2016きた

January 11 [Mon], 2016, 23:47
どうも!
2016年はじまりましたね。
すっかり正月気分は抜けきってしまった。
過去からの今日でなく、今日からの明日の様な気持ちになっている。
始まる様な気持ちに勝手になっている。
それよりは始める、の方が正しいかもしれない。
まあそんなのうんざりでもあり、ちょっと楽しみでもある。
エネルギーを振り絞り今年を切り抜けたい。
今年の年末この日記を読み返した時に情けない気持ちにならないといいのだけれど。

本日1/10より一ヶ月間タワーレコード渋谷店にてEdBUSの二作品と水野創太GROUPの作品、合計3点販売されます。
下北沢GARAGEとお店の企画で、2015年のGARAGE年末イベントに出演したアーティストのライブ会場限定で販売されている音源をお店でも期間限定で販売して頂く事となりました。
俺が鳴かず飛ばずでも音楽をいっちょまえにやってられるのはGARAGEのおかげであります。
そして今回ライヴ会場以外で10年振りに作品を販売する機会を頂いてとっても嬉しいです。
10年前は自分の作品がお店に置かれるのは勿論嬉しいし誇らしい事でもあったけれど
お店回りが本当に嫌で嫌で、何で買ってくれるお客さんじゃなくて店の人に頭下げなきゃいけないんだと思ってた。
でも自分ひとりで会場で販売しているだけでは、まずライヴに来てもらうというハードルをクリアしないといけない。
ライヴに来てもらっても自分の音楽は速効性がないと思ってるから、後からよかったと思ってもらっても音源もなくまたライヴに来てもらうってのはさらにハードル高いよね。だから今回は素直にとっても嬉しいです。
ミュージシャン、アーティストである以上、作品をつくり、それが売れなければご飯は食べられない。
作品をつくるだけではご飯は食べられない。よほどの天才でない限り才能だけではご飯は食べられない。
自分で売る事、売る方法も考えなきゃいけない時代の様に言われるけれど
作品をつくる事と販売戦略を練る事や営業はやっぱり切り離されていた方がいい。
お題を決めて作品をつくる事はある程度はいいインスピレーションになると思うのだけれど、つくりたいという衝動がないのであれば続ける事は出来ない。
聴く人の事を考えちゃっている曲はやっぱりどこかで止まる。
なんでもないもの、説明できないものは止まらずに突き刺さる。
突き刺さって何になるのかは知らないし、知らなくっても別にいい。
とにかく表現者であろうとする以上ある程度バイパスしなきゃいけないものがある。
それにみんながみんなアーティストだったら世の中混乱するし、そうじゃない人だけだったら綺麗でつまらなくなってしまう。
いろんなひとがいていい。みんな違ってみんないい、って事じゃなくて、いろんなひとがいるから自分が影になったり光になったりする。
そして今回は音楽やライブハウス、アーティストに対して愛情がある企画だなと感じたのです。
そしたら売れたいも売りたいも買いたいも循環するはず。
俺はお金欲しいけれど、音楽で金持ちになれるとは思ってないし、望んでもない事だ。
金が欲しいのと音楽で金儲けがしたいのは違う。

年末年始はずっとギターを弾いていて、少しだけ自分の出したい音色を出せる様になった気がする。
昨年11月のEdBUSイベントを機会に機材を少しずつ入れ替えていてそれが良かったのかもしれない。
本当はギターを買おうと思っていたのだけれど目移りばっかりしてしまうのでぐっと堪えた。
エフェクターも楽器だと思うからエフェクターをちょこちょこ買っている。
数年前から思い描いている音色があって、それがようやくちょっとだけ出来てきた。
1/20のライブが今からとても楽しみ。出演時間も20:55からと遅いし演奏時間も長めなので是非。

デヴィッド・ボウイが亡くなった。かなしい。
10年以上前になるだろうか、武道館に友達と来日公演を観に行った。
誕生日に新譜がリリースされたばかりで、その作品の話をかずとさんとしたり
ラジオから流れているのを聴いたりして今回のかっこいいなあと思っていた矢先。
僕のロックンロールのアイドルの一人です。

https://youtu.be/y-JqH1M4Ya8

年末の逆襲

December 27 [Sun], 2015, 21:40
疲れて気持ちまで落ち込んでいる今夜。
ごちゃごちゃしているものを書いて落ち着こう。
落ち着くために書く。自分の中に今何があるのか知るために書く。
何が起こったかはどうでもいい。
何が自分の中にあるかを引きずり出す事が大事だっていつも思っている。

