飯田泰之、木下斉、川崎一泰、入山章栄、林直樹、熊谷俊人『地域再生の失敗学』 

July 05 [Wed], 2017, 11:41



第2章 官民連携の新しい戦略
日本での固定資産税の軽減措置には小規模宅地の特区例以外にも、農地特例、激変緩和措置(負担率調整措置)などさまざまなものがあります。こうした軽減措置は「庶民の税負担軽減」として評価されがちですが、開発による利益がうまく税収に結びつかない要因にもなっていて、結果として地方を衰退させている面があります。
地方分権もしきりに議論されていますが、行政コストを払うために地元から適正に税などを集めることについてはほとんど誰も発言せずに、他から降りてくる予算を使うことに関して分権化しようとしているように映ります。徴収についても分権化しなければならないでしょうし、地域においては従来型の無責任な半官半民ではない官民連携が必要となるでしょう。
ここまでの話を五つのポイントにまとめてみましょう。
・弱者保護の名の下で地域再生の機会を失っている
・受益者に応分の負担を求めなければ民間は投資しにくい
・応分の負担がなければ、サービスも向上しない
・公的資金を使うだけの地方分権は意味がなく、費用を徴収するほうも分権化しなければ事態は好転しない
・地域再生こそ官民の連携が必要
中央から地方への再分配がすでに限界を迎えている中、将来世代からの前借りに頼らずに地域自らの力で再生するための思考の転換が求められているのだと思います。

第5章 現場から考えるこれからの地域再生
飯田 第3章の入山先生とのお話でも、軽井沢や鎌倉にクリエイティブな人たちが集まっているという話題が出たのですが、そういう人が集まってくれば千葉市のクリエイティビティも上がっていきますね。「住みたい」はもう一段高いハードルがありますが、「行きたい」「ここで働きたい」とすら思えない街を活性化するのは相当に難しい。
熊谷 それはもう千葉市も、たくさんの失敗を経験してきたことですが、全部を目指すと中途半端になって、誰をターゲットにしているのかがわからなくなってしまうんです。
飯田 そうなんですよね。全員の最大公約数を取ると、日本全国どこにでもあるものができ上がってしまう。誰からも強い不満こそ出ないけど、誰も楽しくないし満足しない。これまでの都市計画はまさにそういうものでしたし、まちおこしや活性化もそうだったのだと思います。細部での合意形成は重要ですが、全体を丸くするのではなく少しでも尖ったものを打ち出していかないと、街は活性化しないと思います。
熊谷 いい意味で尖ったものは、時間がかかっても誰かが価値を見出しますし、そうでないものは誰も選ばないので、自然に収斂されていくだろうとは思っているんですよね。価値を見出してもらうまでの時間の長短や、それを待つ体力の問題はありますが、中途半端なところは衰えていって、衰退しきったところでまた別の価値が生まれ、何らかの価値にたどり着くのではないかと考えています。ただ、現在の東京一極集中だけは異常な状況ではあるので、これは収斂を待たずになんとかしたほうがいいとは思いますが。


感想
序盤は辛口な批判が続いて読んでて不快でしたが、辛口なのは最初だけで、全体的には良書に感じました。
普通は成功事例とかを載せて、『ウチはこのやり方で成功しました!他の地域の皆さんも是非試してみて!』みたいな喧伝が一般的ですが、本書は逆のアプローチで、今までのまちづくりの失敗から今後にどう活かすべきかを提供してくれる面白い本です。
中山間地域の解散話はちょっと衝撃でした。村を存続できなくなったら、村民全員が村を出るという発想は昔からあったらしいのですが、いよいよ現実味を帯びてきたように思います。
余談ですが、現在放送しているアニメ『サクラクエスト』というのが地域活性化の話で、主人公は観光大使として町をもりあげようと奮闘するストーリーです。これがまた、だいたいにおいては現在の地域活性化の問題を端的に表現しているように思います。「観光」というアプローチから活性化することの難しさがうまく描かれていて、地域再生に興味がある人は一度観てみるとよ良いと思います。
僕の評価はA−にします。

井上智洋『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』 

June 16 [Fri], 2017, 12:22



第1章 人類vs.機械
2015年は、多くのAI研究者や将棋関係者によって、コンピュータが将棋で羽生善治名人を打ち負かすか互角の勝負をするものと目されていた年です。実際に対戦はなされなかったのですが、情報処理学会は2015年10月11日にコンピュータ側が「統計的に勝ち越す可能性が高い」として、いわば不戦勝を宣言しました。
実は1996年、コンピュータがいつ人間を負かすかというアンケートに対し、多くの棋士が「100年は負けない」「永遠にない」などと言っている中、羽生氏は2015年であると答えています。私が羽生氏に驚嘆するのは棋士としての才能ばかりでなく、こうした何気ない予想を的中させてしまう底知れぬ思考力です。
囲碁は、将棋に比べてはるかに複雑なゲームと見なされています。そのため、2015年頃コンピュータが囲碁で人間のチャンピオンに勝つようになるには10年ほど掛かるのではないかと関係者の間でささやかれていました。
ところが、たった1年後の2016年3月に、囲碁AIの「アルファ碁」が、世界最強の棋士である韓国の李世ドル九段を打ち負かしいました。AIは今、大方の予想を大きく覆すようなスピードで進歩していると言えるでしょう。

機械の叛乱について懸念している代表的な論者がホーキング博士です。博士は、イギリスの放送局BBCのインタビューで、「完全な人工知能の登場は人類の終焉を意味するだろう」と警鐘を鳴らしています。
他にも、マイクロソフト社の元会長ビル・ゲイツやアメリカの起業家イーロン・マスクが同様の懸念を示しています。映画『ターミネーター』のような叛乱とまではいかないまでも、機械が実際に暴走し人間を殺傷する日が、いずれ訪れるかもしれません。
マイクロソフト社が開発した「テイ」(Tay)というオンラインAIは、ツイッター上の人間とのつぶやき合いなどを基に学習し発達していきます。その挙句、ヒットラーを賛美したり、ヘイトスピーチを繰り返したり、卑猥なことをつぶやいたりするようになりました。
このことは、たとえ開発者に悪意がなくても、周りの人間の影響次第で学習するAIが悪意を持ち得ることを示しています。つぶやく以外の機能はないので、テイが人間を物理的に攻撃することはありません。しかし、こうしたAIがネットに接続された機器をコントロールする機能を備えていたり、ロボットに搭載されていたりすれば、人間にとって深刻な脅威になる可能性があります。

職業を単純化して、「肉体労働」と「事務労働」と「頭脳労働」の三つに分けて考えましょう。低所得層は主に「肉体労働」に、中間所得層は「事務労働」に、高所得層は「頭脳労働」にそれぞれ従事しています。
コンピュータは、未だに商品企画や研究開発などの「頭脳労働」や介護や看護、建設などの「肉体労働」をできずにいる一方で、文書の作成や解析、事務手続きなどを効率化し「事務労働」に必要な人手を減らしています。その結果、アメリカでは、コールセンターや旅行代理店などにおける事務労働の雇用が大幅に減少しています。
現在のところ雇用破綻が進んでいるのは、頭脳労働でも肉体労働でもなく、中間所得層が主に従事する事務労働というわけです。こうして技術的失業をこうむった労働者は、より低賃金の肉体労働やより高賃金の頭脳労働の方に移動します。
中間所得層の労働が減り、低賃金と高賃金の労働が増大するこうした現象は、アメリカの労働経済学者デヴィッド・オーター等によって労働市場の「二極化」と呼ばれています。

コンピュータが全人類の知性を超える未来のある時点のことを「シンギュラリティ」と言います。
この概念は、アメリカの著名な発明家レイ・カーツワイルが、技術に関する未来予測の書『シンギュラリティは近い――人類が生命を超越するとき』(2005年)で紹介したことで、世界的に知られるようになりました。日本でも2015年以降、経済雑誌や新聞でも取り上げられるほどに知名度が高まっています。
カーツワイルは、シンギュラリティが2045年に到来すると予測しています。図1−5は、『シンギュラリティは近い』で示されたものです。
縦軸は1000ドル(約10万円)で購入できるコンピュータが1秒あたりに実行できる命令数です。単位はMIPSで、1MIPSで毎秒100万個の命令が実行されます。
2015年の時点で1000ドルコンピュータの計算速度はネズミの脳と同程度ですが、2020年代には人間一人の脳に、2045年には全人類の脳全てに比肩するようになります。要するに、2045年には、ヤマダ電機やビックカメラなどで気軽に買えるパソコン一つで、全人類分の脳と同等の情報処理ができるようになるということです。
そんなパソコンにインストールされたAIが、人類の全知性を超えてしまうとなると、もはや何が起こるのか予測もつかなくなるというわけです。シンギュラリティには「これまでの法則が通用しない」とか「想像もできないような途方もないことが起きる」といった意味合いが込められています。
シンギュラリティは、もともとは数学や物理学の用語です。物理学では、シンギュラリティは物理法則(一般相対性理論)が通用しない特異な点のことで、ブラックホールのなかにあると考えられています。

不老不死の技術は絵空ごとのように思えますが、最先端の研究にその萌芽くらいは現れています。
例えば、2歳のハツカネズミの細胞にNADという化合物を注入することによって、生後6ヶ月相当に若返らせることが可能です。これは人間でいうと60歳のオバチャンが20歳のギャルに若返るようなものです。
このように絵空事のようにも見えるカーツワイルの未来予測は、各分野の先端的な研究の成果に基づいています。そのため、パイロット的(試験的)な技術は既に存在していたり、予測から数年後には現実に実用化されたりしています。私たちは既に、一歩も二歩もSF的な世界に足を踏み入れているのです。

カーツワイルは遅くとも2030年代後半には、このようなアップロードが可能になると予測しています。ナノボットを使って人の脳の特徴を内側からくまなくスキャンして得られたデータを基に、その脳をコンピュータ上に再現します。そうすると、その人の記憶、人格、発想などのすべてがコンピュータ上にアップロードされます。
こうしてできあがったのがヴァーチャルな頭脳にヴァーチャルな身体が与えられれば、私たちのリアルな身体が死んでも、精神はコンピュータ上で死なずに生き続けることが可能になります。
カーツワイルは、マインド・アップローディングが可能になる日までなんとかして今の生身の肉体で持ちこたえて、ゆくゆくはコンピュータの中で永遠に生きられるようになりたいと願っているようです。
この辺りから私の保守的な頭は、カーツワイルの先鋭的な考えについていけなくなります。確かに、今後の科学技術の発達次第では、ある人の脳の神経系のネットワーク構造をそっくりコンピュータ上のソフトウェアとして再現できるようになり、それが元の人と同様の知的な精神活動を営めるようになる可能性は否定できません。
人間の脳内には、約1000億個のニューロン(神経細胞)があり、ニューロン同士は約100兆個のシナプスによって接続されシグナルを伝達し合っています。このような複雑な人間の神経系の全てをスキャンすることは物量的に相当困難でしょうが、原理的に不可能ではありません。

第4章 第二の大分岐――第四次産業革命後の経済
ここで、もう少し権威のある研究に基づいて未来の就業者数を簡単に予想してみましょう。フレイ&オズボーンの「雇用の未来」にしたがえば、15年(10〜20年なので間をとって15年)後の2030年には就業者が今の約半分になります。
フレイ&オズボーンは、その先のことは述べていませんが、さらに15年経った2045年には半分の半分つまり4分の1になるとしましょう。日本では現在全人口の50%程度が働いているので、4分の1ならば約12.5%でやはりおよそ1割です。
私のシナリオは、これとは異なっています。ただ、ここで理解してもらいたいのは、2045年頃に全人口の1割しか労働していない社会が到来するという予想はそれほど突飛なものではなく、私の単なる妄想として片付けることのできない現実的な未来図だということです。


