※縁起を気にされる受験生の方は読まれない方がいいかも知れません
さて。
まずはこうーさんのブログの「「メモリーズ」感想」の記事より、
創世記Tのこうーさんの感想(コメント)を抜粋させていただきます。
〜以下引用〜
創世記T
この曲も個人的には6thアルバムの頃のGARNETを感じます。
歌詞にはいきなり突っ込みどころがあるのですがw、まず、シーツは巻きませんよね??敷くものかと・・・。それに天気予報が始まるのは通常0:55くらいからかと・・・うーんw
それはともかく、寒い日にシーツ巻いたり深夜1時だったり「試験の日にち間違えた 去年の冬は長かった」ですから、浪人生を歌った曲なのかな〜という気がしますw
〜引用終わり〜
そして、記事に対する私のコメントも、関連部分を抜粋します。
ここは自分のコメントなので、ホントはいちいち引用開始・終了のことわりを入れる必要はないと思いますが、わかりやすくするためにつけます(笑)
〜以下引用〜
創世記Tが浪人ソングにしか聞こえなくなってきましたw
日にちを間違えた試験って、模試でしょうか??
本番だったらヤバすぎですが……w
もしかしたらAZUKIさん、普通に高校入試とかで間違えたりしたんでしょうかね〜(笑)
……してそう←失礼
>天気予報が始まるのは通常0:55くらいから
なるほど!
つまり、時計を数分すすめているんです。
だから、すすめている時計が1時のとき=実際は0:55くらいのときに天気予報が始まる。
そして……(笑)
試験に絶対遅れないように時計を早めていたのに、
日にちを間違えて意味なすび、と……(笑)
もしくは、日にちを間違えて意味なすびで落ち込んでシーツ巻いてたところ、
天気予報が(見かけ上)1時ジャストにはじまる、この切なさ、やるせなさ。
……きっと間違った方向に深読みしている図ですね(笑)
でも、絶対間違いとは言えない「浪人説」の有力っぷりに脱帽!(笑)
〜引用終わり〜
さて、
この「浪人生」説が、私のツボにはまってしまったので(笑)、
『創世記T』を、浪人生説を中心に、さらに分析してみたいと思います(笑)
この「浪人説」の一番の欠点は、「サビの部分の歌詞にほぼノータッチで、創世記に関する部分が全然浪人と関係がない」という批判を食らい得るところだと思います。
しかし、私に言わせれば!
浪人のようなひたすら努力を続けることが必要な立場に置かれ続けて、
そしてそれが嫌になったとき、あるいは努力が報われなかったとき、
(受験浪人のケースなら「勉強しなきゃ」とずっと思うけども勉強に手がつかない、というとき、)
いったい自分はなんのために勉強しているのだろう、とか、
いったい自分はなんのために生きているのか、とか、
ヒトが自分の記憶をベースにした(表面的な)意識によって自我を保っている以上人類はすべて意味なく生き死んでゆく、それならばどんな生き方をしようが、いつどんな風に死のうが同じなのではないか、とか、
そんな終わりのない思考に迷い込んでしまうことがあるものだと思うのです。
これは、経験のある人間にしかわからないかも知れませんが(笑)
(念のため書いておきますが、
私は受験浪人を経験したことはありませんからね(笑)
というか、受験を経験したことがあるかどうかすら秘密です。
年齢(ついでに性別)不詳ですから
でも、こういう終わりなき思考に陥ることは日常的に多々あります。
積極的に考えることもあれば、↑のようにつらいときに考えることもありますよ)
そして、「あぁ 地球は回って」だとか、
「あぁ 創世記だって光と闇から動き」だとかも、
その現実逃避という名のデススパイラルもとい一時の休息に伴う有意義な哲学的思考のひとつだと思うのです。
何が言いたいのかというと、
この「創世記」に関するサビの記述は、
浪人生と関係がないどころか、
ものすごくリアルな浪人生描写だということです。
つまり、「サビ部分の歌詞内容」は、浪人説を強力に補い支える根拠にこそなれど、
同説を否定する根拠にはならないと主張します。私は(笑)
さきほどからサビサビ言ってますが、
こうーさんの指摘された「シーツと寒さ」「試験の日にち」部分以外も、
メロ部分の歌詞は100%、浪人説に矛盾しない、同説を補強する内容となっています。
「大きな声で泣いちゃおうかな」
も、
「一難去ってまた一難〜」も、
どちらもばっちりです。
(ちなみに私は「去年の冬は長かった」は現役受験時代の冬、もしくはあとから回想した浪人時代の冬、の2種類が考えられると思いますが、普通に考えれば後者、こうーさんの解釈もおそらく後者なのでしょうね。)
「一難去った」ことと、「八で起きた」ことにはとりあえずおめでとうですが(笑)、
何があったんでしょう?
