経過 〜其の拾 

May 29 [Tue], 2007, 3:45
新横浜で降りた私の住所は相模原市、淵野辺。
 
 
都内は家賃その他の関係で断念。
 

ヂレンマの連中が近くに住んでいるのと、
 
7畳+ロフト3畳の1Kアパート\45000という、

これまた格安物件を見つけたのが理由でした。
 
 
上京っていっても、

実家のある大阪市内より星空がキレイだったのが妙な感じでしたが(笑)
 
 

バイト先を探し当て、

早速イベントに出て頂くバンドを探すことに。



落ち着く間もなく、

ふしゃが年明け1月21日に、

ライブハウス下北沢ガレージを押さえていた為です。



私は早速、接続したばかりのPCで、

あのバンドのライブ情報をチェック。
 

当時まだメンバーさんの連絡先を知らなかった為、

場所を調べ、当日券で入場。

雨の日だったのは計らいでしょう?

 

場所は渋谷Lamama、ロザンナさんのライブでした。
 
 
 
4月に大阪で観た以来2度目。
 

全く変わらない、いや、むしろパワーアップしてるライブを観て、
私はアンケートに思いの丈と連絡先を書き込み、その日はライブ会場を後にしました。
 
 
 
さらにSHURIKENさん。
 
もうすっかり顔馴染みの彼等は上京を快く歓迎してくれ、

ライブには頻繁に顔を出してました。
1月21日のイベントに誘うもスケジュールが合わず。。
 


誰かいいバンド知らないですか?

との私の言葉に、

たまたま手元にあった渋谷eggman
Monthlyスケジュールのフライヤーを見て、

Dr.yu-ya氏が一言。

 
「このバンド、前対バンしたけど、良かったよ!
 メンバーさんもいい人達だったしね」
 
 
 
eggmanのフライヤーには、
発売されたばかりらしいジャケ写が載ってました。



 
「THEチビッコGANGS」 レコ発ライブ!!

 
 
 
メル

経過 〜其の玖 

May 29 [Tue], 2007, 3:43
いやぁ、流石に最初は途方に暮れました。

自分のまわりには、

何にもなくなったような感覚でした。
 
 
 
白紙。
 
 
 
1年半程ですか。

決して長い期間ではないですが、内容はそれに値する程、
十分に濃い日々でしたから。。。

 

そしてスタッフを抜けた私の頭にも。

同じく、
「東京」という場所への思いは日に日に強くなっていくばかり。

 
もう、居てもたっても居られないほどです。
実家に戻るとか、
また大阪でアパレルやその他職業に就くなんて、
選択肢にすら浮かんでこなかった。

 
ちょくちょくとその後も、
ジレンマ〜のライブを見に東京に行くついでに、
物件を探したり。

 

そして、ある日。

スタッフを抜けたが、
東京には出たいと話した時に頂いた、

Smile☆PLANETふしゃの言葉。

「東京ですまぷらの企画をやらないか?」
 
 
 
 
 
上京の理由にするには十分だと思いました。
 
私はまた、猛烈にバイトをします。

一人暮らしの家賃を払いながら、

上京資金を貯めるのは本当に大変でしたが。。。


 
9月。

ある程度まとまったお金は2ヶ月半ほどで用意でき、

事務所として使っていた家は、家賃その他の関係で引き払い、

大阪最後の2週間は実家で過ごすことに。


確か9月の15日に出発する予定だったのが、

それまでの過労が祟って、

生れて初めて入院。


点滴をぶらさげながら、屋上で煙草をふかし、

いよいよ乗り込む東京の方角を眺めながら完治する日を待ってました。
 
 
 
そして5日後に退院。
 
その2日後の9月22日。
 
 
 
 
新幹線で上京。

よく晴れた日でした。




メル

経過 〜其の捌 

May 20 [Sun], 2007, 4:27
こうして。

私は少しずつ他のバンドにも目を向けるようになっていきました。


神戸スタクラで対バンした
「おかん」さんや、

マドロンジャーBaシュンスの友人バンド、
「REAL GROOVE」さん、

等など。
他にも。1回見て、未だに忘れられないバンドも居ます。

沢山のバンドを知っていくようになるのです。

 
 
