オレオレ詐欺 

2006年12月20日(水) 18時09分
さっきテレビでオレオレ詐欺の被害がやっていた。

そういえば、私もそれらしきものに遭ったな〜っと思った。被害には遭わなかったけど。

それは本当に突然だった。

私は渋谷のディズニーストアで、友達の誕生日プレゼントを選んでいたのだが、なぜかはまってしまい、baby poohのメモ帳を選んでいた所だった。

なので、携帯が鳴り、電話に出た時の相手の声は、ちょっと不気味だった。

「もしもし」、と私。

「え〜、こちら000というものですけど、000の件でお電話いたしました。あなたdocomoですよね?」と、いきなり言われた。

私は000という所が聞き取れなかったので、
「すみませんが、どちらさまですか?」
と聞き返す。

しかし相手はなぜか、

「おたくはドコモですよね?違うんですか?」

とわけのわからないことを言う。

「おっしゃっている意味がわからないのですが・・・・」

というと、相手はいきなりキレた。

「ふざけるんじゃね〜よ!お前ドコモだろ?」・・・・と。

なぜかドコモかどうか知りたいらしい。ので、意地悪な私、絶対教えない。

相手はふと、優しい口調になり、

「明日お宅のうちに伺います。よろしいですね?」、と。

「本当におっしゃっていることがわからないのですが・・・」、と私。

またキレた。

「いいか、お金が払ってないんだよ!だからお前のうちに行くからな!」、と相手。

「はぁ・・・(?)」、と私。

するとまた優しくなる。

「でも、もし伺うとなると、お宅の家を探す費用など、いろいろかかります。私どもの方にお金を払っていただけるんでしたら、取り消します」

と、全くわけの分からない答え。

もし、何かの払い忘れをしているなら、相手はきちんとした所だし、こんな電話をしてくるわけはない。住所も知らないなんて、それを探す費用!?は??という感じではあったが、何気に冷静な自分。

「そうですか。私は明日は自宅にいないし、お金を払わなければならないんだとしたら、ちゃんと払いますよ。でも、きちんとした場所で話しましょう。00警察署で、話しましょう。彼らに判断してもらいますから。」

と言った。

「お前後悔するからな!」

そう言って、電話は切れた。

その次の週、私は引越しをした。もちろん携帯も、すべて変えて。

寮の人はもちろん、寮母さんたちにも、どこに行くかは言わなかった。

そして今のアパートに落ち着いた。

正直、思い当たることがあったのだ。それは、「ごちゃごちゃ家族」で書いたが、最後、給料をもらえないというトラブルがあった。

まだその時は、そこに催促を続けていたので、もしかしたら、そっち関係じゃないか・・・と思ったのだ。

そして、母に相談、母のアドバイスを受ける。

次の日はもう、引越しをしていた。

本当、冗談じゃないよ・・・といろんな意味で思ったが、その判断は正しかったと思う。

遊べない保育園 

2006年12月19日(火) 15時35分
私はベビーシッターもやっていたけれど、保育園で働いたことも何度かあった。(これも短期、夏、一ヶ月とか)

そこの保育園は、とても狭かった。全体は、六畳(二歳ぐらいから五歳)、四畳(ゼロ歳から一歳)、十畳(ご飯など、集まる所)、が、柵で仕切られているだけ。

ガラス戸をあけると全部が見渡せる。

私は田舎の保育園だったので、園はとても広かったし、ちゃんと”クラス”というものがあった。(年少、年中、年長、ベビーとか)
しかもとても広かった。外にも駆け回れる所が沢山あったし。

でもやっぱり、ここは東京だからな、仕方がないか・・と思った。

六畳ほどの広さに、十何人もいるのは、息苦しい。

私は数人の子供と、「ばぁ〜」という遊びをやっていた。

柱の横にいる子供たちに「ばぁ〜」といって、おどかす(?)遊び。それをやると、子供たちは嬉しがって、飛び回る。

しかし、それをやっていたら、怒られてしまった。

危ない・・・からだそうだ。

本当に、なんだそりゃ!と思った。

子供は走り回ったり(さすがに走りまわせるスペースはなかったが)、楽しい時には体で表すのは当然ではないか!と。

多少転んでも、そうして子供は学んでいくんだし、私はちゃんとぶつかったりと危なくないスペースを、少ないながら確保していたから。

子供を見ていると、目線から外れている子供でも、自然とどこにいるか把握できてしまう。

なので、どの子が何をしているか分かっていただけに、この言葉にはいらっときた。

ならば、何をして遊んだらいいんですかと聞くと、手遊び(とんとんとんとんひげじーさんとか)、おもちゃを使ったり、おままごと。そして、それすらももっと静かに遊べということだった。

