秀才の意思の強さ(#^.^#)0 

September 02 [Thu], 2010, 12:06

幕末の時代、土佐に生まれた一人のわんぱく坊主が、海を見ながら広い世界に思いをはせていた幼少時代。そんなわんぱく坊主の岩崎弥太郎が35歳になった時、つくも商会を大阪に経営を任される形で創設させ、たった5年と言う短い年月で「東洋の海運王」と呼ばれるまでになりました。その後、50歳までの10年間まっすぐに前を見続けた生涯を送ったのが岩崎弥太郎です。

岩崎弥太郎は、本当に立ち止まると言う事を知らなかった人物です。業績をあげ、色んな人からの妨害も受けながらも一歩も譲る事無く、自分の信念を貫き通した生涯であったと言えます。

東京の自宅にて病に倒れ、死を目の当たりにした弥太郎は、今までに出会ってきた多くの人達の事をきっと思い出していたのではないかと思います。師と仰いだ吉田東洋を始め、後藤象二郎、坂本龍馬、福沢諭吉、渋沢栄一、ジョン万次郎、等そうそうたる面々です。本当に自分の意思を貫き、波乱万丈に生き、そしてとても中身の濃い人生だったのではないでしょうか。

明治18年に50歳と言う若さで亡くなりましたが、その直前まで岩崎弥太郎の意識ははっきりしていたと言います。病気の為に激痛で苦しみながら三菱グループの為、後継者の事の遺言を残したそうです。

志半ばにして病に倒れた弥太郎の代わりに、その遺言どおり、弟である弥之助が三菱の後を引き継ぎ、その更に後を息子である久弥、小弥太等が引き継いでいきました。それが今の三菱グループの原点となっています。