大津いじめ問題その本当の原因は日本の国民性にあるのではないか?

July 28 [Sat], 2012, 0:04

TVタックルを見てわかったこと。まず、教育委員会制度には大きな欠点がある、それは何か不正が起きた時に、その問題を指摘できる人間がどこにもいないことだ。

教育委員会という組織は月に一回か二回しか集まらない、非常勤の人間だけで構成されている。

そのため、実際に学校教育について何か進言をすることができるのは、「教育長」と呼ばれる役職の人間になる。

ところが、その教育長という役職には、通例として、元教員だったり学校関係者、あるいは地域の有力者などが就任することが多いらしい。

そのため、実際に学校で何か起きたとしても、元教員の教育長として、それを指摘するということは仲間を裏切るような行為に値するため、黙って見過ごすことになる。

悪いことをしている人間を問いただし、正しい道に軌道修正するためには、厳しいこと言える人間が必要である。

そして、その役割は身内どうしの中ではこなせない。

身内構造は教育委員会や役所にとどまらない

こういった外部から厳しいことを指摘することができない、いびつな組織構造は、教育委員会だけではなく、最近であれば原発問題の原子力安全保安院などの組織にも同じことがあてはまった。

では、政府や役所、公務員の組織以外では、こういった構造ができ上がらないのだろうか。

そうではないと思う、例えば農協(農業協同組合)でも同じような組織、同じような組織構造があることが知られているし、一般の企業においても同じようなことが起きているんじゃないだろうか。

例えば、病院にも身内ネットワークは複雑に絡み合っているし、先日のオリンパスの不正会計の暴露問題についても全く同じ事だ。

結局、権力構造というものができあがってしまうと、日本人はそのピラミッド構造に支配されてしまい、権力を持った人間に正しいという指摘ができなくなってしまうのである。

欧米では、デモや、裁判というものが非常に普及していることもあり、悪いことを悪い、そう言うのが正しいという道徳がきちんとある気がする。

しかし日本は古来より、年長者を敬う道徳観念があり、老人を敬うというだけではなく、例えば、小学校の地区の登校班でも、班長である六年生の言うことを下級生は聞かなければいけないし、野球部という組織の中でもやはり上級生の言うことは絶対である。

これらの日本の年長者を敬うという考えは、どちらかと言えば軍隊に近く、年長者の言うこと、上長の言うことは絶対である。

(しかし、その組織を離れて、お酒を飲みはじめると、とたんに上長の愚痴を行ったりして、従順なのか反抗的なのか不思議な国民性なのだが。。。)

悪いのは国民、政府はその姿を写した鏡にすぎない

大津いじめの問題に話は戻るが、もし、このいじめを、教員や教育委員会ではない、ほかの大人言えれば、それで問題解決しただろうか?

そうでもないと考える。例えば、いじめている子供が、自分と同じ町内会の、なかなかに親しい知り合いの子供であれば、絶対におおごとにしたくないという心理が働くだろう。

いきなり、そのいじめっ子の家のインターホンを押して、

「あなたの息子は劣悪ないじめをしていますよ。どういう教育してるんですか?」

そういうことは言えないのである。

なぜなら日本人は村組織で生き、コミュニティーを最大限に重視するから、和を乱すことは嫌うのである。

結果として、子供が勇気を出して、学校外の大人に問題を言えたとしても、「まあまあ、子供たちどうしの問題ですしね、そんなおおごとにすることでも、ははは。」という結末になるのがおちである。

コミュニティに属さない人間を、いじめの相談役に据える

そのため、このいじめ問題を解決するためには、コミュニティに属さない人間を目付け役としておかなければいけない。

方法としては、一つの街だけではなく、郡や市など、ある程度大きなコミュニティでいじめ対策の組織を作り、A町の監視は、B町から出された監視役が行うというように、厳しいことを指摘しても、指摘した人間の後味が悪くならないような人事配置をしなければいけないと私は考える。

こういった、町を超えて、郡や市、県という広い範囲を、民間の人間がやるのは少し難しいかもしれないため、ここで警察という組織が動いてもいいのかなと考えている。

学校という聖域に警察という組織が入る事を嫌う人間も多いが(教育は独立した機関であるべきとの思想がある)、コストや組織編成などを含めて現実的な解決策としては、これが一番有効ではないだろうか。

警察はすでに県警という巨大な組織が出来上がっており、上官の指示がすぐに行き届く組織構造を持っているため、A町のいじめの窓口や解決をB町のお巡りさんが担当するというシステムを作ればいい。

結局、いじめ問題の根っこは、日本の国民性(村意識)にある

ということで、結局、こういう隠ぺい体質の組織が出来上がる根幹となる原因は、日本人の国民性そのものにあるのではないだろうか。

和を守ることこそ日本人の美徳ではあるが、言うべきときは隣人でも厳しい事を言うことが大事なんではないだろうか。

隣人に厳しいこと言う人の代表格である、どの町にもいるカミナリ親父は、他人の子供も平気でしかることができるが、隣の家の親しい大人にも同じことが言えるだろうか? (アニメを見てると、カミナリ親父は大人相手になると、急に普通の誠実な人になってしまう。。)

この和やむら意識によるメリットもとても大きいと思うので、これが日本の国民性だと言えばそこまでになってしまうのだが。。

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