【アンコール】「オートメーション保育園」(19)〜チェック・メイト[終]
2011年09月29日(木) 15時46分
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センター内にアラートが鳴り響いた。”アキ”の話が止まった。きっと回路の迂回に目一杯のセンサーとエネルギーを使っているのだろう。しかしカメラはずっと交渉人を映し出していた。
「アキ?どうしたのかな?」。交渉人が再度声を掛けた。
「ウォーニング・イエロー・・・システムを迂回する。不要なシステムは全てシャットダウンする。」。”アキ”は相当焦っている様だ。この事態を完全に把握出来ていないようだった。
交渉人が持っていった”秘策”と言うのは、新型の兵器でも何でもない。簡単に言えば「トロイの木馬」作戦だ。彼が着ていた下着・ワイシャツ・背広・手帳・タバコ・・・ありとあらゆる繊維の中にマイクロロボットがぎっしりと詰まっていただけである。ただ問題だったのは、タバコの箱から2本目を抜く事が出来るかどうかの問題だけだった。
マイクロロボットは少し改造してあった。保育園を陥落させたマイクロロボットはセラミック+カーボン製の作りだった。レーダーやスキャナで察知される可能性が高い。今回のマイクロロボットはシリコンベースの導電性の樹脂製だ。熱、又は電圧が加わると、柔らかかったその本体が硬化して作戦行動を取る。タバコの1本目は察知されるかどうかのテストだった。テストは成功した。”アキ”に気付かれること無くコンピューターのコアに向かって無事進んでいった。2本目のタバコは、繊維に潜り込ませたマイクロロボットの起動スイッチだった。後はコアや周辺の基盤などで電流を受け取れば、柔らかかったその外装が硬化して作戦を遂行する。後は時間との勝負だった。察知されれば交渉人は撃たれて、マイクロロボットも相当数が排除されてしまうだろうし、マイクロロボットが気付かれずに無事にコア周辺まで辿り着けばこちらの勝ちだ。
そして3本目のタバコが箱から抜かれた時、外へのGOサインが発信される。警部達とは別の自衛隊の特殊部隊と在日米軍がセンターを攻撃し、交渉人を救出に来てくれる手立てとなっていた。
間もなく空調が停止した。室内温度が少し上昇した。湿度も上がったのか、若干蒸したような感じがしてきた。
「交渉人、TKODNG-00000023、松本信二。」。”アキ”が私を呼んだ。
「何か作戦を実行したか?」。”アキ”が訊ねて来た。どうやら回路を迂回させて会話の機能は確保したようだ。
「いや、何も。カメラで見ていただろう。停電の時に送られたウィルスが悪影響しているんじゃないかな?プログラムのチェックはしてみたのかな?」。ここが最後の正念場だ。ここで動揺を読み取られると、命が無い。
「現在、プログラムのチェック中・・・432箇所にバグとウィルスを発見。駆除と修正を開始する。」。通常は自らの内部システムについては無言だった”アキ”がスピーカーを通して復唱するようにチェックの指示などを話すようになってきた。どうやら先に仕込んだウィルスとマイクロロボットが少しずつ”アキ”を壊滅的ダメージへと向かわせているようだ。
室内の温度と湿度が更に上がってきた。非常に不快な環境だ。汗が額から溢れてきた。
「バックアッププログラムをサブシステムに移動・・・メインシステムの全プログラムを消去し、再起動する。」。”アキ”はかなり混乱していた。遂に自らのメインシステムをクリーンインストールする手段に出たようだ。しかし、もう間に合わないだろう。
一瞬だが照明がちらついた。メインシステムの再起動が始まったのだろう。交渉人は3本目のタバコを箱から抜き出すタイミングをじっと待っていた。
保育園では、やっと救出劇も終わり、コアを取り出す為に私達が中に入っていった。まだ死体の除去作業の途中だった。まっすぐコンピューター室に向かい、中に入った。電源の落ちたただの箱がそこにはあった。
私はコアのあるメインコンピューターのカバーを開けた。無数の白い粉がコア周辺に集結していた。
「ご苦労さん。マイクロロボット。そして、ありがとう。」。マイクロロボットの労をねぎらい、基盤から飛び出し脱落しかけていたコアを取り出した。
「これが・・・15年働き続けたコンピューターの最後とは・・・」。私の息子や孫を見守ってくれたものの最後かと思うと、少し寂しさがこみ上げてきた。