感想
ん〜……。
最近のAIのニュースを知っていたら、ある程度本書のような予想はできますし、『AIによって仕事が奪われる』ってのも本書を読まなくてもなんとなく分かります。
で、AIが普及して、将来的には1割の人しか仕事をしなくて良い社会になって、所得が無くなってしまうから、ベーシックインカムを導入しよう、というのが著者の主張ですが、どうもなんか拙速なように感じました。
僕は、AIの普及によって、お金の概念が大きく変わるんじゃないかなぁと思います。具体的にどんな風に変わるのかは全然分かりませんが(笑)、交換価値としてのお金は廃れるんじゃないでしょうか……。パラダイムシフトが起きるだろうし、この舵取りを間違えれば大変な事(悲観)になると思います。
AIによって労働から開放された社会になると、土地や石油等の資源価値が高くなって、資源獲得の戦争が一層強まりそうです。
頭の中の整理がつかないので感想がぐちゃぐちゃですが、僕の評価はA−にします。

枡野俊明『禅が教える 人生の答え』 

May 10 [Wed], 2017, 14:29



第1章 あなたの心の中にある「答え」を知る
「知足」という言葉があります。「足るを知る」という禅の戒めです。不必要なものを欲しがるのではなく、自分にとってはこれだけあれば十分だと思える心。その心をもつことが、人生を生きやすくするコツだということです。「少欲の人は苦労することが少ない。多欲の人は苦労も多い」。そういう文言もお経の中にあります。お金を必要以上にもつということ。限りない物欲を追い求めること。それはすなわち、不要な苦労を生み出すことを知ってください。
お金についてもうひとついえることは、使い方がとても大事だということです。いくらたくさんのお金をもっていたとしても、すべてを自分だけのために使っていたとしたら、そこに新の満足感は得られません。私たちは死ぬときにお金をもっていくことはできない。ならば余裕のあるお金があるとしたら、それを社会や他人の幸福のために使うことです。貯めることばかりを考えないで、上手に手放す術を身につけることが大切だと思います。自分が喜ぶのではなく、誰かが喜んでいる姿を見ること。そこにこそ本当の充足感がある。本来人間とはそういうものなのです。

第2章 つながる温もりほど、大切なものはない
これまでは必要だったものが、これからの人生には必要がない。そういうことがたくさんあるものです。
たとえばそのひとつに情報というものがあります。会社にいることには、あらゆる情報の波の中で生きています。こちらが求めなくても、否が応でも溢れんばかりの情報が押し寄せてきます。しかしビジネスの世界を離れれば、ほとんどの情報は意味をもたなくなります。意味をもたないどころか、自分にとって悪影響を及ぼすことさえあるでしょう。この情報は必要がない。そう自分が考えたとしても、知ってしまったからには気になってしまう。あちこちに面白そうなものがたくさんあって、結局はどれも選ぶことができなくなる。要するに情報に振り回されてしまうのです。
発想を変えることです。極端にいってしまえば、もうノートパソコンなんて捨ててしまえばいい。そこから得られる情報の90%は、真に必要なものではありません。生きていく上で必要なものだけを見ていればいい。そしてそういう不可欠な情報というものは、自然と入ってくるものだと思います。
今自分にとって必要なものは何か。今自分にとって心地よい状態とはどういうものか。ただそれだけに目を向けることです。これまでの発想を捨てることです。
それはけっしてこれまでの人生を否定するものではありません。これまでの人生を大切にしながら新しい道を歩くための道具をもつこと。これまでの道具を一度整理することです。


感想
お坊さんのご高説ということで、特に印象に残るようなエピソードはありませんでした。
無為に一日を過ごすのではなく、充実感をもって過ごさなくてはならない、人の一生は短いのだから、一生懸命生きなければならない、明日死んでしまうかもしれないのだから、今日できることを先伸ばししてはならない、というような事を言っていますが、これと反対の事を言っているのが池田清彦で、『ナマケモノには意義がある』という本と読み比べると面白いです。
要約すると、生きている意味なんてない、お腹が空いたらご飯食べて、眠くなったら寝て、遊びたかったら遊ぶ。人間(特に現代人)は忙しすぎるから、もっとゆっくりしようよ、という感じですが、果たしてどちらが良いのでしょうかね〜。
先祖が居なかったら私は生まれなかった。だから先祖を敬い、感謝しなくてはならない、というのはそうなのでしょうが、一方で生んでくれと言ったわけではないし、生きることで辛い思いをしたりするのは苦しいわけだし、命のバトンを絶やしてはならないとは思うけれど、人間の行いで絶滅した生物はどうなんだと言えば人間の業は深いわけだし、『考えることができるのは人間の特権だ』、だけど動物にだって心はあるかもしれなくて、ただ意思の疎通ができないだけであるかもだし、宗教的・哲学的には生きる意味はあるかもだけど、それはただのこじつけかもしれない……。
どちらが正しくてどちらかが間違っている、正誤の問題はさておき、考え方としては、池田清彦さんの方が好きですね。肩の荷が降りるという感じ、肩肘張らなくて済む感じ。脱力というか、余裕というか……。
僕の評価はAにします。

香川知晶『命は誰のものか』 

April 24 [Mon], 2017, 11:06



第三章 あなたは、生まれてくる子どもに障害があるとわかったとき、その子を産みますか?
―「不幸な子どもを産まない運動」と「間違った命」訴訟

兵庫県に1960年代に始まった不幸な子どもを産まない運動は、短期間のうちに全国に広がった。しかし、この運動に対しては、1970年代初めから、障害者団体を中心とする激しい批判が起こることになる。批判は新生児検診から、羊水検査による出生前診断へと向けられた。検査は障害者の事前抹殺を図る技術だという批判である。
出生前診断は、場合によっては選択的中絶を考えるということを意味する。ターゲットとされる障害を現にもっている人からすれば、この技術が自分たちの存在を否定しようとするものに映っても不思議はない。すぐに触れるアメリカでの裁判のように、障害者は間違って生まれてきたと見なされるおそれは否定できない。
こうして強い批判が展開され、1974年に兵庫県が羊水検査の中止を発表する。70年代半ばには、多くの地方自治体が羊水検査を主導しない方針を打ち出し、不幸な子どもを産まない運動はようやく姿を消すことになった。

第四章 あなたは、代理出産を依頼しようと思いますか?
―生殖技術の展開と自然主義VS契約主義

どうして、親の決まらない赤ちゃんが出てくるのか。サンフランシスコで裁判となった事例では、生まれた子どもには法的な両親、生物学的な両親、それに産みの親がいることになった。ひとりの子どもに、5人の親。こんなことは、「自然」には絶対に起こらない。そうなったのも、元はといえば、体外受精の技術があったからだ。それが、自然な親子関係を壊してしまった。
従来、法的な親子の関係は、自然主義に基づいていた。親子関係は生殖、出産の自然な過程のなかでおのずと決まるものだったからだ。産みの親は生物学的な親であり、とりあえず、それが同時に法的な親でもあるといって、誰も怪しまなかった。
ところが、体外受精のような生殖技術が登場することによって、そうした自然主義が成り立たなくなった。生物学的な親と産みの親、それに法的な親がまったく別人であることが可能になったからだ。
遺伝学上の親と産みの親は、生物学的に決められるので、そこまでは自然主義でいけるかもしれない。しかし、こと法的な親となると、生物学をもち出しても、自動的には決まらない。自然主義は維持できないのである。
サンフランシスコの裁判では、代理出産を依頼したカップルが法的な親として認定された。そのカップルの男性は遺伝的なつながりがないのだから、親ではないと主張していた。しかし、最終的に裁判で重視されたのは、代理出産を依頼し、契約したことだった。つまり、法的な親は自然主義ではなく、契約主義によるという判断が採用されたのである。
たしかに、法的な親子関係は、もともと、生物学的なレベルとは違うものだ。人間の親子関係は文化や社会の制度に依存している。法的な親子関係は、遺伝学上の親子関係とは違い、どのような届を出すかによって変わってくる可能性はあったからだ。
しかし、これまでは、生物学的な親子関係をそのまま法的な親子関係としても問題は生じなかった。というよりも、自然な関係に社会の制度は支えられてるはずのものだった。たんなる見なしとか約束にすぎないなどと、いい出す必要はなかった。すべて自然主義でいけたのである。
それが、現在では、うまくいかない場合が出てきて、自然主義と契約主義の綱引きが起こることになった。その結果が、親子関係をめぐるさまざまな裁判となって現れる。

第十章 あなたの命は誰のものですか?
―医療技術の進歩と人間の生命

これまで、脳死臓器移植だけではなく、生命倫理の問題では、自己決定という概念がほとんど常に登場してくるのを見た。特に判断に迷うような場合には、自己決定ということで、「当事者たち」に最終的な決定が委ねられてきた。そうした自己決定は、議論を打ち切る魔法の杖でもあった。
しかし、多くの場合、そうして持ち出された自己決定は、自分のことを自分で決めるというよりも、他人の命を決める理屈にほかならなかった。この場合の本性的な自己決定も、その点ではまったく変わらない。他人の命の扱いを決める理屈が、生命倫理の自己決定なのだ。
多くの人は、本性的な自己決定という考え方を初めて聞くと、ぎょっとするはずだ。少なくとも、臓器移植で人の命が助かるとしても、正面切って、生まれたときから、人間は臓器を提供すべく自己決定しているといわれると、ある種の違和感を抱く人が多いのではあるまいか。
ひとつには、そんな自己決定など、誰もした覚えはなどないからだ。人間の本性による自己決定といわれても、そんなものは自分とは違う誰かが決めたものでしかない。それが違和感のもとである。
さらに、違和感は、臓器移植や現代医療が前提している身体観にも関係しているはずだ。
アメリカで、臓器移植に関する最も早い立法案は、1968年に作られている。その法案は統一州法委員会によるモデル法で、「統一遺体贈与(ギフト)法」と名づけられていた。臓器移植はしばしば、命のリレー、命の贈り物だとされる。それは、アメリカのモデル法以来の考え方でもある。
では、どうしてそうしたリレーや贈り物は成り立つのか。それは、人間の身体が有用な医療資源であるからにほかならない。臓器は資源だから、リレーもできるし、ギフトにもなりうる。その際、善意の有無は本質ではない。
医療技術の進歩は人体をきわめて有用な資源として開発してきた。臓器移植はその典型である。人間がそうした資源として生まれてくることを認めなければ、本性的な自己決定は成り立たない。
人間は死んでも資源として役立つとすれば、望ましいという考え方は十分ありうるだろう。しかし、自分がひとつの資源であると正面切って認めよと迫られると、奇妙な感じがするはずだ。
資源であると認めることは、自分が有用性は発揮するかもしれないが、たんなる物にすぎないと認めることでもある。それが一面の真理をいいあてているにしても、身も蓋もない話である。そこで、善意といった衣が欲しくなる。なんといっても人の命が救われる。資源だからこそ、見知らぬ人の役にも立てる。それは善いことなのである。こうして無理矢理、常識的なサマリア主義は乗り越えられる。
ここには、生命倫理のさまざまな問題でよく出てくる論理がある。医療技術の進歩によって、人間の命をめぐって、従来ならば不可能なことが可能となってきた。そこで、可能ならしてよいのか、本当にそれがよいことなのかという問いを立てることは難しい。現実的な可能性は人の命にかかわるもので、ほとんどすべて自動的に善とみなされるからだ。
そうして、善意の衣をまとった可能性が、われわれにそれを選択するように駆り立てる。場合によっては、善意を見知らぬ他人や未来世代へと広げることは真剣に試みられるべきことではある。しかし、それが自己決定と呼ばれると、二十の居心地の悪さが誘発される。決定は他人の命を巻き込むし、お前は物だと認めよと迫るからだ。



