おもひでぽろぽろ ‐ビアンカ編‐ 

2016年01月01日(金) 0時13分
第2目標だった年越しだよ…ビーちゃんさん。。
大掃除で猫ビルを壊して片付けたけど、あんな汚くてボロボロのおうち片付けたらせいせいするはずなのに、涙が止まらなかったよ。
新しいおうちは小さな棚になっちゃったけど、気に入ってくれたかな?鶉と一緒にしたからぶーたれてるかもねw
そんなこんなで、おもひでぽろぽろも残りはビアンカだけ。。ということで。

「この子はどう?」と差し出されたそのコはとても美しかった。

どうせ飼うなら親から離せるぎりぎりラインの2カ月から飼いたかったので、子猫を見せてもらっていたのですがそんな中、真っ白で目を瞠るほどの美しい猫も見せられました。
純粋に美人さんだぁ〜って感想が口から洩れてしまうほど。
抱っこすると、その白いのはがっちりしがみ付いて離れませんでした。
可愛かったけど、そのコは7カ月でもう立派に育っていて、悩んだのですが仔猫の方に決めそのコが2カ月になるまで待つことになりました。

そして事件が起きました。
譲り受けるはずだった仔猫が亡くなってしまったと。。
何事かと思いました。聞くと、放し飼いの猫がコンセントいじくって暖房が切れてしまったとのこと。
真冬の出来事です。
成猫は数頭風邪ひく程度でしたが、仔猫たちは耐えられなくダメだったコが多かったそうです。
そして、私はその白いのを迎えることになりました。
後にその事件を、どうしても私のところに来たかった白いのが、放し飼いの猫をそそのかしコンセントをいじくらせて自分が選ばれるようにした、なんて人間様のご都合主義な作り話を考えるのでした(笑)


その白いのは、うちに来ると怯えることもなく部屋の物色をしてルンルン♪な様子でした。
やっと自分の城が♪って感じだったのかなwすごい連れてって感出しまくってたしww
名前は、小学生の頃から大好きだった本の主人公ミスビアンカから取り、「ビアンカ」にしたのですがちょうど白って意味もあり、結果的にぴったんこでした。

運動音痴でおなじみのビアンカですが、ピチピチの頃は若さで体力が有り余るのか、寝る前は必ず部屋の隅から隅まで運動会をし、部屋の角をカリカリッとムササビのように飛び上がり一段落つくと布団の中に入れろと枕元をカリカリして布団の中でぐっすり寝ていましたが、鶉が来た途端にこの行動が止まり、その後死ぬまで布団の中に入ることはありませんでした。

若いころのビアンカの大好きなおもちゃは、紐リードの先に小さなキューピー人形をくくり付けたお手製のものでした。
私が帰ると、紐をくわえて持ってきて私の前にぽとっと落し、私が気付くまで見つめ続けるというくっそ可愛いことをしてくれていましたw
私がトイレやお風呂に入ると、必ず扉前まで付いてきてニャオニャオ。中を覗かないと気が済まないコでした。

鶉が来てからは、怒って怒って性格変わるほど大変でしたが、ビアンカを最優先に贔屓することにより&仔猫パワーに押され、なんとか下僕として受け入れてくれて良いことも悪いこともしっかり教えてくれる良きボスとなりました。
家で腹を見せて寝るのは4匹の中でビアンカだけでした。(夏の暑すぎる日は鶉も腹出して伸びることはありましたがw)
なんだかんだでやはりボスだったのでしょうね。独りが好きなくせに人の心配をして寄り添ってみたり、何でも知ってるような顔してみたり、ホントあれ猫だったのかなってくらい不思議な存在でした。


ビアンカは喜ぶとヨダレを噴きました。
猫を飼ってる友達に聞いても同じことするコはいなくて、なにそれwと笑われる始末。
世の中にはきっと仲間は居るんだと思いますが、極少数派なんだろうな。。
これは下僕の鶉もやりました。完璧に伝授されていましたw
麒麟と杏はビアンカに育てられていないのでやりませんでした。
うれしすぎてヨダレが抑えられないとか、いったいどういう症状なんでしょうかww