とりあえず滑り止めに受かった、とか……?
いえいえ、とりあえず滑り止めに合格したなら、次の「一難」がきたとしてもそれほど悲観する必要はない(人生を多難に見る必要はない)はずなので、
せいぜい、
「ようし! 数学と理科偏差値78出た! おっけ! ……次は英語かぁ(偏差値22)……orz」ぐらいだと解釈します(笑)
普通にたくさんの人が受験する大学受験用の模試で、1科目のみについて見る偏差値で「78」「22」なんて数値が、満点や0点でも出るかどうか私は知りませんが(笑)
50に±28で合わせてみただけです(笑)
(余談ですが、私は「文系」「理系」に分けて教育・受験をする大学試験システムも、文系・理系という言い方自体もあまり好きではありません。……が、↑の人は完全に理系特化タイプですね(笑))
まあ、もちろん、今回合格した「滑り止め」に現役時代も合格していて、「蹴って」浪人したという事情があれば、今回合格しても「前途多難」に見えるかも知れませんが……。
ひとそれぞれ事情がありますしね〜。
殊、医学とか、歯学とか、獣医学とか、あるいは水産学とか、ある程度特殊であるor難易度が高いという理由で「妥協」が許されない分野にすすみたい、という方や、研究したい分野が鮮明に具体化している方なんかは、
設置大学の多い法学系や文学系に比べると、「第一志望合格」が、より死活問題であるのかも。
曲分析なのに余計な記述でしたが、私の知り合いに何年もがんばっている方がいらっしゃるので、ちょっと書いてみました(笑)
自分が後悔しない道にすすむために、周りに何と言われようががんばる姿!
私は大好きです!
さて、すさまじいイキオイで脱線しましたが(笑)、
こんなリアルな話に脱線できるくらいに浪人な歌ということで……(笑)←分析が無理やりすぎる
すごく長くなっているので、いったん切って次の記事に分割します(笑)
我ながら何をやっているのだろう(笑)
さて。
まずはこうーさんのブログの「「メモリーズ」感想」の記事より、
創世記Tのこうーさんの感想(コメント)を抜粋させていただきます。
〜以下引用〜
創世記T
この曲も個人的には6thアルバムの頃のGARNETを感じます。
歌詞にはいきなり突っ込みどころがあるのですがw、まず、シーツは巻きませんよね??敷くものかと・・・。それに天気予報が始まるのは通常0:55くらいからかと・・・うーんw
それはともかく、寒い日にシーツ巻いたり深夜1時だったり「試験の日にち間違えた 去年の冬は長かった」ですから、浪人生を歌った曲なのかな〜という気がしますw
〜引用終わり〜
そして、記事に対する私のコメントも、関連部分を抜粋します。
ここは自分のコメントなので、ホントはいちいち引用開始・終了のことわりを入れる必要はないと思いますが、わかりやすくするためにつけます(笑)
〜以下引用〜
創世記Tが浪人ソングにしか聞こえなくなってきましたw
日にちを間違えた試験って、模試でしょうか??
本番だったらヤバすぎですが……w
もしかしたらAZUKIさん、普通に高校入試とかで間違えたりしたんでしょうかね〜(笑)
>天気予報が始まるのは通常0:55くらいから
なるほど!
つまり、時計を数分すすめているんです。
だから、すすめている時計が1時のとき=実際は0:55くらいのときに天気予報が始まる。
そして……(笑)
試験に絶対遅れないように時計を早めていたのに、
日にちを間違えて意味なすび、と……(笑)
もしくは、日にちを間違えて意味なすびで落ち込んでシーツ巻いてたところ、
天気予報が(見かけ上)1時ジャストにはじまる、この切なさ、やるせなさ。
……きっと間違った方向に深読みしている図ですね(笑)
でも、絶対間違いとは言えない「浪人説」の有力っぷりに脱帽!(笑)
〜引用終わり〜
さて、
この「浪人生」説が、私のツボにはまってしまったので(笑)、
『創世記T』を、浪人生説を中心に、さらに分析してみたいと思います(笑)
この「浪人説」の一番の欠点は、「サビの部分の歌詞にほぼノータッチで、創世記に関する部分が全然浪人と関係がない」という批判を食らい得るところだと思います。
しかし、私に言わせれば!
