YouTube動画のテスト投稿
2009.09.13 [Sun] 09:10

YouTubeにアップロードした動画を投稿してみます。



ふぅん、なるほどね。 

 

普通救命講習会(AED)
2009.06.27 [Sat] 12:37

普通救命講習会(AED)というブログを書いたので、そっちを見てね。 
 

我が家の菜園
2009.06.11 [Thu] 11:04

山の神様がベランダにプランタを並べて野菜を作り始めました。





これらは、2009.5.10 に撮影したものです。とっても甘くておいしいイチゴが毎日3個か4個ほど取れます。


以下の写真は、すべて、2009.6.10に撮影しました。



ミニトマトとその花、

こっちは熟れているミニトマト

























茄子の花と茄子






胡瓜の花とキューリ。蟻んこも来ていました。



 

相模原 淵野辺公園で染井吉野が開花
2009.03.22 [Sun] 22:53

東京の開花と同じ日に相模原でも染井吉野が開花しました。

昨年のブログによると、相模原(鹿沼公園)で、染井吉野の開花を見たのは、2008.3.22だったようですが、ことしは、1日早く、2009.3.21に 相模原 淵野辺公園で、染井吉野の開花を見ました。神宮外苑での開花で気象庁から正式に宣言されたのと同じ日でした。






そのExif情報をこれまたフリーソフトである Exif-reader というプログラムで表示させてみました。

これらは、昨日に撮影したものですが、アップロードするのが 22日の夜になってしまい、いささか 旧聞みたいな気もしますが、本当に昨日撮影した、ということを Exif-情報でお見せしますね。

ちなみに Exif情報とは、デジカメなどの記録情報がファイル内に残っているものですが、Windowsで よく使われる画像処理プログラムだと、この情報を欠落してしまうプログラムが多いのが残念です。私は Gimp というフリーソフトで画像処理していますが、このプログラムは情報を欠落させません。



 

台北の「ゆりかもめ」(MRT)
2009.03.14 [Sat] 13:09

台北市内の「大量(Mass) 高速(Rapid) 移動(Transit)」手段です。

ま、いうなれば東京の「ゆりかもめ」みたいなもの(もある が正しいかな?)です。

路線図は←です。

台北の中央駅が赤線と青線とが交差する台北車タン(「立」と「占」とが1文字になった字で日本語ではでない)駅です。

我々が泊まったハワードプラザホテルは、茶色の線の「忠孝復興」(青線との交差点:台北駅から青線で4つ目)と「大安」)忠孝復興から南に1駅)との真ん中(両駅間を徒歩で歩くと焼く10分)にあったので、よく利用しました。





















路線によっては、地下鉄だったりします。転落防止のガードがしっかりしているこの線は青線だったかな。














これは、車内とプラットホームです。綺麗な車内とホームで安心して乗れる印象です。

韓国でも安心して乗れたけど、もう10何年にニューヨークで乗った地下鉄では緊張したなぁ。











これは「大安」駅に入ってくる茶線の車両です。いわゆる「レール」がありません。コンクリートの道の上を走るようです。

先頭車両には、ワイパーがありましたけど、この車両は無人運転なんです。コンクリートの上を走ったり、無人運転だったり…で、東京の「ゆりかもめ」そっくりです。ただ、塗装なんかは、あんまり冴えないなぁ。



この路線では、車両の間の行き来は出来ないようで、ドデカイ連結器がついていました。














これは、大安駅から忠孝復興駅を見た写真で、奥の方に道路をまたいでいるパイプみたいなものが見えますが、これが青路線です。












同じ内容が「ねもっさんの 別なブログ」の 2009.3.13の記事にあります。そっちの場合は、画像をクリックするとアップロードした時のサイズに「大きく」なります。
 

台湾高速鉄道の先頭車両
2009.03.11 [Wed] 05:32

日本の新幹線と同じ顔をしています。

「ニッポンシンカンセン」は、中国や韓国への売り込みに失敗して、これらではヨーロッパの高速鉄道が採用されました。

台湾でも、一旦はヨーロッパ系の高速鉄道になるところでしたが、たまたまドイツでの車輪破損事故があったり、台中での地震があったりして、地震国である日本のシンカンセンが採用されました。



