4月からの新天地☆は餃子のカホリ・・ 

March 15 [Wed], 2006, 22:46
内定をもらってから、はや10ヶ月・・

淡い恋心を抱いた・・
焦らされた感を思い出しました。
つまり、その「答え」を聞きたいような、聞きたくないような・・

でも、答えはでちゃうもんなんですね。

先日、4月からの新天地が発表されました。
私の【第二の都】になります。

・・・・・・・・「栃木県、宇都宮市」

この土地で、むこう3年間は支店で栃木の魅力をmaxに引き出して、
貢献して帰ってきまっす!
(意気込み的には2年〜二年半で
ちょっと早めに本社、溜池にCome Back!!しまっす!!!)

はい!ではいってみましょう、恒例名所自慢!! ↓↓↓

【日光】 【那須塩原】 【鬼怒川温泉】
そして、なんといっても【新天地餃子ミュージアム♪】なんでもありまっす♪

少なくとも、今の住まい
別名「東京のチベット」と呼ばれる「狛○市」よりは・・・
少なくとも、4年間何だかんだ言いながら楽しく通った
別名「一応東京の山大学」よりは・・・・

120倍都会のかほりが漂っているみたいでっす♪

なので、みんな是非栃木に来た際には「アポ有り」で
遊びに来てくださいねん!大歓迎!!

      栃木、いいトコ。みんなこいこい♪
既に気分は栃木県人でした 笑



(写真1:こんなお茶目な看板・・東京ではない?
デートの前は、我慢かな♪それ以外は主食にナリソw
→http://www.gyoza-kyouwakoku.jp/)


(写真2:世界遺産の日光もいいですね・・
→ http://www.city.nikko.tochigi.jp/)



(写真3:こんな綺麗な紅葉も☆東の京都気分です@佐野市の蓬莱山)

In Cambodia [2月21日] 

March 07 [Tue], 2006, 10:00
[2月21日]

ゲストハウスは、何だかんだごたつきながらも移動。
新しいトゥクトゥクで、アンコール遺跡群3日目
大回りコース。

山登り40分で見られる滝と湧き出る上流水の奇跡【クーバル・スピアン】
東洋のモナリザ【バンテアイ・スレイ】
市民の沐浴場【ニャック・ポアン】
火葬場【プレループ】

 
(一日目、二日目に泊まったゲストハウス・・数ヶ月前にはここにも地雷が・・。
隣はKilling Field)

・・・途中、砂埃にまみれて髪の毛に指が通らなくなる中、
まさに教科書でみた数百年、いや数千年前ともいえる
日本の高床式倉庫で村をつくり、電気も水もほとんどないであろう生活をする人々の風景を何度も目にする。


35度の猛暑に、タイ米の上を這う赤アリに、
口を開くと「オネイサン、ヤスイヨ、カウよ。」と淋しい瞳で流暢な日本語を操りながら
手作りの腕輪やぬりえを売る7歳〜13歳のコ、

「アナタ、カワイイ。ワタシ、カワイソ。ダカラ、カウ」・・・・



東京との温度差や、環境、言葉、歴史、時の流れ、、
全てにおいて、一日が長かった。重みが違った。
3日間、カンボジアで様々な感覚が呼び起こされた。

一人、【シェムリアップ】→ 【バンコク】へ。
偶然にも、行きで一緒だった
タイ人のKimとそのご両親と再会。
旅は、一期一会では終わらせないんだ。

「逞しくなったんじゃない?」
と英語でいわれ、素直に受け入れる・・(笑

バンコクで、一人空港から15分の所にあるホテルまでタクシー。
正直、これが一番怖かったかも。 でも無事に着いた。
寿命ちじんでシマウヨ・・・NO−−。

次の日、【バンコク】→【成田】。
長かった、7日間の旅にピリオド。

今度は、ポルポト政権下の歴史をもっと学んで『ゆびさしカンボジア語』を片手に違う面を見に行こうと誓う。
(KillingField近くだったからか。。水道の味が鉄っぽかった。この近くで殺された人達の血の味か。)

