初めて♪ 

2005年04月12日(火) 13時05分
+お断りしておきます。
母子家庭 離婚 モラルハラスメント DV 家庭不和 不倫 などご理解
いただけないかたは気分を害するかもしれませんので
お読みくださいませんように・・・・


はじめまして
わたし三人の子持ちママのみいと申します
変な名まえのブログですが、
誰にもいえないようなことを告白することで精神的なバランスを保てたら
とおもって登録しました。
私30歳代今は専業主婦です。
20歳のとき知り合った元旦那と結婚して二人の子持ちとなり、
わけあって離婚して
今旦那と再婚して
三人目が生まれ、
そして今また不仲になり・・・

私の今までの人生と
結婚のあり方の疑問
そして友達や家族との微妙なすれ違い
人付き合いが苦手なために起こる心の乱れ

軽い欝かもしれないなんて最近は思っています。

昔は日記帳に書きとめた色んな考えや愚痴を
手元に残しておくのは大変危険なことだと思って
ネット上に作ることにしました。

もしよければ読んでください。



祖母 

2005年04月12日(火) 13時18分
両親は共働き、戦争未亡人だった亡き祖母は私と姉の子育てを一手に
預かり、精一杯の愛情をくれた人だった。

祖母には二人の娘、私の母、叔母がいる。

昭和10年代嫁いだ祖母は農業をしながら家事をし、
祖父が第二次世界大戦時出兵したのち、私の母を産み、
戦病死した後、実の弟と再婚をする。

その弟も戦争へ。。その後、叔母が生まれた。
叔母の父、祖母の二番目の旦那は戦争が終わる数ヶ月前、
ルソン島で餓死をした。

その後も生家には帰らず、二人の娘を育てながら農業と家事をし、
姑につかえ、何十年も我が家を支えた人。
その時勢にはたくさんそのような女性がいたことと思う。

子供ながら祖母はきれいな人だったことを覚えている。

背が高くて姿勢もシャンとしていた
運動会などには農作業のかたわら応援に来てくれた
白いハンカチを振りながら応援してくれた姿がいまでも目に浮かぶ

・・・その祖母が最近になって「二号さん」
だったことを知った。しかも近所の人と何十年もそういう関係にあったことを
母から聞かされた。

若かった母はその男性が公然と我が家へ来て、
農作業を夜まで手伝い、近所に家があるのにもかかわらず、
泊まっていくのが嫌で嫌でたまらず、雪の中家を出ると言って聞かなかった
祖母はその時
「生きていくため、我慢してくれ」と言ったそうだ。

「生きていくため?カラダを売ってる。汚い!」ののしった
だけれどもそれ以上は言えなかった
祖母が泣いていたそうだ。気丈だった祖母・・

その男性が祖母に入れ込みすぎて家も財産も捨てて
祖母と結婚し、母を息子と結婚させたいと申し出たらしい

それはもちろん断った

祖母は確かに「家を守り、生きるための手段」としてその男性に抱かれていたのだ。

近所に今もその男性の家はあり、世代がかわってその人も祖母もこの世にはいない






私の父母 

2005年04月12日(火) 13時50分
私の母は二人姉妹の長女
勉強好きで学校では優等生だったらしい。

貧しいから農業をさせて跡を継がせる。学歴は必要ない
という曽祖父の言葉通り
高校へは行かせてもらえず
二年間の洋裁学校へも農作業が忙しいからと言う理由で
行かせてもらえなかった。

片や叔母は大阪の企業に就職をし、夜間高校へ通った
そして20歳のころ帰郷し地元の同級生と恋愛結婚をして家を出た。

母と一緒に育った祖父の兄弟はすべて高校や進学、
公務員となり独立していった

曽祖父の「跡継ぎ」というのは「農業の担い手」
ということだったらしく、勉強をしたかった母がとても悔しい思いをしたらしい。

結婚も自由ではなかった。
恋愛も経験したらしいが成就しなかった
家族の反対があった
跡取り娘の相手に選ばれたのはやはり農家の息子
7人兄弟の6番目だったらしい父。

母はうまく仕事先が公営となり公務員となっていた

結婚生活はとても最初はうまく行っていた
祖母が遺族年金をもらっていたし、
父母も働いていたから少しづつではあるけれど余裕もできた

そのころ叔母が離婚して帰ってきた

嫁ぎ先で姑女の執拗なイジメにあい、
産んだ子供もろくに抱かせてもらえず仕事をさせられ
毎日農薬を持ち歩いていた
いつでも自殺できるように・・・
それが見付かって実家に帰された

