台北の「ゆりかもめ」(MRT)
2009.03.14 [Sat] 13:09

台北市内の「大量(Mass) 高速(Rapid) 移動(Transit)」手段です。

ま、いうなれば東京の「ゆりかもめ」みたいなもの(もある が正しいかな?)です。

路線図は←です。

台北の中央駅が赤線と青線とが交差する台北車タン(「立」と「占」とが1文字になった字で日本語ではでない)駅です。

我々が泊まったハワードプラザホテルは、茶色の線の「忠孝復興」(青線との交差点:台北駅から青線で4つ目)と「大安」)忠孝復興から南に1駅)との真ん中(両駅間を徒歩で歩くと焼く10分)にあったので、よく利用しました。





















路線によっては、地下鉄だったりします。転落防止のガードがしっかりしているこの線は青線だったかな。














これは、車内とプラットホームです。綺麗な車内とホームで安心して乗れる印象です。

韓国でも安心して乗れたけど、もう10何年にニューヨークで乗った地下鉄では緊張したなぁ。











これは「大安」駅に入ってくる茶線の車両です。いわゆる「レール」がありません。コンクリートの道の上を走るようです。

先頭車両には、ワイパーがありましたけど、この車両は無人運転なんです。コンクリートの上を走ったり、無人運転だったり…で、東京の「ゆりかもめ」そっくりです。ただ、塗装なんかは、あんまり冴えないなぁ。



この路線では、車両の間の行き来は出来ないようで、ドデカイ連結器がついていました。














これは、大安駅から忠孝復興駅を見た写真で、奥の方に道路をまたいでいるパイプみたいなものが見えますが、これが青路線です。












同じ内容が「ねもっさんの 別なブログ」の 2009.3.13の記事にあります。そっちの場合は、画像をクリックするとアップロードした時のサイズに「大きく」なります。
 

台湾高速鉄道の先頭車両
2009.03.11 [Wed] 05:32

日本の新幹線と同じ顔をしています。

「ニッポンシンカンセン」は、中国や韓国への売り込みに失敗して、これらではヨーロッパの高速鉄道が採用されました。

台湾でも、一旦はヨーロッパ系の高速鉄道になるところでしたが、たまたまドイツでの車輪破損事故があったり、台中での地震があったりして、地震国である日本のシンカンセンが採用されました。



乗ってみると、違和感が全然なくて、日本の新幹線に乗っているような気分でした。ただ、車内の電光掲示板のテロップに「時速298km」とか出るので「やっぱり新しいな」と思いました。間もなく東北新幹線の速度上昇があって、これより速くなるはずですが。

通路のドアは、押しボタンを押さないと開閉しないんですが、ドア付近で人がゴソゴソする度に(ドアが)開閉する日本新幹線よりは、こっちの方が良いかな。

高雄から台北に北上するとき、3座席が左側・2座席が右側でした。大阪から東京へあるいは東京から仙台へなどニッポンシンカンセンで北上するときは、左側が2座席・右側が3座席なので、ちと変な感じでした。「北上・南下」という分類ではなく、「海側・山側」という分類なのかもね。

 

台湾の「定額給付金」
2009.03.05 [Thu] 04:13

自民党と公明党が 2/3 のゴリオシで「定額給付金」を決めちゃったけど…

たった1回の 1万2千円(or 2万円)と引き換えに「未来永劫にわたって、消費税の増額で回収」されちゃう制度なんぞに騙されないぞっ!!

2/3のゴリオシも 次の選挙までだぞっ と。      




台湾を歩いていると

← んな看板とか






← んな看板とかが目に付きました。

そこで、「これなぁに?」とガイドさんに聞いたところ、世界的な大不況の対策で、台湾でも「消費券」という「定額給付金」が つい最近になって配られたそうです。

金額とか方法とかは聞かなかったんですが、台湾でも ミゾユウ(何処かの国の首相 曰く、だけどね)の不況に対しての対策が行われたようですね。


これはホテルの近所を散歩していて見かけた お店 ですが、どうやらコンピュータなどの修理屋さんみたいです。

「毎日営業」という意味かなぁ「7天なんとか」は。それと「24小時」とあるのは「24時間受付け」かなと思ったんですが、シャッターが降りていますょね、電気は点いているけど。