え〜・・・・

そいうい遊びも楽しめるけど、そういうのばかりは単調だし、子供に静かを求めるのは難しいんじゃないかな・・・

とか、いろいろ考えさせられたけど、私は新人だし、子供を見てきてるといっても、一桁だし、この人たちの言うとおりなのかな〜っとか、狭いし仕方ないのか・・と疑問を持ちつつ洗脳されかけたまま、終わりの日になった。

少したって、他の保育園で働く機会があった。やはり狭かったけれど、とても工夫をしているようで、みんにいっぺんに同じ事をさせるのではなく、子供を半分に分け、時間差で部屋を交換して遊ばせていた。

半分の子は少し狭い部屋でパズルや積み木、おままごと、折り紙をやる。

もう半分の子は別の少し広い部屋で、鬼ごっこや体遊びなどをやっていた。

時間がたつと、スイッチ。

そして、ここの保育園では、毎日いろんな教室(英語、ひらがな、折り紙)があって、あきさせない工夫があった。

あ〜、こういう方法もあるんじゃないか・・狭くても狭いなりに、考えれば子供たちももっと楽しめるんだ・・物は考えようだな・・・と。

田舎のように、広い土地がとれないのはもう、仕方がない。同じお金を払っても、同じものがもてるわけでもないのは、こっちにきて、部屋を借りて、十分分かっている。

でも、同じ条件でも、大人の都合ばかりで物を考えている所と、工夫してみる所、かなり差がでる。

遊べない保育園。なんだか不憫だ。

英才教育Family 

2006年12月18日(月) 14時46分
これもまた、ベビーシッターをやったときの話。

ここのお家は短期だったのだけど、とてもとても金持ちであった。

赤ちゃんは、1歳半の女の子、未央ちゃん。

そして、とても教育熱心な家族でもあった。

まず、リビング(広くて日当たりがものすごいよい)には、未央ちゃんのおもちゃがたっくさんあった。

輪投げみたいなのから(赤ちゃんって輪投げできるの??)、絵本まで、なんでもそろっていたと思う。

そして、この家に来て、初めて『ベビーサイン』というのもを知る。

これはまだ話せない赤ちゃん(大きくなっても使えるらしい)と、意思疎通をする方法。

例えば、皆気がつかずにやっているが、「おいしい」という言葉。この時、大人はよく、ほっぺをたたく。

「すごいね」というときは、手をたたく。

そんなようなものだ。

「ミルク」は片手を顔の横でグーでにぎにぎする。

この他、納豆、もっと、ちょうだい・・・・・・etc・・・・いろいろあった。

その日はいそいで本屋に行って、この手の本を探しあさった。

それによると、たっくさんあった。ベビーサイン。

でも、結構使えるらしい。
例えば、赤ちゃんが危ない事しようとするとき、「だめ」というベビーサインを教えておく。
すると、三歳と大きくなってから、なにかしていけないことをしようとするとき、いち早くそのサインを見せると、反射的に子供は止まる。

まぁ、それは置いといて、ここの家の英才教育振りはすごかった。

私は子供と関わるので、ディズニーだのいろいろある、赤ちゃん用の教材は、サンプルを取り寄せている。(結婚すらしてないのに、”自分の子供”の欄に、三歳ってかいて・・・)

それをすべて持っていた。びっくり。

そして未央ちゃん、ちゃんと使いこなしてるし。

インシーウィンシースパイダーっと英語の曲が流れると、ちゃんとその本を持ってくる。

this little pig went market, this little pig's at home. と流れると、それを持ってくる。

greenとredの磁石を見せて、

「which is green?」

と聞くと、ちゃんと緑を指す。

理解しているみたい。

お父様は風邪で寝込んでいたのだけど、未央ちゃんが

「DaDa?」(パパはどこ?)

