2005年→2015年 

2015年12月06日(日) 23時26分

夏至、 

2013年06月22日(土) 13時02分

大晦日。 

2009年12月31日(木) 22時48分
間もなく2010年になるようで。

定番ながら今年を振り返ると。


その時々は楽しく過ごせたことが多かった気がする。

成人式行ったり。

腕折ったり。

新しいサークルを二つ始めたり。

ゼミが始まったり。

ちょくちょくライブやら何やらに出かけたりして、

「ホンモノ」をまじかで感じたり。


危険点越えたり、奇抜な何かがあったりしたということも無い、

安全の範囲内ではあるけれど、いろいろなものと出会えたのかな。

また今あるものを深めることも少しは出来たかな。

もちろん遣り残しもモヤモヤもある。

けどこんなもんかというのが二十二回目の大晦日の感想だ。

なんか高望みすることが減ってきたけど、

種々のめぐり合わせというか

今・自分・環境をいろんな方向から、そしていろんな方向へ、を

少しずつながら把握できてきたよ。

とりあえず卑近な目標は来年は勉強するなり何なり頭を使うこと。



いやー成人式周辺からもう一年かー。

速いね。率直な感想。

が、数年単位では別段早いとは思わないのは何でだろう。



戯れに四年前のこのブログの大晦日の日記を読んでみた。高2の頃の。


あれだ、今とそう変わんないね。

当時の自分を若いなぁとも思わないし。

かといってこの4年間を成長してないから無駄だったとか

そうとも思わなくて。

そして自分の懐古趣味が年々薄まってるのを感じて。


あまり過去を顧みなくなってきたのかな。

だから時間を早いと思わなくなったのか。

わかんないね。

ただ十代の頃の自分なら、

こっからすぐに「とりあえずの答え」に帰結させた気がする。

今はそのままにほっとける感じがする。


恐らくこれは成長じゃなく変化じゃないだろうか。


うーん、まぁ何にしろやっぱり年齢の寡多では人は判断できないなと、

自分自身を通してあらためて感じるよ。

「人間の物事の考え方」ってホント不思議だわ。

まぁ何とか、どんなものでも受けいられるような器だけは日々広めたいよ。


「勝手に自問自答して、そして今年を締めくくる。。

自分らしくて、いい年末だ。 」


とは四年前の自分の言葉であるが、

あえて引用して今年のものとしても残しておきたい。


さておいでませ。

タイトル。 

2007年08月25日(土) 19時48分
遊んでるとき、「お前中途半端やなー」と友人に言われたので。


じゃあ中途半端が僕のアイデンティティ。としよう。気まぐれに。


んで、アイデンティティなんだから貫こうとする。としよう。


どこまでも中途半端を通したら、

もうそれは中途半端じゃない。


矛盾してる。

アイデンティティの崩壊〜。

自分の中身が自分のものではないんだから。


でも自分が思ってる自分をよく掘り起こせば、

また新しい自分が見えてくるのはよくある話で。


つまりは自分が自分のことをよく分かっていなかったと。


よく「他人が自分のことを理解してくれてない」的なこと言う人がいるけど、

「自分にも見えてない自分」も必ずいるわけで。

つまり自分も他人も「自分」となる人を片方だけで知りえることは不可能。

つまり自分が存在するには、自分だけでなく他者の存在が不可欠。



どっかの学者が自分というものを四つに分類出来ると言ってたっけか。

自分も他人も見える自分。自分には見えてるけど他人には見えない自分。

他人には見えてるけど自分には見えない自分。他人も自分も見えない自分。


自分は有限だからそれを四つの領域とすると、こう分かれるっていう。

精神の安定には一番前者の状態が広いと良い。


それを広くするには、

そして前半の話も含めて言えば、


他者の存在と他者との対話。が重要だと思う。

まぁその他者がどんな人か、どう関わるべきかはここでは置いといて。



そして。


僕は人との対話が好きなんだけど、

僕は人と話すことでその人のことをよく知ろう、

と思うのと同時に

人と話すことで自分を知ろうとしている。



云々かんぬん。




と、自分のアイデンティティを中途半端としたらこういう論になるわけで。

こんなこと、既知だよね。



でもやっぱり自分の周りの人には話をふっかけようっと。


自分のアイデンティティが分かりつつある気がするよ、やっと。


しかし上の読み返すと穴ぼっこだらけだな。

要は、要は、を繰り返しだよね。話の展開が。

もっと字詰めでちゃんと論として成り立たさねば。



とは思わない。

なんとなく、でいい。

今は。


いつか一端に気取って

評論とか小説とか自発的に書いてみたいと思ったとき。

やればいい。

自分はこれを作ったんだという自負こそが

芸術の第一歩だと思うんだよ。

その自負なき今は、観念の方を鍛えましょうね。


とはいっても、人見知りをしてしまうので

結局は周りの人とのおしゃべりに終わってしまうんだよね。

難しいし、もどかしい。


やはり中途半端なのです。

不合格。 

2007年03月23日(金) 23時51分
落ちた。つるっと。素麺みたい。


故に浪人、やっちまったなぁという感じ。。


私大にも落ち、前期に落ち、下げた後期にすら落ちた。

もはや、ありゃりゃってちょっぴり普通に能天気に

笑ってしまう自分もいる。


これも因果応報?

