草餅の話

January 25 [Wed], 2012, 22:33
今日は、昔の草餅、今の草餅というお話。

草餅と言えば、ヨモギ(蓬、艾)の、何とも良い香りの、お餅が定番ですよね。
私も、小さな頃は祖母と一緒にヨモギ摘みに出掛けたものです。そして、餡の入ったよもぎ餅。楽しみでした。


牧野富太郎先生によると、草餅には二種類あって、
私の記憶の中にある草餅と、既に消えてしまった昔の草餅があると言うのです。
その幻の草餅は、ヨモギではなく、ホウコグサを使っていたようですが…。
ホウコグサ…?


実は、母子草と呼ばれている植物です。彼によると、この名前は文徳実録(もんどくじつろく、879年)の著者が、

よい加減な作り話をその書物の中へ書いたので、それがもとでこの名がその時から生じた。母子草なんていう名はそれ以前には全くなかった
すなわち鼠麹草(ソキクソウ)の葉を用いた。

なのだそうです(鼠麹草、これも母子草のこと)。


この草の学名は、Gnaphalium multiceps Wall.。キク科の植物です。
本草綱目啓蒙によれば古名オギョウのほかトウコ、トウゴ、モチバナ、モチブツ、コウジブツ、モチヨモギ、ジョウロウヨモギ、ゴキョウブツ、ゴキョブツ、ゴキョウヨモギ、トノサマヨモギ、トノサマタバコ、カワチチコ、コウジバナ、ツヅミグサ、ネバリモチ、モチグサ等、様々な名前で呼ばれています。
オギョウ(御行)…。そう、春の七草のゴギョウ(五行)の事ですね(彼によると、御行が正しいそうです)。
サツマイモの栽培で有名な青木昆陽の昆陽漫録には、
我国ノ古ヘノ草ハ鼠麹草ナリ
と書かれています。

また和泉式部集には
花の里、心も知らず春の野に、いろいろ摘める母子餅ぞ
とも…。

これが、幻の草餅の正体だったのです。

彼によると、
今日でも千葉県上総、鳥取県因幡のある地方ではこれで草餅をつくることがある。すなわち上総山部郡の土気地方では、十二月から一月にかけて村の婦女子等が連れ立ってホウコグサの苗を田の畦などへ摘みに出でて採り来り、それを充分によく乾燥させる、そしてこの材料を入れて粟餅(あわもち)を製するのだが、その時は粟を蒸籠(せいろう)に入れその上に乾かしておいたホウコグサを載せて搗き込むと粟餅が出来るのである。このホウコグサを入れたものを入れぬものと比べると、入れた方がずっと風味がよい。そしてこの風習が今日なお同地に遺っていると友人石井勇義(ゆうぎ)君の話であった。
と言うこと。明治期の話ですが、この風習はあったようです。

彼は、こう考えます。
ホウコグサは葉が小さく、量も少い。緑色も淡く別に香気もないから、この草を用いることは次第に廃れたのでは…。
そして、実は面白い話なのですが、
ホウコグサもヨモギも餅にするには元来その葉の綿毛を利用したもので、往時は一つにはこれを餅の繋ぎにしたものだ。今日ヤマボクチも葉裏の綿毛を利用して餅に入れ、また所によってはキツネアザミ、ホクチアザミなども用いられる。

つまり、粘りのないうるち米を使用していたので、その繋ぎとして使っていたのだろうと、推測しています。


では、餅米を使用していた場合、ヨモギを使っていたのかと言うと、そうでもなかったのです。
餅米をよく使う中国では、ヨモギを使った記録はほとんどありません。

ただ渤海では、ヨモギを使っていたという記録があります。

日本でヨモギが使われ始めたのは、平安後期のこと。
韓国との国交は随分と前に途絶え、そして中国とも…。
唯一国交をしていたのが、渤海です(渤海産毛皮の唐衣が人気でした。かぐや姫の鼠の唐衣でも有名ですね)。

だから、何だということはないのですが、草餅は、美味しいだけでなく、謎の多い食べ物。歴史のロマンを感じてしまいました。
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