感想
医療分野における難問―『薬や医療設備不足から起こる生死の決定』……誰を生かし、誰を犠牲にするかの択一、『障害新生児の治療停止』……生まれてきた子に重い障害がある場合の生死選択、『不幸な子どもを産まない運動』……出生前診断による中絶、『代理出産』……おばあさんが孫を産む時代、『自己決定と子どもの権利』……自分の子どもの臓器提供、『延命治療』……死の権利は誰にあるのか、『脳死』……脳死は死と同一か、等々、重い話や実例が多く、他人事ですが他人事で終わらせてはいけない問題に色々考えさせられました。
医療技術の進歩によって、これまでは助からなかった命が助かるようになる。これだけなら問題にはなりませんが、進歩したからこそ起こる問題です。
不妊に悩まされている母親が、どうしても子どもが欲しいと考え、行き着いた答えが『自分の母親に子どもを産んでもらう代理出産』、障害児を育てる苦労・苦悩を救うための中絶、臓器提供の決定権は誰が担うのか、考えれば考える程に答えが出ません。実際、現在でも明確な正解は導かれていません。
驚いたのは、子ども1人に対して親が5人もいる事が現実にあるという事です。生殖機能不全の夫婦+提供された卵子+提供された精子+代理出産の女性の5人によって誕生した子どもがそうですが、産みの親と育ての親と提供された受精卵という複雑な関係は、一体誰が想像できたでしょう。
一人で生きていくのにもリスクが大きいのに、結婚したらパートナーが持つリスクも一緒に抱えないといけない。子どもが生まれたらもっとリスクが大きくなる。マイナス面だけを見ればきりがないですが、看過できません。
障害のある子どもを育てる苦労は想像以上だと思いますが、偏見や差別やいじめ等、まだまだ社会が寛容とは言えない状況ですし、もし僕の子どもが胎児の段階で障害があると分かったら、中絶を選択するかも知れません。少なくとも、その子を生み育てる!と断言はできませんね……。

ところで、細胞シートという技術があって、簡単に説明すると、
患者自身の細胞を培養してシート状にしたもの。患部に貼り、生着させることによって、これまで治療の難しかった様々な病気で症状の改善・治癒を期待できるとされ、再生医療の一つとして注目されている。
メリットとして、患者自身の細胞を用いるため免疫拒絶反応が起こらず、非常に早く細胞が生着すること、残存機能を損なわずに根治を目指すことも可能であることなどが挙げられる。臓器移植には、ドナー不足や術後の免疫抑制剤が高価であるなどの問題点があったが、細胞シートによる治療が普及すれば臓器移植に頼らざるを得ないような疾患は減ると考えられる。また、手術で患部を摘出すると失われた機能は元に戻らないが、細胞シートを用いれば一時的に失う機能を最小限に抑えつつ、最終的には病前の状態まで回復させることも理論上は可能で、クオリティー・オブ・ライフ(QOL)の向上が見込めると期待されている。
知恵蔵より

こういう医療技術も発達すると、今抱えている臓器移植の問題はクリアできそうです。
今は過渡期で、もっともっと技術が進歩すれば、上記のような問題はなくなるのでしょうが、それまでに人類が滅んでいないか(笑)……。
でも、最終的には自己決定というところに落ち着いても、やっぱり人間一人で生きているわけではないと改めて気付かされます。いや、だからこそ自己決定の重みが増すわけで、たくさんの人と関わりながら、常に決定をしていき、する・しないの選択を迫られる……。「なにせ生きるのは初めてなんだ」、誰でも失敗はします。その寛容さがもっと社会にあってもいいのに、なんて思います。
感想がめちゃくちゃですが(笑)、僕の評価はA+にします。

長嶺超輝『裁判官の爆笑お言葉集』 

April 02 [Sun], 2017, 10:38



感想
裁判官の面白いお言葉が載っているのかと思いきや、爆笑するものは殆どなく、どちらかというと感動させられる箴言が多かったように思います。
サクっと読めて、まあまあ面白かったです。
僕の評価はA−にします。

高岡望『日本はスウェーデンになるべきか』 

March 29 [Wed], 2017, 9:40



感想
日本はスウェーデンになるべきか――本書を読んだ感想としては、NOです。
否定される一番の要因は、国民が政府を信頼している点にあります。国家が国民を一元管理し、プライバシーもへったくれもない管理国家の印象を受けましたが、これが可能なのは、政府が国民の期待に応えているからです。年金や保険、医療等、政府が一元管理する方が合理的ではありますが、これが日本だと杜撰な管理になってしまい、個人情報が漏れて大変なことになるだろうと思います。マイナンバー法案成立にも苦戦したことから、もはや日本国民は政府を信用していません。
民主主義の要請、体現が政府の責任で、スウェーデン政府はそれにきちんと応えているのに対し、日本では国民が裏切られる感が強いです。
スウェーデンの家にはカーテンがないという件は印象的でした。カーテンで部屋を隠すことで何かやましいことや犯罪を思わせるのだそうです。本書に出てくるエピソードを見ると、昔の日本のムラ社会を彷彿させます。互いが互いを監視して、悪いことができないような社会……。政府の透明性が求められるのはもちろんですが、国民の諸行動にも透明性が求められるのはちょっと辛いものがあります。
産業構造や税収、所得再分配、年金保障等、見習うべき点はいくつもありますが、これらを可能にするためにはマイナンバーが必須条件であり、僕自身はマイナンバーに反対なので、スウェーデンのようになってほしくない、というのが正直な感想です。
僕の評価はA+にします。

加藤秀一『恋愛結婚は何をもたらしたか』 

March 17 [Fri], 2017, 10:11



第2章 「一夫一婦制」への遡行――明治期における恋愛・結婚・国家
ここで少し脇道にそれて、キリスト教における結婚規範について簡単に見ておきたい。『旧約聖書』には一夫一婦制などとはかけ離れた血なまぐさく淫蕩な世界が描かれている。王家の人々が、妹を騙して強姦し、兄弟を殺し、公衆の面前で素っ裸になり、と破天荒な物語を次々に繰り広げてみせてくれるのだ。なかでも圧巻はダビデ王で、複数の側室に数多くの子を産ませ、その子ソロモン王に至ってはなんと「7百人の王妃と3百人の側室」を抱えたという(『列王記上』)。さすがの秀吉も足元にも及ばないスケールである。ちなみにこの個所については、そんな不謹慎なことをしているからソロモン王は破滅したのだという解釈もなされてるが、聖書学にはシロウトのぼくが素直に読むかぎりでは、ソロモン王が神の怒りを買ったのは外国人の女たちを通じて知った異教の神々を崇めはじめたからであって、別に多くの女と交わったからではないように思えた。
これに対して『新約聖書』になると状況は一変し、「男女間の序列=家父長主義」と「一夫一婦制の非解消原則」(すなわち離婚の禁止)という結婚の二大原則がはっきりしてくる。これらの原則をめぐって諸勢力が網引きをしあってきたのがキリスト教的結婚の歴史であったと言えるだろう(なおキリスト教徒ひとくちに言っても多様な潮流があり、モルモン教のように一夫多妻制を実践する異端もあるが、ここはあくまでも歴史的にみて有力な流れについて考えてみたい)。
「一夫一婦制の非解消原則」に従う結婚は、当事者の合意を持ってのみ成立し、しかもその合意の原理は神の法であるとみなされる。このような観念は12、3世紀のキリスト教神学による結婚の「サクラメント(秘蹟)」化において頂点に達した。だがここに矛盾が含まれていることは見やすいだろう。不仲になった夫婦が合意の上で離婚したいと思っても、「結婚の非解消原則」によって制約されてしまうのはなぜなのか。それもまた「神の法」ではないのか――。やがて宗教改革によって結婚が脱・秘蹟化され、純粋に当事者同士の合意にもとづくものに脱皮したことで、この矛盾は解消され、離婚の自由が増大していくことになる。
ただし「聖書に還れ」を合言葉にした宗教改革には古い倫理を復活させたいという面もあったから、これですぐに近代的な一夫一婦制と自由意思による〈恋愛結婚〉が確立したわけではない。とくにルター派の結婚観は旧態依然で、「夫と妻が精神生活をも相互に分かち合うことができるという考え」とは無縁であり、せいぜい「結婚の非解消原則を固持しつつも、その秘蹟性を排除し、姦通や「悪意の遺棄」にかぎり判決による離婚を認めた」にすぎないという。ルターが聖職者(主任司祭)の妻帯を認めたことは有名だが、その主張を読んでみると、たしかに彼はこんなことを書いている。
「いかなる主任司祭もだれか女性をもたないわけにはいかない。単に弱さからというのではなしに、むしろ家政のためにです」(ルター「キリスト教会の改善についてドイツ国民のキリスト教貴族に与う」)。
要するに「あ〜あ、嫁さんにメシつくってもらいたいな〜」というのと同じレベルの話である。しかも、ここで「弱さ」というのは要するに性欲に負けるということなのだが、その点についてルターはこんなことも言っている。いわく、女をそばに置くのは構わないが妻にしてはならない、つまり男と女を二人きりにしておきながら過ちを犯してはならないというのは、まるで「藁と火」をいっしょに置きながら、しかも燃やしてはならないというのと同じ無理難題であると。男の欲望に火をつけるのは女だ、したがって男は悪くないという、典型的に身勝手な男のセリフである。
ただし宗教改革による結婚制度への影響はじつに多様だった。再洗礼派、とりわけクウェーカー派は、「魂のあいだには何の差別もないから、性はいかなる差別もつくらない。性はただ友愛の担い手である」として、集合した仲間の前での、両性の単純な合意の宣言に基づく結婚という新しい革命的な形式」を成立させたという。こうした動きに対抗するカトリック側も、トリエント公会議において、秘蹟としての結婚という教義を確立する一方、離婚をある程度は認める方向へと妥協をみせる(ただし再婚は不可)。こうして近代のキリスト教は、全体として、結婚・離婚における当事者の意思を尊重する方向に動いてきた。
イエズス会ナンバー2の大物フランシスコ・ザビエルが日本にやってきたとき、すでにキリスト教の男女関係観はこうした変質の途上にあったのである。すなわち、一生涯同じ相手と添い遂げることを強いる〈絶対的一夫一婦制〉が緩み、離婚や再婚も条件つきで認める〈相対的一夫一婦制〉が台頭していたのだ。しかもイエズス会は、カトリックのなかでは性について比較的寛容な考え方をもっていたとされる。もちろんかれらが貞操観念を非常に重んじたことは間違いないが、しかし性交はひたすら生殖のためでなければならないというアウグスティヌス主義のように頑なではなく、夫婦間であれば快楽を目的とする交わりも小罪にすぎないとしていたのである。
こうした区別をふまえてみれば、明治期の日本で求められた一夫一婦制が〈相対的一夫一婦制〉だったことは明らかだろう。基督教婦人矯風会の誓願にも、夫の姦通を妻からの離婚請求の理由として認めよという要求事項がふくまれていた。日本の一夫一婦制がキリスト教道徳の影響を受けたことは確かだとしても、そのときにはすでにキリスト教そのものが元来の超越的な精神主義からは変質を遂げ、世俗や肉欲との妥協を経ていたのである。それが明治の日本人にとって衝撃的なまでに崇高に思えたのは、当時の日本の状況との落差からもたらされた効果であったにすぎない。
そのなかで注目すべき例外の一人が福沢諭吉だった。晩年の福沢は、当時の日本の離婚率が世界有数の高さであったことを嘆き、「開闢以来今日に至るまでの進歩においては、一夫一婦偕老洞穴を最上の倫理と認め、いやしくもこれに背くものは人外の動物として排斥すべきものなり」として〈絶対的一夫一婦制〉の立場を貫いたのである。「偕老同穴」とは夫婦が死すまで仲むつまじくあることを意味する。福沢は離婚を認めず、ただし別の場合にのみ、男女ともに再婚してもよいと論じた。他にこれに近い考えは、雑誌『日本人』や新聞『日本』を主催した特異な日本主義者・杉浦重嗣の一夫一婦論にみられる。杉浦も「夫は終生に二婦を娶らず、婦は終生両夫に見えず、以て真正の一夫一婦説を実現せしめむ」べきことを主張し、死別の場合でも先に逝った配偶者を偲んで暮らすべきだとした。ただし「祖先の血統を繋ぎ得べからざる場合」には再婚を認めてよいとするなど、「家」の価値を強調した点に、守旧的なニュアンスが色濃く出てはいるが。
ところで『福翁百話』のなかで福沢は「未亡人」という日本語を批判している。それは、夫を亡くした女性が、あたかも「良人とともに死ぬ可き所を不思議に生き残りたるもののように」みなす風習の上に成り立った言葉だからだ。それから百年以上がたった現在もなお、この言葉が堂々とまかり通っている現実を思うと、女性を男性の付属物のように扱う文化の変らなさにため息が出るようだ。それと同時に、福沢諭吉という人の鋭さには改めて驚かされる。こうした徹底性が何に由来するのかは興味深い問題だが、ここでは踏みこむ余裕がない。
いずれにせよ、福沢のような考え方は一夫一婦制の主流ではなかった。後に大正期に入ってドイツの倫理思想家フェルスターの「厳格なる一生涯的一夫一婦の結合」という思想が翻訳紹介されたとき(『結婚と両性問題』)、恋愛について多くを論じた文学者の本間久雄はそれを「理論的にも、実際的にも、しょせん新時代に適応するものでない」と斬って捨てた。フェルスターは一夫一婦制に反するものと見えた「自由離婚」論も、日本ではむしろ一夫一婦制と一体をなすものとして理解されたのだった。そしてこのように薄められた〈相対的一夫一婦制〉だからこそ、同じように薄められた「恋愛」の観念と融合して、「家庭」の支えとして機能することができたのだ。
もっとも、仮に〈絶対的一夫一婦制〉が輸入されたとしても、日本社会に根づく可能性はほとんどなかっただろう。いまの日本人はアメリカの離婚率の高さに驚いているが、福沢も嘆いたように明治前期の事情は正反対で、日本は離婚が容易で数も飛び抜けて多い国として知られていた。しかも近年の研究が明らかにしつつあるように、必ずしも夫=男だけが一方的に離婚権を行使できたわけではなく、妻が離婚訴訟を起こした例や、離婚に合意しない妻を監禁した夫が有罪判決を受けた裁判例も見られるという。こうした社会的慣行は明治期にも引き継がれ、明治6年の太政官布告によって妻が離婚訴訟を起こしうることが確認されていた。
もちろん経済的自立がきわめて難しかった当時の女性たちが気やすく離婚を求めたはずもないが、しかし不本意な結婚生活から脱出する手段としての離婚そして再婚の権利は女性たちにとって決して手放せないものだったのである。したがって、一夫一婦制の主張が女性の地位向上という理念と結びついていた以上、それは積極的な意味で〈相対的一夫一婦制〉でなければならなかったのだ。