浪人のようなひたすら努力を続けることが必要な立場に置かれ続けて、
そしてそれが嫌になったとき、あるいは努力が報われなかったとき、
(受験浪人のケースなら「勉強しなきゃ」とずっと思うけども勉強に手がつかない、というとき、)
いったい自分はなんのために勉強しているのだろう、とか、
いったい自分はなんのために生きているのか、とか、
ヒトが自分の記憶をベースにした(表面的な)意識によって自我を保っている以上人類はすべて意味なく生き死んでゆく、それならばどんな生き方をしようが、いつどんな風に死のうが同じなのではないか、とか、
そんな終わりのない思考に迷い込んでしまうことがあるものだと思うのです。
これは、経験のある人間にしかわからないかも知れませんが(笑)
(念のため書いておきますが、
私は受験浪人を経験したことはありませんからね(笑)
というか、受験を経験したことがあるかどうかすら秘密です。
年齢(ついでに性別)不詳ですから

でも、こういう終わりなき思考に陥ることは日常的に多々あります。
積極的に考えることもあれば、↑のようにつらいときに考えることもありますよ)
そして、「あぁ 地球は回って」だとか、
「あぁ 創世記だって光と闇から動き」だとかも、
その現実逃避という名のデススパイラルもとい一時の休息に伴う有意義な哲学的思考のひとつだと思うのです。
何が言いたいのかというと、
この「創世記」に関するサビの記述は、
浪人生と関係がないどころか、
ものすごくリアルな浪人生描写だということです。
つまり、「サビ部分の歌詞内容」は、浪人説を強力に補い支える根拠にこそなれど、
同説を否定する根拠にはならないと主張します。私は(笑)
さきほどからサビサビ言ってますが、
こうーさんの指摘された「シーツと寒さ」「試験の日にち」部分以外も、
メロ部分の歌詞は100%、浪人説に矛盾しない、同説を補強する内容となっています。
「大きな声で泣いちゃおうかな」
も、
「一難去ってまた一難〜」も、
どちらもばっちりです。
(ちなみに私は「去年の冬は長かった」は現役受験時代の冬、もしくはあとから回想した浪人時代の冬、の2種類が考えられると思いますが、普通に考えれば後者、こうーさんの解釈もおそらく後者なのでしょうね。)
「一難去った」ことと、「八で起きた」ことにはとりあえずおめでとうですが(笑)、
何があったんでしょう?
とりあえず滑り止めに受かった、とか……?
いえいえ、とりあえず滑り止めに合格したなら、次の「一難」がきたとしてもそれほど悲観する必要はない(人生を多難に見る必要はない)はずなので、
せいぜい、
「ようし! 数学と理科偏差値78出た! おっけ! ……次は英語かぁ(偏差値22)……orz」ぐらいだと解釈します(笑)
普通にたくさんの人が受験する大学受験用の模試で、1科目のみについて見る偏差値で「78」「22」なんて数値が、満点や0点でも出るかどうか私は知りませんが(笑)
50に±28で合わせてみただけです(笑)
(余談ですが、私は「文系」「理系」に分けて教育・受験をする大学試験システムも、文系・理系という言い方自体もあまり好きではありません。……が、↑の人は完全に理系特化タイプですね(笑))
まあ、もちろん、今回合格した「滑り止め」に現役時代も合格していて、「蹴って」浪人したという事情があれば、今回合格しても「前途多難」に見えるかも知れませんが……。
ひとそれぞれ事情がありますしね〜。
殊、医学とか、歯学とか、獣医学とか、あるいは水産学とか、ある程度特殊であるor難易度が高いという理由で「妥協」が許されない分野にすすみたい、という方や、研究したい分野が鮮明に具体化している方なんかは、
設置大学の多い法学系や文学系に比べると、「第一志望合格」が、より死活問題であるのかも。
曲分析なのに余計な記述でしたが、私の知り合いに何年もがんばっている方がいらっしゃるので、ちょっと書いてみました(笑)
自分が後悔しない道にすすむために、周りに何と言われようががんばる姿!
私は大好きです!
さて、すさまじいイキオイで脱線しましたが(笑)、
こんなリアルな話に脱線できるくらいに浪人な歌ということで……(笑)←分析が無理やりすぎる
すごく長くなっているので、いったん切って次の記事に分割します(笑)
我ながら何をやっているのだろう(笑)
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