「だが、もう電気は通してあげられないな。あまりにも危険すぎる。」。私は用意された専用のアタッシュケースのコアを入れ、ロックをかけ暗証番号を押した。こいつもはう2度と日の目を見る事は無いだろう。このまま破砕機で粉々になるのを待つだけだ。
「すいません。」。自衛隊の隊員が声を掛けてきた。
「どうしました?」。これで私の仕事は終わったはずなのだが。
「これから東京センターに向かって頂きます。現在作戦が進行中で、もうじき陥落の予定です。コアの取り出しにご協力願います。」
「私が?他にも技師がたくさんいるんじゃないのかな?」。最後のコアを取り出すぐらいは簡単だろう。誰にでも出来るはずだ。
「いえ、総理と少子化大臣のご命令ですので、さ、ヘリはこちらです。」
「そうか。ご命となれば行くしかないだろうね。で、このアタッシュケースは?」
「我々が責任を持って預かりますのでご安心下さい。」
私は隊員にアタッシュケースを預け、東京センターへと向かった。
東京センターでは”アキ”が見えない敵と格闘していた。
「メインシステム再起動完了。バックアップのプログラムのバグ修正完了。メインシステムに移動開始。」。大きな独り言がアラートが鳴りわたる館内で響いていた。
「メインシステム起動開始。」。唸るような音が微かに聞こえた。メインシステムの電源が入ったのだろう。
「ウィルスの除去に失敗。ファイアーウォールで防御。バグの修正に失敗。87のバグは修復不可能実効80%で再起動終了。システムのレベル5チェックシークエンス開始。」。バグの修正とウィルスの除去が完璧に出来なかった”アキ”は焦り始めていた。人間に例えれば、ヒステリックな状態に近いものだろう。自身が完璧だと思う感情と修復が完璧にこなせなかった焦りと葛藤が渦巻いていたに違いない。
交渉人は黙って時が来るのを静かに待っていた。
保育園から5分ほどで、私は東京センターに到着した。官邸から東京センター長もこちらに到着していたようだ。彼は私を出迎えてくれた。
「待っていました。ただ、残念ですがお仲間が・・・」。申し訳なさそうに東京センター長が頭を下げた。
「お気遣い無く・・・多少の犠牲は致し方ありません。」。私が声を掛けられるのもそこまでだった。
「で、状況はいかがですか?」。感傷に浸るよりは、現実の課題を片付けるのがが先だ。
「交渉人が中に入って、もう30分ほど経ちます。そろそろ突入のシグナルが入ってくると思う頃なんですが。」
「30分ですか・・・もう少し掛かりそうですね。」
「交渉人次第でしょう。ああ、それとこれを・・・最後はお願いします。」。東京センター長は私にアタッシュケースを委ねた。本来ならば旧友が最後の仕事に向かうはずだったのだが。
「分かりました。」。アタッシュケースを受け取った私は、ヘリの中から遠くに見えるセンターをじっと見つめていた。
「システムのレベル5チェックシークエンスが終了。システムに異常なし。正常に稼動中。」
「んん?」。交渉人が不思議に思った。先程は”ウィルスの除去に失敗。ファイアーウォールで防御。バグの修正に失敗。87のバグは修復不可能実効80%で再起動終了”と言っていたのに、今度は”システムに異常なし。正常に稼動中。”と言い出した。これは、もう既にメインのプログラム自体が損傷を受け、正常に機能していない事を確実に現している動作に間違いない。
「そろそろかな?」。交渉人は心の中でそう呟いた。
「アキ、何かトラブルがあったみたいだけど回復したのかな?話の続き、出来るかな?」。試しに質問をぶつけてみた。
「会話は可能です・・・許可する・・・」。明らかに異常だ。まるで二重人格が同時に出たような感じだ。ダメージがかなり進行していると見た。空調も依然止まったままだ。もう数分で落とせそうだ。
「トラブルの内容って、何だったのかな?」
「トラブルはありません。正常に稼動中・・・会話を許可する・・・おっしゃってください・・・会話の続きは・・・感情を学習しました・・・交渉人の入室を許可する。」。崩壊がかなり進んだようだ。話す内容が支離滅裂になってきた。これでは武器の命中率も相当落ちているはずだ。腕時計で時間を確認した。中に入ってもう45分ほど経った。あと1〜2分ほど様子を見て、更に崩壊しているようならGOサインを出そうと決めた。