今年は暖かった事もあって年末感がそんな感じられなかったのだけれど
ハンサムのリハーサル翌日から突然寒くなって年末がその存在感をアピールしてきている。
年末に追い越されてしまって、全然追いつけない。
少し振り返りながらあと数日と新年を迎える準備をしなくては。

まずHANDSOMEのクリスマスイブ公演にお越し下さった皆様ありがとうございます。
今年二回出来たこと、クリスマスイブっていうHANDSOMEに御誂え向きな日に開催出来たことがとってもよかった。
ようやくHANDSOMEのライヴのフォーマットが出来てきて、より自由に、どこにでも演奏しに行ける様な気がしている。
小野くん、渡會くんという強烈なフロントマンと一緒にやっていると自分はフロントマンに向いていないとつくづく思うんだけれど
それでも自分が出来る事や引き受けるべき役割はあって、無理をしてでも胸を張らなきゃいけない、
自信がないとか、そんな事を言っている暇はないんだ、とあまちゃんの天野アキちゃんの事を思い出しながら
自分に向いていない事をやり続けるという事も大切なんだと感じている。
個人的には曲がまだいくらでも書けるんだって実感できた事が自信になった。
去年はスローダンスという曲をつくったくらいで他は習作で人前でほとんど演奏していない。
スローダンスをつくった時にもまだ曲が出来るんだとほっとしたのだけれど
あれはポロっと突然出来たもので、そういう曲はそうそうつくれない。
HANDSOME用につくったLOVE COLONIAとStrawberry Partyはつくろうとしてつくったこと
Strawberry PartyについてはHANDSOMEの曲としては自分の中でK点越えしたと思えたことが大きな自信になった。

つくろうとしてつくった曲、ということで言えば蜜の木村ウニちゃんの企画の為にも一曲つくった。
公開されるのは来春頃になるんだろうけど、自分ではできないこと、やらない事も人の為であれば曲はつくれる。
そんな自分を発見出来たのが今年本当によかった事のひとつ。

つづいて水野創太GROUPは6/23にO-EASTでライヴをやりました。
ペトロールズや在日ファンク、Reiちゃんといった面々と共演し、大きい会場で演奏出来たのもよかった。
この日に発売したCDも売り切れましたし、2014年から2015年の上半期は水野GROUP中心に動いていたなあ。
太朗と浩樹にはEdBUSのサポートとしても演奏手伝ってもらったし、本当助けてもらった。
太朗と浩樹はまだ20代でどんどんと演奏が上達したり、変わり続ける。
そういう眩い瞬間に立ち会える事やそばで見られる事が本当に嬉しい。
二人は僕の知っている人間の中でも最も歌がうまい人たちだ。
その中で自分みたいにまずい人間が歌うというのは自ら恥をかきにいく事でもあって
恥ずかしさで消えてしまいたい瞬間もあるのだけれど、まあここでも天野アキちゃんの事を思い出して、
向いていない事をやり続ける事が大切なんだ!と言い聞かせている。
なんで俺はそんな事ばかりやっているんだろう?
向いている事をやればいいのにね。でも向いている事ってなんなんだろう。
向いている事がある人間なんてそんなにいなくって向いているものがある人は才能がある人なのかもしれない。
それでも、向いていなくっても何かをやりたいと思う事、立ち向かおうとする事、続ける事が今日まで自分が音楽をやっている理由かもしれない。
誰かを見て感動する時はそういう姿勢を感じる時だ。
人は鏡だし、自分もこうありたいという憧れもある。

そして11月にEdBUSのオリジナルメンバーで演奏した。
自分がフロントマンであり、歌を歌う事に向き合わなくてはいけないバンド。自分の半身。
精神的にも技術的にも社会的にも過去の亡霊(オリジナルメンバーでのEdBUS)を超えようとして20代を過ごしてきた様に思う。
何度も立て直そうとしたり、サポートメンバーでやってみたりしたけれど、自分は多分二度とバンドはできないんだなと思っていた。
音楽を続ける以上何かしら自分の中に発見していかないといけないから、淋しいとも思っていなかったんだけど、
6月のワンマンの為に4人でスタジオに入った時、11月の為のリハーサルでやっぱりバンドはいいなあと思ってしまったんだよなあ。
バンドワゴンていう曲は最初は水野GROUPでやろうとアイデアがあったのだけれど
一番恥ずかしい事をしっかりやらなきゃいけないとバンドでやる事に決めた。
6月に感極まったのは花澤と天野と一緒に演奏したからというよりは、あの歌詞の景色を頭に浮かべた時になんだかどうしようもなかった。
涙がぽろぽろ流れてきたのだけれど、嬉しいとか悲しいとかじゃなかった。
涙が止まらない事に自分でびっくりしたし引いた。
まるも一緒に出来てよかった。本当に独特なノリなんだなっていう事も改めて分かったし。
EdBUSについてはもうこのブログにもたくさん書いたからひとまずここまで。
来年もどんどんやっていきます、ひとまずは春頃にまた。

