ぬるま湯くらい 

January 23 [Mon], 2006, 1:02
今年初めて、真っ白な世界を見た。
真っ白の中、漂う澄んだ空気が頬に痛い。
綺麗なそれに頭を占領されながら、心を選択されながら

それでもまだ端っこの方
絡まってほどけない思考回路

這いつくばったコードは思いのほか多くて
絡み合ったそれらをほどくのは根気がいる

毎回目をこらしてそれをほどき始めては途中であきらめる

「めんどくせ…」
「もういいか」
「あーあ」

一人きり、ごちゃごちゃのコードを前に出る言葉
口にしたら、そんな気持ちの割合がもっと増えてしまうと知っているのに

昔は嫌いじゃなくて、むしろどっちかっていうと好んでしてたような 努力 とか 苦労 とか…
そういう類いの、なんていうの?
そういう…上に向かって、前に向かってしてたこととか

最近億劫に感じるようになってる気がするのは気のせいなんかじゃないと思う。


生温い感じを求めてしまっている気がする


だから今日は散歩に出た
白いそれがまだ道の端に残っていて
日中も日陰だったそこは凍っていて
そんな白を横目に歩いた

着いた行きつけの公演 三人がけのベンチにいつも通り
吐いた煙と 吐いた溜め息
白が重なって、どっちを吐いてるんだかよくわからない

しばらくそうして空を見る
手が冷たくなって動きが鈍くなる
体は芯まで冷えていく


こうして気持ちもひきしめる
ぬるま湯に慣れないようにひきしめる


けど本当は、冷たい引き締まった温度を求めてなんてないんだ
あれが欲しい 昔みたいなあの温度

白も溶けるくらいのあの温度

悩んだり、泣いたり、諦めたり、また笑ったり。 

January 03 [Tue], 2006, 1:03
自分の頭の回転のニブさに
こういう感情への回転のニブさに
どうしようもなく腹が立つ。

何度キミに泣き顔を作らせたかなんて分からない
何度キミに我慢という感情を持たせたかなんて分からない

結局自分が悪くて

それなのにどうしてたまにソレにムカついたりしてしまうんだろうか

自分が悪いなんて、どう考えたって分かっているのに
頭に巡る 黒く醜い感情

結局自分は、誰かに愛される資格なんてないんじゃないかと思う
むしろ、自分で放棄していませんか?とか

誰かに想われて、想われすぎて
想ってくれた子が傷つくのは何度も見ているからきっとそれも原因なんかな。

傷つける事でしか 愛せないまま やがて別れた

そんな言葉を歌った曲ああるけど、そう現実になるパターンは多い


自分には誰かを癒せる力なんてなくて
うまく愛せなくて
その上大事なことはうまく言葉にすらならない
きっと我がままで
きっと自分勝手で
きっと すごく 振り回して


今年も温かいあったかいソレを 与えてくれますか?
全部をくれなんてもう言わないから ちょっとでもいいから。

傷つけずに柔らかく愛せる方法を誰か知っていますか?
教えて欲しいと切に想う
自分に出来るのかと ひたすら疑う。

人に気付かされる。 

December 13 [Tue], 2005, 14:31
人の日記を読んだ。
苦しかった。涙が出た。
人の日記読んで泣けるんだって驚いた。

それから、ごめんと思った。

多分、きっと自分もそう思わせた相手が居た。
あの時自分は、その子の言葉も気持ちも聴かずに勝手に生きていて
あの子の日記とか、気持ちとか?
そういうん、ちゃんとその時見てたら、聴いてたら
その時にちゃんと ごめん って言えたんだろうか。

