トマソンと少年

December 11 [Sun], 2011, 18:45
デンマーク、皆さんはこの国をご存知ですか?

まずは簡単にデンマークという国の紹介をしましょう


デンマーク・・・
正式国名「デンマーク王国」
北欧の端に位置し、面積は43000平方キロメートル、北海道の半分ぐらい
首都はコペンハーゲン、人口は531万人
いたって小さな国である
言語は通常語はデンマーク語、英語でもほぼ通用する

これはボクの経験なんですが・・・デンマークをはじめとした北欧の国々は異様なほどに税金が高いんですよ。まずは日本でいう消費税が最低20%はかかる『サービス税』なんてものも含めるとたいてい30%〜40%近くの税金が課税される

ですからね・・・北欧に旅行に行ってショッピングしようと思うならアメリカとかの感覚で行くと『えらい目』に合いますから^^;

ま〜〜税金高い分いい面も、もちろんあります
これらの国は福祉の充実度が世界トップレベルなんですよ
税金高いのは福祉のためなんでしょう
老後に住むにはこれ以上ない環境の国ばかり^^;

余談を入れちゃいました・・・・話をデンマークに戻そう・・・(・。・)


かのデンマーク、サッカーについては他の欧州国に遅れをとった
デンマークサッカー自体の歴史は古いのだが・・・
世界に躍進しだしのは、つい最近のことである

欧州選手権に84年初出場、ワールドカップ初出場は86年
この80年代から、世界がデンマークのサッカーを認めだした

このころから、彼らの躍進ぶりとスタイルから世界のサッカーファンは彼らのことをダニッシュ・ダイナマイトと呼びはじめたのである


そんな彼らが今大会、2002年日韓ワールドカップに出場することとなった
2大会連続、3回目の出場を決めたデンマーク
(↑ボクのデータですから・・・間違えてたらゴメンです^^;)


そして、このデンマークが今大会のキャンプ地を和歌山県に決めた

キャンプ地の説明は今ここではしませんよ^−^;
テレビでキャンプ地のことは何度か流れていたと思うし・・・

例を上げれば・・・そうですね
遅れてばかりで有名になったカメルーンと中津江村
ベッカムフィーバーでわいたイングランドと淡路島
これらが有名でしょう・・・

そして、和歌山県であるが・・・他の立候補地と同様に和歌山県側も誘致に必死であった
デンマークへ何度も訪れた。この苦労が実りキャンプ地決定の知らせを受けた
この一報に和歌山県の関係者は涙したという

和歌山に決めた理由は「日本のほぼ中心地であり、関空に近いから」という
それだけの理由だった・・・(・。・)


お茶らけはこれぐらいにして、ここからは少しまじめに語ります
デンマークと和歌山県民の交流をまじめに語りましょう

それらを見てきた皐月パパの感想なり、想いを入れて書きたいと思う

ですから・・・今日は『落ち無し!』で参ります♪^−^;


では!真剣に書いていきましょう


読者の方々でもデンマークってどんな国?と普通は思いますよね?
「どこにあるの?」「デンマークのサッカー選手で有名な人は?」と思うでしょう・・・これが普通ですよ^^;

アメリカ、イングランド、イタリア、スペインほど日本に名前通ってないし
デンマークという国の存在自体は知っていてもどんな国民性なのか?どのような人種なのか?って普通は誰も知らないものです


もちろん、これは和歌山県民のほとんどが同じであった
和歌山の街中ではこんな会話が交わされたという

「今度のワールドカップでデンマークって国が来るらしいけど知ってた?」

「それは知ってるけど・・・誰か有名な人いるの?
イングランドのベッカムとかイタリアの男前集団みたいに有名な人いるの?」

「う〜〜ん・・・知らない。
 だけど世界で有名なんやったら、一度は練習見に行こうか?」


デンマークの練習を訪れた人は『この手の会話』がきっかけとなった人たちばかりであった
最初、いわゆる『野次馬』的な人が多かったのは事実である

最初の見学者は数百人程度であった、しかしこの数字が日々増えていった

この数字が増えた理由には以下のことが一番大きかったと思う


ワールドカップ出場国のキャンプ地での練習というものは 非公式、非公開が通例であるが、デンマークは違った
(イングランド、イタリア、スペイン、ブラジルといった強豪国はほとんど非公開でしたね^^;)