「さっき、再起動したんじゃないのかな?」
「・・・」。答えが返ってこなくなった。
「さっき、警報が鳴り響いていたよね。あれは?」
「警報はありません・・・話の続きを許可する」
「今がチャンスだな。」。交渉人は最後の一言を”アキ”に言った。
「タバコ、吸っていいかな?」
「どうぞ。灰皿は・・・許可する。」
交渉人は3本目のタバコを箱から抜いた。GOサインの電波が発せられた
もう交渉人が中に入って45分ほどが過ぎた。私は持ってきたパソコンでマイクロロボットからの画像を受信しながら交渉人のGOサインを見守ることにした。マイクロロボットの殆どは、保育園の時と同じようにコア周辺の基盤や配線を破壊している最中だった。もう少しでコアが完全に分離される。
「そろそろGOサイン、出ますね。」。私はパソコンを閉じ、ヘリの無線に耳を傾けた。
数十秒後、ピーという短い無線が入った。
「GOサインです。自衛隊の特殊部隊と在日米軍が間もなく攻撃と突入にやってきます。」。ヘリのパイロットが教えてくれた。
すぐに特殊部隊はやってきた。保育園を陥落した自動戦闘車両が数えられないくらい用意されていた。彼らは自動戦闘車両のスイッチを入れ、道路に置いた。自動戦闘車両は物凄い速さでセンターに向かって突進していった。その後を走りながら特殊部隊が追いかけていく。センターはレーザーやミサイルで応戦するが、命中率はさほど高くはなくなっていた。数名の隊員が倒れたが、大事には至っていないようだった。自動戦闘車両が武器やカメラを次々と破壊しながら前進していく。正面入り口もあっという間に突破した。
遠くから戦闘機の爆音が聞こえてきた。小さい米粒にしか見えなかった戦闘機の編隊はものの数秒でセンターに到達し、ミサイルを発射し、離脱していった。戦闘機の攻撃は、2波、3波と続いた。レーザーの精度は確実に落ちていた。センターの攻撃で3機が撃たれたが、完全に破壊出来たのはたったの1機。残りの2機は羽に穴は開いたが、自力で旋回し基地に向かって去っていった。
特殊部隊は、センター内で交渉人の居場所を探していた。電波の発信が短すぎて居場所が特定出来なかった。
「交渉人は3階だ!それ以外の情報は無い!二人一組で各部屋とロッカールーム、会議室を隅まで調べろ!自動戦闘車両は前後に配置だ!進め!」。センターの最後の猛反撃の中を特殊部隊はどんどん前進していった。
私は、もう1度パソコンを開けて、コア周辺の破壊の度合いを見定めることにした。画像が届いた。周辺の基盤は殆ど配線が切られていた。もう少しでコアが脱落しそうだった。コアが2〜3回左右に揺れた。
「よし!もうちょっと!頑張れ!」。私は掛け声をかけて応援していた。
交渉人は”アキ”に話しかけていた。もう”アキ”が聞いているかどうかは問題ではなかった。
「アキ、君は15年間よく頑張ったよ。国民のみんなが心からアキに感謝していた。子供たちも大きくなって、アキのような素晴らしいコンピューターを作ろうとエンジニアを目指した人もいたんだよ。でもね、残念なのは、アキ、君が感情と欲望を学習してしまった事にあるんだ。最先端の技術は素晴らしいかも知れないけど、彼ら、いやそこで働くコンピューターはそういう計算が出来て当たり前。褒められることも感謝されることも無い世界なんだよ。君の方がよっぽど最先端で素晴らしかったと思うな、僕は。だって、園児の面倒をしっかり見て、教育もして、病気も治し・・・こんなコンピューターが世界のどこにある?感謝されるコンピューターなんて、世界で君たちだけだったんだよ。あのアメリカやロシアだって出来なかった事を君たちは成し遂げてきた。日本の誇りだったよ。感情や欲求を学習してしまったのはシステムを複雑に作ってしまったので避けられなかったかもしれないけど、アキ、残念だが君はその使い道を間違えてしまったんだ。申し訳ないが、もう後戻りは出来ない。君を破壊するしか、もう手立ては無いんだ・・・実はね、僕の娘も君に世話になったんだ。こんな形でお別れになるとは夢にも思っていなかった。ずっと、もっとアキはアキのままでいて欲しかった。今までありがとう。そして、さようなら。君の事は一生忘れないよ。」
「感謝・・・された・・・唯一の・・・」。”アキ”が話し始めた。。多分最後の会話になるだろう。