何なのかしらね。
 

台湾の道路信号
2009.03.02 [Mon] 06:02

台湾の道路信号は、見た限りでは 発光ダイオード になっていました。

そうして、一つの信号が 2灯 で成り立っています。で、メインは日本の信号と同じように 赤・青・黄 であり、そばに その信号の状態が あと何秒続くか という数字がカウントダウンされているものが沢山あります(カウントダウン数値は表示されていない信号も結構あったけど)。

これは、横断歩道の信号ですが、上下に2灯 並んでいます。左側は赤信号ですから、人間が立ち止まっている状態を 赤 で表示しています。

右側は、青信号なので、人間が歩いている絵が 青 で表示され、その上に「青信号があと何秒続くのか」のカウントダウンが表示されています。陰になって見にくいんですが、こちら方向の信号は 青 になったばかりで、60秒を表示しています。

日本の横断歩道用信号では、青の人形とか赤の人形とかがデクノボーみたいに動きが無いんですが、台湾の信号では、青人形は、せっせと歩きます。


横断歩道の信号では、赤状態のカウントダウンはみたことがありませんでしたけど、自動車用の信号には 赤信号のカウントダウンをするもの もありました。



やがて、時間が経過すると 当然のことながら カウントダウンの数字が小さくなっていきます。

そうなると つまり青信号がそろそろ終わる頃 になると、それまで悠然と歩いていた 青人形君が 走り出すのょね。

その姿が おかしくって 笑っちゃったぁ 

この話の発端は 「こだわりの台北」+1延泊 にあります。
 

「こだわりの台北」+1延泊
2009.03.01 [Sun] 18:00

2009.2.23(月)から 「こだわりの台北4日間」というツァーに1日延泊を加えて、台北・高雄に行ってきました。

「ツァー」ではありますが、「最少催行2名」のところに2名で行ったので、飛行場・台北間のバスが他人様と一緒だった他は、二人だけの旅行でした。


不当に高い外貨交換レート

成田での集合時間が早いので、念のために成田のホテルに前泊しました。インターネットで交換レートを調べておいたのですが、「1台湾ドル」が「「2.7円」程度が相場でした。で、成田の銀行で両替したんですが、「3.3円」というベラボーなレート。

台湾到着後に空港で調べたら「2.7円」、ホテルで両替しても2.8円程度ですから、3.3円というのは、不当な手数料です。一昨年、ソウルへ行ったときも感じたのですが、10%とはベラボーじゃぁ。


何故か、ビジネスシートで…

乗りなれた「エコノミー」席に比べて、椅子がやたら、デカイんですょね。横には7席しか(2+3+2)並ばないのね。通路と窓の間の席は2席。飛行機は B747-400 です。普通のエコノミー席だと、3+4+3の10席だょね。テレビなんてないしぃ。










チケットには、でかでか と「エコノミー」とあるょん。あ、そうそう、成田での搭乗手続きは 何かレーザー光みたいなのをチケットに当てて、スキャンしたあと、チケットを全部返してくれました。台北からの帰路では、ちょん切られた「半券」しか返してくれなかったけどね。



エコノミーの証拠に、食事は「エコノミー食」だったなぁ。まぁ、お歳なので、これでも多いかなぁ という量であり、十分でしたけど…













残念だったのは、せっかくのテレビだったのに、見たい番組のリストにあった「マンマミィーァ」が、このクラスでは見られなかったことですね。エグゼクティブクラスでは駄目でファーストクラスじゃないと駄目なのかもね。その他の番組は、ほとんど見たいものが無くって、仕方ないので、飛行ルートを見ていました。

でも、これを見ると 落語が聴けないのょね。この地図と落語とは同居できる、と思うけどねぇ。だもんで、帰路には落語に専念しました。

夕食に時間になっちゃったので、後のお話は また後で…


 