第3章 一夫一婦制という科学――「男性の体液が女性の体液に混じる」?
性的倒錯の病理学化とともに、<性>のもう一つの側面としての「生殖」をめぐる言説にも変容が起こっていた。「遺伝」という概念の登場である。
もちろんそれまでにも、親の性質が子に伝わることは誰もが知っていた。だがそれは漠然とした認識にすぎなかったし、科学というよりも、人為を超えた自然の掟への畏怖やあきらめに結びついていた。「遺伝」はそうした常識に科学的知識としての重みを与えると同時に、そこから神秘性をはぎとった。そしてさらに大きな転換がもたらされる。それまでは過去から現在へ至る線としてとらえられていた血の系譜のイメージが組み替えられ、子孫の性質を人為的に操作するという未来への展望がひらかれたのである。
日本でおそらく最初にそのような感覚をもって「遺伝」という語を使ったのは、またしても福沢諭吉だった。早くも明治8(1875)年の「教育なる力」で「人の能力には天賦遺伝の再現ありて、決して其の以上に上がるべからず」と述べていた福沢だったが、その思想が明確なかたちをとったのは明治15(1882)年の「遺伝之能力」においてである。少し長くなるが、重要な箇所なのでそのまま引用しよう。
……人の病に遺伝あり、体力膂力に遺伝あり、容貌語音に遺伝あり、技芸好尚に遺伝あり。然ば即ち、その徳義を智力とに至りて、独り遺伝なきの理あらんや。(…)北海道の土人の子を養ってこれに文を学ばしめ、時を費やし財を捨てて辛苦教導するも、その成業の後に至り、我が慶応義塾上等の教員たるべからざるや明らかなり。蓋しその本人に罪なし。祖先以来精神を鍛磨したることなくして、遺伝の智徳に乏しければなり。……(「遺伝之能力」)
『学問のすゝめ』初編からちょうど10年。福沢諭吉の一般的なイメージを象徴する「天は人に上下を造らず」という平等思想と、人間の能力は何から何まで遺伝によって決まっているのだから「北海道の土人」をいくら教育したってものになるはずがないという差別思想とのギャップは衝撃的だ。けれどもこれはけっして一過性の気の迷いなどではなかった。そもそも福沢が人の「上下」として批判したのは徳川幕府の身分制度であり、そのような因襲にとらわれず個人個人の能力を活かすべきことを訴えたのが『学問のすゝめ』だったのである。したがって、その「能力」が遺伝的に決定されていたとしても、身分制度の批判とは少しも矛盾しない。
福沢は生涯をつうじてこのような「遺伝決定論」を貫いてゆく。だがここで特に注目したいのは、かれがそこからさらに実践的な展望を語っていたことだ。弟子の高橋義雄が出版した『日本人種改良論』への序文で、「国権拡張」のために国民がなすべき努力として「血統遺伝の美を選ぶ」ことに言及したのをはじめとして、『日本婦人論』では「男女の体質を改良して完全なる子孫を求るの法」を論じた。さらに晩年の『福翁百話』(明治30年)に収められた「人種改良」というエッセイでは、「配偶者の選択」がより具体的に説かれる。福沢は言う――人間の能力は遺伝で決まるから、「人間の婚姻法を家畜改良法に則とり、良父母を選択して良児を産ましむるの新工夫」を行わなければならない。具体的には、まず第一に「強弱智愚雑婚の道」を絶ち、精神的・肉体的に劣る者には結婚を禁じて「子孫の繁殖を防ぐ」と同時に、優秀な者どうしを「精選」して結婚させればよい。――これこそが、日本で最初の科学的な遺伝観にもとづく「優生結婚」の展望だった。
生殖をコントロールして人類の「質」を改良しようという発想をイギリスのF・ゴールトンが「優生学」と名づけたのは1883年のことだ。だがそれに先立って、ゴールトンの叔父にあたる進化論の創始者ダーウィンは、すでに生物進化の原動力としての「性選択」――雌をめぐる競争に打ち勝った優秀な雄だけが生殖機会を得て子孫を残すことができる――というアイデアを提案し、それを人間にも適用していた。「人間は配偶者を選ぶことによって、自分の子供の体質や体格だけではなく、知的資質とか道徳的性質にも、何らかの影響を与えることができるはずである」(『人間の由来』1871年)。若い頃に緒方洪庵の適塾でオランダ医学に触れ、その後も医学や自然科学への関心を失うことのなかった福沢諭吉は、こうした同時代の科学思想を果敢に摂取しつつ、それを日本社会に応用することを考えつづけたのである。
その一方で、福沢は年来の一夫一婦制と男女相愛の主張も忘れることはなかった。それも人種改良と組み合わせれば、福沢流の結婚作法ができあがる。「人種改良」では次のようにも言っている。たとえ外見がどれほど美しい男あるいは女でも、その血統に遺伝病の疑いがあれば非常に恐ろしいことである。したがって「配偶は夫とし妻として好き者を選ぶと同時に、之を父とし母として適当するや否やに注意すること、特に大切なりとす」。愛情で結ばれた夫婦が国家を支える基盤となり、同時に遺伝的に善良な子孫を生み出して、将来の国家の発展に貢献すること――それが福沢の考える結婚の意義だったのである。
このように福沢諭吉は一夫一婦制と優生学(人種改良)とを融合させ、恋愛や結婚を「子孫」「種族」「人口」といったマクロな問題に繋げる発想をきりひらいた。けれども、かれはさらにその先の世界を夢みていたのかもしれない。「人種改良」の続きを読んでみよう。――優れた子孫を速やかに繁殖させるためには「一男にして数女に接するのは無論、配偶の都合により一女にして数男を試るも可なり」。そのようにして優れた男女だけをえらんで子孫を残すことを2、300年も続ければ、釈迦や孔子やキリストや、ニュートンや加藤清正を自由自在に作り出せるだろう。容貌も、在原業平や小野小町のレベルが普通になる。さらには業平と宮本武蔵、小町と巴御前というように、それぞれの長所を混ぜ合わせてより完璧な人間を作り出すことさえ難しくはないはずだ。――一夫一婦制という道徳さえも超えた、生命操作のユートピア。「漫語」にすぎないと断ってはいるものの、それを描く福沢の筆は、ほかの箇所にもまして活き活きと弾んでいるように思われる。

第5章 恋愛から戦争へ――戦前期における「優生結婚」の模索
産児制限活動家のマーガレット・サンガーやハヴロック・エリスといった思想家の著作を翻訳・紹介した山本宣治だが、かれらの優生学的な部分にはほとんど説得されなかった。優生学という学問の可能性を必ずしも全面否定したわけではないが、それがまだ未熟な学問でありながら人びとにあれこれ指図しようとする傲慢な態度には怒りを押さえきれなかったようだ。『改造』に発表された「結婚・三角関係・離婚」(1923年)で、山本は結婚も出産も「夫婦の自由」であると断言し、優生学については「種馬、種牛の様に人を産児器械と見做して居る優生学(しかも幼稚な学問)が、よしんば其結婚を否認したとて、結婚が夫婦互に其事情を理解した上の同情で築き上げられるのは、双方の先見と思慮があるならば寧ろ望ましい事」だと一蹴している(『山本宣治全集 第三巻』)。これほどに優生学の本質を鋭く、しかもユーモラスに撃ち抜いた言葉は、当時も今も珍しい。正確な科学知識に自信のあった山本だからこそ出てきた文章だろう。
そのように民衆の知恵に信頼をよせる山本は、恋愛についても実にコクのある(しかしキレもある)議論を展開している。結論から言えば、結婚の前提として恋愛はあったほうがいいが、なければならないというのもおかしい、というだけのことなのだが、まずはその魅惑を最大限に認めるのである。「斯く芸術に不朽の跡を留め、後の世の人を悦ばせ且泣かせ、老ひたる人を常にありし日の思ひ出に若返らせ得るラヴは、此人生といふ交響楽の高調である。一度味はふては再び其れを繰返し得ない天与の美酒の陶然たる酔の極みである。其れは永き人生の中の最も重要な一刹那であり、時こそ短かけれ、吾人の一生の焦点に位置している」。なにしろ山本自身が、かつては恋愛の「甘くあり又苦い濃いの美酒に死に至る迄浸りたい」とまで思いこんだ人間なのだ。
しかし、そのような恋愛は「熱烈であるが為に短い、短い為に麗しい」。それゆえ恋愛が、そのまま結婚生活を支える原理になると考えるのは短絡である。恋愛の「熱がいつ迄続くか、跡は永い後半生の事だ、青春病の恋愛至上熱が醒めてから、どうしますか」というわけだ。そこから、恋愛の伝道師・厨川白村に対しては、「象牙の塔を出た文学者の様に、因襲的結婚の空虚に憤慨するの余り、誰彼の見境も無く、ラヴの美酒を強いられるのは、世の下戸たる者の聊か迷惑とするところであらう」という皮肉も繰り出される。
文言の上っ面だけを見ると、「狂愛」を蔑んで「静愛」を持ち上げるあのお馴染みの論理と大同小異のようだが、本質的にはまったく違う。山本が最終的に拠って立つ原理は、恋愛・結婚・出産はあくまでも私事であり、したがって個々の男女の自由であり権利であるということだ。だから恋愛ゆえの結婚も素晴らしいが、それを他人にまで押しつけることはおかしいと言っているのだ。これは個人の激情としての恋愛を否定し、それを「家庭」という枠組みを通じて「国家的恋愛」にまで高めなければならないと説いた連中とは決定的に異なる思想である。

