をちゃんと持っている。
当たり前のようだけど、それは今の時代の中で、きっととってもとっても難しいことなのです。

自分の頭を使ってものを考えられない人はいっぱいいる。
当たり前のように情報が氾濫していて、わざわざ自分の頭で考えなくても学校の先生や規則や、テレビの論調や友達の風潮が”正しい考え方”を決めてくれる。それに乗っかってけばなんとな〜く無難に、ドンブラコと歳を取って行けちゃう訳だ。
そのことにすら気付いていない人がいっぱいいるし、もしかしたら自分自身も誰かに何かに操られていることに気がついていないだけかもしれない。
なんともはやこれ如何に。おそろしいね。
そしていつのまにか、そんな「だれかが決めたなんとな〜くこれが正しいような気がすること」に縛られて、その通りにしなきゃいけない!と思い込むようになって、その枠からはみ出さないようにすることに体力も気力も費やして使い果たして、疲れ切ってしまうことを日本では「大人になる」っていうんだね。
だから日本の大人は子供の素朴な疑問に正面から向き合えないで目をそらす人が多いんだ。
なんか、思うよ。諸外国に行ったらこの価値観、ひょっとするとまるで違うんじゃないかって。

どんどんものを考えないで済む社会、考えないで済むと言うよりは、自分の頭でものを考える人間は都合の悪い材料として切り捨てられる社会になってきてるんだ。
これは、非常にあぶない気がする。エスカレートすると戦争に走る土壌になり得る社会環境ではないかと思う。
そんなわたしの疑問と非常に近いところに対して、ごっちもまた疑問を持って日々を暮らしているんじゃないのかな。
わたしはごっちの歌を聴いたり、日記やインタビュを読んだりして、いつもそんなことを思います。
そしてそんなごっちの作品や発言は、そんな迷えるわたしに、いつもちょこっとの勇気や希望のようなものを与えてくれるのです。

ニュージェネレーション 

2006年02月10日(金) 23時54分
不思議なものなのか何だか知らんが、自分にその気が無くても、無意識のうちに人は自分の育った家庭というのをモデルケースにしてしまうらしい。
今までは幾ら何でも一概にそんなことはないだろう、と思っていたのだが、やられた。実際にそうだ。
知らず知らずのうちに、無意識に自分の育った家庭や親をモデルケースにしてしまっていた。

よく、子供を虐待する親が「しつけのつもりでやった」とか言うという話を聞くが、あれは、自分も自分の親から同じように「しつけだ」と言って暴力を振るわれてきたから「しつけのつもりで」暴力を振るうケースが少なくないという。
自分の育った家庭の常識はすべての常識、自分の育った家庭の当たり前はすべての当たり前だと思い込んでしまう恐ろしさだ。

別に虐待でも何でもないが
ウチの父親は、仕事に対しては人一倍責任感のある人で、勤勉で博学だが、とにかく自己中心的だ。
人の話を聞かない、人の話に耳を傾けない、思いやりがない。
母は東北の山深い農村の出身で、大正生まれの両親の考えで育てられているので、父の言う事だけには絶対に逆らわない。黙って言う事を聞く。

父と似たタイプの人を好きになった。
人の話聞かない、人の話に耳を貸さない。体裁を気にしての気遣いはしても、心から溢れる思いやりを持っていない。
まあ、まともな男の人はこんなものだろう、と思っていた。
だから女の方がこういう人の話を聞いてあげて、いつも傍で怒らないで笑っていて、優しくしてあげるべきなのだと思った。
母がそうしているように。
母の言うように「相手の為に自分が変わらなきゃいけない」のだと思っていた。

自分の育った家庭を、親を、知らず知らずのうちにモデルケースとしてしまっていたのだ。

何だか、それがおかしいことに気付き
ウチの両親は古い考えの人間なので、それが時代に合っていないというのもそうなのだが
それ以上に、自分の育った家庭も親も、必ずしもこの世の真理ではないということにハッと気が付いた。
当たり前のことではあるが、知らず知らずのうちに取り憑かれているのだ。自分の育ちに。

世界の断絶 

2006年02月04日(土) 23時30分
昨日書いたことでひとつ、思い出したことがあったんだ。
ウチの学校にもそういえば、似たような人がいた。

その人達は来る時も帰る時も、ごはん食べる時もずーーーっと一緒で、それはおろか、授業を受ける時まで必ず隣同士の席だった。
いつも二人でしか居ないから、みんなが2人を1セットで「カップル」っていうアダ名をつけていた。(ド直球だ)
誰も彼らの本名を知らない。

