独り侍《生きざま》 

2007年07月13日(金) 20時12分
人生初めてのヤプログ投稿である。
本当は登校拒否(といきたいところだが、(*^_^*))、投稿は?男だ、頑張ってみるさ|。

お願い、頼みます、助けてください、ねもさんは絶対に裏切らない、15年も家族、兄弟のように付き合ってきたし、今そのお金が無いと会社が潰れてしまう、潰れたら今までお借りしたお金も返せなくなる、3百万どうしても今日要るので、最後と思い貸してください、お願いします、私(登和子)を助けるのではなく、社長、佐久間を助けてください」と涙を流し、土下座をし、顔をフロアに押し付け、体を震わせその真剣さは想像さえ出来ない切迫そのものであった。
 

独り侍《生きざま》 

2007年07月14日(土) 16時59分
『何言ってるの、今までも返す返すの繰り返しで返しもせず、又今度も助けてくれは無いでしょう、パチンコはやり放題、夜になればスナック、居酒屋、カラオケは唄いまくり、旅行はするは、家では食事は作らず寿しを取ったり贅沢のし放題、あんたは会社の為にお金を使っているのではないでしょう、騙すのもいい加減にして欲しいね、貸すことは出来ない、私も今後生活して行かないと困るから駄目だよ』

と断った。

登和子は言った。

「ねもさんに、甘えてしまい本当に申し訳ない、何とか成るだろうと思っていたが、もう駄目です、此のままでは会社が潰れ、ねもさんから借りているお金は返せなくなる、今貸してくれれば立ち上がれる、必ず返しますから最後のお願いです、今後は絶対に返します、何十年も付き合ってきたのだし、絶対に裏切ることはしません、本当に最後です、助けて」

其の強引さは想像を逸脱している凄まじいものであった。

独り侍《生きざま》日記 

2007年07月15日(日) 15時14分
今までに貸してある金が回収できなければ、私も破産登和子は決して帰ろうとしない、『駄目』だと言っても帰ろうとしない、席を立とうとはしない。

それ以上に男と女、鬼気迫る依頼に危険さえ感じ、根負けして『此れが最後だよ、必ずキチンと返してよ』と、念には念を入れ、
300万円の大金を貸した。

登和子が腹の中でニヤリとほくそ笑んでることを、其の時は知らなかった。

「例え破産しても、ねもさんだけは裏切らないからね、これだけ親切にして貰い、裏切ることは出来ません、必ず返しますから安心してくださいね」と、登和子は涙を流して言った。

合計1、570万円と成っていた。

それから半年も経たない、或る日、突然、千葉某弁護士事務所、大多喜弁護士より、「大輪造園土木(有限会社)」及び、佐久間 行生(社長)、佐久間 登和子から依頼を受け、2〜3日後に不渡りを出す予定なので、「破産」をする、依って今まで渡してある書類を当職まで返却してくれ、尚今後は両名に対して、借金の返済を要求したり、会社に行ってはいけない。

もし、そのような行為を行った場合、刑罰を受けることになる、との注意を一方的通達されたのであった。

孫のご機嫌取りに、夏休みに入った其の日「海水浴」に一泊で民宿へ行き、帰って来たら、この通達には、タダタダ驚くだけであった。

行生、登和子の二人は私の自宅に来た。

「ねもさんだけは必ず返します、弁護士に依頼したけど、心配しないで、そして今まで通り付きあってください、これから家に帰ってもサラ金や、闇金が集金に来るので、怖くて帰れない」「悪いけど助けて、本当にねもさんには返しますから」と図々しく依頼した。