In Cambodia [2月20日] 

March 07 [Tue], 2006, 9:56
[2月20日]
Tourはヤンチャ。
でも英語でコミュニケーションとれるし、少年の様な瞳が印象的。
そんなTourのトゥクトゥクで5時半から【アンコールワット】日の出をみにいく。



およそ万人の精鋭職人が30年の歳月をかけて完成させたこの寺院・・
しばし滅亡後に数世紀の間歴史の闇に忘れ去られていた中、
19世紀に樹海の中からフランス人が発見した。

この有名な中央の3つの塔は誰しもが目にしたことがある。
そこにめがけて、朝もやがかったピンク色の道を五感を研ぎ澄ませて参道に歩みを進める。
北側にある池の手前にたつと、水面に浮かび上がる2重のコントラストで神秘的だ。

そしていよいよ       日の出・・
富士山頂でみた御来光とは一味も二味もまた違った趣。

アンコール芸術の神髄である「回廊」の浮き彫り細工。
「地球のあるきかた」を片手に「天国と地獄」「乳海攪拌」作者のオモイを感じながら不器用に回る。

午前中の涼しい時期にメインを終えておいてよかった。
午後からはうだる熱に赤道近くである事を再認する。

               35度以上・・・

この後、
遺跡に奥ゆかしい表情をたたえた人間の顔が印象的な【アンコール・トム】
未完成のまま放置された【タケウ】
寺院に絡みつくガジュマルがラピュタ映画を彷彿させる【タプロム】、
王の沐浴する【スラスラン】・・・・

この夜、ゲストハウスで問題勃発
心をとるか、長旅のためにお金をとるか、信頼か、それとも・・
涙あり、大人の嘘の意義をかんがえたり、伝える事のムツカシさを考えたり・・最終的にはすごくよかったと思う。
そんな、カンボジアLast★NightはアンコールBeerを片手に酔いたい気分。

【カンボジア〜アンコールワット〜編】 

March 07 [Tue], 2006, 9:48
前回の日記に引き続き・・
今回は、涙あり笑いあり・・の私の旅のメインだった

【カンボジア〜アンコールワット〜編】をお送りいたします。

[2月19日]
カンボジアでビザを提示し、
無事シェムリアップ空港で陸路で前夜についていた3人と合流。
トゥクトゥクの運転手Tourともカンボジアの最先端携帯で
写メールを撮りコミュニケーション。
(陸路は噂には聞いていたが、かなり危険な目にあったようだ・・スイス人に助けられたとか。。やっぱり怖い。)

トゥクトゥクを走らせ、
いわゆるH○Sなどで綺麗な所に泊まるパックツアー客が使用するであろう豪華ホテルが、
回りと溶け込まないまま整然と立ち並ぶコーナーを越えて、
一日$2のゲストハウスへ。
そこに着くまで、タイとは明らかに違う周りの風景、におい、光、言葉、、観光客気分ではいられない衝撃に襲われる。

そこに追い討ちをかける【アキラ地雷博物館】へ。
(Tourの原付の後から、そこにつくまでのでこぼこ道、電気もない中で
カラオケが流行ってルンだ・・という案内通り、
日本のカラオケとはかけ離れた「エコー」が
村の風景に溶け込まずに耳に届き妙な心苦しさを覚える。)
アキラ地雷博物館では画に書いたように子供達が裸でかけまわり、アキラ夫妻は泥川で子供と水浴びをし、
地雷で手足を失った子が観光客としてくる私達を出迎える・・。



少しカンボジアの悲しい歴史について浅はかだった自分に重い気持ちをもちつつ・・
アンコールワットの向かい側にある【プノンバケン】へ。
地平線へ沈む夕日をみる。

熱帯夜の中、私達以外は皆現地のカンボジア人かゲストの欧米人。
コミュニケーションをとる時は、ほんとSmileは言葉以上に相手の心にスッとはいっていける。
カンボジアに学生時代に来て、とりこになりツアー案内人として働いているという日本人女性にツアーのコツや暮らしぶりを教えてもらう。
「基本的に、カンボジア人は自分の国で悲しい歴史があったから人を信じていないんですよ。だから、、、」って言ってた。
それで、自国のお金(リエル)も信じず、$やB(バーツ)でやり取りするんだという。