祖母と父と母との生活はかき乱された
自由奔放な性格の持ち主の叔母・・・

若い父にとって母より若い女性が同じ屋根の下にいるということは
・・・・

祖母はすぐに再婚相手を探し叔母を家から出した
平和が戻ったかのようだった

姉が生まれ二年後私が生まれた
父は仕事でいつも不在だった
母も趣味だの付き合いだの家を空けることが多かった

叔母が原因で不仲が始まる






小学生の頃 

2005年04月13日(水) 9時49分
とっても早熟な子供だった。
いつも冷めているところがあって
昔からよく「かわい気のない子供だ」と言われていた。

生理になったの人よりも早かった
小学4年の秋。
はじめ怪我をしたのだと思った。
でも祖母がそれは大人になった証拠だよといって
やっと意味がわかる。

汚い、不潔な気がした
自分の体に嫌悪感を感じたのはそれが初めて

姉は小学6年生のときに学校の授業で生理など
女性の体の仕組み、役割、母になることなどの教育を受けていたから
その後すぐ初潮があってもうろたえたりせずにいたようだけど
私はあまりの早さに精神年齢が付いていかなかったのかもしれない。

祖母が「あまり早すぎてあんた、カワイソウだわ」
といった。
カワイソウ?って、大人になるのが早すぎるのがカワイソウ?
今思えばなんであんなことを子供の私に言ったのだろう

友達にも無邪気に初潮を迎えたことも言わずに
ただ当たり前のことだから
友達の初潮を迎えたときの無邪気な得意げな姿を
ただ冷静に見ていた。



私の体 

2005年04月13日(水) 9時59分
小学生の頃、よく道を歩いていると男の人、大人の男性に声をかけられた

「大学生?高校生かな?ちょっとお話できるかな?」
よくそんな声をかけられた覚えがある。

小学4年生の初潮を迎えた後から急激に体型が大人に近づいていったように思う。
ブラをつけるのも恥ずかしい
友達にからかわれたりするのは嫌だったから
つけずにいた

小学6年生の夏休みに部活が終わり一人で帰ろうとしていたとき、
後ろから何かぶつかるような衝撃が
振り向くと中年のオヤジ!
私の背後から手を回し胸をわしずかみにした!

少しの間頭がぼ〜っとなり
次の瞬間道の真ん中で座り込んでしまった
オヤジ、胸をわしずかみにしたまま
次に私を押し倒そうとしたらしいけど体が小さなオヤジだったので
もう150センチ以上もある私を押し倒すのが無理だったらしく
座り込んだ私にのしかかったようにうずくまろうとした

そこでやっと声が出た
「おっさん、なにぃ!!」
胸をさわっている手をつかみつめを立ててやった

「おっちゃんええもんさわらせてもらったわ」
自転車で立ち去った

呆然と座り込んでしまったわたし。
おっさんの熱い息とアスファルトが妙に生々しく印象に残る

痴漢にあった!
それがなぜだか恥ずかしいことのように思え
親や大人に言えなかった

またあるとき、集団登校の班長さんだったとき。
オレンジ色の車がす〜ぅとやってきて
私たちの列に横付けにし窓をあけて男性が一人いた
おいでおいでをされた。

「知らない人とは口を聞いたらだめ!」
と言われていたため無視しようとしたが

「すみません、困ってるんですよ!これこの辺ではなんて呼ぶんですか?」
「は?」困ってると聞いたらなんだか妙に気になる

年長さんのわたしは車に近づき、
「何ですか?」といったと思う
「これなんだけど」という男の人がひざの上に何か持ってる

見えにくかったのでのぞきこんでしまった
やっと見えた、それはだった!!
お父さんのも最近見たことないのに
あんなもの・・・しかも登校時

急に腹が立ってきて大きな声で
「チンチンぢゃないですか!わかんないのおっさん

おじさんの報復も恐れず、車が立ち去るまで
知っているお下劣な言葉を小学6年生の私が言い続けていたのは
ちょっとした噂になったほど。
一年生がびびってたっけ・・・

思春期 

2005年04月14日(木) 11時29分
体が早く大人に近づいたといっても心はまだ子供の部分が大半で
胸がでてくるとか腰がくびれてヒップが大きくなっていくとか
とても恥ずかしい気持ちになっていた十代のはじめ。

小中学生の頃はバスケットをしていた。
身長がそれほど大きくないため目立ったプレイヤーでははなかったものの
一生懸命頑張ってた
同じクラブにいる子達とは友達だけどライバル
そんな気持ちがどこかにあった