と聞いてくるので、

「Daddy (is) sleeping」

と、言うと、おとなしくなる。

「Diaper changing!」

というと、ちゃんと着いてくる。(オムツ替え専用の部屋がある)

そしてちゃんと、寝っころがってくれる。(ソフィアの時は、立ったままオムツ替えてました。逃げるし寝てくれないので・・)

ご飯は
「あれもっと、これもっと」(もちろん、ベビーサインで。あまり話せないからね)
・・・・と言ってくる。でも決してテーブルを叩いたりと、行儀の悪い事はしない。

なんかミニチュアアダルト(そんな言葉あるっけ?)・・・っていう感じ。

別にだめじゃないけど、赤ちゃんらしくない赤ちゃんを、初めて見たので・・・ね。

今はこういう子、増えてるんだよな〜、ちゃんと対応できなきゃいけないな〜っと思った。

そんなこんなで、短期のベビーシッターは終わった。

あ、このお家は、ご両親とも英語が堪能なので、日本語も英語も両方使う。英語の方がちょっと多かったかな?私は英語はまぁ、少し出来るのでよかったけど、赤ちゃん用の英語はあまり知らなかったので、やっぱり本やインターネットで調べた。

sister act2 から 

2006年12月17日(日) 18時26分
If you wake up in the morning and you can't think of nothing but writing, then you're wirter.

声楽♪ 

2006年12月16日(土) 16時01分
小さい頃から、歌には苦手意識があった。私の家族はビデオや写真撮り魔だったので、今でも音楽会の記録があるけれど、あれ全部口パク(笑)

確か小学校二年生。音楽の時間、私はあんまり一生懸命じゃなかった。気が向いたので大きな声を出した瞬間、前の子が振り返った。

ただ、それだけ。

その時から歌えなくなる。

別にその子は私の声とかじゃなく、私みたいに集中してなく何気なしに振り返ったんだと、今は思う。でもその時は、自分の声が変なんだ・・・と思ってしまった。確かラジオテープに録音した声は自分の声と全然違ったし、私は変なんだ!と。

それから口パクがうまくなり、歌はそれで済ましていた。

でもある日、避けれない道に遭遇する。

東京の高校のダンス部にて・・・!!あの時ほど入ったことを後悔したことはない。

それは、簡単なことだった。ダンス部の発表のときに、歌が入ることになった。ダンス部なのに歌!?と思ったけれど、私が変えられる権利は全くなし。そのまま練習は続けられた。

そしてある日、各パートから(三パートある)一人ずつ出て、歌わなければならなくなった。これでは歌わなければ完璧ばれる。

そして前にも書いたが、喋らないをモットーにしていた私が歌うわけがない。

が、時間は待ってはくれない。私が呼ばれ、歌わなければならなくなった。みんなの前で!!

練習してないし、緊張で、喉がキュっと締まる。ますます声は出ない。

途中、私は音をはずした振りをして、歌うのをやめた。戸惑った振りをして(笑)
今となれば笑えるけど、その時は真剣だったんだろな、私なりに。

そして、第二関門にぶつかる。私はミュージカルをやりたいんだった、歌えなきゃいけないじゃん、と。

もう、この時は、心を鬼にして、近くのヤマハに電話したね。「音痴なんですけど、歌えるようになりたいんです!」・・と。

寮から五分ぐらいの所にあったので、すぐ説明を聞きに行く。
ついでに、体験レッスンも受けてみる。
この時になると、ある程度心は座っていた。
下手だから習いに行くんだ!上手くなりたいから受けるんだ、文句あるか!みたいな。

ヤマハの人は「ちょうどいい先生が入ったのよ〜運がいいわね。」と勧誘してくる。

その中で、習った先生はとても感じがよかった。

たぶん、初めて私の声をほめてくれた人だから。

か細い声で発声をしていたら、「うん、いい声だ」と、言ってくれたのですよ。

もし、これが勧誘方法だとしても、許す、うん。

そしてまんまとのせられて、入会することになる。録音もOKだったし、先生は少しいつも長くやってくれるので、ありがたい。

寮なので声があまり出せないと言うと、寮の近くのマンションの一室(マンションに住む人用)のピアノが設備されている所を紹介してくれた。広いのでダンスの練習にも、よく使えた。