練習初日からデンマークチームの意向で全ての練習を公開した
さらに練習後には見学に来ていた地元サッカー少年たちを招きいれ 一緒にミニサッカーを行ったりもした

この評判を聞きつけ、デンマークというチームが
「むちゃくちゃフレンドリーで気さくな人たちばかりやで!」という口コミも相当あったという
そして、この翌日から見学に訪れる人が徐々に増えていった
初日はわずか数百人だった見学者が翌日には2000人
その翌日には2500人、そのまた翌日には3000人が訪れた

練習後には気軽にサインに答える選手たち

監督も練習後にはサッカー少年たちを招きいれ練習を指導したりもした

この監督にある記者が聞いた

「他国は練習を公開しないで、試合に備えていますけど デンマークはこれでいいのですか?」と聞いた

すると、このデンマーク・オルセン監督はこの記者にこう答えた

「我々の強さは練習を秘密にしたところで変わらない
 絶対的な自信をもって試合にのぞむだけだ
 何より、キャンプ地を提供してくれた和歌山の人たちが喜んでくれることは
 どんどんするべきなんだ・・・
 試合も大事だが、この交流も大事にしたいと選手全員も言っている」


このオルセン監督、この発言だけでも『いい人』をかもしだしているのだが
彼のエピソードをもう一つ語ろう

ホテル入り初日のことである

デンマークチームが来日し、ホテルでの歓迎セレモニーを受けた後
再度、宿泊先のホテルの支配人と料理担当のコック長が監督の部屋へ挨拶に訪れた

「これからの数日よろしくお願いします」という言葉とともに
彼ら、支配人とコック長にはもう一つ言っておきたい・・聞いておきたいことがあった
彼らにはもう一つ『心配のタネ』があった・・・

それは食事の問題であった

ホテル側も選手たちには万全の状態で試合に臨んでほしかった
食事が口に合わない・・・それが原因ということだけは避けたかった

他国の宿泊先ホテルに連絡をすると、食事でかなりもめたという事を聞いていた
「口に合わない」「母国の材料で調理してくれ!」といった文句を言われたという事を彼らは聞いていた・・・