積み木。 

December 08 [Thu], 2005, 16:48
それはきっと積み木みたいにすぐ崩れてしまうものなんだ。

赤 青 黄色 緑 …
色とりどりの積み木が積み重なる。
全く異なった色同士が重なって1つの柱になる。

だから脆いんだ。
積み木同士は混ざり合うことはなく、つつけば、ホラ、簡単に堕ちる。


積み木で作った柱… 赤 青 黄色 緑 橙 白 黒 茶色


白 と 黒 が揺らぎだした。今にも崩れそうだ。
バランスの悪い積み方をした。ギリギリでバランスを保って右へ左へ。

いつ崩れるか分からないそれ。
その2つが崩れただけで、柱は柱ではなくなる。
崩れ落ちてしまう。バラバラに崩れる。
たった1つのバランスの狂いが、全てのバランスを崩す。

全てはまた、1つ1つの積み木に戻ってしまう。
誰かが積み上げない限りもう元の柱には戻らない。

もしかしたら、黒が無い柱が積まれるかもしれない。
白が無い柱になるかもしれない。
白も黒も無いかもしれないし、もう積まれることは無いかもしれない。

どっちにしろ、同じ順番で、同じ柱を積むのは、簡単ではない。
積めたとしてもまた、バランスを崩すかもしれない。

だから必要なんだ。
もうバランスを崩さないように、バラバラにならないように。
強い、温かい、そんな接着剤が。

君の接着剤はもう使えないくらい、もう使う事ができないくらい、固まったの?冷たいの?
バランスを崩したのが君なら、きっと繕うのも君で。君たちで。

もしかしたら、簡単かもしれないのに。
固まった接着剤を溶かすのなんて、君なら簡単に出来るかもしれないのに。

一度バランスを崩した積み木は、崩れるしか無いのか。
回りの積み木も一緒にバランスを崩させて、一緒に崩れるしか無いのか。
もう一度、もう一度、バランスを保つ事は難しい?

ギリギリでバランスを保つのは、正直キツイのは知ってるんだ。


さあ、後は君の一触れで


崩すのも、もう一度直すのも、君次第。

だけど、例え結果が崩れてしまったとしても、もう一度違うカタチで
もう一度違う順番で
例えば、白と黒が隣り合わなくても
積み直す事は出来ない?全てを、全ての色を崩したい?




崩すのは簡単。
直すのは困難?

11月23日、11月25日。続き 

November 28 [Mon], 2005, 17:54
あいつの手には2本コーンポタージュの缶。
店の前で、駐車場のブロックに腰掛けながらそれを渡される。
スタジオ前のお決まりの休憩。
自分はそれをお礼すら口にせず受け取って灰皿の前。
「不良がいるー…」飲みながら、白い息吐きながら、そう言って意地悪く笑うあいつ。
目でうるさいと訴えて、温かいそれを口にする。吐いた白い空気は煙草の煙のせいであいつより白い。

なんか鮮明に覚えててきもちわりー(笑)
昨日はそんな店でビールを2本。

おじさんとおばさん(夫婦)…もうおじいちゃんにおばあちゃんかな。
そんな二人で経営してるそこ。
当時からお世話になっていて、今年も「久しぶりだね。元気だったかな」と問われる。
支払うつもりだったビールのお金をそのまま返されて、悪いからと言ったのに
笑顔で「持っていってやりなよ。私らからのお土産だといっといて」だって。
相変わらず粋なばーちゃんだと思った。

挨拶もほどほどにして、あいつんとこに歩いて向かう。
店を出た時の冷たい風は、5年前となんら変わりはないんだから不思議。
こんなにも時は経ったのに。

落ち葉を踏んで、カサカサと物音のしないそこに響かせる。
その足音にリアルに一人でそこに居ると感じさせられた。
日も落ちて、オレンジの光が少しの葉をまとった木々の間から漏れる。
いつも自転車で自分の前を走っていたあいつの、オレンジに照らされた後ろ姿を思い出した。

あいつのいるそこに着くと、綺麗に掃除されていた。
そう言えば毎年、自分が来る時は綺麗だなーと思った。
当たり前、当日には色んな人がきっとここを訪れているんだから。
それでも、少し積もった落ち葉を手で落とす。