松島と鉄道殉職者の碑
2008.10.27 [Mon] 02:00

松島を見てきました。

これまた、誰が撮っても同じような写真になる「絵葉書」写真ですねぇ。乗った遊覧船の切符にあった写真とほぼ同じなので、ガッカリしています。 

さて、最終日(2008.10.20 Mon)は、松島へ行こう、と決めていました。で、地図なんぞ見ないで、インターネットで「古川から松島海岸」の時刻表などを調べたら、仙台経由と古川→小牛田→石巻→松島海岸(陸羽東線・石巻線・仙石線)の二つが出てきて、前者に新幹線を使うと1時間早く着くので、そっちにしました。

でも、よく考えてみたら、「松島海岸」を目指したのがイモで、古川→小牛田→塩釜(陸羽東線・東北本線)とすべきでした。塩釜からは遊覧船で松島海岸に行き、仙石線で仙台。


仙石線は電化されており、仙台・東塩釜間は複線で相当に頻繁に電車があるのですが、仙台から見て、東塩釜よりも先にある松島海岸に行く電車は、非常にすくなくって、朝9時頃に古川を出ると松島海岸には新幹線・仙石線経由で10時半、石巻経由で11時半でした。で、新幹線経由にしたのね。

仙石線は日ごろ見慣れた「こくでん(JR東日本はE電と呼ばせたかったみたいだけど)」で おもしろくも何ともないのですが、、、

「田舎っぺ」がバレちゃいますけど、スイカで決済するコインロッカーを使ったことがありませんでした(上の写真の右側)。スイカで決済すると、合鍵をスイカに出来るのね。入れたときと同じスイカをタッチすると、何処に入れたかも表示されるし、だいいちキーを持って歩く必要も無いのね。、ふぅん便利 便利。

今日のブログのタイトルを「松島と鉄道殉職者の碑」としましたけど、羊頭狗肉にならないように「鉄道殉職者の碑」に話題を変えますね。その前に左の写真は、建物の間にかすかに見える「松島城」です。

「まつしまぁの さぁよぅ ずぅぃがんじぃ ほぉどぅのぅ」の瑞巌寺には、鉄道殉職者の碑 があるんですね(「殉難者」だったかしら?)。

たまたま、瑞巌寺に行ったのは、2008.10.20(月)でしたが、この日は、鉄道殉職者(殉難者かも)の法要が JR東日本仙台支社の主催で行われていました。本堂のご本尊に向かって僧侶がならび、後ろの両側には関係者が並んでいましたが、その席の中央部の両側にも僧侶がならび、お坊さんの数は30人くらいかなぁ、凄い数の僧侶でした。

この寺には、旧国鉄時代からの殉職者(殉難者かも)1600名余が まつられているそうで、そのための碑もありました(上写真右)。

碑の両側にあるのは、見ての通りの蒸気機関車の動輪のホンモノで、綺麗に磨いてメッキしたものが一対ずつです。1個だったか片側の2個だったかは、聞き取れなかったんですが、「一つの重さが2トン半、合計でゴトン」と話しているガイドさんの声が聞こえました。

境内には洞窟が沢山あって、その中で お坊さん達が修行したんだそうです。

松島海岸駅を降りた付近に「焼き牡蠣」を食べさせてくれる店が何軒か並んでいて、「まだ早いけど、帰路には食べよう」と思っていたんですが、遊覧船の売り込みをしている お兄さんのサゼスチョンで、松島から遊覧船に乗って、塩釜に行き、そこからは、相当の頻度ででている仙石線で仙台に戻る、というコースにしちゃいましたので、食べ損ないました、残念無念。

塩釜は、観光地というよりは、地道な漁港で観光客目当てのそんな店はなかったみたい。

遊覧船にはカモメ達が沢山 歓迎飛行に来てくれました。





塩釜港に着いたあと、塩竈神社に お参り しました。ちょっと見慣れない コマイヌさん が居たので、1枚ずつ撮影し、ひとつの画像にまとめてみました。













境内には「日時計」がありました。当日は良く晴れていたので、日時計が使えました。手元の電波腕時計と比較してみたら、ちゃんと合っていたが嬉しかった。 


塩竈神社を正面からみると、このように202段の階段の上にあります。この階段を昇ってお参りをする人も居ましたが、我々は、柔弱にも駅からタクシーで頂上付近まで運んでもらいました。延々と客待ちをした後だろうに、基本料金程度の近距離で申し訳なかったんだけど、運転手さんは快くガイドしてくれました。嬉しいにゃ。 