 
マドロンジャーはレコ発ライブを行い、
地元ローカルの音楽TV番組なんかにも出演を果たし。

少しずつ、少しずつ、
地元大阪を固めていく・・・


予定だったのですが。 
 
 
 
 
 
 
メンバーは、
東京に目を向けるようになっていきました。

確かに。

動員も増え、
少しずつ人気は上がっている。

最初は、私もノッていた気がします。



 
ただ、
週に3回入っていたリハも、
気付けば2回、1回と減っていき、
それに伴って作られる曲も減っていく。


それに反比例して、
何だか話している内容が、ちょっとずつ大きくなり過ぎてないですか?



 
メンバーに少しずつ不安感を抱いていきました。

今思えば、
それはあまりにも周りのバンドと比較し過ぎたからだったかもしれません。

ただ、
私が私の時間を好きで割いてやっていることです。


それはメンバーに対しての信用があるからこそ。

 


そんな思いとは裏腹に、
元々Voマエダサトシは東京で音楽やっていた人間です。
「行く」というより、「帰る」感覚に近かったのかもしれません。

メンバーはどんどん東京への思いを口にするようになっていました。

 
 
ところが、
ライブを終える毎にメンバーに対する私の意見も多くなる。

何かを決める時に、私の口がはさまれる。

 
それが、今までと変わらないものなら、
そうはならなかったでしょう。

 

それでも、
私は東京にスタッフとしてついていくつもりでした。


だから、
このままの状態で行ったってきっと、何にもならない。
何か、変わらなければ。変えてから行かなければ。



「今のこのバンド、信用できないです」
 
 
 
 
 
その台詞を境に、

私の部屋から機材と物販道具がなくなりました。
 
 
 
 
 
メル

経過 〜其の漆 

May 20 [Sun], 2007, 4:19
そしてまた、ラグナロクと当時のアンチクが、
すまぷら企画にて対バンを果たした1ヶ月後の11月。




ふしゃより連絡を頂きました。


今度の企画に凄いバンドを呼ぶことが出来た!
対バンする前に1回どんなバンドか観に行かないか?



と、お誘いが。
アンチクの他メンバーは全員都合が悪いとのこと。

私はふしゃに連れられるまま、
今は無き、
天保山ベイサイドジェニーへ。



そこで出会ったのが、
「SWAY」
「SHURIKEN」の2バンドでした。


これまた圧倒です。



「SWAY」
さんはその音の厚みに。

「SHURIKEN」
さんはその会場を巻き込む力に。
だって・・・

私だって名前くらいは知っていますとも!
「谷口宗一」さんでしょ?!