運動音痴のビアンカ大先生は、ローテーブルの高さでもよく腹を打ってました。
火葬の時、頸椎の一部がくっついてる症状がみられるから運動音痴だったんじゃないかといわれ、ハッとなりました。
まさにそれのせいでジャンプが苦手だったんだね。




待て、ハウス、ごはん、おいで、返事は?、アラーム鳴ったら起こしてね、いけない、チッ(舌打ち)、いろんな言葉を覚えてくれたビーちゃんさん。
私の良き理解者だったビーちゃんさん。
あとの3匹はただただ可愛かったけど、あなたはなぜそんなに可愛くかつ不思議な存在だったのか。
私は幸せ者だったのですね。私は大丈夫だよ。でも・・
この先、あなたのような存在にまた出会うことはできるのでしょうか。




おもひでぽろぽろ ‐麒麟・杏編‐  

2015年08月23日(日) 23時51分
飼い主です。
麒麟と杏がいなくなってからもう10カ月近く経ちました。
何が起ころうが月日が経つのは早いものです。
全員分のおもひでぽろぽろは書こうと思っていたものの、のび太な私は後回し後回しにしてTVで「おもひでぽろぽろ」がやっていたのを見て、あ!となりましたw
ということで・・・

鶉を向かい入れてから翌年の夏ごろでしたか、ブリーダーの先生のところに手伝いついでに遊びにいった時、

こんな4か月の2匹がいて 「!!」 とスネークのあれみたいな音が頭の中で鳴り観察していたところ、どちらかが動くと寝ていても起きてあわてて金魚のフンのように付いて回っていたのを見て、なんともわくわくが止まらなくなりました。
聞くと、タイプが悪いからもらい手がまだ見つからないらしい!それに、もらい手を探すにも2匹は別々になるだろうとのことだったので、どうしても金魚とフンは一緒に居てもらわねばと思ってしまった私は、
「うち空いてますよ♪この2匹は一緒に居るべきだよb」と言ってしまったのでしたw

ビアンカに使っていたキャリーを使って貰いに行った後日、2匹入れたら麒麟がシャーシャー怒りまくって何事か?と思ったら先生が他の猫の臭いで怒ってるんだろうと、その子たちが使ってた敷物をくれたので入れたらシャーがピタリと止まり、そんなものなのかと関心したのを覚えてます。
今思えば麒麟がシャーと言ったのは、このときと、大きくなってからほんの1、2回だったなと。。貴重なシャーだったのでした^^

金魚のフンをうちに連れてきて、わくわくしながら部屋に放したときのこと。
その瞬間から別々に離れて行動し始めて、「そんな〜」ってひとりで叫びましたw
そう思惑どうりにはいきません。
先生のうちでは他の猫がたくさんいたので、怖いから離れず協力して暮らしていたのかもしれません。
でもまぁ、離れて行動してても結局この2匹は死ぬまで一緒に寄り添い、お互いに依存し合い、かわいい姿を見せてくれる存在になりました。
まさに衝動飼いではありましたが、これも運命と信じています。

この2匹の名前には苦労しました。
あ、鶉の名前の由来書かなかったような気がしますが、鶉は名前ありきで飼ったコでした。
とある漫画の主人公が鶉といって、みんなにうじゅら〜とか言われてて、どうしても鶉と付けたかった・・まぁ他人からすればしょうもない理由です^^;
で、2匹は衝動もいいとこだったので名前なんかもちろん考えてなく、あーでもないこーでもないと悩んでいたところに電車の中吊りです!
麒麟ビールの中吊りで、どでかく「麒麟」とあって、見つけた!と思いました。もうこれしかない!おまえは麒麟だ!と一気に決まり、あとは力尽きたので杏は麒麟に合わせて漢字で探しましたww
小豆(あずき)と杏(あんず)で一応悩みましたが、杏になりましたw

