lucca comics 

2009年01月29日(木) 13時29分
ジャイコの一件はさておき(このころはまだ我慢できる範囲だったので放置ー。)
11月の第一週私は友達と2人でLUCCA COMICS!(ルッカコミックス)に行ってきました。
ルッカコミックスはヨーロッパ最大のコミックマーケットで、ルッカというフィレンツェから普通列車で1時間半くらいの小さなかわいらしい町(あのプッチーニの出身地)で一年に一度開かれます。

なにがおもしろいって、仮設ブースのなかでやるんだとおもっていたら、なんと!街全体がコミケと化してしまいました。街の中心にはでっかいメインステージまで特設されて、ライブやら、劇やら・・・。もう、盛り上がりようがすごかったです。あ、私は日本のはまだいったことないので知らないけど、やっぱ違うのかな?同人誌とかはみてないきがする。(ブースにはいってないだけかも・・・)

そうそう、イタリアでは日本のアニメ、はとてもポピュラーです。テレビをつければ、ドラえもんや、NARUTO、犬夜叉、ブリーチなんかがやっていたり、マンガ・・・のほうは読む人と読まない人にかなりわかれると思うけど、デスノートやワンピースなどいろいろあります。やはりジャンプ系つよし?けど、少女マンガもたくさんあって、かくいう私もV.Bローズとか勉強材料として使ってます^^

コスプレをすると当然入場料は無料なので、ルッカいきの電車のなかはコスプレイヤーでいっぱい!
当然まちの中も・・・!

全体的に、NARUTOとかデスノートとかFF系とかよくみましたねー。あまりマニアックなのではなくて(ヨーロッパで日本のアニメに手を出すあたりこっちからしたらマニアックなのか・・・?笑)ただ、みなさん顔立ちと体系がヨーロピアンなのでFF系とかはほんとにはまってた!

私的に印象にのこったのは、もののけ姫のサン(ほんっっとーーーにかわいかった!)
デスノートのノート・・・。あれはびっくりしたわー。目の前からでっかいノートが歩いてくるんだよ!

街の中は13ほどのブースにわかれてて、アメコミ、マンガ、フィギュア、カードゲームeccそれぞれにブースが別々になってます。私と友達はマンガのイタリア語版と、イタリア語吹き替えDVDやらが欲しかったので、日本のマンガのブースにいったのだけど、もう、押しつぶされそうなくらい人がごった返してて、苦しかった〜〜。

ひぇー、こんなに人気あるんだ。びっくりだよ・・・。

一緒にいった友達がcity hanterを欲しがったんだけど、午後にはもうどの店も売り切れ状態。

コミケっていうよりは、FESTA(フェスタ)、お祭りって感じのほうが強くて、ちっちゃいこから大人まで、街全体で盛り上がっててよかった。そして、いつもはイタリア語が通じなくて苦労することが多々ある私たちだけど、さすがに今回は皆さん日本人に対して寛容でした(笑)


そうそう、いきの電車で財布すられちゃって大変だったんです。
まあ100ユーロちょいですんで財布も無事かえってきたので不幸中の幸いでしたが、
すられたことよりも目の前で犯人の接触もわかっててきづけなかった自分にがっかりです。
かばんは自分のひざの上に、チャックももちろんしまってたのに・・・。

おそるべしプロ。



appartamento 

2009年01月28日(水) 0時34分
初めて住んだappartamento(アパート)は学校が紹介してくれた、学生アパート、私のほかに、韓国、クロアチア、アメリカ、そしてロシアと、計5名での共同生活でした。
アパートは学校と駅との間にあり、スーパーも近く、アルノ川のちかくで部屋もかわいくてすごくお気に入りだったのです・・・・・が、のちに同室のロシア人と不仲になり、1ヶ月半の後、部屋を引越しました。彼女についてはまた後ほど・・・。