「久しぶりー」と口にして、後悔する。口になんかしなきゃ良かったと後悔する。
返事は、もう返って来ないから。そんなん知ってるんだけど。

11月23日、11月25日。 

November 28 [Mon], 2005, 17:49
昨日、今年は2日遅れで、1年ぶりのあの場所に向かった。
23日当日には行かない。
あの時からそこに行くのはもう5回目になるけど毎回毎回当日に行けない。
行かないより、気が乗らなくて行けない。

去年はバイクにまたがって、うちからだと少し遠い道のりを走った。
今年は予想外の事態でバイクに乗れないから、だからタクシー。
ちょっとだけ、あの、頬が冷たくなる感覚を味わいながらそこに行けないのが残念だった。
あの感覚、なんかあいつに似ているのに。

あいつがもう5年もいるそこは、うちから車で20分くらいのところにある。
山の中で、それもそうとう上の方。
毎回訪れるのは1年のうちこの日だけ、紅葉していた葉も少しずつ落ち始めるこの時期。
あいつが一番似合うこの季節。

1年に1度しか訪れないこの場所に、こんなにも見慣れた風景がつづくのは
他でもなく、そこに眠るあいつとよくこの道を通ったからだ。
こんなに遠い道、今でこそバイクやタクシーに頼るけど、当時は違った。
自転車で、自分は背中にベース、あいつはギターを背負って走った。
当時使っていたスタジオがここのすぐ側にあるんだ。

タクシーから、見慣れた…でもやはり1年ぶり、懐かしい風景に目をやる。
あの場所までまだ200mはあるだろうか、そこにポツンとあるコンビニでタクシーを止める。
コンビニともいえないこの店、スタジオに入る前毎回寄っていた。
こんな風に寒い季節なんかは、冷えて動かなくなった手をポケットにつっこんで
「さみー!」とかでっかい声でいいながら店内に入ってタメ息をもらしたものだ。
スタジオで飲み食いするものを買う。
自分はコーラにチョコレート、それからやきそばパンが定番。
あーこんな寒い時は肉まんだったかもな。
あいつはなんだっけ…忘れた。「またコーラかよ」とよく吐かれたことは覚えてるけど。
そんなあいつとのやり取りが詰まった店。
スタジオでの食料は二人で1つの袋。すげー重いのに、しかもベースのが重いのに持たされる。

横断歩道 

November 13 [Sun], 2005, 19:03
横断歩道を渡りながら横を見ると、奥から走ってくる車のライト
早く渡らないと とか頭で理解しているのに、ゆっくり止まる足
死にたいとか、きっとそんなんじゃないんだとは思う。
ただ、そのライトを見ていたくなる時がある。

こんな時期。風が冷たくて、息が白くなってくる、こんな時期。

吸い込まれそうなくらい白いそれを見ていると落ち着く。
なんでかは分からないし、危ないと一瞬ちゃんと理解出来る。
それでも立ち止まる。
横断歩道の真ん中で立ち止まって眩しい白に思考が働かなくなる。

クラクションで我に返って、止まっていた足を動かす。

なんで止まっていたかも忘れて、ただうちまでの道を行く。
なんで止まったいたなんて今もわからないけど、よくある。よくあるんだよなーぁ

あれとなんか同じ。
火見てると安心するあの感じ。なんか似てるかも。かもしんない。

なんでだろうなー
死ぬ勇気も、死にたいなんて思う事もないのに。なんでだろうなー
どっちかっていうと生きたいのに。変なの。

人ってのは、命ってのは
この世に産まれたと同時に人生っていう川に流れるんだと思う
そしていくつかのターニングポイントを巡って、死ぬ
そういうふうに出来てんだろうな
人によって流れの早さが違うだけ、ターニングポイントの数が違うだけで
その流れは変わらないんだと思う

毎年この時期になると考える。思い出す。
気付いた時には遅かった友人の存在のでっかさと、命の儚さを思う。
産まれてくるまでは長い命。一瞬で亡くなる命。
だから愛しいのかな、だから美しいのかな。だから大事なんかな。
あんまこんなん考えてたら怒られますなー知ってるんだけどね、わかってんだけどね
どうしてかね、一人になると考えるのは。厄介だ。