男の子の方は私らの男友達と時々喋っていたりもしたらしい。
みんなが証言していた。「男の方は他の人とも喋るけど、女の方は彼氏以外の誰とも喋らない」。
実際、男の子の方は彼女がいない時に学校に来て、同性の友達と喋ったりもしていた。
彼女がいる時は基本的に彼女とだけ。

廊下や階段ですれ違った時、女の子の方はいつも私たちをギロリと睨みつけてきた。
喋ったこともないのに、だ。
まるで「あなたたちは敵」とでも言いたいかのような視線だった。
いつもピンクや赤の、ヒラヒラのリボンやフリフリのフリルがついた服を着ていた。
昨日書いた人もそういう服が大好きだといつも書いていた。

一度、そのカップルが校内で二人きりでいた時に大ゲンカをして、先生達が出動する騒ぎになったことがあったらしい。
物凄い物音がして、どうも女の方が男を問い詰めていたらしく。
私の友達は無邪気に「おもしろかった」と言っていた。

それから少し経った頃、いつも放課後生徒が集まっている教室に「ドアは閉めるな」という貼り紙が出た。
Kの証言によると、ドアを閉めて如何わしいことをしていた連中がいたらしく。
これについてはカップルの仕業だという確証はないが、おそらくギャルのMちゃん絡みか、カップルのどちらかだろうと思っている。

女の子にとって彼氏は自分のたった一つの世界であり世界のすべてで、
男の子にとって彼女は自分の世界に於いての何よりも絶対的な存在であり、服従すべき支配者だったのかと思う。
そして二人は互いの存在を必要とし尊重すると言うよりも、一人になるのがただただ怖くて、互いの存在を束縛したのか、と。

それは傍から見ていても恋愛という外見と名目を借りた、決定的な世界との接触の遮断であり、コミュニケーションの断絶だった。

ある時期を境にそのカップルの姿は見かけなくなった。

補足 

2006年02月04日(土) 2時43分
「恋は精神病と同類」という説が当たっていると思う、というのは
自分の意志によるかよらないかに関わらず、本来の人格や性格とは別のところで自分が左右されてしまう、という点が確かに似ているかもなあ、と思ったのでそう書いた訳です。
一応補足として。

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前に書いたずっと通っていたサイトさんね、閉鎖してたよ。
彼氏が一番大切だから絵を描くのもやめるって。
管理人さん、友達もことごとく失くして学校もサボりがちみたいでさ。
”私をわかってくれるのは彼氏だけ”なんだって。
なんか、怖いよ。そこまで世界が限定されちゃうってさ。
絵描くのやめたってのもアレだけど、友達なくして学校もサボるって。。。ねえ。
高校生だから、後者の方がかなり由々しき問題ですよ。

相手のあることだから、その彼氏って奴が彼女の周りに囲いを作って、狭い世界の中に閉じ込めちゃうような男なんだろうと思うけどさ。
何もそれは暴力とか、冷酷であるとかを連想しなくていい。
甘い言葉を囁いて、例えるなら見せかけ上は綺麗な花とか美味しいお菓子で女の心を惹き付けて、その実は自分の意のままに相手を操る男なんじゃないかってことだよ。
大体、友達ことごとく失くすってことは女から見てその男にも問題があるんだとしか思えねえよ…
ちゃんと学校行けってオツムの弱い彼女に言えよって感じ。友達大事にしろって言えよって感じ。彼女より大分年上なのに…全くロクでもない男だ。

。。。もう、書いてるの見てると、こりゃあ絶対長続きしねえなって感じがプンプンしてんだよね。。。
しかも完全にのぼせ上がって周りが見えてないから、どうして自分から友達が離れて行ったのかも、自分が今どんだけ痛々しいことを次々としでかしているのかもこの人、サッパリわかっちゃいないんだ。
(例えば普通は彼氏とラブホでどんなことをしたのかをブログに書いたりするもんじゃありません)
おそろしいよ。本当に恋は恐ろしい。迂闊にするもんじゃないよ。
人間の人格や性格、下手すると人生そのものまで破壊しかねないよ。
もし彼氏が浮気したり、別れることになったりしたらこの人、一体どうなっちゃうんだろう。。。