帰路はタクシーが来た道を帰ろう、と主張する人も居ましたが、ガンコに階段を下りることを主張して実現しました。そしたら、「膝が笑ってる」と言っていました。歌の文句に「肩で風切りゃ 膝が笑って お臍が茶を沸かすぅ」というのがあるのを思い出してクスクスしました。 

 

陸羽東線と鳴子峡
2008.10.26 [Sun] 01:40

古川駅から陸羽東線に乗って鳴子峡に行きました。

古川駅の陸羽東線・新庄方面のホームに停車しているジーゼルカーです。車体番号は、「111-221」となっており、「E」などはついていませんでした。水郡線のジーゼルカーよりはふるいので、JR東日本が「E」をつけるようになったのは、つい最近のことなのかしらね。

この列車、サイドの赤ランプが2個しか見えないようなので2両編成なんでしょうね。

で、ワンマンカーでした。水郡線のワンマンカーもそうですが、無人駅の場合、車内からは、運転席の直後のドアしか開きません。したがって、降りる客は、ここからだけ降りることが出来ます。

古川駅から鳴子温泉に向かった列車は、中学生の帰宅時間にあたったのか、結構、混んでいて、後ろの方に乗った人は降りる駅の手前の駅で先頭車両に移動していました。

各ドアの内外には、ドア開閉スイッチがあって、「開」のときだけ、開くようになっているので、無人駅でも乗るお客さんは、どこにでも乗れます。関東鉄道常総線にのることも多いのですが、この線の車両にはドアスイッチがついてないので、無人駅では乗る客も運転席直後のドアからしか乗れないので、へぇーと思いました。

今回の旅行は、
 1日目: 16日の午後、淵野辺発・上野からスーパーひたち・袋田泊
 2日目: 17日。午後袋田発・水郡線で郡山乗換え新花巻。新鉛温泉泊
 3日目: 新鉛温泉に連泊。花巻市内見学
 4日目: 新花巻→古川。古川駅前のビジネスホテル泊 鳴子温泉往復
 5日目: 古川→仙台。仙台から松島往復 帰宅
でした。この日は、4日目ね。

鳴子峡です。レストハウスのすぐ傍から撮影しました。あんまり 絵葉書的な写真しか撮れないので、誰かにシャッターを押してもらってツーショットにしようか、と思ったんですが、その付近に居る人はほとんどが中国語を話していて、頼むに頼めなくてツーショットは諦めました。 

奥に見えている橋を渡って、「こけし会館」とか「尿前(しとまえ)の関」の方に歩いたんですが、途中で探したバス停は、よく分からず、聞いていたタクシー会社に携帯から電話しても、「出払っている」とかで取り合ってもらえず、途中で会ったタクシーは、「貸切り」とかで乗せて貰えず、結局、駅まで約3キロほど、歩いちゃいました。

この日は、「肉離れ」から5日目で、カカトを付けて歩けるようになったのでした。

予定では、17時03分に鳴子温泉駅を出る列車に乗るつもりでしたけど、それだと、古川到着時には、真っ暗になりそうなので、その1本前で戻ろう、ということになり、15時03分の列車にしました。そう決めた時は、まだバスとかタクシーに乗れるんじゃないのか、と 甘い期待を持っていたときだったんですが、前述のように自前の膝栗毛で賄うしか無くって、結構、しんどかった。 

発車のベルが鳴っているときに改札口を通過し、陸橋をあがって、ドアを閉めようとしている車掌さんに、「もう一人来るのでよろしく」とか頼んで…


と言うわけで、この日は、殆ど写真を撮ってないのょね。

この写真は、ジーゼルカーのドアで、そこにあるドアスイッチを撮ったんだけど、ドアスイッチそのものは、「茅ヶ崎・橋本」間を走るJR相模線にもついている、何の変哲もないものだしぃ。

 