『サラ金や、闇金に払わない分、ねもさんに払いますから』と。

独り侍《生きざま》 闘いのストーリー 

2007年07月16日(月) 18時04分
それは平成16年1月のことだった。

あれほど頭を下げ必死であった、行生、登和子は、相変わらずのギャンブル三昧であった。

千葉裁判所から『負債額』の提出を求められた。

そればかりではない。

二人の破産者は債権者の私に対し、「債権者の取立てが怖いから家に泊まって助けてください」との

依頼、私も「馬鹿だった」。

サラ金や、闇金に集金されたら、私に返ってこない。

彼らを追い払ってやれば、私に返してくれると、思ってしまった。

それが、二人の工作だとは、返金をして欲しい一心で、二人の家にて、金融業者と対応し、脅かされ

警察沙汰に迄なって、支払いをしなくていいように対処をした。

しかし、行生、登和子は私の知らないところで、「新会社を設立

」していたのである。

考えるまでもなかった、支払いが出来ないのにサラ金、貸金業者を、追い払ったところで、破産した者

が私にだけ、払う訳がないことに、気付くのが、余りにも遅かった。

負債者でも15年も家族ぐるみの付き合いをしてきて、裏切ることは無いと「信じ」ていたかった。ましてや、二人は自分たちの不動産を処分して、私に返済するからと、「<色:#000033

>任意売買
」同意し、各借用先の金融関係に対し、銀行回りまで依頼させた。

独り侍《生きざま》 

2007年07月17日(火) 22時30分
千葉信用金庫国民金融公庫、JA牛久支店、東京スター銀行、その他闇金融と、全てに於いて返済の引き下げを一任され、其の返済額の減額に奔走させられていた。