えらいこっちゃ〜〜〜!!!
なんてめちゃくちゃ慌てた記憶がありますw




ライブ終了後、挨拶出来るとの話を聞き、
緊張しながら、

SWAYのVo・SHINさんに、
「こ・・今度対バンさせて頂くバンドのスタッフです・・
 よろしくお願いします・・」

「良いイベントにしましょうね!!(握手の手を差し伸べられる)」



し・・紳士やがなぁ〜〜〜!!!!泣




SHURIKENのDr・yu-yaさんに、
「め・・めっちゃくちゃかっこよかったです!!」

「ほんと〜〜?!ありがとう!!」



え・・ええ人やがなぁ〜〜〜!!!!泣





・・・なんて・・・

そんなカチコチな会話を交わした初対面でした。。w



その後も、
SHURIKENさん、SWAYさんは、
すまぷらイベントで、対バンで顔を合わせるようになり、
すっかり仲良くさせてもらうのでありましたとさ♪

さらに後、SHURIKEN、yu-ya氏の一言により、
あのバンドとの出会いも果たすのですが。


 
それはもう少し先の話ってことで☆





メル

経過 〜其の陸 

May 18 [Fri], 2007, 2:16
ロザンナさんとの出会いより、
遡ること半年前の10月。



第一回目
「Smile☆PLANET」


略して「すまぷら」と呼ばれるこのイベントは、
関西在住イベンター・ふしゃ個人が切り盛りするイベントです。

すまぷら企画には、
アンチク〜マドロンジャーまで、
ずっと皆勤賞で出させて頂き、とってもお世話になっておりました。


やはり通常ブッキングよりも、
イベントの方が刺激があります。

対バンさんも見応えのあるバンドが多いもので、
当時の私には
すまぷらも例外ではなく、
毎回バカみたいにw楽しみにしておりました。




マエダサトシが以前、
台風シェルターというバンドを東京でやっていたのは
「経過 其の壱」にチラッと書かせて頂きましたが。


この、元台風シェルターのリズム隊2人と、
新しく加入したギター、
そしてVoがマエダサトシの弟・・・


な〜んていう構成で、
東京で活動していた「ラグナロク」というバンドがありまして。


ラグナロクと、
アンチクはこの第1回目すまぷら企画で対バン。

兄弟対決!
なんて言ってたっけw




Voがマエダサトシの弟=大阪出身

ということで、
ラグナロクはすまぷらイベント以外でも、
ちょくちょく遠征でライブに来ており、

私、このバンド・・特に演奏隊が大好きだったので、
来阪時には出来るだけライブに行くようにしておりました。


そして、まぁ、
メンバーさんとも仲良くなりつつあった頃に、



Voの脱退を期にラグナロクが解散するという情報を入手。

悲しみながらも、

「また何かやる」



とのメンバーの言葉を聞き、
楽しみにしていたのです。

 
 
まだかまだかと、
待ちわび過ぎて首が伸び切ってしまう直前の数ヶ月後の、2月。

「新しいバンドが出来ました」
「最強です」




との報告を頂く。


「THE DILEMMA OF HEDGEHOG」


楽しみ過ぎて、
夏にはライブ見に東京まで行ったっちゅ〜ねん!!


感想は


「最強」でした。
 
 
 
 
メル

経過 〜其の伍 

May 18 [Fri], 2007, 2:12
当時アンチク〜よくお世話になっていたライブハウス

「西九条ブランニュー」


いつもブッキングライブで出てまして。
この日も例外なくそうでした。

ただ一つ違ったのは、

東京からツアーで来てるバンドが居る。
と。

Voマエダサトシはじめ、
やはり皆「東京のバンド」というものに興味があり。

ちょっとわくわく☆


楽屋に入る。

すると。。。


楽屋で、

頭をバリカンで丸刈りにしようとしてる人達を発見!!


「な・・何をしてるんだ、この人達は?!」

この時既にインパクト大。


そしてライブ。
マドロンジャーのライブが無事に終了し、
その次だったか、その次の次だったか。

その人達はさっき楽屋で頭を丸刈りにしていた人達でした。


音が鳴った瞬間にその違いは歴然。
すっごいド迫力!!!
パフォーマンスも完璧。

さっきの楽屋の人達とはまるで別人。。

これが東京のバンドかぁ。。

私の瞳はキラキラです。。
釘付け。


ラストの曲では、
ナントVoさんがステージから飛び出し、
客席(ブランニューには客席と椅子が置かれていました)を
自分でくっつけ、
ホールにステージを作り、
そこに乗って叫んでいました。


「バンバンバン!!!」


Baは頭を地面にくっつけ、
ジャーマンスープレックスの格好で弾きまくり、
Drはものっすごい形相で暴れながら叩く。

他のお客さんはドン引きでしたが(笑)
私の心は完っっっ全に奪われました。



その後も彼らのライブを忘れることはなく、
必ずHPはチェックするようにしてました。

メンバーも仲良くなり、HPの相互リンクなんかする約束を。


その夏に、
「FUJIROCK05」に出場。

そんな情報を入手した私は、
私の目に狂いはなかったんだ。
と、
やたら得意な気分になってしまいますw



そう、これがロザンナさんとの出会いでした。





メル

経過 〜其の肆 

May 13 [Sun], 2007, 7:16
最初聞いた時には、

我が耳を疑いました。。

決めたのはVoマエダサトシです。
その報告は電話でした。

「は?」「うそやろ?」「うそやと言え〜〜」


何回も何回も聞き直しました。


だ・・誰がどう考えたって、
かっこよくないし!!
何その戦隊モノみたいな名前?!