僕はとても飽きっぽくて、これだけやっていても、ひとりぼっちになりたい時があって
今後も引き続き弾き語りはやっていくし、ソロの音源もつくらないといけない。
一緒にやりたい人たちもいるし。音楽を吸って吐いて続けていきたい。
歌う様に生きる事はたやすい事じゃないけれど、歌にもたくさんのいろんな歌があるのだから
出来ないという事ではないと思い始めている。

12/30は水野GROUPに佐藤一人さんをドラムとしてお迎えして今年を締めくくります。
みなさんどうもありがとう、あと数日よろしくね。

2015.12.30@下北沢GARAGE
NEW YEAR FROM HERE ~ KUTTUK vol.5 ~

act
butterfly inthe stomach / 水野創太GROUP / Cuushe / 岩間俊樹リッチ / ??
OA:AD再騰二三夫
Floor Music:KUTTUK

open/start
15:30 / 16:00
adv/door
¥2000 / ¥2300 (D代別\500) / 3日間通し券39枚限定¥3900 (D代別¥500) / タムくんステッカー来場者限定無料配布!
info
GARAGE : 03-5454-7277 (15:00~22:00)

ちょっとまてぼくはもう32だぜ

December 06 [Sun], 2015, 22:12
なんというか
すごい落ち込むこの頃
それはなんでかっていうと曲をつくってるんだけど
いい曲できたなあって思うの最近
だけど俺は売れてないじゃないですか
そんなの世に向けて曲発表してないからにほかならないってのは
十分わかってるから一旦静かにしていただいていいですか?
いい曲ができたと思うほど不安が募る
まるで勘違いしている様な気持ちになる
このまま人の事を妬んだりひがんだりするばっかりで
何の社会的評価も得ず気難しい頑固ジジイになっていくのかと思うと我ながらぞっとする

地位と名声が欲しい

そんなことはどうだっていいってのは成功した人間の言う台詞だ
いつも成功した人間は成功した立場からしかものを言わないし言えない
大きな目で見れば成功でなくても俺からしたら羨ましい立場にいる
成功した人のことがみんな好きなんだなって思ったりする
てめえの感覚なんてほんとはこれっぽっちもなくて
成功してるかどうかで判断してるじゃんって思ったりする
それは違うってことも分かっているのでまだ静かにしていてもらってもいいですか?
自分がまるでつまらないような何の価値もないような気がしてきて
どいつもこいつもがバカの様に見えてくるんだ
おまえの価値観はクソあいつの価値観はゲロ俺はいてもいなくても変わらない
もちろん違うってわかっているからこれらをいっこずつ逆に言っていくと
おまえの価値観は最高あいつの価値観は奇跡俺はいてもいなくても変わる
つまり変わんないってことじゃんか

気に入らないやつのこと以外、誰のことも嫌いにはなりたくないんだ
俺のことバカにしたり軽く見たやつのことは絶対に許さない
いやどうでもいい全部許してしまいたい
すっからかんになるまでボロボロに罵倒して自殺に追い込んでやりたい
俺に地位と名声があれば許せる
だから許せそうもない

こういう気持ちはいつまで続くんだろう
影をひそめたと思ったら顔を出してくる
だからその度に俺は言葉にして引きずり出して
こういう気持ちに形をもたせてぶっ殺すために
見たくもないことや人に読まれたくないことを書いている
そしてまた地位と名声は遠ざかる

自分の中にためこんでおけるほど余裕がない
不安で不安で押しつぶされてしまいそうになる
ちいさいちいさいなあ

雨ばっかりふる

November 24 [Tue], 2015, 0:51
体調が悪い
大体いっつもすこぶるいい事はないが
ここ最近、ちょこちょこ悪い
皆さんもお体は大切になさってください。

さて弾き語りが今週末にあります。11/28です。是非。
バンドのライヴに向けてのリハーサルが9月からあったもので
一人でのライヴってのが久々な気分になる。
ついこないだもやったばっかりなんだけどね。
バンドのライヴの為に機材をちょっと新しくしてみたりして
買ったエフェクターのひとつがとても良くて、ひとりで練習しててもそれをずっと鳴らしている。
そうすると色々欲が出てきてギターも新しいのが欲しい、エフェクターももっと欲しい。
でもギターはちょっと熱が冷めてしまった。なんでだろう。
エフェクターはすぐに必要なさそうなものが欲しいので当面買わない気がする。
不思議なものでエフェクターを使って気に入った音が作れる様になると
エフェクターを使わなくてもある程度そういう音が出せる様になる。
楽器っていうのはそういう音を出そうと思って弾くと、そういう音が出る。
あと人の弾き方を真似してみるとその人みたいな音が出ているという気分になれる。
これは気分の話ね。

