絶望の名の下に
December 15 [Thu], 2011, 21:56
今日は暖かかったですねー!いやぁこないだも朝6℃もあったし今日は3℃だったぞwww
1℃だった日にはほんともう…(=_=)
なかなか感覚がマヒってきました(-_-;)
一桁である地点でつい最近まで寒い寒いと言っていたのに…
うちの会社風邪はやってます。
みなさんも気をつけてください。
今日はメールで投稿してるんですけど絵文字使ったら反映されないのが痛いですね。
…そして今日聞いたのはかの有名なプロ御用達、僕も愛用の高級長寿ギター弦、エリクサーが販売自粛?になったそうな…
なんかコーティングだかなんだかの材料の品質?がおちちゃって今までのような長寿な感じが失われるらしい。
今でまわっているのがどうなのかはわかんないけどまだ大丈夫そう。
しかしまぁ…絶望的だぁ(-_-;)
あれじゃないと弾ける気がしない。
…さて、と言うわけで今日は絶望について話したいと思います。(ゴリ押し展開)
色んな絶望を題材とした作品は多いです。
小説やら詩やらなんだかんだとねー…
それをテーマに会社のゆくゆく作家になりたい先輩と話していたことがあるんです。
それってどんなの?って。
よく絶望について執筆する作家志望の人や書くのが趣味の人が多いらしいです。
別にいいと思います。
僕はよく知らないけど。
…みなさん、ガチで“絶望”したことありますかw?
ネガティブな言葉で、題材にしやすかったりするみたいなんですけど。
絶望した。と自分自身の事をなんだかんだと書いている地点、もしくは言っている地点で絶望していないんじゃないかという所です。
“望み”が完膚無きまでに“絶たれた”状態なのです。
“絶望的”とは、もう終わることを待つしかない状態だと取れます。
しかしながらしばしば悩み、それを口にだしてしまいます。
その地点で諦めてはないのです。
悩み考えれば導き出せる望みがあるのです。
…本当になにもかも絶たれた人はきっと何も言葉なんてでやしない…
僕も絶望している状態だと思いこんだことが過去にあってー、あーだこーだグチやら泣き言垂れてたことありましたけど…(^^;)
その地点で諦めていたわけじゃないし、他の場所には必ず望みはあったし、病むほど悩むわけでもなく今こうしてフツーに生きてます(笑)
ただ単に苦しい現実から逃げたかっただけだったように思う(^^;)
もーしー…
生きるか死ぬかの死活問題に苛まれている訳でもなく。
ひょんな事から絶望の一途を辿りそう!って思う風潮があったら。
それ以上自分を追い込んでしまうのはやめたほうがいいかも知れません。
わざわざ自分から絶望と言うネガティブなワードに歩み寄る必要はありません。
し、
それを主張することは格好良くも可哀想でもなんでもないと思います。
まだ、悩み苦しんでも現状を打破しようと考えている方がよっぽど格好良いし、協力でも応援でもしたくなります。
そう言った状態の自分の判断はいい判断を下せません。
自ら望みを絶ちかねません。
ガチでそうなることもあるかもしれません。
第3者の絶望を描くことはできても、自分自身の絶望からは何も生まれるハズないんじゃないかって…
話をしていました。
みんながみんなそうなりたくてなるわけではないけど…
絶望とは希望を、光すらも飲み込む決して触れてはならないくらいの規模のネガティブブラックホールなのです(@_@;)
さわんな危険コノヤロー
悲劇を楽しみたい。そんな哀しみに打ちひしがれている自分が嫌いじゃない。
ってことなら別ですけどね笑
わざわざ自分を自らそこに追いやる必要はないと思います。
とりま思ってる事なんて人にとやかく言われる筋合いないんで…
その辺はセルフなんです(>_<)
つまり何が言いたいかというと、絶望したと思っているならまだ打つ手はある!
腐んな凹むな道を踏み外すな自分責めんな頑張り過ぎんなっ
悩めることは諦めてないと言うことです!
ケセラセラー
日本語だと明日は明日の風が吹くー的な。
うちの会社風だと
どうでも☆ええわ♪
[ この記事を通報する ]
- URL:http://yaplog.jp/nekoguitar/archive/28