デンマークが宿泊したホテルの支配人はこう言った

こういったトラブルだけは「どうしても避けたかったんですよ」と
それゆえ「最初に監督さんに聞いて、チームの意向を聞こうと思って挨拶にいったんですよね」と言っていた

その想いから、支配人とコック長は監督の部屋を訪れた

そして通訳を介し、監督に聞いた


「食事で何かご要望とかはございますか?」と支配人は聞いた

するとオルセン監督はこう答えた

「一切お任せします そちらが用意される料理を我々はご馳走になります」と・・・

この言葉に驚いた支配人とコック長

「いや・・やはり母国デンマークの食事の方がいいんじゃないでしょうか?」

「こちら和歌山をキャンプ地に決めたときから、食事もそちらにお任せしようと
 私と選手たちは言っていた。
 選手も理解している。全てをあなたたちにお任せします」

「あの〜〜他の国とかのホテルにお聞きすると・・・
 食事はやはり母国のほうが好まれると聞いたものでして・・・」

この言葉にオルセン監督はこう言った

「他国は他国、我々は我々です」

この言葉に支配人は
「あの言葉で本当にホッとしましたよ・・・滞在中は無事に過ごせていただけると
 あれで思いましたね」と言っていた


さらに、オルセン監督はコック長に向きなおし、言い出したという

「我々は料理をあなたに全てお任せします。よろしくお願いします」

緊張しながらも「はい!こちらこそよろしくお願いします」と答えるコック長

そして、コック長に聞くオルセン監督

「和歌山で有名な食材は何ですか?」と彼は聞いた

この質問の真意がわからずもコック長は監督に答えた

「和歌山では魚が有名です、カツオという魚が特に有名です」と・・・

するとオルセン監督は微笑みながらコック長に言った

「それでは、そのおいしいカツオを我々に食べさせてください
 あなたが腕をふるって、おいしいカツオを選手たちに食べさせて
 やってください」と言った

この言葉にコック長は大変感激した

「世界の代表監督が、あんないい人だったからね〜〜
 いっぺんでデンマークのファンになりましたよ!」と言っていた


この食事に対する『良き姿勢』は監督だけではなった
選手たちも同様だった

最初の食事を迎えた時、ある選手が通訳に聞いた

「デンマークでは食事するとき神への祈りをするのだが
 日本では食事始める時に何かするんですか?」と聞いた

デンマークは国民の9割がプロテスタントである
神への祈りを終えてから食事を始める

この選手は日本ではこれの代わりに何かするのか?と聞きたかったのである
これに答える通訳

「日本でもキリスト信者は神に祈ってから食べるけど
 たいていは手を合わせて『いただきます』と言ってから食べます」と答えた

すると彼は・・・
「こうやるの?」と通訳に聞きつつ、手を胸の前で合わせた
これに通訳は「そうそう!その両手をもう少し上に上げて!」と言った

その言葉に彼は顔の前まで手を上げる
「そうそう!」と答える通訳

そして彼はその姿のまま、コック長の方へ向き頭を下げた
それを見ていた他の選手たちも彼にならい、手を顔の前で合わせた
この時から、食事のたびに手を合わせる選手たち

コック長は言った
「今の日本人でも『いただきます』『ごちそうさま』言えないヤツが多いのに
 外国の人にあんなことされたらね〜〜むちゃくちゃ嬉しかったですよ」と・・・

この最初に手を合わせた選手の名を・・・



トマソンといった



このトマソン選手・・・今大会では4得点をあげ デンマークを決勝トーナメントに進出させた立役者である
あの日本代表・小野選手と同じオランダ・フェイエノールトに所属することでも有名な彼

彼は少し神経質の面を持ちあわせているのだが、非常に心優しい青年だ


トマソン、彼の優しき一面をもう一つ語りたい

それはある握手会でのことである

デンマークというチームは前述したように練習を公開し、和歌山県民との交流を積極的に行った
練習後は地元サッカー少年たちとミニサッカーを行い
握手会、サイン会もたびたび行った

そのひとコマの話である


あの日も、いつものごとくサイン会が行われた
気さくなデンマークの選手たちを県民も大好きになった

あの日もデンマーク選手たちのサインを求め長蛇の列が出来上がっていた
気軽にサインをするデンマーク選手たち
もちろんトマソンもその中にいた

その最中のことである

トマソンの前にある少年が立った

彼はトマソンの前に立ちつつも・・・少しモジモジしていた

後ろに立っていた母親らしき人が彼を促す
「ほら!早くしなさい!」と彼に言っていた

トマソンも少し「変だな」と思ったのでしょう
通訳を通じ「どうしたの?」と彼に聞いた

意を決した少年はポケットから一枚の紙切れを出し、トマソン選手に渡した
それは学校の英語の先生に書いてもらったものだという
英語で書いた、その紙切れにはこう書いてあった



「ボクは小さいころに、病気にかかって
 口と耳が不自由です・・・耳は聞こえません、話せません・・・
 だけどサッカーだけはずっと見てきました、大好きです
 デンマークのサンド選手とトマソン選手が好きです
 頑張ってください」と・・・



