よんなむ 

2007年05月11日(金) 21時18分
 辺りを見渡すと家の周りの風景は、二年という年月によってすっかり変わってしまっていた。空き地だったお向かいには、悪趣味なピンクの家が立っている。ぼくは一瞬自分と、自分の目玉がおかしくなったのかと思った。

 ぼくみたいな気色の悪い引きこもりが言うのもなんだけれども、そのピンクがあまりにも鮮やかすぎて昼の清々しさを完璧に打ち消していることと、その家のサイズがやたら小さく、窓なんかから考えるに恐らく三階建てのはずなのに、二階のぼくの部屋と三階部分の窓が同じ高さだったこと、それとその窓の向こうにいた人が全身ピンクのお姉さんで、しかもばっちり目が合ってしまったことに、驚き訝り戸惑った。

 ぼくは慌てて体を引っ込めた。再び顔を出して見ると、ピンクハウスの窓には誰もいなくなっていた。
 
 よかった。ほっと安心して下を見ると、思わず声をあげてしまうようなおぞましいことが起きていた。ぼくの部屋の窓には、小さなベランダが付いているのだが、そこに何やら干からびた甲虫やカナブンなどが大量に死んでいたのだ。穏やかな死骸があるだけならいいのだが、ばらばらに千切れたやつや、腐っているのか蛆のようなものが集っていたり、半分溶けているようなものもあった。

 別にぼくが蜜を置いてこいつらをおびき寄せたわけでもないのに、それらの数は夥しく、呪われそうなので凝視はできず詳しくは分からないが三十匹は軽く超えている。カレンダー上ではまだ、五月になったばかりのはずだから、いくら地球が温暖化しているといってもこいつらが飛び回り、死ぬには早すぎる。であるのに、死骸の中には死にたてほやほやとみられるものも幾つかある。

 おかしいじゃないか。どう考えてもおかしい。ピンクハウスの仕業だろうか。うちは貝塚じゃないぞ。ぼくは慌てて窓を締め、階段をどたばたと降りた。

 母さん母さん。ちょっとちょっと。返事がない。あれ、おかしいな。母さん母さん。

 ぼくはリビングやキッチン、応接室や父さんの部屋、書斎や納戸を探し回ったが母さんは見つからなかった。勿論トイレや風呂場も探したが、いなかった。何か書き置きの類があるかも知れないと思い、あちこちひっくり返して探したが、これまた何も見つからない。

 一体どういうことだろうか。ぼくは空恐ろしくなった。引きこもりを止めようと決意した日に、原因不明の虫の死骸を発見したうえに母さんまでいなくなるなんて。

 いや、冷静に考えろ。母さんはただ買い物に出かけているだけなんだ、きっとそうに違いない。ぼくは自分にそういい聞かせたものの、あの不気味なピンクの家と、ぼくの部屋のプチ貝塚に対する恐怖は拭いきれなかった。

 とても部屋に戻る気になれなかったぼくは、リビングでテレビを見ることにした。電源を入れると、有閑マダムらに受けているという色黒白髪の超人気司会者が健康の何たるかについて熱弁している姿が映し出された。この番組は母さんがいつもよく見ていた。褐色の彼の肌の色は、貝塚の甲虫を連想させたが、これが男の色なのだ、ぼくもこの色にならねばならんのだ、と込み上げる反吐をぐっと堪え見続けた。
 ぼくは半ば意識を失いながらも十分ほど耐えた。テレビは、ご褒美だと言わんばかりに次の番組に移る。今度はクールかつ知的、少し惚けた会話が売りで東大出のキャスターが司会を務めるワイドショーが始まった。トップのニュースは、引きこもりの息子を撲殺した後心中を図った夫婦が逮捕されたというものだった。

 他人ごととは思えない事件だ。殺された息子は高校卒業後、就職したもののすぐさま退職し引きこもり出したのだという。両親、とくに母は一過性のものだろうとそっとしていたものの、一年経っても就職活動すらしようとしない息子に業を煮やした父が説教をしたところ、激高した息子が隠し持っていた鈍器で父に殴りかかったらしい。息子に殺意がなかったのか、それとも引きこもる過程で殴り殺すだけの腕力を失ったのか、とにかく父は軽症を負っただけで済んだのだという。その夜息子が寝静まったところを鈍器で襲い撲殺した父は、そのまま家に火を放ち死ぬつもりだったのだが、騒ぎを聞いていた近所の住民に通報されて御用と相成ったらしい。