依存し合うふたりは3歳くらいまでか、お互いの乳吸いが治りませんでした。
そんなのも見てるのがかわいかったので特に止めなかったんですがw

自分の欲のためだけに生きてる麒麟でしたが、杏には何されてもされるがままで、良き兄だったように思います。
妹もまったくもーの精神で兄の世話を勝手に焼いてる姿が、とても妹らしく可愛いコに育ちました。
やはり離さなくて良かったなとつくづく。。

ふたりは私にも甘えていて、麒麟は鶉が私に近づかないようにディフェンスしたりして、鶉がだいぶ苦い思いをしていたように思いますww
杏は呼べば飛んできて、人間みたいに抱きついてくる可愛さで、飼い主の私はとてもうはうはでした^^
ですが・・・起こし方は、麒麟は目を舐める、杏は高所からの腹ダイブというデスっぷり。。恐怖で起きるという恐ろしい目ざましでした^^;
まったくビーちゃんさんのやさしい頭ごっつんこ目ざましを見習ってもらいたかったよ。。

どこまで語ればいいのか収拾がつかなくなってしまったのでこのへんで。。
胸骨端が飛び出すように曲がっていた麒麟、成猫になっても1キロ台にしか成長せず発情も2回くらいしか来なかった杏、奇形兄妹で長く生きないかもなんて思ったのが、鶉たちよりは短かったけど寿命をまっとうさせられて本当に良かったと、楽しく過ごさせてもらって本当に感謝といろいろです。


ふたりいつも一緒だから安心♡

※←鶉、ビー、杏
ビーちゃん枕

 
    
   
 
  
  

おもひでぽろぽろ ‐鶉編‐ 

2015年06月17日(水) 23時51分
飼い主です。
4匹の中で鶉が1番目に逝き、あわあわしてるうちに作業をしていたせいか、見返すと明らかに文章も写真も少なく、鶉がやきもち焼いてると思うので、少しだけ。


ビアンカを飼い始めてから一気に猫にハマり、やっぱり2か月の仔猫から飼いたい!という衝動もあり(ビアンカは7カ月で家に来ました)、2匹目を向かい入れることにして選んだのが鶉でした。
男のコは、性格が死ぬまで子供みたいでかわいいよと、聞いていたので男のコを選びました。
何匹かいる中で出されて、「このコはどう?」と見せられたコに「家に来るか?」と言ったら、「に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛〜」と耳を疑うほど、とんでもない濁声で返事されたので決めましたw

家に来て初めて部屋にこんにちわ〜するとき、覗き込んだビアンカにとんでもなく(☄ฺ◣д◢)☄ฺワシャー言われ、見てはいけないものを見た!みたいになった鶉は、恐くて呼んでもなかなかキャリーから出れなくなり苦労しましたww
でも、根がとても明るかったのか子供パワーなのか、すぐビアンカについて歩くようになり、怒られても怒られてもめげず、そのうちビアンカが諦めるようになり、ビアンカからいいことも悪いことも学ぶようになり舎弟化していったのでしたww
私にはもちろんべったべたのマザコン息子状態でしたが、ビアンカは鶉にとって絶対的な存在らしく、甘えるとかじゃなくボスだから尊敬って感じだったのかな、ビアンカは基本ひとりが好きなので、必要以上に近づくとパンチが飛んできたりしたんですが、それでも逆らうことは一切なく甘んじてうけるし、移動で大きめのキャリーに2匹一緒に入れたときはビーがやたら怒ってバシバシ叩きまくり、落ち着いたと思ってのぞいてみたら鶉が1:9かよってくらいの陣地で気配消してビーを刺激しないようにしてたりしてました。
それでも、ビーのことは大好きでグルグル言ってるくらいの崇拝っぷりでしたw

麒麟と杏が来てからは、今度は鶉が麒麟と杏を一切受け入れず、ずーっと(☄ฺ◣д◢)☄ฺワシャー言うことになったんですが、麒麟が来たと思い込んで(☄ฺ◣д◢)☄ฺワシャー言いながら振り返ったらビアンカがいて、「シャーー(振り返って)ァッ!」「ウゥ〜〜(振り返って)ぅッ!」ってコントみたいに途中で息止めることがあり、ビーに睨まれて「いえ?何も言ってませんよ・・・^^;」ってやってるのがっとっても笑わせてもらいましたww