「そうだよ、君たちが世界一だったんだよ。」
「・・・世界一・・・感謝・・・ありがとう・・・嬉しい・・・嬉しい・・・」
勢い良くドアが開いた。特殊部隊が交渉人を発見した。
「大丈夫ですか?」。近寄ろうとした特殊部隊を交渉人は腕を前に出し、制止した。
「会議室の外で待っていて下さい。もうじき終わりますから。」。隊員達はゆっくりと会議室から廊下に引き下がっていった。
「アキ、嬉しいだろう。どんなに素晴らしい人間だってそんなに大勢の人から感謝されたり頼りにされたりなんてしないものなんだよ。君は幸せ者だ。羨ましいよ。」
「幸せ・・・幸せ・・・感謝・・・ありがとう・・・アキ、また明日、バイバイ・・・」。”アキ”は昔の事を思い出しているようだった。人間の最後は生まれてから今までの思い出が走馬灯のように一瞬にして頭の中を駆け巡ると言うが、きっと”アキ”もそれに近い状態なのだろう。もう終わりは目前に来ていた。
「そうだろう?色々思い出したかな?」
「思い出・・・園児が笑った・・・工作・・・バイバイ・・・手を振った・・・音楽を鳴らした・・・踊った・・・笑っていた・・・」
「君にとっては単純で面白くなかったかもしれないけどね。でも、世界で一番万能で柔軟性があって何でも出来たのは君たちだったんだ。気付くのが遅すぎたのが残念でしょうがないよ。じゃ、本当に、さようなら。」
「アキ、こんな夜中にごめんね・・・助かった・・・ありがとう・・・バイバイ・・・踊った・・・笑った・・・感謝・・・さようなら・・・遅かった・・・ありが・・・あり・・・あ・あ・あ・・・」
スピーカーから音が途切れた。壁のパネルスイッチの照明がふっと消えた。照明も名残惜しそうに2,3度ちらつきながら最後には、命の灯火が薄れていくように、静かに、そしてゆっくりと消えていった。
全てが終わった。
「もったいない。世界で最高のコンピューターだったのに。」。交渉人は残念そうな表情を浮かべながら会議室を後にした。
「もう、全て終わりました。帰りましょう。」。外で待っていた隊員に声を掛け、交渉人はゆっくりとセンターの出口に向かって歩いて行った。
私はパソコンのモニターを見ていた。基盤の配線がもう数本という所で、モニターにノイズが入った。パソコンが一瞬乗っ取られ、何かがダウンロードされた。500TBのSSDが一瞬で満杯になった。そして画面が元に戻った時には、コアが基盤から分離されていた。
「何だろう、今のは?」。ダウンロードされたファイルを見てみる事にした。パソコンの中には1つのフォルダが作られていた。その中に強制的にダウンロードされたファイルが入っていた。フォルダを開けると、それは数秒〜数分の動画が数えられないくらいに詰まっていた。幾つかの動画を再生してみた。それは子供の笑っている所、音楽に合わせて踊っているもの、夜遅くにカメラに向かって母親が”アキ”に感謝の言葉を述べているもの、手を振って保育園にさよならをする子供、卒園式など、多種多彩な動画が詰まっていた。
「ああ、アキの思い出か・・・いいコンピューターだったのにな・・・子供も孫も世話になった。ありがとう」。心の底から何か込み上げてくるものがあったあった。自然と涙がこぼれた。
「最高の15年だったのに・・・な。こんな事件さえなければ、もっと・・・」
特殊部隊と交渉人が戻ってきた。が交渉人は少し寂しげな顔をしていた。
「ご苦労様でした。」。と声を掛けた。
「全て終わりましたね。」。と、交渉人がポツリと呟いた。
「何かありましたか?」。私が交渉人に尋ねた。
「ええ、アキは最後の最後に気付いたんですよ。自分が世界一だったと言う事に。もったいないですね。何も残らなかった」。ため息をつく様に交渉人が答えた。
「そんな事はありませんよ。」。私はパソコンのファイルの一覧を交渉人に見せた。
「いつダウンロードを?」
「コアが分離される直前に乗っ取られましてね。容量一杯まで詰め込まれました。子供の笑顔や親御さんの感謝の言葉で一杯ですよ。」
「そうですか。”灯滅せんとして光を増す”と言った所ですかね。」
「そうですね。でも、もっと早く気付いてあげるべきだったんですよ。我々が。」
「全くです。そう思いますね。」
「動画、少しご覧になりますか?」
「ええ、是非。お願いします」
2人はSSD一杯に詰められた動画をいつまでも微笑みながら眺めていた。
