まずは安産??

December 17 [Sun], 2006, 9:06

那由太君、ご誕生!

2006年12月6日(水)が元々の予定日でした。
妊娠期間は、順調そのもの。

まあ、安産になるための色々できることは、何でもやりました。
(母親自身のためだけど・・。)
足のくるぶしのところへ、毎日お灸したり
安産ティーをドイツから取り寄せたり、
毎日1時間歩いたり、
妊娠線予防クリーム塗ったり(安産とは関係ないか・・。)

そんな10ヶ月の努力のおかげか、前駆陣痛が始まったのが朝4時半くらい。
5〜15分ごとに生理痛の少し強いくらいの痛みがきてました。

破水がお昼の12時20分。それとともに、しっかりした陣痛が始まりました。
それから、タクシー呼んで病院へ行ったのが14時くらい。
病院は、総合病院です。
1時間ぐらい病院の陣痛室でうなって、分娩室に入ってからは
超スピード出産でした。夫の僕も立ち会いましたが、
3回ぐらいいきんだらスルーっと出てきました。
結局、生まれたのは16時20分でした。
カンガルーケアもさせていただきました。

2720gと小さかったから生まれやすかったのかな・・と思ったり。
小さく産んで、大きく育てる・・投資みたいですなあ。はは。

まずは、ご誕生報告。

落ち着く暇もなく・・。

December 17 [Sun], 2006, 9:31
生まれたら、生まれたで、することがいっぱい。

赤ちゃんの足の裏に名前をかかないといけないし、
体きれいにしないといけないし、父も母もだっこしないといけないし、
写真も撮らなきゃいけないし、体重身長測って、
色々やってましたが(看護師さんが)何もかもが新鮮で
「ほー。」と興味津々で見られました。

那由太は、生まれてすぐ僕らの目の前で
「おぎゃー!!」と何度も泣いたので「おー。息してる。」と
安心しておりました。
手や足の指もしっかりチェックしました。(ありました。)
仕事柄、ダウン症なんかもこっそりチェック。(顔みるだけだけど。)

看護師さんからは「赤ちゃんじゃなくて、白君だねえ。」と
言われたりしていましたが、特に気にすることもなく「なんだそりゃ。」
くらいに思っていました。
今思えば、酸素が十分でなかったから、「赤ちゃん」じゃなかったのかもね。

一連の作業が終わって、赤ちゃんは新生児室。
母親は、2時間分娩台の上で休憩。
父親の僕と僕の母親(もう、ばあちゃんだな。)は、待合室で待ちぼうけ。
その間、名前の話で盛り上がりました。

最終候補に残ったのは、「伊織(いおり)」か「那由太(なゆた)」だったので、
どっちがいいか僕の母親にも相談したところ
「伊織さんは、昔先祖にいた。庵さんだったけど。その奥さんは宗教にはまってたよ。」
という返事だったので、「じゃ、那由太でいきます。」
と言うことになった。
那由太の名前の意味は、一般的には10の60乗を指す数の単位の一つで、
那由他と書くようですが、「他」を「太」に変えて、長く太く生きて行くようにと
考えました。(那由他・Wikipedia参照

新生児室での検査が終われば、分娩台の上でだっこが出来ますよ、
という看護師さんの言葉で、僕と僕の母親は奥さんが分娩台で横になっているところへきて
「どんなんだろねー。」とわくわくしながら待っていました。

1時間ぐらい待ちましたがなかなか那由太君は出てきません。
別の看護師さんが心配して、連絡をとってくれたところ
今、検査をしていてこっちには来られない。ということでした。
「なんじゃそりゃー。」とずっこけながら渋々病室へ戻ることになりました。

「検査」という言葉が心にひっかかりながら・・。

先生からのお話

December 17 [Sun], 2006, 20:14


しばらく、病室で休んでいると
「ドクターからの説明があります。」
とのことで、新生児室の近くの相談室みたいな部屋へ行きました。

そこでの先生のお話はかなりショッキングなものでした。

まず、那由太君は血液中の酸素飽和度が低いとのことで、
そのような場合は、酸素を吸わせて肺をいったん膨らませてみるそうです。
しかし、すぐに酸素飽和度が低下(90%前後になる)してしまう。
そのような場合は、まず、心臓病を疑うとのこと。
で、心エコーなるもので見てみたところ
普通は4つある心臓の部屋が、二つしかないということでした。
単心房と単心室とかいうらしい。