花巻と宮沢賢治記念館など
2008.10.24 [Fri] 18:00

花巻で宮沢賢治記念館などを見学しました。

これは宮沢賢治記念館の入り口での写真です。

花巻では宮沢賢治関係のところを見て、時間的に余裕があったら、遠野まで足を伸ばし、花巻か遠野で借りたレンタカーで回ろう、と思っていたのですが、ホテルが取れず、花巻からは1時間くらい離れた「新鉛温泉」のホテルになりました。

で、ここへの往復の所要時間がネックになって、あまりあちらこちらを見て回ることができませんでした。新鉛温泉のホテルは、とっても良かったんですがね。


新幹線駅である「新花巻」に向かうホテルの送迎バスで花巻見学に出たんですが、「宮沢賢治記念館に行きますか?」と聞かれたので、「ぜひ、行きたい」と答えると、記念館まで送ってくれました。

記念館は、高台にあり、徒歩で昇るのは相当に厳しいものがあります、特に その頃は、肉離れの身だったしぃ。ですから、記念館まで送ってもらい、非常に嬉しく思いました。

2枚目の写真は、記念館の入り口においてあった「猫の事務所」の猫君達です。「かまねこ」が イジメられる宮沢賢治の童話ですょね。真ん中の椅子に座って記念写真を撮るようになっていました。

記念館の内部は撮影禁止でしたので、コーヒーを飲んでいる拙宅の山の神様のスナップ写真くらいしかないので、パス。


記念館を出たところにある案内標識が宮沢賢治の作品の「シグナルとシグナレス」に登場する「シグナル」君を思わせる腕木式鉄道信号を模した物ですが、やたら高いばかりなので、写真写りが悪そうなので、これまたパスしました。

この写真の建物は、「山猫軒」とあるように賢治の「注文の多い料理店」の舞台です。



内部は「みやげ物や」さんと「レストラン」になっていました。この写真は、みやげ物やさんの壁に書いてあったことで、ちょっと奥に入るとレストランでした。ここで是非とも昼食にしようね、と話し合っていたんですが、アサイチの送迎バスで送ってもらったので、10時半くらいに山猫軒に居たので、昼食にはなりませんでした。

その後、物凄い坂道を徒歩で降りて、「童話村」で遊んだ後で昼食の時間になったんですが、またあの坂道を上がるのは、チョイトネェ、というわけで、山猫軒での昼食はパスしちゃいました。

この写真は童話村の中の「ねこ」の説明図です。

童話村を出た後で、再度坂を昇る気にはなれなかった、と書きましたけど、童話村を出た後で 蕎麦屋さん があったので、軟弱にもそこに入ってしまいました。

あんまり大したメニューが無かったので、仕方なしに「きのこ蕎麦」を二人とも食べたのですが、これがまぁなぁんと暖かい蕎麦の中に冷え切った なめこを煮たものが入っていただけで、「こんなんで 1000円も取れると思ってるのかなぁ!」という代物でした。 












昼食後、近所にある「イーハトーブ館」を見学しました。ここは、入場無料なんですが、綺麗な記念館で、軽食やコーヒーなどもとれるので、あんな蕎麦屋に入らずにここに来れば良かったね、と言い合いました。

ここは、特にこの期間、高村光太郎関係の展示をしていました。

この写真は出口にあった街灯と紅葉の写真です。花巻市の「市鳥」は「ふくろう」だそうで、街灯がふくろうになっていました。 

「羅須地人協会」とか 「イギリス海岸(前を何度か通ったけど)」・「遠野」などには行けなかったので、なるべく近い将来にリターンマッチをしようと思っています。

 

得したのかな? 損したのかな?
2008.10.24 [Fri] 09:04

JRの乗車券のことだけど…

今回の旅行は、
  最寄の淵野辺駅→東神奈川→上野→水戸→郡山→新花巻
  新花巻→古川→仙台→東京→新横浜→淵野辺
の主要経路と、「古川・鳴子温泉」間の往復。「仙台→松島海岸」と「本塩釜→仙台」(「松島海岸→本塩釜」間は、遊覧船)でした。ローカル線の2つは、往復の普通乗車券(陸羽東線)とスイカ(仙石線)でした。