まぁ、受験なんてそんなものだな。


とりあえず僕の新たな一年を始めなければ。

長いのか、短いのか。

分かんないけど、

十年後に笑える一年であれば、それに越したことは無い。


ま、十年後でなくてもいい。

今笑いながら過ごせれば悪くないかもしれん。

後期試験終了。 

2007年03月12日(月) 18時25分
前期は不合格。。

3月8日の昼過ぎに大学に合否見に行って、番号無くて。


そして今日、後期試験を受けてきた。

結果は、うーむ、微妙な。

傾向変わったし、何点とれるかもよく分からない。

一応センターはA判定出てるけど

二次で逆転されてA判定でまさかの前期落ちをしてしまった人を何人も見たし、

どうなることやら。


前期試験が終わった直後はとっても能天気。

受かるかな、と思ったけど甘かったようだ。


この三日間学校行って、前期落ちの友人や後輩と喋ってるときは気が紛れていたけど、

家に帰るとうあーめんどくせーと思う。


まぁこれが現実だから向き合うしかないね。


最初は「前期試験本番で失敗してしまった」と思った。

でもよくよく考えれば、違う。

当日は三年間の集大成。

そして三年間の集大成=真の実力。

ゆえに自分の人間性の問題だ。

本番で落ちたのはやっぱ自分の甘さ。


万一、浪人したらまた一年。

再び春夏秋冬過ごしてセンター受けて二次受けて合格発表待って。

それは嫌。


しかし自分が無為に遊び呆けてしまった時間には後悔の念が浮かぶが、

こうすると決めて行った放浪とかにはそういう気持ちは浮かばない。

悔いも無く、間違ったとは思わない。

むしろ、やはり有益だったとすら思う。

ので、ある意味それは救いだし、

自分の根幹がこういう厳しい状態にあっても揺るがないのは、

発見とともに嬉しくもある。


なるようになる、だね。。

受かるも落ちるも、幸か不幸かも未来の自分が決めることよ。

二次を前にして。 

2007年02月11日(日) 0時40分
センター試験も終わって、一段落着いた今日この頃。

二次試験にむけて、僕の周りの人たちはかなり勉強してるようだ。

僕はといえば、まだ無勉な日のが圧倒的多数という、

他の受験生からすれば死ねばいい的人間であるが、

やる気出ないんだもの。

これで落ちてもまぁしょうがない。

僕の無意識の部分がそれを望んだんだろう。



ところで気がついてみたら、あと二週間で二次試験。

んでその四日後には高校卒業。早い…。


この三年間、何の成長が自分にあっただろうか。

特にないと思う。


サボり癖は変わってないし、趣味とかもそう変わってない。


僕の周りには、高校入って変わった奴が結構いる。

そして、それを見て僕は少し切なくなる。。

外見だけなら良い。

ちょっとした所ならばいい。

しかし、そいつらしさは変わってほしくない。



僕はといえば、変わらない人間になりたい。


もちろん現実的に考えれば、僕の体は常に新陳代謝で変化している。

新しくなって、そして老けていく。


ただ僕の根本的なところでは常に今のままでいたい。

つまり精神は。

単に変化への恐れ、というのもある。

しかし、今の自分の素を信じたい。

そして自分が自分の故郷であり、

人にとっても精神的な故郷でいられるような。

スピリチュアル・カントリーホームですかね。あってるか知らんけど。

もちろん、古臭いだけでなく、ね。

他を受容できるような拡がりをもった上で。


変化なしでは時代遅れになるけど、変化しないからこその価値もあるはず。


自分の根本が何かもしっかり言い表せないガキだけども、

それが僕の内面的な「夢」かもしれない。


じゃあ、僕の外面的な「夢」はなんだろうな?