もしかして、今でも何かと友だちにライバル心を抱くことがあるけど
そんなところから芽生えたのかもしれない
嫌なやつ

結局レギュラー争いに負けて補欠選手。
それがプライドを傷つけた
小学校のミニバスケではキャプテンをつとめ
陸上大会でも借り出されるくらい足がはやっかったのに
中学になって何もかもが大きく見えてしり込みしてしまった

一方姉はミニバスケでも中高生になっても目立ったプレイヤー
国体選手、そして実業団にはいるくらい認められた
積極的な性格、それが武器だったのだと思う

何故かどこかにコンプレックスを持っていて
自分が好きになれなくなり、
学校も休みがちに
けれど人に学校に行きたくないのを知られたくないため
仮病をつかい、腰を傷めたのでクラブをやめたい
と言った。

友だちからやめないでと言われたかったのかもしれない

期待どおり、やめないでと言われたので気分よくなって
マネージャーになった。
やる気のないマネージャー・・・

試合の最中はスコアをつけてもぼ〜っとしたり
練習の間ず〜っと制服でいたり。

その頃好きだった子はバレー部のキャプテン
とてもとてもかっこよかった

でも私なんてどうせ見てくれないから・・・
なんてひねくれたことを思いながら
すごした中学3年間

高校は女子高を選んだ
成績から言って全然安全域
レベル的には中という程度の高校

競争がもう絶対嫌だった
やる気がない性格はそうやって培われていった


興味本位 

2005年04月14日(木) 11時55分
高校生になり、何をしたいとか何を頑張りたいとか
なにも思わなかった毎日をただなんとなく・・・
つまらなかった

姉がバスケットの実業団で県外へでていき、
家では話をするといってもその日あったことを聞かれて答えるくらい
祖母もその頃病気になり入院していたので
母は仕事と家事と病院を行ったりきたりの毎日だった
だから話をするといってもほとんど必要最低限
父も相変わらず家にいない人間だったので
家庭は冷え切っていた

姉が明るい人だったから家にいたときはそれでも楽しかった
不思議とコンプレックスの源だった姉だけれども
嫌いではなかったし、仲のよい姉妹だったと思う

今でも変わらず悩み事はまず姉に言っている

時々帰省してくる姉に大人の女性の匂いがした
毎日仕事とバスケを繰り返していたのだけど
そのころ彼ができたらしいということはわかっていた

化粧をするようになったのは
姉が19歳の頃私に化粧をさせてくれと言った時
私は16歳高校一年生

その頃まわりの友達に彼ができはじめて
遊び相手がいなくなってしまった

姉と一緒に買い物に行ったとき
同級生だったという男の子に会った。
後で姉から「彼には中学の頃告白されて少し付き合ったの」
と言われた。
そういえばその頃よく男の子から電話があったな〜
やたら背が高くて元気な男の子
それくらいにしか覚えていない

その日の夜
姉に電話
「昼間の子とつきあわない?」
突然、何をいってるのか?と思ったけど
「彼があんたがいいんだって〜」
ええっ?私がいい?

私がいいって言葉は初めてだった
だから別に好きでもない人ではないけど
ときどきなら会ってもいいかな・
そんな気持ちでOKしてしまった

男の子とつきあう、それも当時地元大学生で
高校1年生の私から見ると大人に見えてしまった
興味本位で会うことを承知してしまった


子供の付き合い 

2005年04月14日(木) 12時16分
自分はコンプレックスの塊なのに
ヘンな自信があったりもした

だからそんなプライドが彼が言う言葉をまじめに受け止めて
かわいいとほめられると嬉しくなり好きだと言われると
私もどんどん好きになったような気がしていた

大学生の彼は教育学部の1回生
両親が教師で自分も教師を目指すんだと
私にはとっても生き生きして見えた

付き合い始めた頃自転車の荷台に乗って
近くの河原までよくあるドラマのような青春していた
「車の免許をとるんだ。そしたら助手席に一番に乗せてやるから」

夜スナックでバイトをしていた彼は毎日6時には家へ帰り
バイトへ行き深夜2時ごろ帰宅、朝6時に起きて夕方5時くらいまで大学へ
だから会えるのはその1時間とバイトがない日曜か土曜日の午後
高校生だったのでお金がないからいつも彼にごちそうしてもらったり
手作りのお弁当で公園や河原にいたりした
だから何も二人の間にはなかった
男女の仲には程遠い付き合い方・・・

まわりの友達のなかには彼との子供ができて堕胎したり
友達同士で彼を奪い合ったり
中には不倫したり!
今思えばとてもヘビーな子がいたな、と思う
だからそんな友だちにはそんなおままごとのような私たちの付き合い方
を聞いて子供の付き合いだね!と鼻で笑われていた