喉が痛くなれば、病院を紹介してくれて、応急処置の方法なども丁寧に教えてくれた。

私がバイトを辞めた頃、お金がないので続けられなくなったと言ったら、自宅に来れば一時間1000円で教えるよ、と言ってくれた。

今までは30分で1レッスン、月四回で一万円以上だったので、かなり安い。先生、生活大丈夫なのかな?と、余計な心配をしつつ、レッスンに通っていた。

途中、病気になったりし、一ヶ月に一回しか行けなくなったりと落ち込んだりしたが、細々とでも来ることが大事だよ、と励ましてくれる。

そして、半年前ぐらいから、月謝なしでレッスンを受けさせてもらっている。ある日、月謝を出そうとしたら、「なー(私)ちゃんが、そういう道に進んで、お金を稼げるようになってからでいいよ。だから、無理せず来れる時は来てね。ただ、なるべく毎日基本(息を長くする練習)を少しやってみてね」と、おっしゃってくださった。

その時は、お金なさそうに見えたのかな・・・とか(もちろん、すごいありがたいです。)それぐらいだったのだが、今、ある劇団のレッスンを受けていて、「あなたは声がいい。とても客席に届くよ」と、おっしゃって下さった演出家がいて、もしかしたら、先生はそういう所みてくれてるのかな・・・
とか淡い期待を抱くようになりました。

全く違ったら恥ずかしいけど、今は自分を肯定していかないと、やってられなくなっちゃうのでね。

自己満足に走りすぎたらだめだけど、ある程度は必要なのさ。

・・・と、全くまとまってないけれど、とてもいい先生にめぐり合えたと思います。(ちなみに先生は現役でもある)

いろいろなダンス・仕事 

2006年12月15日(金) 15時43分
モダン、クラシック、タップ、ジャズ、パントマイム。これがこの一年で習ったダンスの数々。

舞台で踊れるようになるには、なんでもできなくてはならない。(パントマイムは少しだけ、面白くてさ・・)
これらを習っていたのだけれど、バイトも掛け持ちしている身、なかなか大変。

なので、バレエとジャズに絞って今はやっている。タップは基本を家でドタドタやっている。最初の頃、母親が何事かと見に来た。

バレエもジャズも、もちろん毎日レッスンなわけないので、レッスンのない日はまたまた家でドタドタやる。今は母も慣れたらしい。

本当ならば、レッスンが中心の生活だったら、なんと幸せか・・・と何度も思う。

でも、舞台を目指すようになり、親からの援助が一切なくなった今、働かなければ何も出来ない。

泊り込みは前で懲りたので(ごちゃごちゃ家族)、昼間働ける所を探す。

保育園かな〜っと思っていたら、OOストアの面接が受かってしまった。事務だ。まあ、パソコンできるようになりたかったので、働くようになる。

パソコンをやりたいと思っていたのだが、やる機会が実際ない。

なんだか、ハイテクとかそいういうのから遠ざかった感じの部署。

全部手作業。

一万枚もある用紙を番号順に並べるのには、正直吐き気がした。
七桁あるんだよ、それを0000001から並べなくてはならない。
しかも、全部数字があればまだましだけれど、抜けている番号もあるそうな。

気の遠くなる作業。

はぁ・・・・母も心配して、新しい仕事の募集を見つけてきてくれる。そのうち他の面接受けてみようかな。

余談だが、ここで働いていると、地元の皮膚科を思い出す。

かなり有名で、全国から人が集まってくるぐらいの皮膚科なのに、会計の人はそろばんを使っている。
レジがちゃんとあるのに・・・なので、会計一つ、一時間待つのもざら。

もし治療を受けたかったら、六時間はかかる・・・という所だから、一時間は短い方なのか・・・な?