昭和13年、戦争遂行に向けて国民の体力の向上をはかるために創設された厚生省は、その内部に設置された予防局優生課を中心に、次々に優生政策を推進していった。それはたしかに「非常時」だった。なぜなら、それまで優生結婚の理念を支えてきた「恋愛」が後景に退けられ、国家のための結婚=生殖があからさまに求められるようになったのだから。
厚生省の優生学についての見解は『民族優生とは何か』という資料に示されている。「民族優生」とは公衆衛生的観点を表す「民族衛生」と個人的な生物学的素質にかかわる「優生学」とを組み合わせた言葉で、「民族の人口増加と素質の向上」をめざす思想と定義されている。より具体的には「逆淘汰と民族毒の影響を排除して民族の変質を阻止し、一方優良健全者の産児を奨励し、以て民族素質の向上と人口の増加を図り、国家永遠の繁栄を期することである」。いかにもな言葉の羅列にうんざりするが、「特に附言して置きたい事は遺伝質の絶対性の問題である」とされているように、根本にあるのは優生学的な発想だった。遺伝的素質が劣悪であれば、どんなに環境を改善しても優良な国民にはなりえないというのが厚生省の認識だったのである。


感想
優生学の歴史を勉強するには良いと思いますが、タイトルの恋愛結婚についてはあんまり触れられていません。僕はその恋愛結婚の歴史を知りたかったのに、そこが載ってなくて残念でした。

しかし、明治以来の優生学の政府方針は恐ろしいものですね。全体主義の合理性は分かりますが、だからと言って奇形児や障害者を排除しようとするのは反対だし、それを推し進めるのも問題だと思います。確かに、生まれてくる子には障害なく元気に育ってほしいと願うのが親ですが、先ず子供を作るか作らないかを選択するのを政府に決められたくはないですし、また仮に障害を持って生まれたとしても、そこは政府がサポートして国家全体の取り組みとして支援していくべきだと思います。命のバトンを繋いでいくことは尊い事ですし、それを損得で考えるのは命の軽く見ていると感じます。
明治から続く優生学の論争ですが、現在の医療科学の進展が早すぎて、法律が追い付いていません。遺伝子操作によって優秀な人材を作ることができるのは時間の問題だし、精子バンクや凍結卵子も実用化されていますから、そろそろ日本のスタンスを決めなくてはなりません。
『俺は優秀な遺伝子から生まれたんだ、お前たちのような凡人ではないんだぞ』、『僕は平凡な遺伝子から生まれたから不遇な人生なんだ、僕の人生が惨めなのは遺伝子のせいだ』のような、副次的な根本問題も浮上してきそうです。まぁ全ては遺伝子によって決まるわけではありませんが、今まで以上に『生まれた時点でスタートラインが違う』事から来る不平等問題も看過できません。こういった議論は、政府は真摯に取り組んでいるのでしょうか……。
優生学はこれくらいにして。
恋愛結婚の行方というタイトル、前時代の『家柄の結婚』『お見合い結婚』は、殆ど相手の事が分からない状態からの結婚生活なので離婚率が高いのは仕方ないことでしょう。ただ、男尊女卑の風習がどれくらいあったのかによって、離婚率が変わってきたのではないかと思います。江戸以降の地域別で離婚率の統計があれば面白そうです。
現代に話を戻して、 今の恋愛は、『好きになる→交際する→結婚する』という流れですが、昔は『結婚する→(出来れば)好きになる』という流れで、いわば逆方向によって結婚が成り立っています。現代は、『えっ、結婚したの!?おめでとう!』という会話には、当人同士の『好き合っている』が暗黙の了解になっていて、昔のように、『結婚してから好きになっていく(なっていこうとする)』事が出来ないのかも知れません。言わば感情のコントロールが不器用になっているんじゃないかと。
僕の評価はA−にします。

鈴木翔『教室内(スクール)カースト』 

February 22 [Wed], 2017, 19:54



第2章 なぜ今、「スクールカースト」なのか?
ただし、定義の変遷からはとても学ぶことがあります。文部科学省が「いじめ」をどのように捉えているかを顕著に表しているのが、「定義」だと考えられるからです。
では、「いじめ」の定義はどのように変化していったのか、見ていきましょう。
まず「いじめ」が社会問題となった初期のころ(1985年ごろ)の定義は、「@自分よりも弱い者に対して一方的に、A身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、B相手が深刻な苦痛を感じているもの、であって、学校としてその事実を確認しているもの」となっています。
初期の認識ではとにかく、「学校がその事実を確認している」ことが重要であり、それ以外のものは「いじめ」とは認識されていなかったということがわかります。
一方、1994年以降の定義では、ほとんど文面に変化はないものの、「学校としてその事実を確認しているもの」という一文が削除され、誰が「いじめ」を認識していても、「いじめ」だと認められるようになりました。
さらに2006年には、「いじめ」は「自分よりも弱い者に対して一方的に」することではなく、「一定の人間関係のある者」がすることだと認識されるようになったことがわかります。「一定の人間関係」というのは、これもまたあいまいな言葉ですが、同級生であったり、部活動などで一緒に活動する人だったり、「知っている人」という意味のものです。
ですから、「コンビニで知らないおじさんから罵倒されて深く傷ついた」としても、「いじめ」だとは認識しませんよ、という意味合いだと解釈できます。
この2006年の定義の変化で特に重要なのは、「自分よりも弱い者に対して一方的に」という部分が削除されたことです。何が「弱い」のか、そしてどういった状況が「一方的」と呼べるのかを抜きにして、「被害者」側が「精神的に苦痛」であれば、「いじめ」だと認められるようになったことは、「被害者」にとって、優しい定義に変遷していったことだといえるでしょう。

そうした初期の研究の中で異彩を放ったのが、森田洋司さんと清水賢二さんの「いじめ集団の四層構造」論です。この研究は、それまでにあったような「加害者」と「被害者」それぞれの特徴を見出そうというものではなく、「いじめ」の構造それ自体を明らかにしようとした、当時としては斬新な視点をもつものでした。
いわく、「いじめ」を作るのは「被害者」と「加害者」、そしてそれを見てはやし立てる「観衆」と見て見ぬふりをする「傍観者」、それらが四層に重なり、「いじめ」が成立するというのです。
そして「いじめ」が起こらないとすれば「傍観者」層が「仲裁者」層に変わったときなのだといいます。
また、この「いじめ集団の四層構造」論は、ただ単に提唱されただけではなく、他の論文でのアンケート調査の分析からも、その確からしさが裏付けられていて、今なお説得力を持つ非常にすぐれた理論であると考えられています。
ちなみに、日本では中学校において、「いじめ」が多発するとされているのですが、その原因は、小学校に比べて中学校では、「仲裁者」となるような生徒が「傍観者」から生まれないことが原因であることも明らかにされています。

ここまで、特に有名な研究を抜き出しながら、「いじめ」研究を見てきましたが、だいたいざっくり結論をまとめると「『いじめ』はいじめる側からすれば、とても楽しく、まわりから見ても良いことで、『被害者』は教室という逃げられない空間に閉じ込められて逃げられず、中学校以降の段階では、『仲裁者』が現れることはほとんどない。ただし、いじめられた場合、スクールカウンセラーが心のケアをしてくれるから、安心してよい」、ということになりそうです。

第3章 「スクールカースト」の世界
さて、ここまで、学校段階を二つに分けることによって、「スクールカースト」が、小学校時と中学校以降では、異なった様相として認識されている現状がわかってきました。
復習しますと、小学校では、クラス全体の中で、いじめられている児童や嫌われている児童を「地位」の低い児童と捉えており、「地位」の高い児童は、みんなから人気のある、みんなでする遊びのうまい生徒と捉える傾向があります。
一方で、特に中学校以降になると、個々の生徒が何らかのグループに所属し、それぞれのグループに名前をつけて、グループ間で「地位の差」を把握していることがわかります。
そこでの「地位の差」は、「いじめ」として表現されることはなく、日常的な教室の風景として語られていく傾向があります。ここにこそ、「いじめ」とされない「スクールカースト」独特の問題があるような気がしてなりません。

第3章のポイント
【ポイント1】
○小学校時と中学・高校時では「スクールカースト」の認識が変化する。
 ・小学校時→「個人間」の地位の差として認識。
 ・中学・高校時→「グループ間」の地位の差として認識。
【ポイント2】
○上位のグループから下位のグループへの関わりが繰り返しある場合に、「地位の差」は顕在化する。
 ・その関わりは「いじめ」ではない。
 ・その関わりでクラスに「笑い」が起こる。
 ・その関わりは上位、下位のグループ両者が「空気を読んで」行なわれる。
○クラスでグループに所属していない生徒は、下位のグループからも見下される。
【ポイント3】
○上位のグループは、学校生活を有利に過ごすことができる。
○下位のグループは、グループ単位で行動できるときはよいが、全体で行動しなければならないときに思うようにならないことがある。
○上位のグループがいなければ、下位のグループでも教室の「ノリ」を作り出すことができる。つまり下位のグループは「ノリ」を作ることが苦手なわけではない。
○上位のグループには、さまざまな特権が与えられ、さらにそれを行使する義務がある。
○上位のグループには、「地位の差」をコントロールする人事権がある。
○下位のグループから上位のグループへ移動があった生徒にとっては、上位のグループにいることが負担になることがある。

第4章 「スクールカースト」の戦略
第4章のポイント
【ポイント1】
○「スクールカースト」で上位のグループに位置づけられている生徒には特徴がある。
 ・「にぎやか」「気が強い」「異性の評価が高い」「若者文化へのコミットメントが高い」など。
○「スクールカースト」で下位のグループに位置づけられている生徒には特徴がない。
 ・しいていえば「地味」「目立たない」。
 →「受け皿」という認識も。
【ポイント2】
○上位のグループは「結束力」があり、クラスに「影響力」があるため、下位のグループは彼らに「恐怖心」を抱く。
 ・「人気」もあり、「友達も多いふう」だが、必ずしも好かれているわけではない。
 ・自分への評価が低くなってしまうため、受け入れざるをえない。
 →権力としての「スクールカースト」。
【ポイント3】
○地位は固定的で努力では変えられない。
 ・クラス替えがあったとしても、学年全体で「地位」に関する情報を共有しているため、次のクラスでも同じような「地位」になる。
○キャラクターはいきなり変えられない。
 ・いきなりキャラクターを変えたとしても、そのキャラクターがみんなから受け入れられる可能性は著しく低い。
 →あきらめざるをえない。
○自分の「地位」を上げるためには戦略がある。
 ・友だちに権力がないとわかれば、ばっさり切り捨てる。
 →自分が友だちよりも地位の高い生徒だということをアピールする。
【ポイント4】
○教師も「スクールカースト」に従って行動している。
 ・上位の生徒と下位の生徒が同じことをしたとしても、反応が違う(スカートの長さを注意するときなど)。
 →教師にも「スクールカースト」は見えているのでは?