でも今思うと、この人もTourと組んでたのかな・・
色々な意味でしっかり自分をもっていない日本人は弱いと思った。


2月18日〜19日。世界最大市場→サイアムセンター 

February 24 [Fri], 2006, 11:04
[18日] 
昨日の悪夢も何処へやら、すっかり回復。 若さ所以という事で・・♪

広ちゃんの現地友人と再会にご一緒させてもらう。
 
         「ディーチャン ベーコン ジーブンカ」 (私は日本人です)

を彼女に言うが全く通じず凹む(笑   

スーツオーダーメードも、上下で¥15000、破格です。
今度タイに来たときに作ろうと決意。














世界最大規模のチャトゥチャック市場へ。 (日本でいう浅草?)
値切りの術を身につける。「タイB バーツ」の値段感覚がわかる様になるまでに時間かかる。

地元の「すき焼き」やさんに連れてってもらう。
3日目の悪夢以来、食が細くなるが、皆でつつく鍋はさいこーー!

その後はタイの若者が集う最先端の町、「サイアムセンター」 (日本でいう渋谷、表参道?)


シェラトンのSweetで最高の夜。生演奏のバーで色々語った・・・
何もかもが至福の時。部屋の夜景も180度19Fからチャオプラヤ川を見渡しながら、数百万ドルの夜景をバックにお休みなさい。

[19日]  
お世話になったひろちゃん達と空港まで一緒。
そこから一人、いざカンボジア「シェムリアップ空港」

席がお隣になった韓国人男性(50)に名刺もらう程仲良くなる。旅ズキの、クライマーらしい。
英語でもっと表現力を高めたいと切に願う瞬間。
でもYour English Is GOOD とお世辞でもいわれ、舞い上がる(w もっと、頑張ります。

シェムリアップ空港。陸路の3人と無事再会
トゥクトゥクのTour(23)も迎えてくれるも。。
「人は信じちゃいけない」とあるイミ哀しいけどそんな現実をタイから学んでいた私達は、この時点でまだカンボジアの表面しかみていなかった。
後で涙まで流す事になるとはつい知らず。。

2月16日Night→17日〜アユタヤ遺跡〜 

February 24 [Fri], 2006, 10:49
 [16日夜]シェラトン@チャオプラヤー川デッキでゴウジャスにご夜ご飯を馳走になる
怪しさ120%のバッポン通り近く「有馬温泉」というめちゃ日本語のタイ式マッサージ。


2Hでなななんとたったの500B。もう、アタシ ニホンデエステイケマセン。。
足つぼ→個室で全身 。 一人1人タイ人女性が担当つく。
私の担当のおねえさんは、ゼミ仲間を彼氏と勘違いしたらしく、やたら「彼はCoolね・・」とか褒めまくり、しまいには私ではなく隣の彼の足を「スポーツなにしてたデスカ」と触りまくる始末・・もう、オもろいからそのまま放置・・(w

バッポン通りでは偽COACHを試しに How Much?と聞いた次の瞬間には商品が袋につめられていた・・スススばやい。
しかも「アナタ カウ イクラ・・」とどんどん値段は下がるが
「I’ll be come back」とカッコイク言い放ち、その場を逃げる。
嘗め回す様な視線と、飛び交う片言日本語、タイ語、英語、
オニさん、オネさん!この怪しさは、是非経験すべきです(笑




 
[17日]
アユタヤ遺跡見学、電車×→あえなくTAXI貸切

胃腸がもとか弱い私は、以前バリ島で痛い目にあってるので極力注意(生水×生野菜×氷×)してたが。。
どうやら「トムヤン君」とガチンコでまけた様です。あたし。
夜に皆で飲んでて・・めまい、吐き気、貧血、腹痛、カオサンがくるくるまわって、あるイミ 世界の中心で