その手紙に通訳も・・・その場にいた我々記者も驚いた
言葉が出なかった・・・


だが、トマソン選手はニッコリと微笑み少年に・・・
「それなら君は手話はできますか?」と・・・


手話で語りかけた

その『言葉』に驚く少年と母親

再度聞くトマソン・・・

「手話はわかりませんか?」と・・・

それを見ていた皐月パパはトマソンに英語で言った

「ミスタートマソン、手話は言語と同じで各国で違うんですよ」と彼に言った

手話を万国共通と思う人が多いのだが国によって違う、
ましてや日本国内でも地方によって違う

「そうだったのか・・・」という顔をしたトマソン

そして彼は通訳にこう言った

「ボクは彼と紙で、文字を通して話をしたいのですが手伝ってください」と言った
微笑んで「わかりました」と答える通訳

トマソンは「後ろの人たちにも彼と話す時間をボクにくださいと言っておいてください」とも言った

後ろで順番を待つ人たちは何も文句を言わなかった・・・一言も文句を言わなかった・・・
彼らに「2人の時間」をあげたいと他の人たちも思ったのでしょう

そして通訳を介し、少年とトマソンの『会話』が始まった


「君はサッカーが好きですか?」

「はい。大好きです」

「そうですか。デンマークを応援してくださいね」

「はい。あの聞いていいですか」

「いいですよ。何でも聞いてください」

「トマソン選手はどうして手話ができるんですか?正直、ビックリしました」


この少年の質問に彼は答える


「ボクにも君と同じ試練を持っている姉がいます
 その彼女のためにボクは手話を覚えたんですよ」と・・・

その彼の言葉をじっくりと読む少年
そしてトマソンは少年に言った

「君の試練はあなたにとって辛いことだと思いますが
 君と同じようにあなたの家族も、その試練を共有しています
 君は一人ぼっちじゃないという事を理解していますか?」

この言葉に黙ってうなずく少年

「わかっているなら、オーケー!
 誰にも辛いことはあります。君にもボクにも
 そして君のお母さんにも辛いことはあるのです
 それを乗り越える勇気を持ってください」とトマソンは言った

このやり取りに涙が止まらない母親

この光景を見ていた我々記者も涙した
その場にいた人たち、その2人を見ていた人たちも涙した

そして、トマソンは最後に少年にこう言った

「ボクは今大会で1点は必ず獲ります
 その姿を見て、君がこれからの人生を頑張れるように
 ボクは祈っておきます」

この言葉に・・・この少年は初めて笑顔を浮かべた

「はい!応援しますから、頑張ってください」と少年は言った
 そして、サインをもらい、その場をあとにする少年と母親

ボクの取材に母親は目に涙を浮かべて言った

「あんなことされたらデンマークを応援しないわけにはいかないですよ
 日本と試合することになっても、私らはデンマークを応援しますよ」と
涙を流し、笑いながら言った・・・・



そして、このトマソン・・・少年との約束を守り、得点を決めた
1点どころか、彼は4得点という大活躍だった

こんなトマソン、デンマークを見た皐月パパもいっぺんにファンになってしまった^^;

1次リーグ、フランスという前回覇者と同組だったデンマーク
彼らをボクは応援した・・・

もちろん和歌山県民も応援に訪れた
試合が韓国であろうとも彼ら和歌山県民は応援に駆けつけた

オルセン監督は言った
「試合会場が韓国であっても、和歌山の応援はわかった
 あれが我々の力になった」と・・・

和歌山県民の応援も実ったのであろう
フランスと同組のA組みながらデンマークは2勝1分け
見事1位通過を決めたのである

そして、向かえた決勝トーナメント1回戦
場所は新潟スタジアム、相手はあのイングランドであった

スタンドからは「ベッカム!!!!」という声が至るところから響いていた

その声に皐月パパは叫ぶ

「ダニッシュ・ダイナマイトで・・・にわかイングランドファンを黙らせろ!」
「ベッカムがなんぼのもんじゃ!頼むぞ!デンマーク」と叫んでいた^^;