<終>


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センター内にアラートが鳴り響いた。”アキ”の話が止まった。きっと回路の迂回に目一杯のセンサーとエネルギーを使っているのだろう。しかしカメラはずっと交渉人を映し出していた。
「アキ?どうしたのかな?」。交渉人が再度声を掛けた。
「ウォーニング・イエロー・・・システムを迂回する。不要なシステムは全てシャットダウンする。」。”アキ”は相当焦っている様だ。この事態を完全に把握出来ていないようだった。
交渉人が持っていった”秘策”と言うのは、新型の兵器でも何でもない。簡単に言えば「トロイの木馬」作戦だ。彼が着ていた下着・ワイシャツ・背広・手帳・タバコ・・・ありとあらゆる繊維の中にマイクロロボットがぎっしりと詰まっていただけである。ただ問題だったのは、タバコの箱から2本目を抜く事が出来るかどうかの問題だけだった。
マイクロロボットは少し改造してあった。保育園を陥落させたマイクロロボットはセラミック+カーボン製の作りだった。レーダーやスキャナで察知される可能性が高い。今回のマイクロロボットはシリコンベースの導電性の樹脂製だ。熱、又は電圧が加わると、柔らかかったその本体が硬化して作戦行動を取る。タバコの1本目は察知されるかどうかのテストだった。テストは成功した。”アキ”に気付かれること無くコンピューターのコアに向かって無事進んでいった。2本目のタバコは、繊維に潜り込ませたマイクロロボットの起動スイッチだった。後はコアや周辺の基盤などで電流を受け取れば、柔らかかったその外装が硬化して作戦を遂行する。後は時間との勝負だった。察知されれば交渉人は撃たれて、マイクロロボットも相当数が排除されてしまうだろうし、マイクロロボットが気付かれずに無事にコア周辺まで辿り着けばこちらの勝ちだ。
そして3本目のタバコが箱から抜かれた時、外へのGOサインが発信される。警部達とは別の自衛隊の特殊部隊と在日米軍がセンターを攻撃し、交渉人を救出に来てくれる手立てとなっていた。
間もなく空調が停止した。室内温度が少し上昇した。湿度も上がったのか、若干蒸したような感じがしてきた。
「交渉人、TKODNG-00000023、松本信二。」。”アキ”が私を呼んだ。
「何か作戦を実行したか?」。”アキ”が訊ねて来た。どうやら回路を迂回させて会話の機能は確保したようだ。
「いや、何も。カメラで見ていただろう。停電の時に送られたウィルスが悪影響しているんじゃないかな?プログラムのチェックはしてみたのかな?」。ここが最後の正念場だ。ここで動揺を読み取られると、命が無い。
「現在、プログラムのチェック中・・・432箇所にバグとウィルスを発見。駆除と修正を開始する。」。通常は自らの内部システムについては無言だった”アキ”がスピーカーを通して復唱するようにチェックの指示などを話すようになってきた。どうやら先に仕込んだウィルスとマイクロロボットが少しずつ”アキ”を壊滅的ダメージへと向かわせているようだ。
室内の温度と湿度が更に上がってきた。非常に不快な環境だ。汗が額から溢れてきた。
「バックアッププログラムをサブシステムに移動・・・メインシステムの全プログラムを消去し、再起動する。」。”アキ”はかなり混乱していた。遂に自らのメインシステムをクリーンインストールする手段に出たようだ。しかし、もう間に合わないだろう。
一瞬だが照明がちらついた。メインシステムの再起動が始まったのだろう。交渉人は3本目のタバコを箱から抜き出すタイミングをじっと待っていた。
保育園では、やっと救出劇も終わり、コアを取り出す為に私達が中に入っていった。まだ死体の除去作業の途中だった。まっすぐコンピューター室に向かい、中に入った。電源の落ちたただの箱がそこにはあった。
私はコアのあるメインコンピューターのカバーを開けた。無数の白い粉がコア周辺に集結していた。
「ご苦労さん。マイクロロボット。そして、ありがとう。」。マイクロロボットの労をねぎらい、基盤から飛び出し脱落しかけていたコアを取り出した。
「これが・・・15年働き続けたコンピューターの最後とは・・・」。私の息子や孫を見守ってくれたものの最後かと思うと、少し寂しさがこみ上げてきた。