第5章 教師にとっての「スクールカースト」
第5章のポイント
【ポイント1】
○児童生徒側が認識している「スクールカースト」と教師側が認識している「スクールカースト」に大きな違いはない。
○「上位」の児童生徒と「下位」の児童生徒の特徴も、同じように捉えられている。
【ポイント2】
○教師は「スクールカースト」を「能力」による序列だと見ている。
 ・「積極性」
 ・「生きる力」
 ・「コミュニケーション能力」など
【ポイント3】
○教師は「スクールカースト」を肯定的に捉えている。
 ・これから社会に出ていくことを考えれば、「スクールカースト」があることは望ましい。なぜなら、自分の「能力」の足りないところが見えやすく、改善していけるから。
 →「努力」や「やる気」で改善可能なものだと認識されている。

第6章 まとめと、これからのこと
まず第3章の分析から、学校段階によって、「スクールカースト」の認識に変化が見られることが確認されました。
小学校では、特定の個人児童が「スクールカースト」の上位に位置づけられるのに対して、中学校以降では、所属するグループごとに、力関係を把握しているということです。そして、中学校以降の方ほうが、より「スクールカースト」が学校生活に影響を与えていることもわかりました。
生徒たちが特に「スクールカースト」を強く意識するのは、自分の所属するグループ以外のクラスメイトと、強制的に一緒にいることを知られているときです。
特に、学校行事や班決めなどの際には、そのことがとても大きな影響力を持っているようです。そのときに、上位に位置づくグループが、下位に位置づくグループに過度の干渉を行うことで、さらにその力関係を強固なものにしていることも分わかりました。
彼らは、「スクールカースト」上位のグループに所属することを、充実した楽しい学校生活を送るための必要条件として認識しています。下位のグループに所属することは、自分の所属するグループ内だけで行動できるときには不利益を感じることはないものの、クラス全体での行動を強いられる状況においては、さたざまな不利益を被っているのではないかと感じています。
つまりこのことは、宮台真司さんのいう「『ヨコナラビ』の『島宇宙』」が、「ヨコナラビ」ではなく、島と島のあいだに優劣関係が生じ、「タテナラビ」の「島宇宙」になっていることを表していると言えるのかもしれません。
さらに彼らは上位に位置づくグループに所属する生徒に、ある程度共通した特徴を見出しているのに対して、下位に位置づくグループに所属する生徒には、取り立てて特徴を見出してはいませんでした。ですから、上位のグループに入れず、そこからこぼれた生徒が入るグループを「受け皿」として認識したりもしています。
そして、「受け皿」の生徒が、上位に位置づくグループに付属する制生徒に抱く感情は「めんどくさ」や「恐怖心」といったものであるということです。
一見不思議に思うかもしれませんが、クラスメイトから支持を得ている生徒というのは、「人気」もあり、「友だちが多いふう」ではあるものの、じつは彼らを好意的に受け止めている生徒はあまりいません。
「スクールカースト」の上位に位置づく生徒が、支持されているように見えるのは、彼らの「結束力」や「影響力」を背景として形成される「権力」を恐れてのことです。それゆえ、彼らが抱く嫌悪感は表立って表出されることはありません。
そして、彼らの言う「権力」が生徒に影響を及ぼすのは、この「スクールカースト」が固定性を持つ仕組みであると把握されているからでもあります。クラス替えを経て、学級集団が改変されたとしても、変化が起きることは難しいと考えているのです。
その理由は、生徒たちは、部活動やそのほかのさまざまな活動を通して、ほかのクラスの生徒とも一定の交流を持っており、すでにそれぞれの生徒がクラスの中でどのような位置づけであるかという情報が、学年内で共有されているからです。
ですから、たとえ学級集団が改組されようと、「スクールカースト」のポジションを変えることを難しいと感じています。
それに、生徒は「スクールカースト」を教師も同じように把握しているのではないかと考えています。生徒は、教師の生徒に対する接し方が、「スクールカースト」のポジションによって、違いがあると感じているということです。
教師が「スクールカースト」の上位に位置する生徒に対しては、「仲良く」したり、「機嫌を取」ったり、「媚び(を)売っ」たりしているように見えるのに対して、下位に位置づけられている生徒にはそうした様子があまり見られないことからです。
このように、生徒の目線からは、「スクールカースト」の中にある人間関係は、普遍的な「権力構造」であると考えられています。
自分の努力で変えることは難しく、それに抗うにもメリットが少なすぎます。ですから、消極的に「スクールカースト」を受け入れていくのです。
また、教師が把握する「スクールカースト」も、生徒側の把握しているそれと大きな差異はないということがわかりました。
しかし教師は、児童生徒側の認識とは異なり、「スクールカースト」の上位に位置づく児童や生徒に、極めて好意的な印象を持っています。
というのも、上位に位置づく生徒を、「積極性」があり、「教室の中の雰囲気を作ってい」くことのできる「能力」の高い生徒だと認識しているからです。
また逆に、下位に位置づく生徒に関しては、そうした「能力」を持たない生徒であると認識しており、彼らに対する評価は極めて低いこともわかりました。
教師が「スクールカースト」に見る能力とは、「生きる力」や「コミュニケーション能力」「リーダー性」という、はかることの難しいあいまいな能力です。
そのため教師は、クラスに「スクールカースト」が見られることを、生徒の人間的な成長のうえで必要なことだと考え、自らの学級経営戦略として積極的に利用していることも明らかになっています。
ここまでで得られた教師の目線と、生徒の目線を照らし合わせて考えてみると、図6−1のように表すことができます。
つまり、生徒と教師は、ほぼ同じ状況を見て、生徒間の「地位の差」、すなわち本書でいうところの「スクールカースト」を把握していますが、その解釈にズレが生じているということです。
生徒が「権利の多さ」を軸とする、「権力」構造として「スクールカースト」を解釈しているのに対し、教師は「能力の高さ」を軸とする、「能力」のヒエラルキーだと解釈しています。
ですから、このズレから、生徒は、教師もまた「権力」に従っていると認識し、「スクールカースト」の維持へと拍車をかけます。
一方、教師は逆に、「スクールカースト」を「能力」を軸とするヒエラルキーだと認識していますから、彼らが「スクールカースト」による地位に抗わない様子を見て、「学力」でははかることができない潜在的な「○○力」によるものだと認識し、評価の対象として積極的に評価し、学級経営の戦略として利用しようとしています。
それら異なったプロセスから導き出される帰結は、奇しくも等しく「『スクールカースト』をそのまま存続させる」というものになります。つまり、両者は同じ光景を見て「スクールカースト」を把握してはいますが、それへの認識や解釈はまったく別のものだということです。しかし、異なったプロセスを経たとしても、両者の導き出す帰結は同様のものです。
学級集団というのは、教師と児童生徒から成り立っているものですから、両者のどちらからも「『スクールカースト』の存続」が選択された場合、おのずから、「スクールカースト」は承認され、そのまま維持されていくのだと考えることができるでしょう。
ここまで見てきたように、「スクールカースト」とは、これら二つの要因から、存続されるべくして存続されている「システム」だということができると思います。
本書では、「いじめ」という文脈をはずして、あらためて生徒の人間関係にスポットライトを当てることによって、同学年の生徒の中に存在する非常に生々しい序列構造を描き出してきました。
とはいえ、本書では、この生々しい序列構造を描いたからといって、今学校で生活している児童生徒側に対しても、個人的な攻撃をするつもりは一切ありません。
ただ、このままではマズいな、ということは、本書の執筆を通して、痛いくらい感じています。
なぜなら、上位の生徒にとっても、下位の生徒にとっても、学校生活を過ごすうえで、「スクールカースト」が負の側面を多く持ちうるものだということがわかってきたからです。
けれども、この「スクールカースト」は、個人の力で変えることは非常に難しい現状にあることももちろんわかっています。


感想
スクールカーストの実態を一冊の本にまとめたのは評価されるべきで、内容も示唆に富んでいます。
中学・高校での人間関係はサバイバルだと感じますし、僕らの時とは質が違っています。カースト序列を変更する手立ては(今のところ)無くて、カーストそのものを廃する方法も分かっていない……。人間関係を考えれば、仲の良い人同士で集まってグループが出来上がるのは当たり前の事なのですが、カーストの『見えない力』によって自分の序列に合った人としか接する事が出来ないのは問題だと思います。
カースト上位はクラス運営の実権を握っているが円滑に進めなければならないという暗黙のプレッシャーがあって大変だし、カースト下位は上位者に見下されて大変だし、結局どこに属しても苦痛であるのは変わりません。

グループ内での人間関係は良好で、心の安寧がありますが、上位グループでは足の引っ張り合いが横行し、居場所としては不安定のように感じます。『今度は私が(下位グループに)落とされるかも……』という不安を抱えて生活していては、精神的に滅入るでしょう。

僕の中学生活は、教室では一才喋らないで本を読む地味で無口な心配児でしたが、部活動のテニスではぎゃあぎゃあ騒いで先輩・後輩共に仲良くしていました(部長でしたしね!)。そんな『教室では大人しいけど部活では円満な人間関係』だったから、随分と先生方に心配されていたようです(笑)。
何が言いたいのかというと、学校では問題児でも、家では家事を手伝う子だっているだろうし、その逆もあるだろうし、学校だけが全てではないということです。自分の安寧する居場所を最優先で確保していれば、多少の我慢もできるのでは、と思います。しかし、生活の殆どを学校で過ごす学生にとって、その学校生活が苦痛であるならば、焼け石に水かも知れません。

その、スクールカーストの何が嫌かって、カーストの基準でしか人間を測っていないんですよね。多様性を認めない、これが感情的に許せない。性格や人格等ってのは、多様であるからこそ面白いのであって、それを教室内の雰囲気に合致するように行動しなくてはならないってのは違和感があります。
例えば、僕の知り合いに空気を読まない人がいますけど、『お前空気読んで行動しろよ』と強制するのは簡単ですが、それは僕と彼の関係のみ適用されるのであって、彼が持つ他の友達からは『(空気を読まないのが)いい!』と言ってくれる人だっているかも知れません。だから強制はしないし、できるものでもありません。彼のすべてが僕のものならば話は別ですが、彼は彼の人間関係があります。僕はそれを尊重したいのです。
そういった尊重性が教室内カーストには無く、上位グループ・下位グループが共に蔑み合い、畏怖し、負の感情を持っていれば、そりゃあうまくいかないでしょう。

学級運営を円滑に進めるためにはスクールカーストが必要悪と、教師側の意見として挙がっていますが、スクールカーストを利用しなくても円滑に進められるシステムがあると思うし、もっと研究が必要です。これからの成果に期待します。
僕の評価はA−にします。