それに伴い、総肺静脈還流異常大血管転位なども併発しているらしい。
僕の頭の中はクエスチョンマークでいっぱい。
肝臓の形成もおかしいかもしれない、などとも言われました。

とにかく、内臓の疾患があり、きちんと検査をして
手術を3歳くらいまでに繰り返さないといけないだろう、ということでした。

ここまでの先生からの説明の中で
「ああ、もう那由太君は生きられないのかも・・。」
と思いながら聞いていたので、「3歳くらいまでに手術を・・。」という
先生の言葉を聞いて
「えっ?生きていく可能性があるの?」と
目の前に光が差したように思いました。

最後は、小児心臓外科医が総合病院にはいないからと言うことで
小児病院へ転院するということでした。

時間は1時間くらいでしたでしょうか。
ボー然としながら、病室へ帰りました。

12月7日転院

December 17 [Sun], 2006, 21:27


しばらくはショックでショックで、頭の中は真っ白。
かと思えば、色々考えたり。
赤ちゃん出来たのに、抱っこも出来ない
写真もビデオも撮れない。
喜びもない。将来が不安。
二人目を作っとくべきか。

思考停止。
やらなければいけないことは何か。

今出来ることは、しっかりと寝て、
明日からの起こるであろう様々な出来事を
受け止める準備だ。
まあでも、寝られなかったけど。


12月7日転院
那由太君は、保育器に入れられて
救急車で小児病院へ搬送されました。
奥さんはまだ総合病院を出られないので
僕と僕の母親で、後から自家用車で追いかけました。
小児病院のNICUの先生ともお会いして
宜しくお願いしますと伝える。
色々な決まり事を看護師さんから説明を受ける。

この時点では、2週間以内くらいに
1回目の手術をする予定でした。
まずは、那由太君の体の中の状態を
正確に把握しなければいけないとのことで
心エコー検査や心臓MRIでの精密検査をしていく
予定との事でした。

帰りに総合病院へ立ち寄り、小児病院での事を
話して、一人帰宅しました。
あのときの家の中はしーんとしていました。

怒濤の日々・・。

December 17 [Sun], 2006, 23:12


面会時間は、毎日10:00〜16:00、
19:00〜21:00。
母乳は、毎朝僕が出勤前に冷凍して運ぶ。
奥さんは、いい母乳が出るように
無農薬野菜など食べるものを限定。
人混みには出られないので
スーパーへの買い物も出来ない。
車の免許がないので、
那由太君に会いに来るときは
誰かに車で運んでもらう。

病院は、色々な事情からビデオカメラと携帯電話での写真撮影禁止。
IXYデジタルというコンパクトカメラを持っていたが、なにせ病院のNICUは光の量が限られているので、EOSkissデジタルをあらためて購入。
母乳の関係や時間の関係で片道35キロを2往復することもある。
まあ、那由太君のことを考えたら、どってことないけど。

その甲斐あってか、母乳を飲む量も最初は30gだったのが、今は60gに。
うんちもおしっこもして、それなりに元気っぽい。

毎週月曜日は、15時から主治医の先生から面接のある日。

先生は、心臓の形成に問題があるとして、大事なのは血液循環のバランスが
とれているかどうか、だという。
現在は、そのバランスがとれているそう。
たぶん、そのバランスがとれていなければ、生後2週間以内に
手術をしなければならない、ということになっていただろう。
(いや、なるかもしれないが・・。)
体重が4キロ台になるまで待ちましょう、ということと
1回(自宅へ)帰ってみますか、という話も出た。
「自宅!?」とびっくり。ちょっと怖くて、それは無理。こっちが。

今、2803gなのでまだまだだな・・。

ちなみに、僕は1週間風邪が治らず、那由太君に直接会えません・・。
今週は治すぞ。
奥さんには、その分助けてもらっています。
母乳も、最初から比べるとすごく出るようになってきて
よかったよかった。

くつしたを装備。

December 18 [Mon], 2006, 21:25


今日の那由太君です。
体重は、2842gに増えていました。
ミルクも昨日までは、「60ml×8回」とかって
書いてくれていたのですが、
今日は、「持ってきてもらっているミルクが追いつかなくなるほど」
と、書かれていました。
すごいぞ那由太!