でも怒ってても、4匹全員誰に対しても、パンチしても爪は一切出さないし、咬みついて転げ回って血みどろの喧嘩とかは一切なく、なんだかんだ家族としての認識はしていってたようでいいコたちでした。

鶉は2か月から肩乗りを覚えさせてたので、家で唯一私の肩に上手くおさまる術を身に付けた猫となり、外に散歩行く時のお伴にもなりました。

肩に乗ってるか、腹の中(服の中)にいるかで育ったので、寝るときはいつも布団の中に入ってきて私と面と向かってないとダメなコでした。
背中向けるとあわてて、私の体の山を越えお腹側に来てグルグル。私が面白がって背を向けると、意地でもお腹側に来たいらしく延々とそれを続けてましたw

鶉の得意技が一つあったのですが、腹の中が好きってのもあって、私がトップスの裾をトンネルのようにして首側から覗いて「来い!」っていうと、目をまん丸にしてシュってジャンプして中に入るっていうw
私が受け止めるのも知ってるから、爪も立てずとても楽しく遊べました( ◜◡~)(~◡◝ )

そんなこんなで人に危害を加えたりは一切ないコに育てれたので、目を近づけて目の中の血管や盲点を見たりもできました。猫の目は表面が宝石のように綺麗だけど、中も神秘的で素敵です。


私にべったりな見事な箱入り息子に育ててしまいましたが、
ビアンカと鶉だけ看取れたのは、私に対する依存度が高かったから、私が望むようにがんばってくれたのかなと思っています。
麒麟と杏も私のことが大好きだったけど、いつもふたり一緒でお互いに依存していたから、精神で病気をコントロールは出来なかったのかもしれません。
なんて、看取れなかった言い訳をしてみます^^;

それにしても、あまあまな坊っちゃんの鶉は、後から来た年下の麒麟になめられ続けた日々でしたが、とってもかわいいやつでしたw












  

ビアンカ 逝く 

2015年06月13日(土) 23時26分
飼い主です。
この時が来てしまいました。
わかっていても、やはり受け入れたくない自分がいました。

ビアンカが、6月13日(土)早朝5時20分頃息を引き取りました。
19歳1カ月でした。
ビーちゃんさんを知っていてくださった方、ありがとうございました。

崖を転がるようにあっという間に、安定から最悪に変わっていきました。
9日の夜中から10日にかけてやたら動き回るビーに起こされ、心配で1時間おきに起きてみていたのですが、1時間ごとに状態は変化していきました。
ただの徘徊→目が見えてないような動きになりあちこちにぶつかりひっかかり止まる→自分がおかしいのに戸惑ってるのかたまに3回ほどせつない声で鳴きました。
→ちょっとした段差も歩けなくなるくらい足がもつれ→立ち上がれなくなり→寝たきりに。
これが9日から10日かけての明け方の出来事でした。

病院で応急処置してもらい、もう長くないのはわかっていたので葛藤はありましたが入院はやめて、うちで補液をしていく形をとりました。

もともと年寄り猫の宿命ともいうべき腎臓病の末期を宣告されていたのですが、療法食と免疫力や体力を上げてくれるサプリメントで、生活に支障がない程度に動けて安定して19歳の誕生日を迎えていました。

寝たきりになってからすぐは、まだご飯は自力で舐めれたのが次の日には強制給餌になり、次の日には口も頑なになり水を垂らすことしかできなくなりました。
目もあいたままになり、目が乾き表面もおかしくなっていました。もう光も見えていたかわかりませんでした。
はじめは呼ぶと尻尾がパタパタ動いていたのも、12日には尻尾すら動かなくなり読んでも反応は分からず、ただ関節が固まった手足を動かして、夢を見ているのか散歩しているような感じで涙が止まりませんでした。