 深刻そうな面持ちで事件の陰惨さを嘆くキャスターや文化人を尻目に、新番組の宣伝のために出演しているというC級アイドルがここぞとばかりにしゃしゃり出ていた。多分父は飼い犬に手を噛まれたような気持ちになったんだろう、親は悪くない、引きこもりはこわい、アニメやゲーム、それにネットは規制するべきだ、と息巻いている。ぼくが映像を見ている限りでは、息子がアニメやゲームに耽溺していた、という情報は一切流れていなかった。同級生の声にも、高校時代までの彼はサーフィンに熱中する爽やかな人間だったとしか言われていなかった。こうやって無責任に自分が理解できないものにレッテルを貼ったりするのは人としてどうなんだろうか。まあ、ぼくみたいな引きこもりに言われたくはないだろうけど。

 ぼくは貝塚のこともあって、気分が悪くなってしまったのでテレビを消した。どうも不吉なことを暗示しているような気がしてならない。まず母さんがいないっていうのがおかしい。父さんはいつも仕事ばっかりでほとんど家にいないから、まあいなくて当たり前だ。家にいてもこっちが困ってしまう。でも、母さんは、パートも何もしていない。この二年間、買い物に出かけるときには、ぼくに欲しいものがあるか聞いてきて、大体何時に帰るかを教えてくれていた。ぼくが寝ているときは、ちゃんと書置きを残していっていた。どんな些細な用事で出かけることがあっても、必ず何らかの形で知らせてくれていたのに、今日に限って何もない。
 
 もしかしたら母さんは、こんなぼくや、仕事ばかりしている父さんに愛想を尽かして出て行ったのかも知れない。

さん 

2007年05月11日(金) 21時17分
 このままじゃだめだ。だめになる。いや、もうなってる。なっているなら直してみよう。こんなだめなぼくを変えるんだ。

 照明を落としぼんやりと考えていたせいで、部屋はテレビの光しかなく、ほとんど真っ暗だ。まずこれがいけない。

 そもそも何でぼくは、雨戸を締め切って真っ暗い部屋なんか作り出したのだろう。闇に隠れて生きるどこかの妖怪じゃあるまいし、人間らしく日光を浴びて生きなければだめになる。いや、もうなっている。だから開ける。開けてやる。固く閉ざされし闇の扉を開き、聖なる光に包まれるのだ。

 がらがらがらっ。

 とりあえず窓を開けてやった。千里の道も一歩から。千里というと、一里が一,六キロだから、それ掛ける千で、ええっと。とにかく、二年間誰からも触れられることなく安穏と過ごしていた窓には、真っ黒い埃がたっぷりと付着していて、汚れ知らずだったぼくの手はすっかりべと付いてしまったが、封印は解かれた。

 今日はもうこれでお終いにしようかな、という考えがむくむくと湧き起こる。実際問題、二年間封鎖しっ放しだった窓をこじ開けたのだし大した進歩だろう。何だか節々が痛む感じもする。もしかすると筋肉痛になってしまうかも知れない。そんなことになれば変わるどころの話じゃない。大事をとろう、そうしよう。やーめた。ぼくはドアを開け階段を降り、洗面所へ向かった。

 温水で念入りに手を洗った後、ひどい眠気を感じていたので覚ますべく冷たい水で顔を洗った。顔を洗うというのもずいぶん久しぶりだ。そういえば、いつからかしっかりと自分の顔を見ることをしなくなっていたな、と鏡をまじまじと見つめてみた。

 そこには、真っ黒い束子のようなものが乗った、不気味に白く浮腫んだ肉まんのような気持ち悪い生き物が映っている。毛虫だか海苔だかよくわからないものが、てらてらと輝きを放つ黒豆のように小さい瞳らしきものの上にある。鼻はデューク某のような立派なのがついているが、立派すぎる感は否めず明らかに浮いている。やけに赤くて小さい口。かなり不快な顔だ。これがぼくなのか。目の前にこんなクリーチャーが居たら、目潰しをしてやりたくなりそうだ。

 いやはやまったく、こんな不気味なやつと暮らしているなんて、母さんはつらいだろうな、気持ち悪いだろうな。しかもそいつは何もしないで家でごろごろしっぱなしだしな、ぼくが母さんなら耐えられない。

 そう思ったぼくは、慌てて自分の部屋に引っ込んだ。だめになるどころか、全体的に腐りきっているじゃないか。確かにぼくは、あまり容姿がよくなかったはずだが、あそこまで化け物然としていた記憶はない。陰ではどうだか知らないが、容姿をネタに馬鹿にされることもなかったし、少なくともぼく自身が自分の顔を気持ち悪いと思ったことはこれまでなかった。

 つまり、外に出なくなってから、ぼくの顔は醜く変貌を遂げていったということだ。まるで体を動かさなかったことも問題だろうし、料理研究をし過ぎたこともアウトだろう。だが、一番いけないのは、色が白過ぎることだ。

