殺虎口――長城の上、一番激しい歴史のかけら
2010.09.17 [Fri] 18:39

“兄さん、あなたは西口を越え出稼ぎに行き、小さな妹の私が留まるのは本当に難しい・・”これはかつて黄土高原で流行した民謡―出稼ぎに行く、です。歌の中の「西口」とは「殺虎口」のことです。殺虎口は山西省、内モンゴルの辺境に位置する長城の上の関所です。「殺虎口」は昔から戦略家が争奪の目標にする土地で、現在も勇大で壮観な古長城、高くそびええ立つのろし台、荒涼とした古代の戦争跡地など、ここの国境の要塞としての気質は少しも変わっていません。その実、「殺虎口」は一度もトラは現れたことがなく明の時代では「殺胡口」と呼ばれており、胡人という異民族が襲撃してくることを警戒した要塞でした。関所の入り口の通路部分はわざと低く作られてあり、こうすれば関所を通るとき人は馬から降り、馬を率いて一人ずつ通らなければなりません。こうすることによって敵が突撃してくる危険性を低めたのです。清の時代、康煕帝がモンゴルの反乱を収めた時、康熙帝の兵士達はこの関所から外に出てモンゴルを平定していきました。戦争が終わったのち、皇帝は胡人を慰問するため、“殺胡口”を“殺虎口”に改名したのです。



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