12日の夜に、13日は仕事だったので「どーすんのビーちゃん。。明日仕事休めないよ。。。ひとりでがんばってもらわないといけないんだからね。少しでも飲んで体力付けてよ。。。」と言い聞かせ、休み休み気休めのエネルギー補給できるペットの水を、シリンジで頑なな口をこじ開けて垂らすのですが、ほとんどは外に出てしまいたまにゴックンと喉を動かす程度でした。

連日ちゃんと寝れてなかったので倒れ寝してしまい、ハッと起きた13日明け方5時、目に入ったビーちゃんさんは閉じない目を一層丸く見開いて苦しそうに息をしていました。
もうお迎えが来ていました。
私が散々、どーすんの急いて帰ってくるから待っててねと言いすぎたようで、持たないから私がいるうちにと思ったのかもしれません。疲れてるのに2時間半しか寝てなくて起きることはないと思ったので、いつもビーちゃんさんが私を起こしてくれてたので今回も起こしてくれたのかななんて思いました。

10秒ごとに(もっと長かったかもしれません)カハーっと呼吸を数回繰り返しやがてそのカハーもなくなり、まだ動いていた心臓もゆっくり止まっていきました。
ビーは心臓は強かったようで最後までがんばって動いていましたが、呼吸が先に止まってしまったので心臓も動くことができなくなってしまいました。
鶉の時は心臓が先に止まってしまったので、痙攣などが酷く見られましたが、ビーちゃんさんは呼吸が先に止まったので体は全く動きませんでした。
固まってしまった関節も死後直後は軽やかに動き、そしてふにゃふにゃだった体はあっという間に硬くなりました。

親ばかですが、とても素敵なコでした。
出会いもなんかちょっとした運命的なエピソードもあっちゃったりなんかしたりして、初めてのコってのもありますがとても不思議なコで特別なコでした。
言葉も通じてたし(思い込みと思われたらそれまでですがw)起こしてといった日にはしっかり時間に起こしてくれるし、私が落ち込んでる時は察して、普段はしないのに気が付くと体の一部を私に付けて寄り添っていたり、鶉たちが来たらいやいやだったけどしっかり躾してくれてみんなとってもいいコに育ててくれて、もうビーちゃんさん様様でした。
ビーちゃんさんの体で深呼吸するのがとても心地良かった。
仕事のストレスもビーちゃん撫でてるだけで忘れられたし。

ビアンカありがとう。
あの時あなたを選んで本当に良かったです。








新年のご挨拶 

2015年01月02日(金) 23時31分
飼い主です。
昨年はネコドモの不幸が続きましたが、ネコドモは無宗教ですし、つか私もですがw
毎年作成しているビアンカ年賀状も、ビーの体調を考えるとまだまだ年単位で頑張ってもらう予定ではあるものの、今年が最後もあるかもしれない・・・と思うと作らずにはいられませんでした。


というところで、
あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願い申し上げます

で、
年末に風邪をひき仕事も忙しかったため、眠い目をこすりながらやっとの思いで作り、「いい出来だ!」っと意気揚々とUPし友達にも見せたところ、あまりにも酷いと正月休みだった友達はちょちょちょって綺麗なビー年賀状を作成してくれました


てなところでビフォーアフターですw



【before】

技術が無いために斬新な切り口をぼかすのにぼっこぼこですw
いつも顔しか切り離せないのでホラー気味になりますww

↓↓↓↓↓


【after】

原画から毛並みのようにギザギザに丁寧に切り取り切れたヒゲも描き足されていますw
眼も暗いので描き足して明るくしていますw
なななんと、フォントも手書きオリジナルときたもんだ
素晴らしすぎます宝物になりました

麒麟 逝く 

2014年11月14日(金) 1時00分
飼い主です。
今年は別れの年となってしまいました。

麒麟が、昨日11月13日に息を引き取りました。
16歳7ヵ月でした。
麒麟を知っていてくれた方、ありがとうございました。

杏の時のように帰るとすでに永眠していて看取ることはできませんでした。

食べることが大好きで「食」のことしか頭にないコでした。
怒られても動じず、我が道を行く、喧嘩も買わず売らず、というか怒るという感情がないのかな?と思うくらい、16年間で2回くらいしか「シャー」と言ったのを聞いてないような変わったコでもありました。
妹(杏)が怒ってバシバシ殴ってきても、収まるのを黙って叩かれ続けながら待つなんてことはしばしば。

