ココロのある庭

February 11 [Tue], 2014, 13:43
小さく鳴る私の鼓動

イノチが空っぽになってしまう事よりも
ココロまで縮んでいるような気がして
必死に書き留めようとした

私は、まだ世界を好きになれる








3年。私が風邪をこじらせて連れて行かれた病院で、今でも首を傾げてしまうような病気だと告げられてから、もう3年経つ。

「誰かに心の底から優しくされた時…つまり、あなた以外のイノチと心が通い合った時、あなたの心臓は動くのをやめます。」

診察室を一粒の風が通り過ぎて、私のカルテがはらりと揺れた。
幼かった私は少し混乱して母を見上げ、母はそれをきちんと見下ろしていた。
あの時、母の横で、突きつけられた真実を理解できなくて本当に良かったと思う。
私を守り、育て、考えもせず当然のように、母から注がれているはずだった「愛」が、そこには無かったのだという真実を。
私が生きている事が、私が愛されたことがない証だという真実を。

すぐに、私が一人ぼっちで生きていくことが決められた。
ーー生きていく?望まれていないと証されたこのイノチで?

誰とも関わらないようにと整えられた私の巣は、意外にも、街から少し離れただけの森の中に置かれた。母はそこに私を詰め込むと、一言だけ添えて去って行った。
「さようなら。」
その背中は泣いているようには見えず、私はそれを吸い込んでいった森をしばらく見つめていた。それから、さくさくと音を楽しみながら、巣を一周。


小さな箱庭。それが私の全てだった。
窓から見えるのは、程近くにある、大きくて煤けた建物から上がる煙と、私を囲う木々。その隙間に覗くどこにだってあるもの。
陽一つ。
月一つ。
映画色をしたレンガの家。暖炉も、ソファーも、ふわふわのベッドも、なんだって
揃っていたけれど、彼らは皆私の為に用意されたのではなくて、私の病気の為に施されたものであり、そして母の体裁を保つものであり、しつこかった。

腰を降ろした木の香りが暖かいベンチで、私は私の中に潜り込む。どうやら私は、少し賢くなったようだった。

私が今生きていること、これまで生きてきたこと。
息を一つ、確かめるように吐いて、吸って。

そこには確かに孤独の甘味が染み渡っていて、愛なんて、無かった。



一通り「ひとりぼっち」なことを確かめると、すぐに私は飽きてしまった。詰まるところ、眩し過ぎる光も、どうしようもない暗闇も、大差ないのだ。
それに気付いた途端。

寂しくて寂しくて。
苦しくて苦しくて。

誰でもいい。何でもいい。
私を見て。私を聞いて。私に触れて。傍に。傍で。
ぬくもりを。優しさを。愛を。愛を。愛を。愛を。

それを手に入れるためには、私は犠牲を払わなければならない。
私は孤独を確かめてはいたが、噛み締めてはいなかった。まだ、大丈夫。理性で狂気を包み、衝動を押さえ込む。どれだけでも耐えて、私は私を生き抜くと、そう誓った。

そうは言っても、どうしたって孤独は私を蝕み、手を招き、毎日毎日枯れてしまうほど頬を伝って胸で溶け、窓からはあの煤けた建物から毎日煙りが昇り、その根元にあるだろう「贅沢」を想像させては私の誓いを細くした。それを誤摩化したくて、私は自然と何も語らないもの達に話しかけるようになっていった。しかし、当然彼らは何も応えてはくれず、私の病気のことなどまるで気にしないで世界は廻っているらしかった。それでも私は諦め切れずに、毎日ベンチから歩き始め、許された檻の中を歩き回り、出会えるもの達全てに話しかけ続けた。私を救ってくれるなにかがあると信じて。


そして、絶望した。
分かっていたことだ。私が誓いを破らないまま救われることなどあり得ないのだ。私に生きる意志がある限り、誰も私を救うことはできない。
始まりのベンチに腰掛けようと、よろよろと近付き、その前で泣き崩れた。やがて日は暮れ、夜になっても、私は立ち上がれずにいた。どうせ私がここで朽ちたとしても、悲しむものはおろか、気付くものすらいないのだから。込める力もなく、私の体は泥になり、涙だけがどこまでも地べたに染みていった。もう、泣く必要すらないのに。


一晩中泣いて、やがて朝がきた。
そこで私は気付いたんだ。
あれだけ歩き回った庭の中にも、まだ出会っていないものがいたことに。
それは小さな花だった。
ベンチの下で、私にすら気付かれず、ひっそりと、でも確かに、それは咲いていた。
この花は、私と同じだ。一人ぼっちで、寂しかっただろうに。私のように、救いを求めて彷徨うことすら出来ず、それでも、ここで咲いていたんだ。
私は花をそっと掘り起こし、陽のあたるところに移してやった。
「ありがとう。」
そう言って貰えたような気がして、私の胸はにわかにあたたかくなった。
涙はとうに乾いていた。
花だけじゃない。
寂しい気持ちだけじゃない。
世界が、色んな声を上げている。
聞こうとさえしなかった世界の声。
それは、孤独だった私にはあまりに心地よく、夢中で耳を傾けた。

お気に入りにするしかなかったあのベンチに座って、手の届くものたち。
草花の一つ一つ、石ころの起伏、ほのかに息吐く命達、私を囲う木々。その隙間に覗く空の彩り。
陽一つ。
月一つ。
星幾つ。
それらに表情を与える、天気や、私のココロ模様。
一つが、一本が、一粒が、一匹が、一人が。
同じものなんてなくて。