これまた正直、まだ決めてないというか、探しきれてないというか。



そもそも外面的とか内面的ってなんぞや。

夢って何ぞや。

言語ゲ〜ム。


言葉なんて使わずに、

布団入って目を瞑って

額あたりに浮かんだ点と線のぐちゃぐちゃが、

本当の僕かもとたまに思う。

言語というものに制御・統合されてるだけで。



ただそれだと、意味不明だから。



高校入って、

いろんな人をみて、

いろんな事があって、

いろいろ考えて、

背も伸びなくなって、

時間が経って。



今の等身大の、パソコンに向かってぼけーとしてる僕がいる。

これは明らか。


そして何年後。何十年後。

未来の自分は。

分からない。

分からないからこそ、生きてみるしかないわけで。



そう考えれば「夢」だの「成長」だのは、いつでも後付けできる。

「意味」だの「意義」だなんてものも、適当に見出せる。


何をしたか、は棺桶の中で考えるとして

何をするか、を考えておけば今生きてる僕は困らない。


まぁ何をするかを考えても、実行せずウダウダな僕は

死んでしまえば良いと言われても否定出来ないっていう。


そしてきょうのこの日記の最初に戻るのであった。

余命三十日。 

2006年12月24日(日) 12時57分
このブログを始めたのが、ちょうど一年前の今日。

まさに「光陰矢の如し」って感じで過ぎていってしまう、この頃。


あえてクリスマスってとこには触れない。笑


センター試験まであと三十日も無いらしい。

この冬休みが勝負とのこと。

僕は、最近の模試の判定だと第一志望校はマークも記述もC判定だから、

あまり余裕のある状況では無い。


それにしても、この二ヶ月間僕は何をしてたんかな。

今、思うと大して何もやってない。

ただ淡々と学校いって授業受けて放課後は遊んで…。


♪何でもないようなことが〜幸せだったと思う〜♪

ザ・虎舞竜じゃないけど、

やっぱ何気ない時間にも大事なことがたくさんあった気がする。

僕はこの二ヶ月間それにあまり気づけなかった。


残り卒業までの三ヶ月弱の間。

将来振り返ったときに、

「何気ない日々だった」なんて言葉で終わらせたくないようにしたい。

勉強云々に限った話じゃなく。

もったいないよね、この今が。


そういや部活の後輩二人が、東海大会に行く。

去年に引き続き、二年連続とはなかなか凄い。

一昨日の全校集会の壮行会では、おちゃらけ振りを発揮し過ぎだったけど、

まぁ何とか活躍してもらいたいと思う。


東海大会っていう何気ない日々では無い場を、大事にしてもらいたいね。

最後のマーク。 

2006年10月25日(水) 20時32分
今日の授業中、何か運動場の方からドコドコドコっと大きな音が聞こえてきた。

平日だから部活の応援とかじゃないだろうし、何だろう?と不思議に思っていると、

今日は一・二年生のサッカー・ハンドボール大会という行事がある日だと気づいた。


去年や一昨年なんかはサカハン大会つったら結構な一大行事だったのに。

いやー、季節ってどんどん過ぎてくなぁ。


今週の土曜には、最後の河合塾の全統マーク模試がある。

この模試とドッキングで判定が出る全統記述の方は間違いなくE判定だから、

何とかマークで点とって、ドッキングでは中和しないといけない。


めんどいけどやるしかないのかな。

人生においてそういう時期だからと割り切るしかないし。



先週の金曜だっただろうか。

部活の後輩と会ったので、少ししゃべった。

