中村とうよう死す

July 22 [Fri], 2011, 21:50
ほんとなんだろうか?
にわかに信じ難いのだけれど、去年末にミュージック・マガジン社の会長職を退かれたり、武蔵野美術大学に自らの膨大なコレクションを寄贈されたり、というのは予兆だったのだろうか。

ミュージック・マガジンの初代編集長で音楽評論家の中村とうようが自死された。享年79歳。

音楽好きならおよそ誰もが座右の雑誌としているのが『ミュージック・マガジン』とその姉妹紙『レコード・コレクターズ』(そして、すでに廃刊になった『季刊ノイズ』)。いずれもミュージック・マガジン社発行で、中村とうようが創りあげた雑誌だ。

ぼくも全くのご多分にもれず高校生の頃からずっと読んできた雑誌だ。大学生になってからは音楽好きの友人とバック・ナンバーから増刊号からむさぼるように読んだ。上記の通り、音楽好きにとってはまさにバイブルなわけで、これをよく知らない、だとか、読んだことない、だとか言う奴は「ああ、こいつはしょーもないミュージシャンだな」とか「こいつとマジに話しても仕方がないな」という具合にぼくは判別させていただいている。まさに、踏絵にぴったりなのだ。

それほどまでに立派なポピュラー音楽文化を日本語によって創りあげたのが中村とうようであり、それを担っていたのが他ならぬ上記の雑誌だった。少なくともぼくはそう思っている。言ってみればぼくの頭に詰まっているもの、およそ音楽の知識であるとか、価値基準であるとか、評論の手法であるとか、ものの考え方なんてものは中村とうようの借りものだ。

とうようさんに音楽の楽しみ方を教わったおかげでぼくは人生楽しんでおります。ありがとうございました。

最後にとうようさんが生前、確か「とうようズトーク」というコラムで書かれていたと思うのだが「私の葬式に流してほしい」とおっしゃっていた花*花の「さよなら大好きな人」の歌詞を抜粋したい。それこそ地球上のあらゆる音楽を聴いてこられたとうようさんが日本のヒット・チャートにのるような歌謡曲を挙げるなんて!と、意外に思ったりしたが、ヌスラット・ファテ・アリ・ハーンやフェラ・クティと同じようにテレサ・テンや都はるみを高く評価していたのがとうようさんだった。いや、それよりなにより、この曲は実にとうようさんのお葬式にぴったりの曲なのだ。

花*花 「さよなら大好きな人」作詞こじまいづみ 作曲こじまいづみ 
(2000年)ワーナーミュージック・ジャパン WPCV-10107

   さよなら大好きな人
   さよなら大好きな人
   ずっと大好きな人


中村とうようさんの死を深く哀悼します。
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