 色が白いは七難隠すなんていう言葉が通用したのは、平安時代だけだ。この平成の世で持て囃されている殿方はみな、健康的な小麦色。そうでなければ日焼けサロンなるものは無くなっているし、ギャル男なんていう生物だって絶滅してるはずだ。いや、ひょっとすれば或いは無くなっているのかも知れないが、とにかくぼくの美的感覚から言っても今の病的な白さは許容範囲を大きく超えている。メーターが振り切れんばかりだ。浴びたい浴びたい、陽の光を浴びたい。浴びてぬくぬくしたい。こんがり焼けた、肌がこしい。

 意を決したぼくは、躊躇わず雨戸を開けた。勢い良く開けすぎて、街中に音が響いているんじゃないかと思うくらいだった。

 がらがらがっしゃーん。

 二年ぶりの世界は、ぐわっという音が聞こえてきそうなほどに凄まじく眩しい光がいっぱいで、ぼくは目を開けていられなかった。瞼のうえからでも強烈な光が入り込み目が眩み、ぼくは思わず床にへたり込んだ。顔中が焼け爛れたような感覚に襲われ、目には光が焼き付いて消えない。太陽からの手荒な祝福なのか、それとも破邪の光を食らっているのか。たぶん、後者なのだろう。顔がとにかく、痛い。

 暫くじっとしていると、痛みが薄れてきた。なんだか面の皮が二枚分くらい厚くなった気がしてきた。これなら破邪の光にも耐えられるんじゃないかと思ったので、再び外界を眺めるべく窓から身を乗り出した。懐かしいような、なんだかくすぐったくなってしまうような青臭い草の香りと、相変わらずのごみためのような臭いがミックスして鼻を刺激する。心地よさ、というかすっきり感がすごい。まるで、長い便秘から開放されたみたいな爽快感でいっぱいだ。どうも世界は喜びに満ち溢れているみたいに思える。

 ぼくは、外もそんなに悪くないんじゃないかと思った。

 いや、もしかしたら心のどこか、本能とかっていうレベルの話では、外の世界は最高だってことに感づいていたんじゃないだろうか。そうじゃなければ、現実世界の情報なんて一切シャットアウトして、それこそゲーム三昧アニメ漬けなんていう生活を送っていたはずだ。まあ確かにぼくはamazonのヘビーユーザーだからゲームもするし、2ちゃんねるの話題についていくためにアニメだってみるけど、テレビや新聞は欠かさずチェックしている。あ、2ちゃんねるだって、誰かと繋がっていたいなんていう感情がどこかに残っているから見ているんじゃないか。
 
 ううん、ぼくは一体何のためにこのアルミ製サッシを堅く閉ざして、薄暗くて陰気臭い部屋を守っていたんだろうか。

 

2007年05月11日(金) 21時16分
 こうして時間とお金を掛けて作り上げた夢の部屋は、あまりに居心地が良すぎて、動く気がしなくなる。面倒くさい日には、内線電話で母さんに食事を運んでもらい、部屋から一歩も出ずに一日を終えることもあるくらいだ。といっても、ぼくと母さんの関係は、テレビで騒がれているような、暴力に支配された従属関係なんかではなく、至って良好である。食事を運んでもらうにしても、部屋の中まで運んでもらって談笑なんかをしながら一緒に食べるし、日々思うことを隠さず話している。暴力なんて振るったこともなければ、口汚く罵ったり罵られたりしたこともない。ごく普通の仲のよい親子と、多分そうは変わらないだろうと思っている。

 だけど、こんな居心地の良すぎる暮らしをしていていいのだろうかと、最近無性に不安になることがある。世間一般では十七歳ともなれば進学か就職かで悩む時期であるらしい。それなのに、ぼくは学校にも行かず、日がな一日だらだらと好きなことしかやらず、何を生産するわけでもない。どう考えても異常である。

 もしかしたら、ひょっとしたら或いはぼくは、母さんにとんでもない穀潰しと思われているんじゃないだろうか。優しい母さんは口にはしないがひょっとしたら、ぼくに呆れ果てていて早く死ぬことを願っているんじゃないか。そういえばそうだ。

 中二のころ、ぼくがデパートで洋服を万引して捕まったときも、母さんは叱りもしなかった。それどころか、「馬鹿ね、もっとうまくやりなさい」なんて言って笑ってた。あれはぼくが少年院に入ればいいと思っていたんじゃないだろうか。高校を受験しないと言ったとき、父さんは泣きながら殴ってきたりして止めようとしたけれども、母さんは「あなたの思うようになさい」と笑っているばかりだった。あれは早く職を見つけて家を出て行ってほしいと思っていたからなんじゃないのか。
 