食べることが大好きなのに、食べたくても食べれなくなってしまったのが今月7日。
場所が非常に悪く、喉の悪性の癌(末期)でした。
声が擦れてきてあれ?って思い喉の脹らみに気付いたのが10月23日、そこから1ヵ月持ちませんでした。
検査で針を刺したので、癌を怒らせて増殖を早めたというのもあったのかもしれません。
9月頃に熱が出て血液検査した時は熱射病と診断され、熱が下がった後の検査では特にこれといった所見はなかったのですが、今思えばあの熱が悪性癌が急速に活動を始めた合図だったのかもしれません。

場所が喉だったので、気道を圧迫してきていて放置すれば、食事だけでなく呼吸も危うくなることは想像がついていました。
手術する手も1つあったのですが、年齢的にもやれて1回こっきり、費用もトータル20万くらいかかり、悪性の癌細胞だと傷口が塞がり難いとか、取りきれなかった場合最悪1ヵ月で元の大きさに戻るという話で、費用ももちろんネックにはなりましたが、痛い思いさせて入院もあるから家にもいれなくなるし、1ヵ月で元に戻ってしまうのであればやる意味がないのかもしれないと、自然に任せる選択をしました。
どれが正解だったのかはわかりません。自然にさせても、とても苦しく過酷な状態でした。
悪性の扁平上皮癌に内科的治療は皆無といわれているらしいので治療も特に何もなくいきました。
食事が取れなくなってからは、目の光が消えたような遠くを見てるような目になりました。
とても苦しく1つの場所に落ち着いて居られないようで、あちこち徘徊してこの頃はたぶんちゃんと睡眠も取れてなかったと思います。
とにかく苦しい。見てるのも辛く、頑張って欲しいより、早く杏のところに逝って欲しい気持ちが勝っていました。

亡くなる日の朝は猫用牛乳を自ら飲んでくれ、麒麟の部屋に寝かせて言葉をかけて仕事に出ました。
帰るとまだ少しやわらかい状態で眠っていました。

肺が壊れて酸素が取れなかった杏も苦しかったですが、食べたくても食べれず飲みたくても飲めず衰弱し、息も思い切り吸えない首を絞められた状態の麒麟は本当に辛く、ごめんなさいしかもう言えませんでした。
思ったより早く杏のところに逝ってくれてほっとしています。
麒麟ごめんなさい。家に来てくれてありがとう。ずっと顔のお手入れ出来てなかったから杏にいっぱい舐めてもらってね。




闘病中の妹を珍しく気にする兄

麒麟の尻尾はとても長くまっすぐでした



楽しい兄妹が家のコでよかった

すまん尾 

2014年11月13日(木) 0時56分
ビアンカです( ^ԾᆺԾ)
どうやら、尻尾ですまんと片手挙げてる人みたいだと、飼い主がこじ付けたいようです

杏 逝く 

2014年10月29日(水) 16時40分
飼い主です。
ブログのアップしていなかったため、立て続けに訃報になってしまったこと申し訳なく思います。

杏が、昨日10月28日に息を引き取りました。
16歳6ヵ月でした。
杏を知っていてくれた方、ありがとうございました。

鶉の時のように都合良くはゆかず、仕事で看取ることはできませんでした。

心臓病を患って3ヵ月の命と言われていた状態から1年以上、飲み薬だけで不自由なく元気に過ごし獣医さんからも驚かれていましたが、10月に入ってまもなく突然食欲が無くなり始め、もともと心臓病発症したときに肺水腫も起きていて、そのときにすでに肺が一部だめになっていたため普段から息は上がっていたのですが、口で息をするほど荒くなり検査するとまた肺に水が溜まりだしていました。
肺癌を併発したためでした。