ってか、

「バンドのスタッフやってるんです」

へぇ!何てバンド?

「・・・マドロンジャー」


絶対言いたくないし!!
不安と悲しみでいっぱいでした。。。


メンバーも相当反対していたのですが、
Voマエダサトシは言い出したら聞かない頑固モノです。。

さらに、
バンド名は「インパクト」が大事や!
なんてBaシュンスも言い出す始末

確かにインパクトはあるけども・・・


渋々承諾し
バンドはレコーディングに入ったのです。

自主制作のアルバム、11曲入り。


このアルバム制作期間に、
私はバイトを頑張り、見事一人暮らしすることに成功。


アメ村から徒歩20分程。
2DK¥65000という格安物件をたまたま発見。

これだ!
と思いました。

バイト先からも、
メンバーが利用していたスタジオからも近く、
この頃からストリートライブ活動も始め、
機材置き場なんかにもちょうどいいんじゃないかと考えたからです。


案の定、私のおうちはマドロン事務所として(笑)活躍することに。



アルバムは無事完成。

歌詞カード、ジャケット、焼き増し、ケースの調達、
フライヤー製作、
ストリートやライブ会場でのアンケートの配布、
ライブでのビデオ撮影etcetc


これらの仕事で本当に忙しく、毎日バイトとバンドで
バタバタ走り回るようになります。


バンドの方も少しずつ軌道に乗り始め、
アルバムも回数を重ねる毎に売れて行き、
お客さんも少しずつ増えていき、

メンバーの意思も一つに。
マドロンジャーが一番波に乗っていた時期です。

 


そして、あのバンドと。

「運命」の出会いも果たすことに。


24歳の4月でした。
 
 
 
 
 
 
メル

経過 〜其の参 

May 13 [Sun], 2007, 7:10
スタッフ業にのめり込んでいきますと、

どうしても出てくるのが

実家での生活のすれ違いです。

バイトから帰宅後の深夜にPCをいじったりしなければならず、

うちは母親も朝から働いているのですが、
生活のすれ違いで迷惑をかけることがしばしば。
 

そんな中、生れて初めて家を出、一人暮らしを考えるようになりました。


そしてアンチクにもさらなる変化が。

この頃からBaの実力やらバンドに対する考えの違いやらで、
よく荒れた話し合いになることがよくありました。

人間的には申し分ない性格なのです。
おっとりと、優しく、人当たりも良い人物ではありましたが、
ステージに立つ人間は、それだけでは厳しい現実もあるのです。

しばらくの間話し合われつつ活動をしていたのですが、
ついに、Ba本人から「抜ける」との告白をされる時がやってきました。



覚悟はしていたものの、メンバーも
ベーシストを探すとなると一筋縄ではいかないのでは?
といった様子。

本人も相当悩んで覚悟したのでしょう。

Guのシュンスが言いました。

Guは俺が新しいやつを連れてくる。
俺がBaをやる。



と。

これにはやはり皆がびっくりしました。
同じ弦楽器とはいえ、
イチからの出発となると相当の努力が必要です。
時間もかかります。


が、彼の意思は固い。

結局、その意見に賛成。
そしてGuのナガノテツヤがメンバーとして加わったのです。


しかしこうなると
本来のオリジナルメンバーは二人だけ。

バンドの方向性
楽曲の雰囲気も再度見直して。


スタイルも変えて。

とすると、当然バンド名も変えた方がいいのでは?
となっていく。



そして名づけられたのが。



微睡む(まどろむ)


と書いて

微睡者


「マドロンジャー」 
 
 
 
 
 