個人バレエレッスン 

2006年12月14日(木) 15時21分
東京に来てしばらく、バイトを始めたりしお金に余裕が出来たので、バレエの個人レッスンを受けることにしてみた。

入会金四万円、一レッスン一万円。私は週一で、月四回。

先生は年齢はかなりいっていそうだが、本当に美人。細身で上品な方だった。

私はほとんどバレエ経験がなかった為、骨とか筋肉とかそいういう話を交えながら、説明してくれるのでわかりやすい。

録音一切禁止なのだが(私はよく音楽を録音して、後で復習に使っていた)プリントをくれるので、一応復習も出来る。

モダンバレエをやっていた為、体は柔らかい。でもそれも幼いときの事。どうやって体を動かしていたか、覚えていない。なので、初心者だ。

レッスンは、本当に基礎だった。初心者バレエとかいう本に載っているものしか、ほとんどやらない・・・と思っていたら、一ヶ月もするとかなりいろいろやるように。

家に帰ってプリントを見ても、名前だけじゃ分からないものがあって、本にも載ってないし途方に暮れたときもあった。
そういう時はインターネットでどうにか探し出したり。

レッスンは何気に進んで、第三幕オーロラ姫のヴァリエーションを踊ることに。
これは儀式(?)らしい。トウシューズへの。

私にとって、月謝はいくら余裕があると言っても、安くはなかった。

その上、レッスンの時間と先生の時間変更が多いので、辞めることになる。

レッスンの時間は実は朝の七時から。結構遠いので、一時間半は移動で、五時半に寮を開けてもらうようにしていた。(寮は六時半から開く)
しかも、移動中は電波が届かない状態が多く、メールが受信できない。

教室に着くと開いていないときがあり、先生に電話すると、一時間遅くなるってメールしたわよ・・という答え。
生徒が時間変更の時は、一週間前じゃないとできないのに・・・と、イライラしながらマックで時間を潰すということも、よ〜〜〜〜くあった。(その日のマックの店員さんと、顔なじみに、w)

そんなこんなで、知り合いにアドバイスをもらい他にお教室を見つける。

家の近く、一レッスン、二時間ぐらいで週一回、月8000円ぐらい・・・・・。しかもレベルが高い。(おばさんばかりと思ってたら、昔から続けてる人が多くて)

あ〜、この差は・・・。

ま、オーロラ姫、出来るようになったしな・・・・はは。

ごちゃごちゃ家族(まとめ) 

2006年12月13日(水) 15時00分
とにかく母親からお金はもらえなかったけれど、決して私はこの家族(コウタ)を憎んではいない。

むしろ、コウタはかなりなついてくれて、とてもかわいかった。

ちょっと複雑だったことがあった。

ある日コウタは宿題の前にどうしてもおやつを食べたがった。普段あまり欲しいとか、示さない子だったので、食べさせた。

私はいつもなんとなく、そうしていたが、キッチンテーブルに絶対子供一人で座らせたくなかった。
なんだか=(イコール)さびしい、と見えてしまうから。

なので、夕食作りを一たんとめて、一緒にテーブルにつく。
おしゃべりしながら、学校のこととかを聞いていた。コウタは恐がりということもあり、学校でいじめられることが多々あった。
なので、さりげなく探りをいれていた。

その時ふと、コウタが私の目をまっすぐ見てぼそっと言った。

「ぼくたちって兄弟?お姉ちゃんは本当のお姉ちゃんかな。」

なんだか悲しかった。本当はそうだと肯定してあげたかったけれど、完璧今までの受けてきた教育がダメだと言っていた。

「そうだね、コウタがお姉ちゃんの本当の弟だったら、お姉ちゃんはすごく幸せだろうね。」

というのが精一杯だった。この答えが良かったのかも、わからないけれど、気持ちはすごい複雑だった

なんというのか、彼が求めているものと、私が与えれるものが同じでないことに。

これは誰がやっても同じ答えだろうけれど、やはり与えれるだけ与えてやりたいと思うのが本音で、そのギャップに気がつくと辛い。

ましてや、コウタは家にいる時、ほとんど私と一緒にいるのだ。
そういう風に感じるというか、思ってしまうのも仕方はないけれど。

ここの家ではいつも、どれだけの距離をおくかが大変だった。私の経験が未熟でもあったのもある。

なんだか書いていると没頭してしまい、誤字脱字があったり、ですます調から〜だ。とかいう口調が混ざっていて、読みにくい・・・けれど、変える気力はもうないので、よっぽど気になる!というの以外、見逃してほしい・・・・