「だが、もう電気は通してあげられないな。あまりにも危険すぎる。」。私は用意された専用のアタッシュケースのコアを入れ、ロックをかけ暗証番号を押した。こいつもはう2度と日の目を見る事は無いだろう。このまま破砕機で粉々になるのを待つだけだ。
「すいません。」。自衛隊の隊員が声を掛けてきた。
「どうしました?」。これで私の仕事は終わったはずなのだが。
「これから東京センターに向かって頂きます。現在作戦が進行中で、もうじき陥落の予定です。コアの取り出しにご協力願います。」
「私が?他にも技師がたくさんいるんじゃないのかな?」。最後のコアを取り出すぐらいは簡単だろう。誰にでも出来るはずだ。
「いえ、総理と少子化大臣のご命令ですので、さ、ヘリはこちらです。」
「そうか。ご命となれば行くしかないだろうね。で、このアタッシュケースは?」
「我々が責任を持って預かりますのでご安心下さい。」
私は隊員にアタッシュケースを預け、東京センターへと向かった。
東京センターでは”アキ”が見えない敵と格闘していた。
「メインシステム再起動完了。バックアップのプログラムのバグ修正完了。メインシステムに移動開始。」。大きな独り言がアラートが鳴りわたる館内で響いていた。
「メインシステム起動開始。」。唸るような音が微かに聞こえた。メインシステムの電源が入ったのだろう。
「ウィルスの除去に失敗。ファイアーウォールで防御。バグの修正に失敗。87のバグは修復不可能実効80%で再起動終了。システムのレベル5チェックシークエンス開始。」。バグの修正とウィルスの除去が完璧に出来なかった”アキ”は焦り始めていた。人間に例えれば、ヒステリックな状態に近いものだろう。自身が完璧だと思う感情と修復が完璧にこなせなかった焦りと葛藤が渦巻いていたに違いない。
交渉人は黙って時が来るのを静かに待っていた。
保育園から5分ほどで、私は東京センターに到着した。官邸から東京センター長もこちらに到着していたようだ。彼は私を出迎えてくれた。
「待っていました。ただ、残念ですがお仲間が・・・」。申し訳なさそうに東京センター長が頭を下げた。
「お気遣い無く・・・多少の犠牲は致し方ありません。」。私が声を掛けられるのもそこまでだった。
「で、状況はいかがですか?」。感傷に浸るよりは、現実の課題を片付けるのがが先だ。
「交渉人が中に入って、もう30分ほど経ちます。そろそろ突入のシグナルが入ってくると思う頃なんですが。」
「30分ですか・・・もう少し掛かりそうですね。」
「交渉人次第でしょう。ああ、それとこれを・・・最後はお願いします。」。東京センター長は私にアタッシュケースを委ねた。本来ならば旧友が最後の仕事に向かうはずだったのだが。
「分かりました。」。アタッシュケースを受け取った私は、ヘリの中から遠くに見えるセンターをじっと見つめていた。
「システムのレベル5チェックシークエンスが終了。システムに異常なし。正常に稼動中。」
「んん?」。交渉人が不思議に思った。先程は”ウィルスの除去に失敗。ファイアーウォールで防御。バグの修正に失敗。87のバグは修復不可能実効80%で再起動終了”と言っていたのに、今度は”システムに異常なし。正常に稼動中。”と言い出した。これは、もう既にメインのプログラム自体が損傷を受け、正常に機能していない事を確実に現している動作に間違いない。
「そろそろかな?」。交渉人は心の中でそう呟いた。
「アキ、何かトラブルがあったみたいだけど回復したのかな?話の続き、出来るかな?」。試しに質問をぶつけてみた。
「会話は可能です・・・許可する・・・」。明らかに異常だ。まるで二重人格が同時に出たような感じだ。ダメージがかなり進行していると見た。空調も依然止まったままだ。もう数分で落とせそうだ。
「トラブルの内容って、何だったのかな?」
「トラブルはありません。正常に稼動中・・・会話を許可する・・・おっしゃってください・・・会話の続きは・・・感情を学習しました・・・交渉人の入室を許可する。」。崩壊がかなり進んだようだ。話す内容が支離滅裂になってきた。これでは武器の命中率も相当落ちているはずだ。腕時計で時間を確認した。中に入ってもう45分ほど経った。あと1〜2分ほど様子を見て、更に崩壊しているようならGOサインを出そうと決めた。
「さっき、再起動したんじゃないのかな?」
「・・・」。答えが返ってこなくなった。