小さな箱庭。それが世界の全てなんじゃないかと思った。


そんな世界を私はとても愛おしく思った。
だって、愛なんか貰えなくたって、彼らはしっかりとそこで存在していて、私をひょいと拾ってくれた。
愛を貰うことはできなくても、愛する事ができれば、触れられるんだと教えてくれた。
私は嬉しくなって、机にあった紅いノートを持って駆け出し、
一つを、一本を、一粒を、一匹を、一人を。
大好きなもの達の声を書き留めてまわった。



それから私の日々は大きく変わった。ひとりぼっちだなんて思う事はなく、むしろ書き留め切れないほどの声にたっぷりと浸かり、日々呼吸を整えることができた。草花や木々の前にじっと座り、空を見上げ、目を明け、耳を澄まして。時にあたためられ、時に涙を流し、愛に触れて。そうすることで、孤独は居心地悪そうに私から抜け落ちていき、私はもう何に苦しめられることもないと、そう思っていた。



ある日私は、庭の大きな杉の下に、小鳥が落ちているのを見つけた。まるで溺れているようにもがき、小さな体でちぃちぃと鳴いて、助けを絞り出していた。当然私は救おうとして足を踏み出したが、息を詰まらせる何かを感じ、歩みを止めた。
小鳥であろうと、それはイノチ。
もしも私が小鳥を救ったとして。
もしも鳥が感謝をする生き物だとして。
私は愛されてしまうかも知れない。
馬鹿げたことだと振り払い近寄ろうとするのだが、私の胸はうるさいくらいに張り詰め、足は震えて言う事を聞かなかった。
小鳥はみるみるうちに力を失っていき、やがてぴくりとも動かなくなった。


私は…私は。





死を選ぶ事にした。いや、正確には、死と引き換えにしてでも、愛が欲しくてたまらなくなった。私の声を聞いて、応えてくれるものが欲しかった。
「贅沢な死」を求めて、私は森の向こうを目指して歩き出した。あの、煤けた大きな建物。巣から手の届く、唯一人の営みが感じられる場所。そこには私の望むものがある。私は、躊躇いもせず森を抜けた。




私は、出会ったんだ。
いや、人ではない。
とうに「物」と化した、ぼろぼろのロボット。
どうやら彼は、その機能を停止しているようだった。
これほど嬉しい出会いなんて無かった。
人と同じように接することができて、私は死を覚悟する必要がない。
だって、彼はロボット。
ココロなんて持っていないのだ。

私はロボットを巣へ運び、汚れたカラダを拭いて、スイッチを入れた。
ぼんやりと目が光り、やがて、彼はこう言った。
「なぜ、また私を動かしたのですか?」
私は、久しぶりに耳に届いた「言葉」の響きに心躍らせながら、こう応えた。
「寒そうだったから。」

それから、私と彼の生活が始まった。
彼は何にでもよく興味を持った。私がようやく気付けた「世界の声」を始めから聞いているんじゃないかと思うくらい、狭い庭の中で、尽きる事無く、新たな「?」をぶつけてくるのだった。それに対して私は一つ一つ、私の言葉で世界を伝えてみた。あのノートに綴った私の拙い詩なんかも読ませたりして。
彼はそれを染み込ませ、一つ一つきちんと応えをくれた。彼の中で世界が再構成されていくのが、私と世界が共有されていくのが、素直に嬉しかった。


私は、どうにもロボットらしくない彼を、文字通りココロ休まる場所として愛していった。



そんな日々が続き、分厚かったあのノートも半分程埋まり、もうすぐ彼と出会って1年が経とうとしていた。私は、感謝という言葉とは少し違うような、それをはるかに超えているような、彼へのこの不思議な気持ちを、1年目の記念日に何か形にして伝えたいと思った。私は部屋の棚から上等な紙を選び出し、彼が庭にいる間を使って、少しずつそれを描き上げていった。
大きな口を開けて笑う彼と、隣りにはありのままの私の絵。
「私があなたのスイッチを入れた日。私があなたに出会った日。
この日に、精一杯のありがとうを贈ります。」
いつまでもこんな日々が続けばいい。願いを一色一色に込めて。
完成したこのプレゼントには、大切なノートに挟まって、出番を待ってもらうことにした。


その晩の事。私は、どうしても気にかかってい事を、彼に尋ねてみることにした。
「どうして止まっていたの?」
彼は珍しく押し黙り、彼らしくなく何か計算をしているようだったが、やがてこう応えた。
「私に欠陥があるからです。欠陥の無いロボットはいくらでも作れます。
だから、私は不必要です。だから、私は、私を止めました。」
このロボットは、どうやら「自殺」をしたらしい。なんて可笑しいんだろう。彼にココロ休まる本当の理由が分かった気がした。私達は、よく似ていたのだ。
そう思うと、彼が愛しくてたまらなくなって、私は彼に飛び付いた。
「じゃあ、その欠陥のおかげで私達は出会えたんだね。
それなら、私は、あなたの欠陥も含めて、全部大好き。
ずっと、友達。もう、自分で自分を止めなくていいんだからね。」
今度こそ、私は大丈夫だ。彼と一緒に、世界を愛し、そして自分も好きになれる。
その晩、私達は、ずっと手をつないでいた。

なんてあったかいんだろう。

そう思いながら、私は眠りについたーーーー。
P R
プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:nakinasu
  • アイコン画像 性別:男性
  • アイコン画像 誕生日:1984年8月28日
  • アイコン画像 血液型:B型
  • アイコン画像 現住所:東京都
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嘆きを混ぜて歌ったり
隠鬱な言葉で世界を再構成したり
色彩の欠けた世界を描いたり
穏やかな景色を切り撮ってみたり


そんな事をして日々呼吸を整えています



亡き無死ロボット
というバンドで弾きながら歌っています

亡き無死ロボット
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