彼が車の免許が取れて私たちの付き合い方が変わるまで
今思えばその頃が一番純粋に楽しかった

彼が免許がとれたのは付き合い始めて2ヶ月後のこと
早速彼はバイトでためたお金をつぎこんで車を買った
赤いプレリュード
懐かしいな・・・




初めて 

2005年04月14日(木) 12時33分
特にセックスをすることに対して恐怖心はなくて
周りの友達から聞かされる話も抵抗無く聞いた
こういうときにはどうしたらいいかとか
ここが彼が一番感じる
こうしてあげたら気持ちがいいよ
とか・・・

でも、彼と私の付き合いにはまったく関係のない話
だっておままごとのお付き合いだったから

車に乗せてもらってドライブしようということになり
初めて行ったのは海
海で泳ごうということになって水着を持っていった
車のなかでは彼は饒舌で
ず〜っとおしゃべりしていたので運転がハラハラさせられる
何度か「きゃ〜」と声をあげてしまうたび、
「死ぬときは一緒だから!」
と言われて少し幸せだったりして・・・

海は波が荒くて結局泳げなかった
せっかく買った水着も着ないまま

その辺りをうろうろして特に面白いスポットが見付からなかったので
帰ることになってしまった
何故か面白くなかったので
「夕日がみたい」
と言うと
岬のがけっぷちにいいところがあるって
前に彼の友だちが教えてくれたらしくて
車を路肩に止めてそこから歩いた
岩を乗り越えて下っていくと、
前からカップルが来た

「おお〜ぅ」彼がびっくり
このスポットを教えてくれた彼の友人だった
彼女らしい人と一緒
何か二人でこそこそ話していたので私一人下っていく

「何してたんだろう二人で」
彼が言うので返事しないでいると
「あの二人、お互いに付き合ってる人がいるんだぜ」
「・・・それって浮気なの?」
それから何故だか無口になった彼。
私も言葉がでない

夕日の中
突然
「・・・キスしていい?」

持っていたものが力が抜けてがけの下に落ちた
時間にすると1分もしなかった
頭が白くなって・・・
あの感触は一生忘れない

仕組まれたような場面で初めてキスした
帰りの車の中
何を話したのかわからない
そのときはほんとに好きだった



彼の体温 

2005年04月14日(木) 12時52分
住んでいる町では毎年夏に花火大会がある
湖上の花火
デートの定番

日曜だったので彼のバイトもなく
昼間から約束をして待ち合わせた

待ち合わせの時間になっても彼が来なくて
家へ電話する
「気分が悪い」

せっかくでかけたのにつまらない気分
友達を誘うことにした

電話をかけた友達に
「あやしいんじゃない?」と言われる
浮気してるんじゃない?
頭に岬の彼の友人カップルのことが浮かんだ
電話で彼女に家へ行ってみたらとせかされ
一緒に行ってやるということに。

彼が家に一人なのだ
それが友人に言わせると「あやしい」

友達と落ち合って彼の家の玄関
インターホンをならしても誰も出てこない
何度も鳴らす友人
「もうやめようよ〜寝てるんだよ」私がいう

しばらくしてドアが開く
寝ぼけた彼が出てきた

さっさと友人が帰ってしまって
玄関先で突っ立っている私と彼。

「気分悪いのにごめんね。イタズラじゃないんだけど・・」
などと言い訳したような気がする

「ああ、いいよ。。あがっていく?せっかくだし」
気分が悪くて眠たそうな彼。面倒くさそうだった

部屋には空調がなく、扇風機がひとつ。
ベット、机、少し汗臭い、風もなくて蒸し暑い
「昨日飲みすぎて、今日はでかけたくないんだ」
いつもよくしゃべる彼が本当に気分悪そうだった

「帰ろうかな,私。眠れないよね」
そういう私に彼はいてもいいよ
といいながらまた寝てしまった

20分くらい彼が寝てるのを見ながら
近くにあった漫画を読んでいた

しばらくして彼が暑くて目が覚めた
まだいた私を見て
少し驚いた顔をしてみて「よかった、まだいて」
といっていつもの笑顔をみせた

「熱があるかもしれない」
と彼が言うのでおでこに手を当ててみる
「熱なんかないよ〜気のせいだよ、暑いからね!」

彼が「セックスしたい」
と真剣な顔をして言った

「・・・・・」何も言えなかった
断ったら嫌われるかも?そう思ったような気がする
「いいよ」後は彼が部屋の窓を閉めてしまって
さらに暑い中
そろそろ西日が入っていた

彼が私のカラダに入ったとき
痛くて
「ちょっと、やめて!とって!」と小さく叫んだ
でも彼はいつもの彼と違った真剣な顔で
「だめだ」
と言った
顔がとても怖かった