メル

経過 〜其の弐 

April 24 [Tue], 2007, 3:33
アンチクに現れた変化の一つは、

スタッフ、つまりオイラが加わったこと。。

。。。と言っても、

その時はまだ作ってもらったアンケートを参加出来るライブ会場で配布し、

物販席に座るだけの、ごくごく簡単な作業でした。



そしてもう一つは、ギターの参入。

GU&VoのマエダサトシがVoに専念したい、

本人たっての希望からで、メンバーが探して決定した人物が、


オクダシュンスケ


ミーティング場に使われていたたこ焼き屋で、

彼をメンバーから紹介されます。


年は一つ下。

おぼこい顔で元気いっぱい。。

少年のような姿からは想像も出来ないくらい、

大人なしっかりした意見。



彼はその後もバンド運営面のリーダー的存在で、

ライブのブッキングから、
オイラの仕事の面倒まで幅広く見てくれるようになります。


職場が異動して、
休み希望がまた通るようになってからは、バンドの仕事の方で忙しくなります。


今まで一度も触ったことのないPCを覚え始め、

シュンス指導の下、簡単なフライヤーや、今までメンバーが作ってくれていたアンケートや、

物販の新しいポップなども少しずつ少しずつ作るようになっていきました。


「よりメンバーが音作りだけに専念できるように」



こうなってしまっては、

元々楽しんでやっていたアパレル業に何の興味も沸かなくなってきます。

異動先店舗が近々閉店するらしいとの噂を聞き、

それを期にアパレル業から足を洗い、

より効率よく稼げる、しかも休みの融通が利くパチンコ屋にバイト先を変更。


どんどんどんどんスタッフ業にのめりこんでいきます。。。
 

 


メル

経過 〜其の壱 

April 24 [Tue], 2007, 3:31
元々音楽は好きだった人間ですが、

まぁ、好きなメジャーアーティストのライブに、

年に2〜3本行くくらいのごくごくフツーのフリーターだったのです。



大阪在住、当時23歳のオイラの職業はアパレル販売員。

難波Cityというファッションビルの

「メンズメルローズ」というブランドで働いてました。

他にも色んなブランドが入ってるファッションビルで、

周りの仕事仲間と週に3、4回は飲みに行ったり遊んだり、

楽しく過ごしてたんですよね。



同じフロアにある「ポールスミス」

ここにも仲の良いスタッフさんが居まして。

メルローズで働き出して3年目の年末頃でしたかねぇ。


新人が入ってくるんだよね。と。

「メルちゃんとタメ年やわ〜、仲良くしてやってな〜」

 
 
その新人の名はマエダサトシという。

言われた通りに昼休憩なんやらかんやら、ちょくちょく話すようになる。


なんでも、彼は大阪が実家で、音楽やる為に上京し、

イイトコまで行ったのだが、バンド(台風シェルター)が解散してしまい、

一度大阪に帰って来た。

が、バンドを辞めるつもりはなく、大阪でまた新しくやり始めている。。。


そんな話を始めたのです。


まだ組み始めたばかりでライブはもう少し先の話になるが、

そん時は遊びに来てよ!


と誘われ、興味津々だったオイラは二つ返事でOKし、

ライブの日を心待ちにしていました。



3/9福島2ndLINE。

バンド名は「The Antique Show」(略アンチク)

マエダサトシGu&Vo、他にBa、Drと3ピースの
いわゆるギターロックバンド。

全員スーツにサングラス。

すっげぇかっこよくて、曲も良く、
一目でファンになっちゃいました。


それからもちょくちょくとライブに足を運ぶようになり、

メンバーさんともすっかり仲良しに。



5月。

オイラは長年働いてたメルローズを辞め、

友人のツテを頼って新しいブランドに。

ところが、そこでは今までのように希望通りにお休みがもらえず、

ライブもなかなか行けない状態になってしまいました。

さらに、店長との折り合いも最悪で、職場に行くのが嫌になり、人事その他の方々と相談の結果、2ヶ月後異動することに。



そしてアンチクにも変化が現れます。。。


 
 

メル
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