今までは、病院にあるくつしたをはかせてもらっていたのですが、
許可をいただき、自宅にあるものを持って行きました。
やった!かっこいい!ナイスくつした!

ミトンを装備。

December 19 [Tue], 2006, 21:42


ミトンがでかいなあ。はは。
今日の体重2814gでした。
1回うんちしたら、20〜30gくらい減るそうです。
なかなか2900台にならないのが、まどろっこしい・・。ふー。
ミルクは、今日から70mlになりました。

小児病院へは、病院指定のボトル(60mlサイズ)へ母乳をとり、
30分以内に冷凍して、凍ったまま病院へ届けます。
クーラーボックスも2つ買って、溶けないように気をつけています。

病院の説明によると、1回につき4回分のミルクを解凍しているそう。
1回で70mlだとして、4回で280ml。
60mlボトルで、約5本分。
1日8回飲むので、1日約10本分を那由太は飲んでいる計算になります。

今、奥さんが1日中搾乳機で母乳をとって、ボトル10本。
いやー、ピッタシじゃー。
と、素直に喜んでいる場合ではなく、
「これ以上、那由太が飲んだら・・?」「どうなるの?」と、
不安がよぎったりもしました。

ま、そんときは病院指定の”はぐくみ”で、いくしかないのよね。
母乳しか受け付けん子になったりしても、
これから、人様に頼って生きていかねばならない那由太にとっては
良くないだろうしね。大事なのは柔軟性か。

那由太は、生まれつき病気を持ってるから
小さいウチは、まわりのみんながチヤホヤしてくれるだろう。
「大丈夫?しんどくない?」ってね。
そんなんじゃ、どうしようもなく根性がひんまがっちゃって、
大人になったとき、、わがまま&自己中&迷惑人間になってしまう。

だめだめ。
自分の心臓のクローンを自分で作れるくらいの
根性科学者くらいにはなってもらわなくっちゃ。
スポーツで名を馳せることが難しそうなので、
頭脳で勝負だな。親が親だけに無理かもしれんけど・・。むむーん。

「どうせ俺なんてヨー。」などと言いながら
クダを巻く腰抜けにだけは、なりませんように。

ありがとうございます。<(_ _*)>

December 21 [Thu], 2006, 21:28
閲覧&書き込み頂きまして、
ありがとうございます。
ファミリーで感謝です。
どうぞ、末永く見守ってやってください。



今日の那由太です。
昨日、体重が2824gになっていたのに、
今日は、2814gでした。
体重を量る時間帯で変わってくるのだろうが、
じれったいわー。おとといとおんなじやんかー。くー。

しかし、ミルクの量は今日から80mlになりました。
先週から考えると倍になってる・・。
飲んでいるんだから、大丈夫だろうと
思うしかないわな。

今日は、病院へ行ったときに(奥さんが)
那由太君起きていて、しっかり見つめ合ってきたそうです。
いいなあー。

あ、そうそう。
年賀状も作成しました。
那由太君の超ラブリーな写真を使って。(親ばか)
その写真も奥さんと見つめ合っております。
パパは、辛抱あるのみですわー。



今更ながら、空気清浄機買いました。
奥さんが風邪とかひいてしまうと、母乳あげてるから
クスリとか飲めないし、NICUの中で抱っこもできなくなっちゃう。
それは、僕らにとってではなく、
那由太にとって利益にはならないので、
少しでもという思いから購入を決意。
今、ノロウィルスとか肺炎とか、めちゃくちゃ流行ってるみたいですので、
皆様もお気をつけくださいね。

もし、今、奥さんが風邪をひいたら・・と思うと、ゾッとしますー。

夢の大台。

December 23 [Sat], 2006, 19:07


僕の風邪も治り、今日初めて夫婦でNICUに入りました。
抱っこもしましたよ。(父、抱っこ2回目。)