ごちゃごちゃ家族(3) 

2006年12月12日(火) 14時20分
さて、コウタの家に来て三ヶ月、結構トラブルがありました。

まず、お給料のこと。金額は妥協してOKにしたけど、今度は給料日に払ってもらえない。
聞くと真面目に忘れてるし。

「ごめん、なー(私)の生活があるんだよね」

・・と、まず10万だけもらったり、めちゃくちゃだったので、給料日の日記の所に赤ペンで大きく丸をつけて『給料日』と書いておくことにしました。(ちょっと嫌味だけど、仕方がない)

それからはほとんど遅れなくなりました。ただ、最後にビックトラブルが。最後に書きます。

他は、例えばお風呂場が汚いやら、掃除機かけてくれやら、要望が多くなってきた。

私は基本、コウタの面倒を見るのが仕事だから、他の雑用は一切引き受けないようにしている。
自分の使ったと所、一緒に食べた食器類はもちろんやるけれど。
そして、仕事としてやるときは時給を上げてもらう。

これはこれからベビーシッターなどやる人、気をつけたほうがいい。

会社からの派遣だったらそういうことはないと思うけど、フリーの人は、境界線が引きにくくなるので、契約書に全部書くか、きちんと断れるようにしておく。

それでくびにすると言われたら、そもそもそんなこと言う人のところで働く自体危ないからすぐ止めたほうがいい。

ある日、コウタのお母さんが、コウタは気管支が弱いんだけど、私が部屋を汚くするから、ほこりでもっと悪くなった。と言われた。

さっきいったとおり、部屋の掃除は私の仕事ではない。で、お母さんは一ヶ月に一回しか掃除機をかけない。

汚くなるのは当然でしょう。それがなぜ私がかかわるのか?

ここら辺から、私はこの家族には付き合いきれないな、と感じ始めていた。

このときにはもう半年過ぎている。
そして、正直この汚い家で寝起きするのがきつくなってきた。
夏が近ずいてきたのだ。

私はアトピーなので、暑さに弱い。でもクーラーつけたらほこりが舞うような家には、体がいられない。

今までは目をつぶって、ほこりのある床に布団をしいてコウタと寝ていたが、もうだめだ。(実は時どき掃除機をかけたり、雑巾かけたりしていた。すっごいきたないから)

なので、やめる旨を伝えた。伝えてすぐやめられないので、しばらくは働く。

最後の一週間、6月の最初の一週間が、最後になった。コウタはいろいろな意味で大変だったけれど、いろんなことを学べたな・・とか、かわいい子だったな・・というのはあったけど、あまり未練はなかったと思う。(未練がありすぎると、この仕事はきつい)

給料は次の月の五日なので、次の月にそのお家に伺う。
するとすばらしい答えが。
「あなた(私)がどこどこの床を汚したから、リフォームしなければならない、なので給料から引くから払わない。」

・・・・・・・・

これは明らかに払うの渋ってるだけでしょう・・・とか、契約書があるんだし・・とかいろいろ試すが、全くだめ。

どうしてありえないことに振り回されなければならないのか・・・

本当弁護士つける!っと思っていた頃、
私の母親が、

[ああいう人は後ろに何がいるかわからないから、やめた方がいいよ。今言っている事も全く筋が通ってないし、もしかしたらドラッグやっているかも(これはありえないと思うが)しれないし、もらえる給料の額より弁護士やとう方がお金かかるんじゃない?」

とアドバイスしてくれた。

これ、本当に法律では勝てると思うんだけど、諦めた。

やっぱり、最初少しおかしいと感じていたときに、辞めてればよかったな・・・と、今回のベビーシッティングで思った。

ああいう母親で、コウタの将来がどうなってしまうのかな・・なんか気の毒に想う。

ごちゃごちゃ家族(2) 

2006年12月11日(月) 13時46分
食事の問題はだいたい解決したようだった。(週末は不安だったけど・・・)