で、郡山→新花巻は東北新幹線なんですが、入り口・出口の両方の自動改札口でブロックされました。両駅とも隣に立っていた駅員が改札口を通してくれましたけど。

で、山の神様が駅員に「何故?」と聞きました。そうしたら、淵野辺・新花巻間の乗車券の経路面に、水郡線の記載がなくて、乗車券的には、水戸→岩内(東北本線と常磐線の合流駅)→仙台の経路の乗車券だったようです。水戸→岩内間は乗らない代わりに水戸→常陸大子→郡山→岩内間に乗ったわけ。

乗車券を買ったのは、町田のビューですが、買うときには、前述したとおりの経路リストを添えて、しかも郡山→新花巻間の新幹線指定席を同時に買ったので、我々としては責任が無いし、両駅ともスンナリと駅員が通してくれたんですが、そうなると…

はて、正式に勘定すると、どっちの経路の運賃の方が安かったのかしら? 得したのかな? 損したのかな? 


 

袋田の滝と水郡線
2008.10.23 [Thu] 18:00

水郡線に乗って、袋田の滝を見てきました。

茨城県に生まれて高校まで過ごしたんですが、茨城県にある「袋田温泉」とか「袋田の滝」には、行ったことが無かったんですょね。何しろ茨城県の南部だと水戸よりは東京の方が近いので、水戸や日立に行ったのは数えるほど。

袋田の滝も温泉も知識としては知っていたんですが、行ったことがありませんでした。そこで、最近になって、展望台が完成して最上段の滝まで見えるようになった、とかなので、行ってみました。

旅行を予定していた前日、エアロビクスの最中に、左脚を軸にしてターンする際に、着地に失敗して右脚の「下肢三頭筋 部分断裂」(いわゆる 肉離れ)なる怪我をして、右脚だけ、爪先立ちでソロリソロリとしか歩けないので、電動車椅子を借りて、130mのトンネルを登りました。

この写真(←)は、今回から見えるようになった最上段の滝を含めて3段ほど写っていますが、四段のうちの上の3つだけ、です。展望台からの撮影ですので、誰が撮っても同じような写真です。まだ、紅葉には少し早いようでした。


←の下の写真は、袋田駅の駅舎です。これは、翌日の撮影ですが、前日17時半には、とっぷり暮れた「袋田駅」に着いて途方にくれました。駅から徒歩3分のホテルだそうだけど、どう行ったらよいのか見当もつかない。

でも茨城の人は親切で、たった1台のタクシーが別のお客さんを乗せて発車しようというときに、わざわざホテルの名前を聞いてくれて、行き方を教えてくれました。

話は、前後しますけど、上の写真は車内の案内板(水郡線沿線ガイド)です。


















水郡製は単線・非電化ですが、結構、新しい綺麗な車両が使われておりトイレも着いていました。水戸を出たときは、高校生の帰宅時間で相当に混雑していましたが、30分を過ぎるころから、空いてきました。

殆どの駅は無人駅で、水戸から乗った車両は車掌さんが居たのですが、駅ごとに乗降客の切符を回収したり精算したりで飛び回っていました。

翌日、袋田駅から郡山に向かった乗った車両はワンマンカーで、観光地でもある袋田駅では、降りる客の精算のために、運転手が 孤軍奮闘していました。発車時刻が10分も過ぎているのに何故か発車しないので、運転席まで行ってみたら、客扱いに大車輪で運転手さんが働いていました。

郡山での乗り換え時間は10分くらいなので、このまま遅れると困るな、と思ったんですが、次の駅の「常陸大子」では、定時発車でした。これ、つまりは、このくらいの遅れは「想定済み」なのね。 





水郡線では、スイカやパスモは使えないようで、このような掲示が車内に貼ってありました。

ちなみに今回の旅では、東北新幹線の古川駅から陸羽東線で鳴子温泉まで往復し、仙台からは仙石線で松島海岸まで往復しましたが、古川駅を含めて陸羽東線は「スイカ・パスモ」使用できず、仙石線は使用可能でした。