坂戸城 沿革 続き

March 02 [Sat], 2013, 11:11
上田長尾氏は守護代長尾氏に対して一定の独立性を保持したものの、為景の死後、長尾景虎(上杉謙信)が越後国主となるにおよび、天文20年(1551年)には上田長尾氏の長尾政景が上杉謙信に坂戸城を包囲され、謙信に誓詞を提出して、その軍門に降ったとされる。なお、その後、政景は立身するものの、永禄7年(1564年)、付近の野尻池にて琵琶嶋城主宇佐美定満(下平吉長とも)との舟遊び中に定満とともに謎の死を遂げている。
謙信の死後政景の子で謙信の養子となっていた上杉景勝と、後北条氏出身の上杉景虎との家督争い御館の乱が勃発する。景虎の要望に応えて出陣した北条氏照・氏邦(景虎の兄)らは入越すべく、三国峠を越えて坂戸城を指呼の間に望む樺沢城を奪取し、坂戸城攻略に着手した。
心のささえ
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