熱が下がらない。頭が痛いぞー。
あー無い頭使って色々考えすぎたかな

 

November 06 [Sun], 2005, 15:19
心と心の、気持ちと気持ちの
そういう目に見えないもんの距離が近くなればなるほど
本体の距離の遠さに悲しさとか虚しさとか、歯痒さを感じてしまう

耳元でする声に切なさすら感じる

それでもやっぱり耳元で鳴っていたそれが途絶えると
空しさでいっぱいになるんだ

もっと大きい人間になりたいと、その度に思う
もっと大きい人間なはずだったと、その度に思う

どこから、いつから、どれくらいで自分はこんなになったんだろう
縛り付けるのは嫌いだった、今でも嫌いなつもり
自由でいたい、今でもそう
自由に生きて欲しい、今はなんか違う

自由をきっと、誰よりも願うのに
大切なものの自由を奪いたいとか、どうなんだろうね(苦笑)
カッコ悪い。綺麗じゃない。

生きづらいな、どこも。 

October 27 [Thu], 2005, 2:04
どこも生きづらい世界なんだなぁ。
あーだこーだ人の事を言うことに、罪悪感なんてないんだろう
とか思うと悲しくなってくる。
ピースフルにとかいうのは、無謀なお話なんでしょうか。
昔、まだライブ行きたてのころは、すごく楽しかったのに。
最近、嫌なことばっかりです。

頼むからこれ以上、人間を嫌いにさせないでほしい。

人の命っていうやつ(3) 

October 26 [Wed], 2005, 23:54
長い間ついていた手術中のランプが消えて、息をしてるあいつが出て来た時は
体の緊張が一気にとれたみたいに立ち上がれなかった。

あんだけさっき堪えたそれが、簡単に溢れてくる。
気付いたら泣きながら「しぶといなぁ」ともらしてた。
病院に来てから、初めて出た言葉がそれで我ながら笑えた。
おばさんも隣で笑う「しぶといねぇ」って嬉しそうに泣いてた。

夕方近く、面会出来るっていうからもう一度病院に行ったら
さすがに疲れた表情で友人がベットに寝てた。家族は帰ったあとだったみたい。

普通の会話だった。驚くくらいいつも通りの。バカばっかり言って。
じゃあ帰るからって言ったら

「ありがと」

だって。それから

「寝てないでしょ」とか「煙草も吸ってないなー?」とか
で、最後に

「思い出させてごめん。生きてるから。」

自分が峠って言われるほどの状態にいて、なんで人の事考えられるんだと思った。
辛いのに、家族でもなんでもないやつのことを考えてくれた。

「ちゃんと伝わってた。何も出来ないとかまた自分責めんのやめなさいー」

お前はすぐそうやってマイナス思考になるんだからとか笑いながら続けられた。
伝わってたって。
自分にも少しだけどなんか出来たんだって。

生き抜いてくれたことと、私なんかの気持ちを感じてくれたことが嬉しかった。
嬉しくて、また溢れたそれ。


私は、二十何年か生きて、何度か人間の死というものを見た。

おじいちゃん、ひいおばあちゃん、学校の先生、近所のおばあちゃん
それから5年前に亡くした幼なじみ。

後悔先に立たずというけれど、本当にそうだ。
失ってから気付く事が多すぎる。
意外にも失ったものが大きい事に今でも驚く。
それと同時に、何も出来なかった自分に嫌気がさすんだ。何ノー天気に生きてるんだろうとか。

だけどわたしにも出来たんだって。
5年前にいってしまった君にはなんか出来ていたんだろうか。

考えても答えは分からないから、生きる事を続けられたこいつと
有限な人生めーいっぱい生きようと思うよ。いっぱい笑おうと思う。


命の大切さとか、儚さとか、重さとか、そういうの教えてくれてありがとう。
少しは5年前と変わったかな。
変われたかな。

さて、まずは、あいつが退院したら怒ってやろう。
仕事バカって怒ってやろう。

怒れる相手がいるんだから、幸せです。