その頃から、コウタは「あれを作って、これが食べたい」と甘えてくるようになった。

ある日「僕ケーキが食べたいんだよ、お姉ちゃん。チョコの。お姉ちゃんお料理上手でしょ、作れる?」と聞いてきた。

「作れるよ〜明日作ってあげるね」と約束した。

その次の日は木曜で、スイミングの為帰りが遅いので、私はコウタの家に早めに行きケーキを作り始めていた。

その時、コウタの母親が帰ってきた。(送り迎えをしていて、送った帰り)

初めて長くお話をしたように思う。
私がコウタとケーキを作ることを約束したので作っているというと、ある話をし始めてくれた。

コウタの母親が言うに、コウタは人に期待しない子だと。

何がしたいとかいうけれど、それが実現しない時が多々あったらしくて、人に期待をしなくなってしまったと。

自分が仕事がいそがしくて、あまりかまってあげれなかった事も原因だと。

だから、約束を守ってくれてありがとう・・と。

この時はっきり、母親からコウタへの愛情を感じた。

これまでは、正直この家はめちゃくちゃだな〜っとか、私には信じられないことばかりだったから。
マイナス的なイメージが強い家族だった。

そして、コウタの母親は、もっといろいろな話をしてくれた。

私も感じてはいたが、コウタが五歳の時に、母親はコウタが少しおかしいことに気がついたらしい。

それは障害があるとかそいういうものじゃなくて、精神的にというか、不安定な感じだった。
なので専門家に見せに行ったそうだ。

専門家は、例えば人が徐々に学んでいくものが、コウタには所々欠けているそうだ、といった。

そうか、そういうことだったのか、と思った。というのは、その時には私にもはっきりと、コウタの不安な気持ちが現れているのが見えたから。

ベビーシッターを始めて一週間目で学校に一人では行けなくなった。帰ってもこれない。

お風呂も一人では入れない。といっても、私は一緒に入りたくないので、横で座って待たないと、恐い!と叫ぶ。

遊びも少し幼稚になっていた。最初は怪獣とかそいういう系統だったのだが、段々抱っこしてふざけてあやす、赤ちゃんごっこ、そいういうものが多くなった。

そして毎日のように「お姉ちゃんは明日来るの?」「お姉ちゃんは今日で終わり?」という会話が増える。

私は最初、お母さんとあまり触れる機会がないから、甘えたいのかな、と思っていた。

いやそれはその通りだと思うし、その欠けているものを取り戻そうとしているのかな・・とも思った。

本当の所はもちろん私には分からないけれど。

それは段々、治まっていく。二年生に上がる頃は、雨の日以外は一人で行けるように。

お風呂も一人で入るようになり、ま、たまに「お姉ちゃんスペシャル」!と叫ばれるけど。これ、私が洗ってあげるのね、いつもの三分の一の時間でお風呂終わるから、忙しい時に便利だよ(笑)

徐々に怪獣も復活し、男たちの大和にはまっている様子。

ご飯の時がゆっくりお話できるので、存分に喋らせてあげる。だから食事は一時間もかかる・・ははは。

ある日お母様が遅く出るのでいた時、コウタが喋りまくってなかなか食べないのを見て、笑いながら「私には恐くてこんなことしないんだよ。」といっていた。

お母さんは結構遅い出勤があったのだけど、私とコウタにはノータッチで仕事の準備をしていたり、寝ていたりしてるので、なかなか会わない。

お母さん曰く、自分がいつも疲れていて、食事中にもろくに話を聞けないから、喋らせないそうな。

「おまえ、食べ終わってから話せ」(コウタのお母様はこんな口調)などなど。

子供っていうのは本能的に親からは離れたくないから、従うんだって。お風呂も一人で入るし、学校も一人で行けるんだって。

お母さんだと、嫌われたくないからちゃんと自分で出来るって・・・・。

だったらあれはなんだったん!?見たいに思ったけど。まぁ、私はあくまでシッターさんだしね。

やっぱりいくら仲良くなっても他人と家族は違うんだな、やっぱりお母さんはお母さんなんだ。と思いました。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:naemi
読者になる
2006年12月
« 前の月  |  次の月 »
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
最新コメント
Yapme!一覧
読者になる