乗ってみると、違和感が全然なくて、日本の新幹線に乗っているような気分でした。ただ、車内の電光掲示板のテロップに「時速298km」とか出るので「やっぱり新しいな」と思いました。間もなく東北新幹線の速度上昇があって、これより速くなるはずですが。

通路のドアは、押しボタンを押さないと開閉しないんですが、ドア付近で人がゴソゴソする度に(ドアが)開閉する日本新幹線よりは、こっちの方が良いかな。

高雄から台北に北上するとき、3座席が左側・2座席が右側でした。大阪から東京へあるいは東京から仙台へなどニッポンシンカンセンで北上するときは、左側が2座席・右側が3座席なので、ちと変な感じでした。「北上・南下」という分類ではなく、「海側・山側」という分類なのかもね。

 

台湾の「定額給付金」
2009.03.05 [Thu] 04:13

自民党と公明党が 2/3 のゴリオシで「定額給付金」を決めちゃったけど…

たった1回の 1万2千円(or 2万円)と引き換えに「未来永劫にわたって、消費税の増額で回収」されちゃう制度なんぞに騙されないぞっ!!

2/3のゴリオシも 次の選挙までだぞっ と。      




台湾を歩いていると

← んな看板とか






← んな看板とかが目に付きました。

そこで、「これなぁに?」とガイドさんに聞いたところ、世界的な大不況の対策で、台湾でも「消費券」という「定額給付金」が つい最近になって配られたそうです。

金額とか方法とかは聞かなかったんですが、台湾でも ミゾユウ(何処かの国の首相 曰く、だけどね)の不況に対しての対策が行われたようですね。


これはホテルの近所を散歩していて見かけた お店 ですが、どうやらコンピュータなどの修理屋さんみたいです。

「毎日営業」という意味かなぁ「7天なんとか」は。それと「24小時」とあるのは「24時間受付け」かなと思ったんですが、シャッターが降りていますょね、電気は点いているけど。

何なのかしらね。
 

台湾の道路信号
2009.03.02 [Mon] 06:02

台湾の道路信号は、見た限りでは 発光ダイオード になっていました。

そうして、一つの信号が 2灯 で成り立っています。で、メインは日本の信号と同じように 赤・青・黄 であり、そばに その信号の状態が あと何秒続くか という数字がカウントダウンされているものが沢山あります(カウントダウン数値は表示されていない信号も結構あったけど)。

これは、横断歩道の信号ですが、上下に2灯 並んでいます。左側は赤信号ですから、人間が立ち止まっている状態を 赤 で表示しています。

右側は、青信号なので、人間が歩いている絵が 青 で表示され、その上に「青信号があと何秒続くのか」のカウントダウンが表示されています。陰になって見にくいんですが、こちら方向の信号は 青 になったばかりで、60秒を表示しています。

日本の横断歩道用信号では、青の人形とか赤の人形とかがデクノボーみたいに動きが無いんですが、台湾の信号では、青人形は、せっせと歩きます。


横断歩道の信号では、赤状態のカウントダウンはみたことがありませんでしたけど、自動車用の信号には 赤信号のカウントダウンをするもの もありました。



やがて、時間が経過すると 当然のことながら カウントダウンの数字が小さくなっていきます。

そうなると つまり青信号がそろそろ終わる頃 になると、それまで悠然と歩いていた 青人形君が 走り出すのょね。

その姿が おかしくって 笑っちゃったぁ 

この話の発端は 「こだわりの台北」+1延泊 にあります。
 

「こだわりの台北」+1延泊
2009.03.01 [Sun] 18:00

2009.2.23(月)から 「こだわりの台北4日間」というツァーに1日延泊を加えて、台北・高雄に行ってきました。

「ツァー」ではありますが、「最少催行2名」のところに2名で行ったので、飛行場・台北間のバスが他人様と一緒だった他は、二人だけの旅行でした。


不当に高い外貨交換レート

成田での集合時間が早いので、念のために成田のホテルに前泊しました。インターネットで交換レートを調べておいたのですが、「1台湾ドル」が「「2.7円」程度が相場でした。で、成田の銀行で両替したんですが、「3.3円」というベラボーなレート。

台湾到着後に空港で調べたら「2.7円」、ホテルで両替しても2.8円程度ですから、3.3円というのは、不当な手数料です。一昨年、ソウルへ行ったときも感じたのですが、10%とはベラボーじゃぁ。