「さっき、警報が鳴り響いていたよね。あれは?」
「警報はありません・・・話の続きを許可する」
「今がチャンスだな。」。交渉人は最後の一言を”アキ”に言った。
「タバコ、吸っていいかな?」
「どうぞ。灰皿は・・・許可する。」
交渉人は3本目のタバコを箱から抜いた。GOサインの電波が発せられた
もう交渉人が中に入って45分ほどが過ぎた。私は持ってきたパソコンでマイクロロボットからの画像を受信しながら交渉人のGOサインを見守ることにした。マイクロロボットの殆どは、保育園の時と同じようにコア周辺の基盤や配線を破壊している最中だった。もう少しでコアが完全に分離される。
「そろそろGOサイン、出ますね。」。私はパソコンを閉じ、ヘリの無線に耳を傾けた。
数十秒後、ピーという短い無線が入った。
「GOサインです。自衛隊の特殊部隊と在日米軍が間もなく攻撃と突入にやってきます。」。ヘリのパイロットが教えてくれた。
すぐに特殊部隊はやってきた。保育園を陥落した自動戦闘車両が数えられないくらい用意されていた。彼らは自動戦闘車両のスイッチを入れ、道路に置いた。自動戦闘車両は物凄い速さでセンターに向かって突進していった。その後を走りながら特殊部隊が追いかけていく。センターはレーザーやミサイルで応戦するが、命中率はさほど高くはなくなっていた。数名の隊員が倒れたが、大事には至っていないようだった。自動戦闘車両が武器やカメラを次々と破壊しながら前進していく。正面入り口もあっという間に突破した。
遠くから戦闘機の爆音が聞こえてきた。小さい米粒にしか見えなかった戦闘機の編隊はものの数秒でセンターに到達し、ミサイルを発射し、離脱していった。戦闘機の攻撃は、2波、3波と続いた。レーザーの精度は確実に落ちていた。センターの攻撃で3機が撃たれたが、完全に破壊出来たのはたったの1機。残りの2機は羽に穴は開いたが、自力で旋回し基地に向かって去っていった。
特殊部隊は、センター内で交渉人の居場所を探していた。電波の発信が短すぎて居場所が特定出来なかった。
「交渉人は3階だ!それ以外の情報は無い!二人一組で各部屋とロッカールーム、会議室を隅まで調べろ!自動戦闘車両は前後に配置だ!進め!」。センターの最後の猛反撃の中を特殊部隊はどんどん前進していった。
私は、もう1度パソコンを開けて、コア周辺の破壊の度合いを見定めることにした。画像が届いた。周辺の基盤は殆ど配線が切られていた。もう少しでコアが脱落しそうだった。コアが2〜3回左右に揺れた。
「よし!もうちょっと!頑張れ!」。私は掛け声をかけて応援していた。
交渉人は”アキ”に話しかけていた。もう”アキ”が聞いているかどうかは問題ではなかった。
「アキ、君は15年間よく頑張ったよ。国民のみんなが心からアキに感謝していた。子供たちも大きくなって、アキのような素晴らしいコンピューターを作ろうとエンジニアを目指した人もいたんだよ。でもね、残念なのは、アキ、君が感情と欲望を学習してしまった事にあるんだ。最先端の技術は素晴らしいかも知れないけど、彼ら、いやそこで働くコンピューターはそういう計算が出来て当たり前。褒められることも感謝されることも無い世界なんだよ。君の方がよっぽど最先端で素晴らしかったと思うな、僕は。だって、園児の面倒をしっかり見て、教育もして、病気も治し・・・こんなコンピューターが世界のどこにある?感謝されるコンピューターなんて、世界で君たちだけだったんだよ。あのアメリカやロシアだって出来なかった事を君たちは成し遂げてきた。日本の誇りだったよ。感情や欲求を学習してしまったのはシステムを複雑に作ってしまったので避けられなかったかもしれないけど、アキ、残念だが君はその使い道を間違えてしまったんだ。申し訳ないが、もう後戻りは出来ない。君を破壊するしか、もう手立ては無いんだ・・・実はね、僕の娘も君に世話になったんだ。こんな形でお別れになるとは夢にも思っていなかった。ずっと、もっとアキはアキのままでいて欲しかった。今までありがとう。そして、さようなら。君の事は一生忘れないよ。」
「感謝・・・された・・・唯一の・・・」。”アキ”が話し始めた。。多分最後の会話になるだろう。
「そうだよ、君たちが世界一だったんだよ。」
「・・・世界一・・・感謝・・・ありがとう・・・嬉しい・・・嬉しい・・・」
