シンクタンクについて思う

November 17 [Sat], 2012, 22:27
この場合、思惟の歴史に対する興味は、その歴史の要約[#「要約」に傍点]に、従ってその歴史が示す必然性[#「必然性」に傍点]に、あるのである。歴史の結論としてこの必然性が出て来ればこそ、どう思考すべきかとか又どういう思想が真理かとかいう実際問題[#「実際問題」に傍点]に対する決定も出て来ることが出来るのであって、一体どのような場合の歴史も、必ずそれが合理的な・論理的[#「論理的」に傍点]な・必然性を示すのでなければ、決して科学的な興味の対象となるものではないのだが、特に夫が思惟自身の歴史であれば、その歴史の要約は、取りも直さず厳密な意味に於ける「論理」そのものに他ならないわけである。思惟の歴史は他でもない、論理そのものなのだ。――で、思惟の学は要するに「論理」の学であって、序でに、この点から見て、論理学という言葉が、他の同類の一群の言葉に較べて、一等普遍性を有っているという事実も、初めて理解出来るだろう。
 では論理というものは何かというと、それは併し、範疇[#「範疇」に傍点]という諸要素の結合体として現われるものである。思惟の歴史を貫く赤い糸筋は範疇の発展[#「範疇の発展」に傍点]であり、思惟を発動させるメカニズムは範疇の組織[#「範疇の組織」に傍点]なのである。
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