だが・・・この応援も届かなかった
和歌山県民の想いも通じなかった

デンマークはイングランドに0−3という予想外のスコアで敗れてしまった
その日の和歌山県には雨が降ったという


県民の涙雨だったのかもしれない・・・・


負けはしたが、和歌山県民はデンマークというチームを誇りに思っていた
「よく頑張った!」「後は快く母国に帰ってもらおう!」という言葉が彼らの合言葉になった・・・

だから、彼らは行なった

デンマークお疲れさま!会なるものが宿泊先のホテルによって仕切られた
そこに駆けつける多数の県民
会場にはあふれんばかりの県民が駆けつけた

その催しに「ありがたいことだ」と言ったオルセン監督
もちろん選手たちも全員出席した。あのトマソンもその場にいた

そこでトマソンは見つけた・・・『あの少年』を見つけた

少年と母親もその会に出席していた
少年と母親の元に、通訳を携え近寄るトマソン
トマソンの姿に気づいた母親は頭を下げる
少年はトマソンへ笑顔を向ける

そして、トマソンは少年にこう語りかけた


「せっかく応援してくれたのに負けてゴメンね」と『紙』で語りかけた

これに少年は答える

「お疲れ様でした。負けたけどカッコよかったです
 それに約束どおり点獲ってくれたからボクは嬉しかったです」と・・・・

「ありがとう」と言うトマソン

そして、この少年にトマソンは言った

「ボクから君に言える言葉はこれが最後です。よく聞いてください」

「はい」

「君には前にも言ったとおり、試練が与えられている
 それは神様が決めたことであり、今からは変えられない
 ボクが言いたいことわかりますか?」

「はい」

「神様は君に試練を与えたけど、君にも必ずゴールを決めるチャンスを
 神様はくれるはずです・・・
 そのチャンスを君は逃さず、ちゃんとゴールを決めてください」とトマソンは言った

この言葉に少年は笑顔満面の顔でトマソンに「はい」と言った

そして2人は・・・

「さようなら」

「頑張って」

という言葉を残し彼らは別れを告げた

最後に2人は仲良く写真におさまった
飛びっきりの笑顔を浮かべファインダーにおさまる2人

この写真は少年の宝物になることだろう

トマソンに出会ったことによって少年は『前へ進む』に違いない・・・
彼の転機になることを皐月パパは祈ってやまない

小さな少年、心優しきトマソンに
これからも栄光あれ。。。

君と話していたいんだ

December 10 [Sat], 2011, 14:41
これはある家庭で起きた実話です。
その家には、リンダ(仮名)という3歳になる女の子がいました。
リンダは、優しいお父さん、お母さんに囲まれ、幸せに暮らしていました。

そんなある日、事件が起きました。

いつものように仕事に行くお父さんを見送った後、リンダはお母さんに絵本を読んでもらっていました。
そのときです。
突然、お母さんが苦しそうな顔をしたかと思うと、胸を押さえ、そのまま倒れてしまったのです!
実は、リンダのお母さんは心臓に持病を持っていました。
以前にも発作を起こして倒れたことがあったのですが、そのときはお父さんが家にいて、すぐに救急車を呼んだので大事には至りませんでした。
けれど、今、ここにはお父さんはいません。リンダしか。
大好きなお母さんが苦しんでいる! リンダは、慌てて電話にかけよりました。
リンダは、前にもお母さんが倒れたことがあったのを覚えていました。
そのとき、お父さんがこの電話を使って助けを呼んだことも覚えていました。
この受話器を持って、このダイヤルを回せば、お母さんを助けてくれる人が来てくれる! そう信じて、リンダは見よう見まねで、ダイヤルを回しました。

めちゃくちゃに回されたダイヤルは、偶然にも、あるテレビ局のある部屋に繋がりました。
その電話を取ったのは、ディレクターのマイケル(仮名)でした。

「もしもし?」
「ママが苦しそうなの。ママを助けて」

受話器から漏れてくるのは、幼い女の子の悲痛な泣き声でした。繰り返される切実な言葉から、マイケルは、それがイタズラや冗談ではないことを悟りました。
リンダを助けなければ! 咄嗟に、マイケルはメモ用紙をつかんで、隣に座っていたADに指示を出しました。