 思い返すと母さんは、異様にぼくに優しい。何か裏がなければ、あんな態度はとれないんじゃないだろうか。それとも、ぼくには何か秘められた才能があって、母さんはそれを見抜いているのか。いや、そんな才能はぼくにも、そして母さんにもないはずだ。大体ぼくは、勉強も運動もからっきしだめだった。音楽好きが高じて、中一のときに買ってもらったエレキギターもFが押さえられなくって放り出して、今では誰の目にも付かないインテリアになっているだけだ。作文だって苦手だったし、吃りだから喋りもだめ。友達は皆無だし、バレンタインには義理チョコすら貰ったことがないくらいだから魅力もまるでないんだろう。母さんの行動は、謎だらけだ。

 昨晩からこの事が頭をもたげて消えず眠れない。憂鬱な気持ちでテレビを付けたら、テレビの人がこんにちは、なんて能天気に言ってくるから、ぼくは腹がたって仕方が無いのです。

はじめに 

2007年05月11日(金) 21時12分
 こんにちは、という言葉をぼくはここ二年あまり聞いていない。

 それどころか、母親の声とブラウン管の向こう側から聞こえてくる不自然に明るい声以外は聞いたことがない。

 聞いたことがない、というのは少々不正確かも知れない。聞けない、が適切だろう。ぼくは二年前、中学校を卒業してからずっと、家の外へ出ていない。

 ドアを開けることができないから、玄関に近付くこともない。何故だろう。

 この暮らしを始めたばかりのころは、もしかしたら自分はおかしいんじゃないかと思った。だってそうだろう。玄関のドアノブに手を掛けるだけでゲロが出るなんて、どう考えてもいかれてる。

 あれこれ原因を考えてみた。高校にも行かないでぷらぷらしているバツの悪さからだとか、不良の先輩に狙われているかも知れないからとか、街がごみためみたいな臭いでいっぱいだからとか、とにかく思い付く限りの記憶をひっくり返してみたけれど、どれもしっくりこなかった。

 それでずるずる二年間、家から一歩も出ることなく生活してきた。勿論、ぼく独りで生活しているわけじゃない。そんなはずはない。母さんが、身の回りの世話をしてくれているから、ぼくは安心して引きこもっていられる。

 でも、母さんの存在を抜きにしても、いまの世の中はよく出来ていると思う。お金さえあれば、家にいながらにして欲しいものは何でも手に入る。

 ぼくはこの生活を始める覚悟がついてから、バリカンと百科事典をインターネットで買った。何ヶ月経てば外に出られるか、まるで見当が付かなかったからバリカンを買っておいたのは大正解だった。ぼくはたまに、神懸かったセレクトをする。

 音楽で言えば、名前がおどろおどろしいだけの理由で買ったゾンビーズというやつらは最高のスルメだったし、映画だったらノッキンオンヘブンズドアに何度となく泣かされた。内田百聞というおっちゃんが書いた旅行記では、行ったこともない昔の日本をあちこち旅し、笑ったり感動したりで大変だった。

 こうして考えると、家の中でも色んなことが体験できてしまうから、ぼくは外に出ることを無駄だと感じるようになったのかも知れない。そうしてずるずると二年も外界を遮断した生活を送ってきたのだろう。

 ぼくの家は、二階建てでそれなりに広い。特に、ぼくの部屋はかなり大きくて、二十畳近くある。これも、引きこもる原因かも知れない。

 オークションでちょこちょこと買い揃えた家具で飾り付けられた二十畳はかなり快適な空間になっていて、まず部屋から出る気があまり起きない。ドアが妙に遠いのだ。

 それに内装が最高で、お洒落雑誌に載っている部屋紹介なんかよりよっぽどいい自信がある。ぼくの好きな色である茶色で統一されたインテリアに、真っ赤なカーペットがよく映える。部屋のあちらこちらに設置されたネオン管が最高にクールだ。部屋には備え付けの蛍光灯があるが、そいつらは使わないので全部取ってしまった。ぼくは部屋にいるとき、ほとんど動かずじっとしているので、ぼんやりと照らすフロアライトとネオン管だけで事足りてしまうからだ。今はまだ、中学校の入学祝いに買ってもらった安物のコンポしかないが、いずれはアンプを自作してスピーカーも買おうと思っている。そしてぼくと外界を繋ぐ魔法の扉とでもいうべきパソコンは、自分で組んだだけあって、どんなに負荷をかけても落ちることなくさくさくと動いてくれている。テレビもパソコンで見ているので、まさにぼくの命綱と言っていいだろう。雨戸を閉めっぱなしにしているため、外界との接点は、ドアかパソコンしかないのである。
 
P R
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:narukore
読者になる
2007年05月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
最新コメント
Yapme!一覧
読者になる