           「助けてくださ〜い」と叫びたかった。

Kieeik助けてもらいなんとかゲストハウスで「ラッパのマーク」に救ってもらう。
一時、陸路でカンボジア入りする3人の旅仲間と別れ、ひろちゃんに助けてもらいながらTAXIでシェラトンへ。
お言葉に甘えて、本当のタイの別名「天使の都」気分をやっと3日目にして味わえる・・

        Special Thanks To Yuasa Family
    

2月16日。バンコク寺院観光。 

February 24 [Fri], 2006, 10:05
[15日]
深夜バンコク到着。
トゥクトゥクで移動。
カオサン(バックパッカーの聖地)に一日一部屋数百円で泊まれる宿を探す。
水シャワー。
いもり、やもり、ゴキ・・ここでは皆友達。
カオサンは24時間眠らない町だった。色々な匂いがアジアだった。怪しさ200%。ムンムンの蒸し暑さ。空気。視線。ネオン。

[16日]
トゥクトゥクオジサン事件勃発(人を信じなくなる)
「地球のあるき方」必読。 
市内寺院観光
ワット・プラケオ (バンコク観光最大のポイント、服装チェックでひっかかりダサいピンクシャツを100Bで借りる・・キラッキラの観光のために創られた感が否めない寺院。でも唯一、本尊のエメラルド寺院にあるヒスイの仏像には魅了された。)


ワット・ポー(巨大・・長さ46m、高さ15m。のSleeping ブッタ。写真撮るのにも一苦労。
足の裏に注目。そこには真珠母貝を使った精巧な螺鈿細工の模様。バラモン教の宇宙観を表わしたとか・・)

ワット・アルン(チャオプラヤ川の対岸に存在感たっぷりにそびえる。サンセットを静かに待つ)


【タイ】総括。 

February 24 [Fri], 2006, 9:46

(写真1:バックパッカーの聖地、カオサン)
(写真2:バンコク最大観光ポイント、ワット・プラケオの信者)
(写真3:ワット・アルンまでむかうチャオプラヤ川の夕焼け) 

2月15日〜22日まで。
卒業旅行第一弾@【タイ】→【カンボジア】行ってきました。
ゼミの仲間4人。バックパッカーで。
つまり、飛行機だけとって、あとはあとは野となれ山となれですよ・・・行き当たりばったりの学生最後の貧乏旅行。

いやいや、これ、さいこーーーー!!
何をやるにも自分次第。
日本から極力荷物少なくしていく。普通のリュックに、圧縮してあとかけかばん。ONLY。
皆に「荷物これだけ?????」と不思議がられる。
収納上手と呼んでくだされ。といいつつも、不安になる。
あとは、五感を研ぎ澄ませた身体と長旅を共にする友人への心使い、出会う人へスマイル¥0も忘れずに・・・


【タイ】予想以上に都市化が進んでいた。
そして、誘惑だらけの国だった。お金も遊びも、薬も。
やっぱり、暑い地方の国は東南アジアはそこが醍醐味なのかな。
50代くらいの男の人が普通に現地で若いコ連れてた。

友人と話してて
「やっぱ、日本はハメはずしにくいから観光にこないのかもよ?」
「旅は、なんかそういう誘惑があったりするのが醍醐味じゃん・・」って。ふむ。物価如何の問題を越えて、人間的五感でその意味を感ずる。

滞在、4日。
天使の都の一面、カオサンでの人々の欲望の渦・・敬虔な精霊信仰。






後姿。 

February 02 [Thu], 2006, 1:05
後姿・・・

その人の、人生で背負ってるモノを感じ取れる所。
自分では見えない、他人が唯一その人の背負っているモノをじっくり見る事ができる部位。




先週、祖父がなくなった。

奈良に帰るといつも、部屋で背を向け寝ていた。
そんなひろめの大きなゴツゴツした背中をおもいだした。
84歳。決して、いい人生とは言えない、自分で自由を選べない時代を生きた人達が生涯を終えていく。