はじめてきたときは、細い道にあるため、近くまでくるもアパートを発見できず。
ろくに喋れなかったけど仕方がないので恐る恐る大家さんに電話をしました・・・。
もう知ってる単語をてっきとうにならべて、そしたら5分くらいで行くから、動かないでね(たぶんそういわれた、笑)といわれ、そして無事5分後に彼がきて、ようやくアパートにはいることができました。

その後は当然のごとくアパートの説明。身振り手振りでわりとなんとかなったけど、どうしても?だったのが洗濯機の使い方・・・。これをちゃんと聞かなかったがために、後々ワンピースを一着だめにしました↓
このときはじめてbacci(キス)をうけた。初・・・大家さん・・・なんか複雑けど、まぁいっか。

このアパートでであったのが、韓国人のお姉さん、アンナ。まぁ、あまりおねえさんっぽくはないけど・・・?(どっちかっていうとおかあさんみたいだった、あはは。)私に安いスーパーや、1ユーロでおいしいジェラテリア、かわいい靴屋さんとか、たくさん教えてくれたのがアンナ。一緒に買い物にいったり、勉強したり、部屋にとめてもらったり、、、、ほんとにほんとにたっくさーんお世話になった!アンナは私がきて1ヶ月もしないうちに帰ってしまったけど、アンナが帰ったときは本当にさみしかった・・・。

他にもイタリアに来て韓国の子と仲良くなって、韓国のからーい料理にやみつきになって、今ちょっと韓国に行きたいよ・・・!だれか〜一緒にいこう!!

このアパートではみんなでfestaしたり、一緒にごはんたべたり、嫌なことばかりじゃなくて楽しいこともほんっとにたっくさーんあった!後に私が出る直前で入ってきた日本人のお姉さんとも、その後いっしょに旅をしたり、住んでた期間はみじかかったけど、帰る直前までお世話になったのでした^^

scuola part1 

2009年01月27日(火) 23時49分
私が通っていた語学学校は花の都、フィレンツェの中心地区piazza della repubblica(レパブリカ広場)のすぐ近くにある小さな学校でした。
クラスは3、4クラスで、一クラス3〜10名くらいだったかな?んで先生も4,5人ほど。

学校全体の雰囲気としては、先生達は年齢層わりと若くて、(20代後半から30代前半くらい)一緒にfesta(ホームパーティみたいなものから学校でやるものまで色々)したりフレンドリーな感じでした。
ただ、事務の人が嫌いじゃないけど、お世辞にも親切とはいえいかな。
インターネットは1台共有のものがあって、もちろん日本語も使えます。あとは無線LANがあるのでPC持参ならそれも使えました。


私は最初まったくといっていいほど文法も会話もできなかったのでもちろん最初は初級クラスから。
文法の説明をしている説明の言葉が困難すぎて、想像力フル稼働だった。
この頃は自分がわからないこと、疑問におもったことも質問をする術すらもってなかった私・・・。
このときわたしのクラスにはオーストラリア、ロシア、ドイツ、オーストリア、といろんな国の人がたくさんいて、授業についていくのはやっとだったけど、みんな片言のイタリア語でコミュニケーションをとったり、ごはんを食べにいったりして楽しかった。

このときにいたオーストラリアのカトリーンっていう女の子が、英語もイタリア語もほとんどできない私を身振り手振りですっごく助けてくれて、私はカトリーンともっとしゃべれるようになりたくてイタリア語をがんばってたのでした。すごく好きだったのになぜか彼女が帰るときに連絡先をききわすれてしまった。ショック・・・。
ってか、授業の雰囲気がよかったのもすべてカトリーンがうまくまとめてたおかげかも、、年齢は一個しか違わないけど、ほんとにしっかりしたお姉さんでした。

このころにやったのは、冠詞、性数、現在形、近過去、未来、再起動詞、ジェルンディオかな?
一ヶ月をものすごい速度でかけていったので頭がパンクしそうでした。
けどそこは、同じアパルトメントの韓国人のお姉さん(今でも連絡をとりあうくらい大好き)や、まわりの助けもあって無事テストはパスしたのでした。よかった〜。

このころから私とジャイコの中はより険悪になっていった・・・。






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