そんな風にして、色々弾いているうちに音色がちょっと更新された気がする。
一本のギターから出る音の種類が増えた。
ただそれをどういうタイミングで切り分けるかっていうのが難しい。
音の種類がいくつあっても、使うタイミングを知らなければ意味がない。
今までの真逆の音を普段の音として使用するので、今までの普段の音は鳴りを潜める事になる。
潜めないで両方使っていく事で、一曲の中でも全く違った表情になり、展開にバリエーションが出る。
どうやったらそういう演奏ができるかな。

11/28@下北沢GARAGE
弾き語る。
act
田中茉裕 / 水野創太(EdBUS) / 倉品翔(GOOD BYE APRIL) / 他 
open/start
17:30 / 18:00
adv/door
\2000 / \2500 (D代別\500)

二度と戻らない美しい日にいると

November 12 [Thu], 2015, 23:12
まず11/8お越しくださった皆様ありがとうございます。
終わって一気に気が抜けたのか体調を崩してしまった。今も崩している。
でもライヴが控えてますからすぐに回復しなきゃね。明日中にね。

約10年ぶりという事でメンバー皆気合が入っておりました。
皆気合入ってるなーとか思ってたけど、自分ももちろん入っている訳で。
でも皆が気合入ってると感じられる事は、機会としては多い訳ではない。
ソロになってからというもののバンド編成でやっても演奏メンバーはサポートメンバーなんだと
僕自身が一歩引いてしまったり、遠慮してしまったりで、なにかきっかけがある訳でもなく自然消滅してしまう事が多かった気がする。
HANDSOMEや水野グループはまたもう少し違うのだけど、皆それぞれのホームがある中での活動なので孤独な気持ちはなくならない。
今回気合入ってるなーと感じたのは、皆メンバーだからなのだ(当たり前だけど)。
彼らにとってもEdBUSが大切なものだったのならとても嬉しい。
バンドは民主主義でなくてもいいのだけれど、ひとりでは出来ないし自分だけのものではない。
自分一人でやっている訳でないと僕自身がそう思えた事がなによりありがたい。

ライヴの最後の最後にエドロックフェスティバルは来年も続けると言ったが
あれは今回のメンバーでやり続ける、という意味ではない。
意味ではない、というか、皆それぞれ置かれている状況があるのだから
実現が難しい時はいくらでもあるだろう、それでも俺はイベント主催するからねっていう意味合いだったのだ、そもそもは。
EdBUSは俺のソロのユニットになっておりメンバーも流動的になので、この四人にこだわらなくてもいいんじゃないかとメンバーにも事前にそう伝えた。

でもライヴ終わって思うのはEdBUSっていうのは4人で鳴らしている音楽の事を指すんだろうなあ。
まず俺は丸山くんのドラムがEdBUSなんだと思っている。
彼が脱退した時、彼より上手なドラマーをサポートに迎えて臨んだがどうにもならなかった。
その当時は自分の演奏がままならなかったのもあるけれど、今回久しぶりに一緒にやってみてやっぱり個性的だと思ったので。
彼のノリがEdBUSたらしめているし、そこにおさまるのは花澤位に自己主張をしないベースなんだろう。
天野くんは離れたのが一番早いのもあるけれど、演奏の仕方が変わっていて、それのおかげで今回懐かしい感じにならなかった気がする。
個人的には真夜中とか、バンドワゴン、イッツオーライトといったギターが歪んでなくてもいい曲が出来て本当によかった。

バンドはどんどん解散していってしまう。
再結成をしたりする人たちもいる。
他人の事はよくわからないけど、どちらも大体成功しなくてそうなっている事が多い。
だけど僕らが今回集まってああいったライヴが出来たのは、
僕以外の三人がEdBUSあるいは僕に対して持っていくれた愛着(本当に、僕がそういう風に感じられた事がありがたい)と僕のEdBUSと音楽に対する矜持です。
売れる売れないとは別に大切な事が存在する。
売れた方がもちろんいい。超お金欲しいし。ていう下心はあって構わないんだけど、
なんで音楽を始めたのか、なんで音楽をやっているのか
それが分かっていればどんな状況であっても大体は音楽が救ってくれる。

また来年も今回の四人でやりますので引き続きよろしくお願いします。
売れろー!