来ていた親戚のおばあちゃんが言ってた。
「今が一番シアワセやからね・・わたしらの世代にとっては」

この言葉は、今を当然のモノとして幸せを享受していた自分にとって衝撃的な言葉だった。

当たり前の様に 沢山のモノに囲まれ、
当たり前の様に 毎日温かいご飯を頂き、
当たり前の様に 自分の時間を好きな様に使えて、
当たり前の様に 大事な友人・家族・恋人と時間を共有できる

これが当たり前ではなかった、数十年前に生きてた世代。

お骨拾いをしながら、「死」についても考えた。
人間は、なんで生きてルンだろうとか。
自分が死んだ時、誰が泣いてくれるだろうとか。


・・・・もちろん答えは22の若造にでるわけも なく。

祖父は、今私の生きてきた人生【22年×4】位を必死に生きたんだと。
そう考えると、自分はほんとマダマダ薄っぺらい人生だなと。

あとこの人生の4倍を生き抜くためには、
人としてオーラをまとった魅力ある人に、、
そして、周りの人・モノに感謝して、一秒一秒を大切に
地に足着いて物事感考えられる人になろうと、切に願った。

その頃には、誰かが後姿を眩しい目で見つめてくれる日がくると・・そう願いたい。

天国でも、元気でね・・・。

本当の「記念日」はいつですか? 

January 22 [Sun], 2006, 23:38
韓国の恋人達、記念日が多くて大変・・・・・らしいです。

「現場のロイターさ〜ん?!」
↓↓↓

【ソウル 2日 ロイター】 韓国では恋人達のための記念日が最高で21日もあり、費用がかかるために関係が壊れる場合もある。
2月14日のバレンタイン・デーの商業的成功に味をしめた企業が次々と恋人達をターゲットにキャンペーンを仕掛けるのだという。


例えば毎月14日は【恋人と祝う日】。
1月14日は【ダイアリー・デー】で記念日を書き込んだ手帳を贈り合うことが推奨されている。
3月14日は【ホワイト・デー】で、
4月14日は【ブラック・デー】この日、恋人のいない学生などは黒いソースの中華麺を友達と食べて孤独を癒すという。

5月15日は【イエロー・デー】で、恋人のいない人がカレーを食べ、恋人達はバラの花を交換する。

また【シルバー・デー】には、カップルはデート費用を友人に無心することができるが、恋人のために銀製のプレゼントを買うことになっている・・・・・

 恋人紹介会社デュオのアドバイザーは、こうした日程が強調されるために、恋人のいない人は寂しい思いをするので恋人探しに熱が入る一方、カップルには負担が大きいと指摘。「恋人達は、記念日を一緒に祝う努力が足りないという理由でけんかすることがよくある」と述べた。

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女の子って、基本的に「記念日」とか何かにつけて大事にしたがるけど・・・
これは、やりすぎ?!と思ったお隣韓国の
記念日、最高21日・・・ヾ(;´▽`A``お疲れ〜(w

特にわけわかんないのが【ブラック・デー】と【シルバー・デー】。
なぜ、シングルをも巻き込む・・笑

日本人は、恥ずかしがりやだから「記念日」とかこつけて何か気持ちを
送りあうのかと思ってたけど、お隣韓国なんて、
もっとシャイなのでしょうか。ポッ(。-_-。 )
形式的な記念日も楽しいけど、
二人だけしかしらない特別な日をこっそりお祝いするとか、
なんでもない「ケの日」があるからこそ、「ハレの日」の非日常が彩られると思うのですが・・。

でも、記念日も 一緒にお祝いしたいな・・とオモエル人が、 いる事が一番シアワセですね。
そのシアワセを大事にしたいです。
人間という理性と感情を持った動物に生まれたからには。