他人事ながら怖い。

色彩 

2006年01月28日(土) 3時56分
あんなに輝いていた景色がこんなにも急速に色褪せて行くものとは。
普通、思い出というのは時間の経過と共に美化されて行く筈なのに
あの思い出は時間の経過と共に仄暗く、濁って、淀んで、やがて腐ってゆくようだ。
もともと美しいものだから、あとは劣化して荒廃するしか行方が無いのかも知れない。

私自身があれを美化して記憶の中にしまおうと思えば、出来ることなのかも知れない。

だけど私はあの一瞬の思い出よりも、今も心の中で燻っているアジちゃんやシロップの輝きを取り戻したいんだ


『本当に欲しいのは、思い出じゃない今なんだ。
 君を忘れた後で、思い出すんだ。
 君との歴史を持っていたこと』


3カ月前、電話を切った後に突如として襲った虚脱感。
一瞬で、なんだかもうどうでもいい気分に塗り潰された。
あの感情の変化は自分でも予想だにしないものだったから、内心静かに驚いた。
その後、時間をかけて、ゆっくり、ゆっくり冷えて、色を失って、硬化して

恋が息絶えようとする


わたしはあの時失った世界の色や輝きや手触りを取り戻したいんだ
あんなに鮮やかなものじゃなくていい ビビッドじゃなくていい
ペールやパステルやミディアムでいいんだ 明度が高くてやわらかい色
こころにすんでいるようせいさんが、あの時いつもたすけてくれた
赤や青で一面を派手に塗り潰したかと思いきや、いきなり黒インキをバケツでぶちまけてくる彼
ようせいさんは小さなおててで、いっしょうけんめいゆっくりとそこを白く塗り直して、色鉛筆やクレヨンでいっしょうけんめいわたしのこころを塗り直してくれたんだ やわらかく やさしく
やがてわたしはようせいさんたちに名前をつけた
こころの中に彼らの住む村やおうちや通う学校をつくってあげて、近所の人や先生をつれてきてあげた

だから、さようなら
あなたでは、わたしの味方になってくれたようせいさんに色をつけることは出来ない
あなたの色は、ようせいさんに似合わない


わたしは誰か一人の男の人よりも、自分のこころのなかにある大切なものを守りたいんだ


変わりたくて此処へ来たんじゃない
変わりたくなくて此処へ来たから、こころのなかにようせいさんが住んでいる

発酵 

2006年01月28日(土) 3時17分
絵の専門に行きたいけど、見学に行ったらみんなの意識が高くて、今の気持ちで行ったらついて行けないと思う、と言った時、あの人は何と言ったか。

『行ってみりゃ何とかなるんじゃねえの』

何とかなるさ、というのは、事前に入念な努力と準備をしてきた人の言う科白だ。

私と彼が噛み合わなかった原因は、精神年齢があまりにも似通い過ぎていたことと
途中から私の自己意識が高くなり、彼の自己意識は低いままだった点にあると思う。

専門に見学に行ったり、昨年末にSちゃんやYちゃんと会って個々の作品の話をしたりしてみて、本当によかったと思う。
あれがなければ私は未だに自分自身を見失っていたのかな。

前に何処かで「恋は精神病と同類」という言葉を聞いた。
過激かつ差別的ではあるかも知れないが、当たっていると思う。


学校の友達で、普段は物静かで地味な印象なんだけど、いつも真面目に勉強している男の子がいる。KやMの友達なんだけど。
私自身はあまり色々話したことがないんだけど、その彼が学校の広報で自分のことについて話していて、わたしはそれを見てすごく感銘を受けた。

普段、あれやこれやと雄弁に語らない人の言葉には、説得力があるんだよね。
キムチやワインみたいなものなのかな。じっくり自分の中で熟成させるから、上手に熟成させるとすごいものになる。

一方の彼は、酔っ払うと何でもかんでもペチャクチャ喋った。
ある時は私を口説き、ある時はドラマのヒーローみたいな恰好つけた科白を吐き、ある時は下ネタから弱音から人の噂話から何から。
口数が多すぎた。
私は、わかっていたはずなのにな。口数の少ない人の時々発する言葉の重みを。

”肩の力を抜くこと”と”意識が低いこと”は違うと書いた。
それと同じように、”自分の中に抱え込んでしまうこと”と”自分の中でじっくり考えること”は違うのだ。
例えるなら、前者はそのままの状態にしておくと発酵せずに腐ってしまう。
後者は、ゆくゆくおいしい漬物やお酒ができあがる。
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