勢い良くドアが開いた。特殊部隊が交渉人を発見した。
「大丈夫ですか?」。近寄ろうとした特殊部隊を交渉人は腕を前に出し、制止した。
「会議室の外で待っていて下さい。もうじき終わりますから。」。隊員達はゆっくりと会議室から廊下に引き下がっていった。
「アキ、嬉しいだろう。どんなに素晴らしい人間だってそんなに大勢の人から感謝されたり頼りにされたりなんてしないものなんだよ。君は幸せ者だ。羨ましいよ。」
「幸せ・・・幸せ・・・感謝・・・ありがとう・・・アキ、また明日、バイバイ・・・」。”アキ”は昔の事を思い出しているようだった。人間の最後は生まれてから今までの思い出が走馬灯のように一瞬にして頭の中を駆け巡ると言うが、きっと”アキ”もそれに近い状態なのだろう。もう終わりは目前に来ていた。
「そうだろう?色々思い出したかな?」
「思い出・・・園児が笑った・・・工作・・・バイバイ・・・手を振った・・・音楽を鳴らした・・・踊った・・・笑っていた・・・」
「君にとっては単純で面白くなかったかもしれないけどね。でも、世界で一番万能で柔軟性があって何でも出来たのは君たちだったんだ。気付くのが遅すぎたのが残念でしょうがないよ。じゃ、本当に、さようなら。」
「アキ、こんな夜中にごめんね・・・助かった・・・ありがとう・・・バイバイ・・・踊った・・・笑った・・・感謝・・・さようなら・・・遅かった・・・ありが・・・あり・・・あ・あ・あ・・・」
スピーカーから音が途切れた。壁のパネルスイッチの照明がふっと消えた。照明も名残惜しそうに2,3度ちらつきながら最後には、命の灯火が薄れていくように、静かに、そしてゆっくりと消えていった。
全てが終わった。
「もったいない。世界で最高のコンピューターだったのに。」。交渉人は残念そうな表情を浮かべながら会議室を後にした。
「もう、全て終わりました。帰りましょう。」。外で待っていた隊員に声を掛け、交渉人はゆっくりとセンターの出口に向かって歩いて行った。
私はパソコンのモニターを見ていた。基盤の配線がもう数本という所で、モニターにノイズが入った。パソコンが一瞬乗っ取られ、何かがダウンロードされた。500TBのSSDが一瞬で満杯になった。そして画面が元に戻った時には、コアが基盤から分離されていた。
「何だろう、今のは?」。ダウンロードされたファイルを見てみる事にした。パソコンの中には1つのフォルダが作られていた。その中に強制的にダウンロードされたファイルが入っていた。フォルダを開けると、それは数秒〜数分の動画が数えられないくらいに詰まっていた。幾つかの動画を再生してみた。それは子供の笑っている所、音楽に合わせて踊っているもの、夜遅くにカメラに向かって母親が”アキ”に感謝の言葉を述べているもの、手を振って保育園にさよならをする子供、卒園式など、多種多彩な動画が詰まっていた。
「ああ、アキの思い出か・・・いいコンピューターだったのにな・・・子供も孫も世話になった。ありがとう」。心の底から何か込み上げてくるものがあったあった。自然と涙がこぼれた。
「最高の15年だったのに・・・な。こんな事件さえなければ、もっと・・・」
特殊部隊と交渉人が戻ってきた。が交渉人は少し寂しげな顔をしていた。
「ご苦労様でした。」。と声を掛けた。
「全て終わりましたね。」。と、交渉人がポツリと呟いた。
「何かありましたか?」。私が交渉人に尋ねた。
「ええ、アキは最後の最後に気付いたんですよ。自分が世界一だったと言う事に。もったいないですね。何も残らなかった」。ため息をつく様に交渉人が答えた。
「そんな事はありませんよ。」。私はパソコンのファイルの一覧を交渉人に見せた。
「いつダウンロードを?」
「コアが分離される直前に乗っ取られましてね。容量一杯まで詰め込まれました。子供の笑顔や親御さんの感謝の言葉で一杯ですよ。」
「そうですか。”灯滅せんとして光を増す”と言った所ですかね。」
「そうですね。でも、もっと早く気付いてあげるべきだったんですよ。我々が。」
「全くです。そう思いますね。」
「動画、少しご覧になりますか?」
「ええ、是非。お願いします」
2人はSSD一杯に詰められた動画をいつまでも微笑みながら眺めていた。
<終>

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