 ――この電話がどこからかけられているのか調べて、救急車を呼びなさい!――

「落ち着いて。ママが苦しそうなんだね」
「うん……お願い、ママを助けて」
「よーしわかった。何も心配することはないよ。まずは落ち着こう。おじさんに君の名前を教えてくれるかな?」
「リンダ」
「リンダか。いい名前だね。リンダ、まずは君のことを教えてくれるかな?」

 ――まずは警察に連絡をして、事情を話すんだ――

「リンダは、いま何歳?」

 ――そして、通話先の住所を教えてもらう許可を取りなさい――

「リンダ、君の好きな食べ物は何だい? 何でもいいんだ。おじさんに教えてくれるかな?」

 ――それから電話局に連絡しろ! ここの電話番号を教えて、現在この番号と通話している番号を調べてもらうんだ!――

「いつも、家では何をしているのかな? リンダは何をして遊ぶのが好き?」

 ――通話先の番号がわかれば、そこから契約者の住所がわかるはずだ。そこへ救急車を手配してもらえ!――

「ありがとう。もっといろいろ教えてくれると嬉しいな。リンダ、君と話していたいんだ――」

 この電話が切れてしまったら、リンダを助けてあげることができない
 マイケルは、必死で会話を続けました。
 彼が会話を繋いでいる間、ADは、彼の指示に従い、懸命にリンダの家の住所を調べました。
 警察が許可を出し、電話番号から住所を調べ、リンダの家に救急車が到着したのはそれから45分後のことでした。
 リンダのお母さんは、すぐに病院に運ばれ、幸いなことに一命を取り留めました。

 命を繋いだ、45分間の通話。

 電話は、お母さんを助けてくれる魔法の機械――
 リンダは、今でもそう信じています。

友達からのメール

December 06 [Tue], 2011, 17:11
僕の友達が事故で亡くなったんです。
本当に突然のことで、何が何だかわかんなくて涙なんか出ませんでした。葬式にはクラスのみんなや友達がたくさん来てました。


友達は遺影の中で笑ってました。
いつも僕に見せていてくれた笑顔です。
それを見てたら自然と涙が頬を伝っていました。
それが口まで流れてきて、しょっぱいなって思って、それで自分が涙を流しているんだと気付いたんです。僕はいたたまれなくなって葬式の会場を飛び出していました。

次の日、僕はパソコンのメールをチェックしました。
そこにはあの亡くなった友達からのメールが届いていました。
日付を確認すると事故の日でした。
僕は何だかドキドキして、メールを開きました。すると
「あさってに、いつも学校帰りで通る公園で待ってるから。午後5時にね。遅れるなよ」
と書いてありました。
何でわざわざメールで?と思いましたが、何か不思議な力が働いたような気分でした。

実はその日は僕の誕生日で、親と出かけることになっていたのです。車に乗って高速道路を使い、隣の県に住むおじいちゃんの家に行くことになっていたのです。
僕はおじいちゃんに電話をし、今日は行けないと伝え、親にも今日は用事があると言いました。そしておじいちゃんの家に行くのは中止になったのです。

僕は友達からのメールの通り午後5時に公園に行きました。
もちろん誰も来ません。午後5時に鳴る、公園のそばにある時計台の鐘を聞き、僕は友達との思い出を振り返って家に帰りました。

そして家に帰ると親が血相を変えて僕に話し始めました。
「さっきニュースでやってたんだけど今日通る予定だった高速道路で玉突き事故があったんだって。予定通りに行ってたら私たちも事故に遭ってたわね」
僕が生まれた日に、僕が死ぬのを友達が救ってくれたんだ、そう思えてきてあのメールは今でもパソコンに保存してあります。

プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:なっちゃん
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:1990年
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