何故か、ビジネスシートで…

乗りなれた「エコノミー」席に比べて、椅子がやたら、デカイんですょね。横には7席しか(2+3+2)並ばないのね。通路と窓の間の席は2席。飛行機は B747-400 です。普通のエコノミー席だと、3+4+3の10席だょね。テレビなんてないしぃ。










チケットには、でかでか と「エコノミー」とあるょん。あ、そうそう、成田での搭乗手続きは 何かレーザー光みたいなのをチケットに当てて、スキャンしたあと、チケットを全部返してくれました。台北からの帰路では、ちょん切られた「半券」しか返してくれなかったけどね。



エコノミーの証拠に、食事は「エコノミー食」だったなぁ。まぁ、お歳なので、これでも多いかなぁ という量であり、十分でしたけど…













残念だったのは、せっかくのテレビだったのに、見たい番組のリストにあった「マンマミィーァ」が、このクラスでは見られなかったことですね。エグゼクティブクラスでは駄目でファーストクラスじゃないと駄目なのかもね。その他の番組は、ほとんど見たいものが無くって、仕方ないので、飛行ルートを見ていました。

でも、これを見ると 落語が聴けないのょね。この地図と落語とは同居できる、と思うけどねぇ。だもんで、帰路には落語に専念しました。

夕食に時間になっちゃったので、後のお話は また後で…


 

映画「黒部の太陽」全記録
2009.02.16 [Mon] 05:18

映画「黒部の太陽」全記録 (新潮文庫)
熊井 啓
新潮社
売り上げランキング: 30775
おすすめ度の平均: 4.5
4 熊井啓監督の願いは届かなかった・・・
5 幻の超大作に賭けた昭和の男達の苦闘



2005年2月に出版された「黒部の太陽ーミフネと裕次郎」の文庫版で、2009年2月に出版された本。昭和43年(1968年)に封切られた映画、「黒部の太陽」の 熊井啓監督 の著作である。

当時の映画会社の「五社協定」の枠外にある 独立プロの ミフネプロ(三船敏郎)・石原プロ(石原裕次郎)が企画し 五社のうちの日活社員である 熊井が監督をした。この3人とプロデューサであった 中井 景 氏が、「五社協定」による妨害を受けながら、映画を作っていった経緯と 撮影中の 大事故 が圧巻である。

530ページを超える 文庫本としては 大冊の 前半が、この2つのテーマを主とする制作の経緯で、残り半分が 「黒部の太陽」のシナリオである。シーン毎に番号が入ったシナリオが後半についているということを知らないまま 前半を読んだことが「勿体なぁぃ」と思われた。

作品が完成して、大評判になった1968年の正月、日活の社長の新春祝賀会での挨拶が引用されているが、「『黒部の太陽』が1ヶ月の長期興行で制作費はゼロである。制作経費が一銭もかからないで配収の金がどんどん入ってくる。諸君、これでは儲からざるをえないではないか」。ありとあらゆる手段をとって制作の邪魔をした 堀社長が、ヌケヌケとこういう挨拶をしていることに呆れ果てるなぁ。んなことやっているから、今の日本映画の衰退があるんじゃないの。


文庫本が腹に巻いていた紙(俗称は フンドシ というんだけど、正式には何というのかな)には、「DVD化も再上映もされない幻の大ヒット映画」とあるが、確かにその通り、我々の眼には触れないままになっている。

しかし、2003年の「石原裕次郎 17回忌」に記念上映が行われ、30万人の希望者が出てそのうちの3万人が鑑賞したけど、内容はオリジナルの 3時間15分 のうちの、2時間10数分に短縮されたもの、だったそうで、数々の名演技が失われていた由である。

この本への不満は、何故、この作品が闇夜に葬られているのか、何が原因で何故そうなっているのか、については全く言及されていないことである。著者である 熊井監督も 2007年に逝去されているようなので、加筆を望むべくも無いが、文庫本 お得意の「解説」で、この間の経緯を明らかにしても良いのではないのか。

アマゾンでの「おすすめ」の文によれば、「この映画はスクリーンでこそ見て欲しい」という裕次郎の遺志のため、だそうだけど、もし本当にそうなら、20数年前に死んだ亡霊にとりつかれて、文化遺産を死蔵していることこそ、裕次郎達をないがしろにしているのだ、ということを声を大きくして、再々上映、DVD化などを実現したい、と思った。