会話の内容は進路だとか、まぁありふれた内容。

でも最後にこう言った。

「最近の部活、正直たるい」と。

別にやる気がないとかでなく、部内の雰囲気が悪いわけでもないらしい。

ただ、メンバーが真面目で面白くない奴が去年と比べて多くなったとのこと。


ふーむ、確かにそうかも。

今年は暗い感じの部員が多い気がする。


僕の経験上、喋ってみれば面白いという人もいるけど、

今現在、長く同じ時間を過ごしている同じチームメイトのそいつが言うんだから、

そうなんだろう。

まぁ僕はよく知らないから、適当なことしかいえないけど。




でも僕としては、そんな言葉はあんまり聞きたくなかった。

僕にとって部活は二年ちょいを過ごした場だし、愛着は結構ある。


いつまででもウチの高校のソフトテニス部は、部員にとって楽しい部であってほしい。

そんなもんだろ、OBなんてものは。


そして、そんな風に調子こいて言える場所を持てたっていうのは、

素晴らしいことだとも思う。

エヴァの最終回かよ。 

2006年10月02日(月) 20時20分
僕と友達でいられる人って凄いなぁ、と今しみじみ思ってしまった。


唐突に何を言うんだ、ってことだけど

唐突に思いついたんだからしょうがないよね。


いや、「私自分が大嫌いなの!」なんつー乙女チックな自虐目線じゃなく

自分で出来る限り、自分を客観的に見て、のつもりの話。

「あれ〜俺ってそういえば…」てな感じでふわ〜って考えたらそう思えたっていう。



僕は口下手で、天然系の人のように超越した面白い言葉も発せないし、

関西人のようにネタ話も持ってない。

しかも生まれつき滑舌も良くないし、

めんどうくさいのもあって普段は大きい声で喋らないから

会話はそんなにスムーズにいかない。

あっはっは、めんどいやつ。


まぁ黙ってればカッコいいキャラみたいならそれでいいかもしれんけど、

別に僕は今まで容姿でプラスなこと言われたことがない。

運動も不得意でないけど得意でない程度。

あっはっは。目だたねー。




と笑い飛ばして客観的にそう思える。



つまり僕と一緒にいてもその人に特に得はないし、

有意義な時間を過ごしてくれてるのか分からないよね。


でも今僕の周りには友達と呼べる人も少ないながらもいると思うし、

中学からまだ何人も縁が切れない友達もいる。


ありがたい話。


では視点を変えてみる。

僕の周りの友達は魅力を持ってるから、僕は彼らと友達でいたい。

魅かれるからやね。


なら逆に僕の魅力って何かな。

…言葉には出来ないというか、分からないというか。

待てよ、じゃあ僕の友達の魅力ってなんだろな。

と考えると、友達全員の魅力は、意外や意外に、言い表すのは難しい。


てことは、人間の関係なんてそんなものなのか。

言葉とかじゃないところでほんわりつながってると。

やっぱ自分自分が一人でポン、ポンとあるんじゃなくて

人と人とのつながりの中に割りいってつながっちゃってるみたいな。


ははぁ、じゃあ僕はいてもいいんだと。これでいいんだと。

そういうことすかね。


なんか輪廻っぽい、

エヴァの最終回みたいな結論に至っってしまった。


つーかまぁ正直、結論ありきでこの日記書いたんだけどさ。



とりあえず最低でも自分と縁を持ってる人は大事にしよう、と言いたいのです。
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