五木寛之『歎異抄の謎』 

February 12 [Sun], 2017, 10:48




私訳 歎異抄
率直に申しあげるが、それは大きなまちがいです。わたしたちが救われて極楽浄土へ導かれる道は、ただ念仏する以外にはありえない。そのことのほかに、もっと大事な極意があるかもしれないとか、特別な秘法についての知識をわたしがもっているのではないか、などと勘ぐっておられるとしたら、それはまことに情けないことです。
そういうお気持ちなら、奈良や比叡山などに、有名なすぐれた学僧たちがたくさんいらっしゃいます。そのかたがたにお会いになって、極楽浄土のさまざまな奥義をおたずねになってはいかがですか。
わたし親鸞は、ただ、念仏をして、阿弥陀仏におまかせせよという、法然上人のおことばをそのまま愚直に信じているだけのこと。
念仏がほんとうに浄土に生まれる道なのか、それとも地獄へおちる行いなのか、わたしは知らない。そのようなことは、わたしにとってはどうでもよいのです。
たとえ法然上人にだまされて、念仏をとなえつつ地獄におちたとしても、わたしは断じて後悔などしません。
そう思うのは、このわたしが念仏以外のどんな修行によっても救われない自分であることを、つね日ごろ身にしみて感じているからです。
ほかに浄土に救われる手段があり、それにはげめば往生できる可能性がもしあるというのなら、念仏にだまされて地獄におちたという後悔もあるでしょう。愚かにも念仏にたよったという口惜しさものこるでしょう。
しかし、煩悩にみちたこのわたしにとって、念仏以外のほかの行は、とてもおよばぬ道です。ですから地獄は、わたしのさだめと覚悟してきました。
阿弥陀仏の約束を真実と信じるならば、釈尊の教えを信じ、また善導の説を信じ、そして法然上人のおことばを信じるのは自然のことではありませんか。その法然上人の教えをひとすじに守って生きているこの親鸞なのですから、わたしの申すこともその通り信じていただけるのではないか、と思うのです。
要するに、わたしの念仏とは、そういうひとすじの信心です。ただ念仏して浄土に行く。それだけのことです。

あるとき、親鸞さまは、こう言われた。
善人ですら救われるのだ。まして悪人が救われぬわけはない。
しかし、世間の人びとは、そんなことは夢にも考えないし、言わないはずだ。
「あのような悪人でさえも救われて浄土に往生できるというのなら、善人が極楽往生するのはきまりきっていることではないか」
こういうところが、普通一般の考えかただろう。
そのことばは、なにげなく聞いていると、理屈にあっているように思われないでもない。だが、あらためて阿弥陀仏の深い約束の意味を考えてみると、仏の願いにまったく反していることがわかってくる。
というのは、いわゆる善人、すなわち自分のちからを信じ、自分の善い行いの見返りを疑わないような傲慢な人びとは、阿弥陀仏の救済の主な対象ではないからだ。ほかにたよるものがなく、ただひとすじに仏の約束のちから、すなわち他力に身をまかせようという、絶望のどん底からわきでる必死の信心に欠けるからである。
だが、そのようないわゆる善人であっても、自力におぼれる心をあらためて、他力の本願にたちかえるならば、必ず真の救いをうけることができるにちがいない。
あらゆる煩悩にとりかこまれているこの身は、どんな修行によっても生死の迷いからはなれることはできない。そのことをあわれに思ってたてられた誓いこそ、すべての悩める衆生を救うという阿弥陀仏の約束なのである。
わたしたち人間は、ただ生きるというそのことだけのためにも、他のいのちあるものたちのいのちをうばい、それを食することなしには生きえないという、根源的な悪をかかえた存在である。
山に獣を追い、海河に魚をとることを業が深いという者がいるが、草木国土のいのちをうばう農も業であり、商いもまた業である。敵を倒すことを職とする者は言うまでもない。すなわちこの世の生きる者はことごとく深い業をせおっている。
わたしたちは、すべて悪人なのだ。そう思えば、わが身の悪を自覚し嘆き、他力の光に心から帰依する人びとこそ、仏に真っ先に救われなければならない対象であることがわかってくるだろう。
おのれの悪に気づかぬ善人でさえも往生できるのだから、まして悪人は、とあえて言うのは、そのような意味である。

念仏とは、それをとなえる者にとって、修行でもなく、善行でもない。
それは自分の決意や労力によって行われる行ではないからだ。だから「非行」である。
自分のちからによって積まれる善でもない。だから「非善」という。
念仏はひとえに、阿弥陀仏の大きなはたらきかけによって、おのずと発せられるものである。故に自分の行う修行でもなく、またいわゆる善行とはかけはなれたものなのである。

また、念仏を口にしながら、どうしても自分のちからで往生をもとめようとする人がいる。みずからの才覚で善悪の判断をし、善いことをすれば浄土へ行くことができるのではないか、悪をなせばその妨げになるのでは、などと勝手に考えるのだ。
そういう念仏は、阿弥陀仏からいただいた念仏ではない。念仏の大きなちからさえ信じていないのである。
しかし、そういう人びとは絶対に往生できないかといえば、そうではないのが阿弥陀仏のふしぎなちからだ。それらの人も自力の念仏をはなれ、他力の念仏に目覚めて念仏すれば、いつかは浄土の辺地へたどりつき、やがては真実の浄土に往生できるだろう。そのことこそが、仏からさずかった名号の大きなちからであり、同時に阿弥陀仏の誓願のふしぎなはたらきなのだ。
そうであれば、仏の約束を信じることと、念仏のちからを信じることとは、同じ他力のはからいであって決してべつべつのものではないことがわかってくる。

尊い経典やそれについて書かれた本などを深く学ばない者は、決して浄土に往生できないだろうという人がいる。
これはまったくもって見当ちがいの意見である。
本願他力について説かれたさまざまな正しい経典、書物には、「阿弥陀仏の約束を信じて念仏をする者は、かならず浄土に行ける」とある。そのほかになんの学問が必要というのであろうか。
しかしそれでも納得できない人は、好きにどしどし学問をして阿弥陀仏の真意を究めてみたらよい。しかしそれでも教えの本意がどうしても納得できないとしたら、それは不憫としかいいようがない。
何度も言うように、文字も読めず、経典などの意味もわからない人でも、だれもができる信心のかたちとしてのやさしい念仏であるから「易行」というのであり、だからこそ意義があるのである。


感想
悪人正機と言って、悪人でもひたすらに念仏を唱えれば必ず極楽浄土へゆけるという、一般には受け入れられない事を書いているのですが、なるほど人間は殺生しなければ生きてはいけないのであって、その点からすれば誰しもが悪人になります。キリスト教の原罪と似たような出発点で、なかなかに興味深いです。
阿弥陀仏は誰でも救うのだから簡素な教義で良い、すなわち『南無阿弥陀仏』と唱えるだけで往生できるとしたのは画期的だと言えますし、大いに共感できますが、すべてを阿弥陀仏に委ねるという『他力』には若干の違和感というか、それじゃあ阿弥陀様の操り人形じゃん!って思ってしまいます。

他力、というキーワードが出ましたが、これって西田幾多郎のいう純粋経験と通じるものがあるように思います。どちらも自分から離れた「神懸かり的な」もので、西田は阿弥陀仏の教えを基に純粋経験を考えたのか、それとも全くそれを知らないままに純粋経験の論理に至ったのか……。
僕の評価はA−にします。

山崎亮『コミュニティデザインの時代 - 自分たちで「まち」をつくる』 

January 28 [Sat], 2017, 11:22




第1章 なぜいま「コミュニティ」なのか
だとすれば、当然現在の総人口は多すぎる。多すぎる分は、海外から輸入した水や野菜や肉、無理矢理生み出したエネルギーなどに頼って生きていることになる。人口が減ることは不幸なことなのか、それとも適正な規模に戻ろうとする健全な動きなのか、僕たちはもう一度考えてみる必要がある。太りすぎた日本のダイエットに無理が生じないよう、緩やかに適正な体重まで戻していくための政策が必要なのかもしれない。
話を市町村に戻そう。日本全国の人口が減り、これが適正人口規模へと近づいているとすると、それに先駆けて人口が減り始めた地方の市町村はまさに理想的な人口規模へと近づきつつあることになる。だとすれば、人口が減少していることを嘆くだけでなく、それぞれのまちや流域で生活できる適正な人口規模を見据え、その人口に落ち着くまでのプロセスを美しくデザインすることが肝要である。1920年以降の人口減少を踏まえて「昔はよかった」というばかりでなく、「昔は少し無理をしていた」と考えてみると、さらに長い歴史のなかで出来生だった人口規模に戻ろうとする地元の将来像がどうあるべきかをポジティブに考えることができるかもしれない。人口10万人の市が5万人に向かおうとしているのであれば、それに抗って人口を再増加させようとするのではなく、すでに5万人になっているまちかどがどのように幸せな生活を実現させているのかを研究すべきだろう。

都市部では「私」が閉じることになり、それ以外は「公」なのだが、「私」がつながっていないので、「共」が生まれず、「公共」が生まれにくい。自ずと「公」は「官」と近づいていく。長い間、「官」がほとんどの「公」を担ってきた(もちろん、回覧板や町内会の掃除なども残っているが、そこに参加しない「私」が増えている)。しかし、もはや「官」が「公」を担い続けることは難しい。税財源も縮小しているし、人びとはつながりを求めている。もう一度「私」をつなげて「共」をつくり、それを外部に開くことによって、「公」をつくり出すことが必要だろう。「新しい公共」という言葉が使われるが、これは結局「古くて新しい公共」ということなのだ。

第2章 つながりのデザイン
コミュニティにおける人間関係にはほとんどの場合お金が発生しない。誰かに何かをしてもらうと「ありがとう」という感謝の気持ちを伝える。と同時に、「あの人には世話になったから、今度は何かでお返ししなくちゃ」という気持ちが残る。この気持ちが、世話をした人と世話になった人をつなげ続けることになるのだろう。
世話になった人が後日、結構な「お返し」をすると、今度は逆に世話をした人が感謝することになる。「自分が世話した以上のお返しをもらった。今度はこちらが何かできることでお返ししなくちゃ」と感じる。いわば、いつまでも「お釣り」が残る関係だ。その結果、つながりが持続されることになる。
これをお金で処理し始めるとつながりはそのつど切れていくことになる。「世話してもらったので3000円支払います」ということになると、それで関係をいったん切ることになる。場合によっては「金で解決する」ということが、「あなたとは今後つながっておきたくはないのです」というメッセージになることすらある。
その意味では、現金を介さない関係を多様に持っておくことがつながりを豊かに持った人生をつくることになるわけで、コミュニティはまさにこの種のつながりをいろんな方向に持った人たちの集まりだといえよう。

たまに「コミュニティで活動することはいいかもしれないけど、まちづくりは最終的に儲からないとやっている意味がないのではないか」という意見を聞くことがある。この場合の「まちづくり」は、経済的な成果を目的にした活動として捉えられているのだろう。「まちおこし」という言葉についても同様の響きを持つことが多いようだ。「まちの活性化」という言葉も、活性化というのはつまり経済の活性化だという話になることが多い(だから僕はあまり活性化という言葉を使わないようにしている)。金と物だけが豊かさの指標ではないといわれているにもかかわらず、「豊かなまち」ということになると経済的に豊かかどうかが問題になってしまうのは寂しい。まちが豊かになること、まちが活性化することは、そこに住んだり働いたり訪れたりする人たちが生き生きしている状態であり、豊かな人間関係を持っていることであり、金や物もそこそこに持っている状態でもある。個人における「豊かさとは何か」はかなり考えられてきたものの、まちの豊かさということになると急に20世紀型の豊かさや活性化の概念に戻ってしまうのは少し残念なところである。
そもそも経済(経世済民)という言葉も金だけを意味する言葉ではなかったはずだ。世の中をうまく治めて人々の幸せな生活を実現させること、つまり、地域の課題を乗り越えて人々が豊かな人生を送ることが目的だった。それがいつの間にか「経済的な成功」ということになると「お金がたくさん手に入った」ということとほぼ同義になるほど、経済と金はひっついてしまった。僕らはもう一度、「経済」や「豊かさ」がどんな要素が成り立っているのか、じっくり考えてみたほうがいい時期にさしかかっている。人とのつながりや、人からの感謝や、自分の役割が増えることや、自分にできることが増えることの価値。こうしたものと金や物を持っていることとが組み合わさって、僕たちの豊かさは成立しているはずだ。
そして、まちの豊かさも同じような要素で成立しているはずなのである。

