精神科医 樺沢紫苑
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「あなたは癌です。あなたの余命は、残り数ヶ月です」・・・と、突然宣告されたらどうしますか? 映画ではよくあるパターンです。最近では、『永遠の僕たち』『50/50 フィフティ・フィフティ』。昨年の『BIUTIFUL ビューティフル』もそうでした。
絶望して、何もしたくなくなるのか。それとも、残りの人生を悔いなく、精一杯生きようとするのか。また、本人がたいへんなのは言うまでもありませんが、その家族や恋人なども、「どうサポートするのか?」「その人のために何ができるのか?」という、問題に直面します。
映画『永遠の僕たち』は、小児癌で余命わずかの少女アナベルと、その恋人の青年イーノックの物語。病気が進行し、アナベルの命は短くなっていく。しかし、イーノックには何もできません。ただ、一緒にいるだけ。「寄り添う」ことしか彼にはできません。彼女のために、何もできない自分を責め、怒りを爆発させます。
この映画を見ている途中に、20年ほど前の記憶が、突然鮮明に蘇りました。精神科医になって2年目のこと。16歳の白血病の少女。うつ状態になって自殺も考えるようになり、私がカウンセリングをすることになりました。白血病が悪化すれば、いつ死んでもおかしくない。余命は一年か、それとも数ヶ月か。
16歳という若さで、ここ数年は入退院の繰り返しで、学校にも行けない。友達もほとんどいません。そんな状態ですから、うつにもなります。うつにならない方がおかしいくらいです。
彼女の話に必死に耳を傾けますが、当然ネガティブな言葉しか出てきません。私はいろいろな話をしますが、死にゆく少女の気持ちを明るくする言葉など、存在するはずがないのです。
結局、彼女と寄り添うだけ。無言の時間もありましたが、私ができるのは、ただ一緒にいることでした。
そんなカウンセリングとも言えなカウンセリングを半年ほど続けたある日。彼女の診察の曜日なのに、外来カルテがおりていません。「おかしいな」と思い、直接、小児科病棟に足を運ぶと、彼女がいたベッドは空になっていました。
看護師さんに聞くと、病状が急変し、昨日亡くなったとのこと。先週は、元気で笑顔もみられたのに・・・。全く予期しない、少女の突然の死に、私の胸にポッカリと大きな穴があきました。
私は、彼女のために何ができたのだろうか? 結局、彼女の何の助けにもならなかったのではないか?と、自責の念にかられました。
それから20年ほどたった今、思い返すと、当時の私の対応は、それほど間違ってはいなかったと思います。「寄り添う」だけ。そう、「寄り添う」だけで良かったのです!「死」に直面して、圧倒的な孤独の中で、誰か寄り添ってくれる人がいる。それは、大きな救いになるのですから。
私が彼女に最後に会った時、彼女は「笑顔」を見せていました。なぜかその表情がクッキリと頭に焼き付いています。「うつ」で暗い表情だった彼女が、「笑顔」を見せるほどになったのですから、私の対応はそう間違ってはいなかった。20年たってようやくそう思いました。
「寄り添う」ことしかできなかったイーノック青年。彼はそれしかできなかったし、それでよかったのです。死の間際にイーノックに会ったアナベルに、笑顔が見られます。それが、全て証明しているでしょう。
「寄り添う」ということは、一見、力になっていないようですが、そうではありません。「寄り添う」人がいるのと、いないのとでは、大違いです。
「苦しい」人がいた場合、「何か特別な言葉をかけてあげなくてはいけない」と思いますが、余計なことを言うよりも、ただ寄り添ってあげることが、一番の力になることがあるのです。