千葉信用金庫の残金
 ¥2800万円也借金返済金額。

交渉の結果 ¥450万円支払えば債権放棄をしてくれるところまで話を進めた。


国民金融公庫、JA牛久支店は一本にして1200万円の借金を0にまで話を進めた。

東京スター銀行に至っては東京本店まで何度も足を運び、残金800数拾万円を200万円迄交渉し、OKの昭拓を得た。

こうして破産者二人の要望に応え、債権者に対し任意売買に積極的に応じることになった。

可笑しな話でお金を貸したものが、其の上にお金を出して破産者の物件を買わなければ成らない。

しかし、各金融機関に泣いて貰い、任売に寄る低価格の取得により、後、売却して少しでも利益を得、損害を最小限に抑えたいと思い、努力をして来たのである。

しかしながら、破産者は17年1月20日物件全てを明け渡し、債権者の私に引き渡す約束をしていた

のだが、突然その3日前に成り、任売いに応じないと、キャンセル。大多喜弁護士より「任意売買委任状」を破棄、返却するようにと通達あり、またも破産者の裏切りである。

破産者の自宅に行ってみると、雨戸はキチンと閉め、いくら呼んでも逃げてモヌケノ殻。

社長の佐久間行生、佐久間登和子に幾ら電話しても、鳴ってはいるが電話に出ようとはしない。

一年j間懸命に破産者を助けてやり、いざと成ったら、「ハイ、裏切りよ」これでは許すことは出来ない。



独り侍《生きざま》 

2007年07月20日(金) 18時03分
2,3日遊び回って帰りが午前様、ブログお休み、読んでくれないけど、頑張るね、応援してください。

許せる範囲を超えていた

お金は1570万円借りて、一円も返さず、破産をし、その破産処理に一年間も引き回し、任売に応ずる

と言うから、自腹で皆に無理を聞いて貰い、解決三日前になり、約束てを反古、尚債権者に損をさせと

き、金額が決まったら、債権者には売らない、埼玉の妹[宇多田やゆみ]が4百五十万で買う、だから

債権者は売れ、そして債権放棄したら、四百万円位払う。

弁護士、大多喜はふんぞり返り、お願いではなく、「ゼロに成るよりは好いだろう」と鼻で笑った。

そして「どの道回収出来ませんよ、破産者の所へ行けば、刑務所にはいりますよ」と完全なる威嚇であった。

独り侍《生きざま》 

2007年07月21日(土) 20時45分
今日は丑の日、天然鰻でも食べようと話していたら、昨日だった、寿司屋に変更、腹いっぱい、苦しいよ。

弁護士がさも勝ち誇ったように、(どうだ、それで納得しなさい)と、冗談ではない。

前もって話があれば少しは考えたかもしれない、しかし、急に居丈高に破産者の代理人であると云う

立場を忘れ、厚意で助けて来た者に対し、余りにも礼を失している言動に、ただただ呆れるばかり、私

にだって意地がある。

登和子自身の売買には納得しない。

任売物件を買う資力が在るのなら、借金を返しなさいと、弁護士の頭越し申立を拒否した。

債権者が破産者にどれ程利用され、先祖伝来の土地、家屋まで手放し、私は借家住まい、破産者は

悠然と自宅に居住し、借金は一切払わず、破産免責、計画倒産に寄って新会社を設立、その会社名で

新車を購入、破産管財人によって、佐久間行生所有の財産は、任売に応じなかった為、処分され、

会社は処分された所在地に在ったのだが、処分決定後、知らぬ振り、公文書不正記述、同行使しを繰り

返し新車を買っていた。

この様な破産免責者を許す、許可する裁判所の判断がいかに出鱈目か、破産、即免責、大きな間違
いである

独り侍《生きざま》 

2007年07月22日(日) 17時51分
私は怒った、でもどうしていいのか解らない。

破産を平気でする人は言葉巧みにして、借金を返さないことが平気なのである。

登和子の息子、佐久間光一、同妻あざみは既に破産免責を受け、ノウノウト暮らしていた。

登和子の実の弟、佐久間正二、及び同妻清美も当然の如く、破産をしていた。


全て承知の上だった

幾ら借金したって返す必要は、一切無い、借りるだけ借りまくり、最後は破産申請をすれば、免責になることを、百も承知で借りまくる、もう貸す人が資金切れだと見たら、親兄弟が揃って破産申請である。
まんまと破産に慣れた一家に、長年交際をしてきて、会社が潰れたら可愛そうだ、何とかしてやりたい、会社を立ち治らしてやりたいと、一円の利息も貰わず、自腹を切って、金融関係者に依頼、活動をして来たのだが、見事なまでに、裏切られたのである。

破産者佐久間行生は、重機類を売ってくれないか、どうせ債権者に持っていかれるのだからと、どうしても100万円欲しいので作ってくれと私に依頼した

私も馬鹿以上であったのだろう。

売却先など素人の私に判るわけが無い。

建築関係者に相談し、100万は無理と言われたのを、何とか100万でとお願いし、次の日100万を附くつたのである。

本来であれば、債権者の私が受領する金子である。

しかし、これで会社が立ち上がれると言われると、渡してやりたいと、親心を示してしまった。

破産者に電話をすると、社長の佐久間行生は請負仕事に出ており、登和子が受け取ることになった。

登和子さん、ご飯を食べたのかい」と聞くと、「食べてない」との事、「こんな時こそキチンと食事をして

体力をつけなければ駄目だよ」とファミレスではあったが、「好きなものを食べな」と食事を摂らせ、毎日

飲んでいたであろう(ワイン)を飲ませ、少しでも元気を出させようと、勇気ずけ、建築会社の専務より、

100万円を手渡したのである。

独り侍《生きざま》 

2007年07月23日(月) 22時56分
建設会社専務から100万円を登和子は受け取り、食事を摂りながら、涙をポロポロと、それは大粒の涙であった。

そして、登和子は言った。

お金を借りて置きながら、返さないのに、こんなに親切にして貰って、本当に有難う、親戚、兄弟、親子だって誰も助けてくれないのに、こうして食事までさせてくれ、感謝しています。」

と頭を下げたのである。

専務は「こんな好い人は居ないよ、ねもさんだって、あなた方が立ち上がってくれるよう援助したのだし、必ず返してやって下さいよ」と言った。

登和子は「必ず返します、返さなかったら罰が当たる、決して裏切りはしませんから」と涙ながらに応えたものである


然しながら、100万円を受け取ったが最後、手のひらを返すが如き行動に出たのである

家に行っても雨戸を閉め、電話は勿論、携帯電話も一切出ず、登和子は勿論、社長の佐久間行生も亦

然りであった。

債権者の私が本当に馬鹿だった。

侍は最近居ない 

2010年07月01日(木) 18時14分
{キューピット}面白い、もっと続けて下さい。
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