日本におけるコミュニティデザインは、おおまかに分けると3種類に分類できそうだ。第1のコミュニティデザインは、建築物などのハード整備によってコミュニティを生み出そうとするもので、日本では1960年代から盛んに行われるようになった。第2は、建築物などのデザインにコミュニティの意見を反映させるもので、こちらは1980年代から盛んになった。そして第3は、建築物などのハード整備を前提とせず、地域に住む人や地域で活動する人たちが緩やかにつながり、自分たちが抱える課題を乗り越えていくことを手伝うものであり、2000年以降に多く見られるようになった取り組みである。
第1のコミュニティデザインにおける代表的な例は、1960〜70年ごろに盛んだったニュータウンなどの住宅地デザインである。これは、「生活の入れ物」をうまくデザインすることによってコミュニティを生み出そうという試みだったといえよう。つまり、ハード整備によってコミュニティをつくり出すという発想のコミュニティデザインだ。
こうした発想が登場する理由のひとつに、ワルター・グロピウスという建築家の思想が存在する。
著名な建築家だったグロピウスは、1945年に発表した「コミュニティの再建」という論文のなかで、「建築することの最終的な目的は人間関係の確立だ」と主張している。
(―中略)
グロピウスの考え方はすぐに日本でも紹介され、郊外における住宅地の開発に生かされた。特に1960年以降に開発された大規模ニュータウンには、必ず「コミュニティセンター」や「コミュニティプラザ」なる施設がつくられ、ハード整備によってコミュニティを生み出そうという努力が繰り返された。ニュータウンが完成すると、見ず知らずの人たちが引っ越してきて同じ住宅地で生活することになる。この人たちが生活のなかでお互いに顔を合わせて挨拶するような住宅の配置はどうあるべきか、日本のコミュニティセンターにはどんな施設があるべきか、などが盛んに検討された。
(―中略)
こうした試みは一定の成果を見ることになるが、一方で新たな課題も生じてくる。地域の人間関係を生み出すようにデザインされた住宅地だったが、そのデザインの主体は専門家だけであり、その地域に住む人たちの意見が反映されない場合が多かった。行政と専門家だけで公共施設をデザインし、住民はそれを甘んじて受け容れるだけ。なかには住民のニーズに合わない施設がつくられ、完成したのにほとんど誰にも使われない施設もあった。
「公共施設のデザインは、将来その施設を使う住民とともに考えるべきではないか」という発想から生まれたのが第2のコミュニティデザインである。これは「コミュニティによる施設のデザイン」と言い換えることもできるだろう。
こうした動きは1980年ごろから顕著になった。計画づくりに住民が参加すれば、その施設ができあがった後も引き続き住民はその施設を大切にするだろうし、使うだろうし、維持管理にも関わるだろう。さらにそのプロセスで人と人のつながりは強固なものになり、今度こそ目指していたようなコミュニティができあがるだろうという考えである。つまり、第2のコミュニティデザインは、コミュニティが参加して公共施設をデザインすることによって、住民のコミュニティ意識を高めることが目的だった。
(―中略)
しかし、施設をつくるという理由だけで人が集まるわけではない。楽しいことが始まるというだけでも人は集まる。自分たちが困っていることを解決するために集まる場合もある。集まるきっかけは何であれ、そこに人のつながりが生まれ、コミュニティが誕生し、地域の課題を乗り越えることになれば、コミュニティデザインがこれまで目指してきたことと同じではないか。そう考えるようになった。つまり、第3のコミュニティデザインはハード整備を前提としないものであり、第1や第2のコミュニティデザインが掲げてきた目標と同じく、コミュニティ=人のつながりをつくるための手法だといえる。
(―中略)
第3のコミュニティデザインについては、「ものをつくることを前提としないコミュニティデザイン」というほどのイメージしかない。まだその活動の全貌が整理されているわけではないし、体系化されているわけでもない。僕が関わっているプロジェクトを以下に列挙するなかで、その特徴を感じ取ってもらえれば幸いである。
たとえば、利用者が減った公園を楽しい場所に変えていくためのコミュニティデザイン。公園周辺で活動するNPOなどを誘って公園で活動してもらい、その活動に興味を持って来園する人を増やすという方法である。このとき、パソコン教室や英会話教室のように、従来であれば公園で実施するようなことではないかもしれないと思う活動を公園へと呼び込み、これまで公園に興味を持たなかったような人たちに公園を利用してもらうことが大切である。
こうした考え方はデパートのマネジメントにもいえる。鹿児島のマルヤガーデンズは、従来であればデパートで行われるような活動ではないようなことをデパートのなかで行うことによって、これまで訪れなかったような来館者を呼び込んでいる。こうしたお客さんがデパートで何かを購入して帰るという流れをつくり出すことが、単に商品やサービスの魅力を訴求し続けてもうまくいかないデパートの経営に新たな方向性を示すことになる。
同じことは商店街にもいえるだろう。郊外型の大規模ショッピングセンターやインターネットショッピングで買い物する人が増えているいま、商店街へと買い物に来てくれるように駐車場を広げたり、流行の店を誘致したりしても勝負にならないことが多い。むしろ、市内各所で活動していたコミュニティの方々を商店街に呼び込み、空き店舗やアーケードでさまざまな活動を展開してもらい、いつ行っても誰かが何かをしている商店街だという印象をつくり出すことが重要である。宮崎県の延岡市では、駅周辺や商店街を楽しい場所にするため、市内で活動するたくさんのコミュニティが立ち上がった。コミュニティの活動がファンを増やし、一定の人を駅周辺や商店街へ呼び込む。
商店街がいくつのコミュニティと関係を持つのかが、結果的に商店街を訪れる人を増やすことにつながり、空き店舗で新しい店を出したいという若者を生み出すことにつながるわけだ。

第3章 人が変わる、地域が変わる
まちづくり活動やコミュニティ活動は、仕事の延長だと考えるのではなく、レクリエーションの一部だと考えるほうがいい。テニスをしたり、野球をしたりするのと同じだ。そのためにテニスコートを借りたり野球場を借りたりしなければならないのであれば、メンバーみんなでお金を出し合って楽しむ。これと似ている。コミュニティ活動も、基本的には自分たちが楽しむために行うものであり、必要ならみんなで資金を出し合う。そこで得たことが、自分の仕事の活力になり、新鮮な気持ちで働くことができるようになる。まさにレクリエーションである。活性化とは本来こういうことを指す言葉だろう。
ところが、まちの活性化というとどうしても「経済活性化」ということになり、それはつまり「金銭的に儲かること」といういみになってしまう。まちの活性化というのは、まちを構成する一人ひとりが活性化することであり、つまりは「よし、やるぞ!」という活力を得ることのはずだ。「生きていくための活力を得る」ことが活性化であり、多くの人がそう感じることができるようになることが「まちの活性化」である。
そう考えると、金銭的に儲かることも「よし、やるぞ!」というモティベーションにはなるが、逆にモティベーションを高める要素は金銭だけでないことも確かである。一緒に活動する人に励まされることもあるし、活動の結果が大きな達成感を与えてくれることもある。まちの人たちから感謝されて嬉しくなることもあるし、いままでできなかったことができるようになることもある。こうした経験すべてがやる気につながり、さらなる創造性を沸き立たせてくれることになる。その意味では、まちづくり活動やコミュニティ活動はレクリエーションの一種だといえよう。
さらに細かく考えると、そもそもレクリエーションという言葉が労働側に軸足を置いた発想であるのが少し気に入らない。労働でへとへとになった人がレクリエーションで英気を養い、その結果また労働に集中するための「リ・クリエーション」になってしまっているのはもったいないことだ。
むしろレクリエーション自体を楽しむという発想があってもいい。
レクリエーションは余暇活動と訳される。つまり「余って暇な時間にやる活動」ということになる。しかし、実際には労働と余暇という関係、つまり主従関係ではなく、どちらも対等に大切な関係にあると考えたほうが自然だ。あるいは両者が渾然一体となった働き方や生き方もあるだろう。僕らの働き方はまさにそれが混ざっていて切り分けられない。働いているのか遊んでいるのかわからない時間ばかりだ。しかいs、その両者がうまく刺激し合い、成果を生み出してくれている。同様の働き方をしている人はきっと増えているだろう。友人を見渡してもそのタイプの働き方にシフトしている人がかなり多いことに気づく。すでに労働と余暇をふたつに切り離して、労働力を回復するためのレクリエーションに励む人は少なくなっているように感じる。
その意味では、まちづくり活動やコミュニティ活動が「リ・クリエーション」だともいい切れない。むしろ、「どっちが本業かわからなくなっちゃいましたよ」と笑いながら活動する市民の笑顔を見れば、何が大切なのかがすぐにわかる。
僕たちはまちづくり活動やコミュニティ活動から多くのものを得ている。儲けている。それは金銭的な儲けに限らない。むしろ、活動の初動期は金銭的な儲けはほとんどない。が、やっていて楽しいと思えることがあれば、活動を続けてしまう。何年か経って、活動が認知され、人びとに求められるものになった後に、金銭的な儲けも少しついてくるようになるかもしれない。が、それはもともとの目的ではない。


感想
コミュニティデザインの仕事について興味深く読みましたが、『草の根運動』という言葉がピッタリだと感じました。
市民が生き生きとする仕掛け、まちの活性化、等と聞くと、どうしても派手さや大きな変化をイメージしてしまい、でもまちを見渡してみても、『なんだかなぁ〜』『変わらないなぁ〜』と思うんです。けど、『彼らの仕事は「まちづくりに携わった市民」が生き生きとし、新たな人との交流を促進させて、心の財産を育てていくもの』だと考えれば、理解できます。派手さはないし、一般市民にはまちが良くなったのかどうか分からなくても、携わった人々が幸せになるのは素晴らしいことだし、『そういうのがコミュニティデザインによるまちづくりだ』と改めて感じました。

コミュニティデザインの仕事をする人の資質について後半で触れられていましたが、求められる能力が多く、(『話す』『書く』『描く』『調べる』『引き出す』『創る』『作る』『組織化する』『まとめる』『数える』)『こんなにたくさん能力があれば、他の仕事でも十分活躍できるのでは?』と思いました。

今までつながっていなかった人達を『まちづくり』というテーマの下につなげていく、接点を作る、0から1を生み出す、というのがコミュニティデザインならば、とても素晴らしい事だと言えます。しかし、僕のような『まちづくりには興味あるけど、実際に何も行動していない』人はたくさんいるはずで、
何の取っ掛かりもない人をどうやったら巻き込めるか、言ってみれば人材発掘になるのですが、まさか『私はまちづくりに興味があります』プラカードを下げるわけにはいかないし(笑)、でもこれってコミュニティデザインだけに留まらず、転職や結婚相手探し等、『何かを求めているけど公にはしていない個人情報』をうまく扱えるような場があればいいなと常々思っています。
僕の評価はA−にします。
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