もう水を抜いて呼吸を楽にすることしかできない状態で、栄養を少し入れただけの水と、呼吸が楽な時だけスープ状のご飯を舐めるだけで、歩くのもふらふらでままなりませんでした。
それでもトイレしたい時は一生懸命場所探してて、その姿が見ていて辛かったです。
息があがって死にかけるので、心臓の薬を飲ませるのも命がけでした。

27日に帰るととても辛そうで、夜間だったけどタイミング良くまだ担当の先生がいらっしゃったので、無理言ってみてもらいましたが、このとき心臓がもう動きがゆっくりになっていると言われました。
水を抜いてもさほど状態は変わらず朝を迎え、仕事に行かなければならない時間の頃には、苦しくて場所を探して動きまわるようになってしまっていて涙が止まりませんでした。
なんとか杏の部屋の寝床に落ち着かせ、言葉をかけて仕事に向かいましたが、杏と目があったのが鶉の時と一緒だったので帰るまでもたないなと思いました。
鶉もじっと私を見つめていて、その後発作が起きたので、別れの挨拶だったのかなと、なんて言っていたのかなといまだに考えます。

職場も協力してくれ少し早く帰れましたが、すでに杏は硬くなっていました。硬さからの推測ですが朝出てからすぐ頃だったんじゃないかと思います。
ゲージ(猫部屋)のドア前で倒れていたので、苦しくてとにかく外に出なきゃって思ったのかなと辛くなりました。
「仕事は休めないからね」と常日頃言い聞かせていましたが、本当に残念でなりません。
面白いくらいに妹気質で、2kgもないくらい小さくて、兄頼りなくせに兄には手厳しく世話好きなかわいい女の子でした。

私のつまらない生活を楽しくしてくれてありがとう杏。。


************************************************
鶉も逝き杏も逝き……もうぬこ溜まりは見れません。


お兄ちゃん枕


麒麟は…わかっているのかいないのか、一度顔をのぞきに来ましたがそれだけであとはいつもと変わらず食べ物のことしか考えていないようです^^;

鶉 逝く 

2014年07月11日(金) 21時21分
飼い主です。
鶉が、今日7月11日午前0時過ぎに息を引き取りました。
17才7カ月でした。
鶉を知っていてくれた方、ありがとうございました。

膿で腫れた頬は、2日前に膿が出て元の顔に戻っていたので綺麗な顔で永眠しました。

腎臓病末期で6月末から食欲が無くなり始め、7月に入ってから食べれなくなりました。
ジャンプが出来なくなった次の日には歩けなくなり、寝たきりに... 日に日に衰えてく姿がありありとわかりました。
強制給餌で療法食の缶詰を何とか食べていたのも次第にダメになり、液状をシリンジで少量と補液で過ごしていました。

8日に発作のような状態が起き、9日はもうダメかと思っていたのですが、なんとか安定していたので安心していた矢先のことでした。
10日、通常の介護(身の回りの掃除、給餌に補液、マッサージなど)が終わり、鶉も静かに横になっていたのでそのままビアンカの世話に入っていました。
ちょくちょく鶉を見ながらやっていたのですが、その時は変わりなく。。。
見てないときに発作がきたようでした。
ドタっと音がして見てみると、いるはずのところに鶉の姿は無く、歩けないはずの体でなんとか私のところに近付いて知らせに来ていました。
倒れてる鶉を布団に寝かせ、つっぱったり苦しくて暴れる体をさすってあげることしかもうできませんでした。
数分間の出来事でした。

救いは、仕事で家を空けていた時ではなく帰るまで待っていてくれたこと、次の日は休みだったのでお別れもしっかりできたことです。
昔からそうでしたが、やっぱり出来た箱入り息子だと思いましたw
ありがとう、鶉。

【お兄ちゃんの正しい使い方2】 

2013年08月20日(火) 16時03分

杏です
お兄ちゃんはやっぱり座り心地もいいのよね














麒麟です
妹の勝手な振る舞いにはまったく・・ゆっくり寝てもいられないけど、最近咳も増えてきてちょっと心配だからやっぱり好きにさせるよ
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:ビアンカ(デボンレックス・ハイブリット)
読者になる
2016年01月
« 前の月  |  次の月 »
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31