写真は、父、那由太を抱っこするの図です。

最初、13時の授乳があり、哺乳びんではなく直接母乳をあげることができました。
直接母乳で50mlくらい飲んで、足らない分は哺乳びんで。

今日は、ビッグニュースがありまして、
那由太の体重がなんと、夢の2900台の2918gになっておりましたよ。
ヽ(゚▽゚*)乂(*゚▽゚)ノ バンザーイ♪

我が家では、朝までパーリーナイトで大騒ぎですわー。(←近所迷惑。)
いやあ、増えた増えたー。良かった良かったー。
まあ、またうんちしたら減るんだろうけど・・。

みんな、そうやって、大きくなっていくんでありますよ。

結局、16時までずっと抱っこしておりました。
那由太は、ずっと寝ておりました。
16時が次の授乳の時間でしたので、早めに目を覚ませば
また、直接母乳をやれるかなあ、と話していましたが、
タイムリミットで退室しました。

明日は、起きてるかなー。ふっふーん。(イオンCM風)

血中酸素濃度・・。

December 25 [Mon], 2006, 20:55




今日の那由太、三連チャンです。

毎週、月曜日は小児病院の担当の先生との面談の日です。
今日も仕事を抜け出して、先に病院へ行っていた奥さんと合流し、
先生の話を聞きました。

今日は、レントゲンを見せてくれました。
肺が少し以前と比べて暗くなってる、体内の血液量が減っている、
血管が細くなっている、と不安なことばかり言われました。
Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン

あと、血中酸素濃度が、最初は90%台だったが(普通は100%)、
今は80%台前半になっている。
単心室&単心房がある子は、このくらいの酸素濃度で
落ち着いた方がいい、とも。
なぜ良いのか分かりませんが・・。

しかし、全ては心エコー検査などから得た情報からの
先生の想像だとも言っており、やはり血管造影検査を行って、
しっかりした診断がだせる状態にならないと
はっきりは分からない、との事。
その血管造影検査をすると、那由太の体に負担になるそうです。
それは以前から聞いていた事でしたが、やっぱり辛いなあと思いました。

で、検査の日は、2007年1月12日(金)に決まりました。
2時間くらいはかかるそうです。
僕も奥さんも病院へ付き添う予定です。

あと、先生はこうとも言っておりました。
「いつまでもNICUにいる訳にもいかないからねえ。
検査結果によっては、小児科外来でいけるようにならないかんし。」
それって、家から通院するって事?外はウィルス蔓延中。
自宅へつれて戻りたいけど・・。いやあ、どうしよ。

体重2950g。ミルクの量は90ml×8回。

あと、メリークリスマス。
2006年12月
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  • アイコン画像 ニックネーム:那由太
  • アイコン画像 性別:男性
  • アイコン画像 誕生日:2006年12月6日
  • アイコン画像 血液型:O型
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生後2日目に、生まれた総合病院から小児心臓血管外科の専門医が居る小児病院のNICUへ転院。急遽、シャント手術をする予定であったが、体調悪化が見られない為(?)延期。平成19年1月17日にそのまま退院。初めて自宅へ。

シャント手術を飛び越えて、もともと1歳くらいで行う予定であったグレン手術を生後5ヶ月と2日目(!)の平成19年5月8日に実施→無事成功する。手術時間は11時間に及んだ。

その後、ICUにて33日間の完全看護ライフを過ごし、平成19年6月10日に脱出。一般病棟へ移る。その後は順調に回復し、総日数55日間の入院生活を終えて、平成19年6月30日に退院する。

グレン手術から857日後の平成21年9月11日に心臓カテーテル検査を行いフォンタン手術が出来そうだとの判断をして頂く。(それまで心カテなし・・。)

そして、平成21年10月27日に運命のフォンタン手術の実施。予定時間は5時間であったが7時間50分の手術となる。穴あきフォンタン手術であったが無事に終了。9日後の平成21年11月5日にICUを脱出。一般病棟に移る。ワーファリンの薬の調整などで少し退院が伸びるも、11月16日に退院する事が出来た。延べ日数24日間の入院となる。そして、在宅酸素決定!酸素量は2リットル。

現在の那由太・・・↓

身長→104センチくらい

体重→15,0キロ

服サイズ→



那由太 blog「NAYUTA and happy friends」第1話はここからどうぞ。

ブログ見てくれてありがとー
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