切ない片想い

January 30 [Mon], 2012, 19:13
去年の秋から知り合いの女性の結婚が続いた。
二人とも自立したカッコイイ女性。
末永くお幸せにと、お祝いを申し上げる。
けど。
そういういい女が結婚するって、そのカッコ良さを知るオヤジとしては、ちょっとさびしいような残念な気分になる。
勝手な片想いかな厳冬期にさしかかっている。
毎朝の最低気温はマイナス10度に近づいているし、気温が零度にならない真冬日のこともある。
ニワトリたちも、作業をする俺も、さすがに厳しい。
ニワトリの生理に合うように、地面の上で、平飼いで、日光が充分入るようにしてある開放鶏舎だから、ほとんど外と同じだ。
風除けはしてあるけれど、外気温が気温だし、吹雪になれば、鶏小屋に雪が吹き込む。
さすがに厳しい。
家畜を野生に近づけるように飼っているから、まぁ当たり前といえばそうなんだけど、たまごなどという生産物の生産量は減る季節。
拍黷ニしても、まさに厳冬期だ。
だから。
毎日頼む。
産んでくれと切ない想いでエサやりをする。
毎年のことで、この時期寒いのは異常な事ではないのだから、雛lに祈るのとはちょっと違う。
どうにもならないことはわかっているが、強く心で願う。
そうだな切ない片想いに似ている。
うん、とても似ている。
この気持ちは野菜でも米でも同じだと思う。
自然狽ニか自然卵とか呼ばれている流儀は、その想いを表す呼び名だと思う。
野菜工場で野菜を作れば、薄を使わずとも虫や病気の心配はないし、電気の照明でオンスケジュール出荷は出来る。
工場でなくとも、病気や害虫の不確定要素を減らすために薬品の使用が前提になる。
窓なし鶏舎でケージ飼いをすれば、薬品での消毒、病気の予防、電照の管理、育成のコントロール、需要に合わせての生産出荷が比較的容易に可能だ。
そうじゃない流儀、季節や生物の生理に支配的ではないようにつき合い、病原菌にさえあわせ技で対処する、そういう流儀を選んでいる。
だから。
自然や生き物に収穫を祈るように飼う。
こんな厳しい季節には、時々切なくなる。
それが未来的であると考え、選んだ流儀はあるけれど。
はぁ、この切ない想い。
ちょいちょい拍黷タマゴを買いにやって来るご近所の同い年のちょい悪オヤジ仮にJさんとでも呼んオークションでおきましょう。
15年ほど前に東京から越してきた元編集者。
と一度だけ失恋の話をしたことがある。
いつもは、お互い俺は若い頃もてた。
と言い合う仲なのだが、一度だけふられた時の話になった。
あのさぁ俺いや、俺もさぁ二人とも、若い頃、思いっ切りふられた経験がある。
どれだけいい女だったか、なんて事を自慢しあって好きだったんだよなぁなんてセリフでそのおしゃべりは終わったような。
切ない想いを募らせ、想いをとげられなかった、そんな若い頃の経験がちょい悪オヤジの人生を豊かにしているのかもしれない。
こんな季節の、こんな拍黷フ、こんなタマゴは。
切ない想いをつのらせて生きる人に。
ぜひ選んでいただきたい。
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