2015/11/08
1 Buffalo (at the door)
2 Zepp Time
3 水中花火
4 真夜中
5 海に捨てる
6 パッセンジャー
7 夜間飛行
8 バンドワゴン
9 スローダンス
en. イッツ・オーライト

混乱に乗じて読んでくれ

November 04 [Wed], 2015, 0:08
HANDSOMEの告知解禁を待ちながら、書けるだけ書いてみる。
11/8のイベントの為のリハーサルが終了し、あとは本番を迎えるのみという状況です。
どうなるかなあと不安を抱きながら最初はリハーサルに臨んでいたのだけれど
週一回(これって結構なペースなんだ)コンスタントにスタジオに入っているうちに魔法がかかってきた。
バンドっていうのは上手い下手を超えたところに魔法がかかるかかからないかが全てだと思っている。
技術も大切だけどね、どれだけ上手くてもつまらない演奏ってあるから。

久しぶりにメンバーと演奏をしていると
自分の中でもやもやとしていた事がひとつずつ片付いていって
今まで自分を責めていたけれど、決して自分だけのせいではなかったと思えた。
バンドが同じメンバーで続くっていうのは努力だけじゃどうにもならない部分もあり
努力するにしたって努力していない様に見えるなりに努力が必要なんだ。
音楽と生活を天秤にかけた時に生活の分銅が重かったのならばそれは仕方ない。
生活をしながらでも音楽を鳴らす事は出来るけれど大体のそれは趣味にしかならない。
生活の一部として音楽を続けるのであればやはり生活に侵食するのだ音楽は。

僕は売れていないし観に来てくれる人たちもほとんど入れ替わっているし
オリジナルメンバーでやる事で嬉しい人なんてまあほぼいないと思うんだ。
そして僕は再結成とかマジでクソだと常々思っている。
話題作りにもならないのに、わざわざオリジナルメンバーでやる理由ってのは
僕が10年前に体感した魔法はなんだったのかもう一度捉えてみたいという気持ちであり
過去を清算して葬式をあげた時に自分はからっぽになるのか、それとも自分の中から何かまた取り出せるのだろうかそんな事を思っているのだろう。
今回メンバーに声をかける前はぼんやりとしていたし、申し訳なかったという気持ちだけだったのだが
状況が変わっていくと、見えてくる景色が変わってくる。
過去は過去だ。取り戻したりやり直せない事の方が圧倒的に多い。
誰の事も傷つけずに裏切らずにすむならそれが一番いいに決まっている。
自分の中に迷い込んで、正体のわからない怪しいものを引きずりだしたい。
見ないで済むものを見に行ってみたい。
何かを生み出すために絶えず苛々していたい。

絶好調です。観に来てください。お待ちしてます!
HANDSOMEもよろしくお願いしまーす。

流れにさからい過去へと押し流され/力をふりしぼり漕いでゆく

September 24 [Thu], 2015, 22:54
なんて事のないことを

11/8のイベントに来て楽しんで頂く為に、最近バンドの事について書いている。
今回はバンド名義での久しぶりのイベントであり、オリジナルメンバーでの10年振りでのライヴ。
でも今僕の事を観に来てくれてる人達は、10年前には僕の事を知らない人達がほとんどだ。
僕がどんなにオリジナルと言った所で、今年は割とバンドでライヴをやっている訳だから
現在の編成を観に来てくれている皆には関係ない事だ。
俺の思い出に付き合ってくれよ、とも思わないし。
思いで作りなら勝手にやるべきだ。
それでも今回オリジナルメンバーでやるのには自分の中になにか理由がある。
そのなにかをまだ言葉に出来ない。
意味なんてありませんよ、と開き直れたのならいいのだけれど
自分の中でとぐろを巻いているそれは自分を今の今まで突き動かしているなにかだ。
何が取り出せるだろう。それだけがずっと知りたい事。
自分の中になにがあるのか、出会った事もないなにかがあるのであれば後戻り出来なくても俺は知りたい。

10年前に戻って文章を書いていると、自分でも忘れていた事がふと姿を現す。
そして10年前の自分が文章を書き出す。今の自分が書き出す。
昨日は書いていて本当にさみしくなってしまった。
その結末を自分は知っているけれど、その時の自分は知らない。
その時の自分がどんな気持ちでいたか、自分をとりまく人達がどんな気持ちでいたか
今の自分は離れてみられるだけに、もう終わってしまった事だけに手の施しようがない。
でもまだ後数回は書かなきゃいけない。丸山君も花澤君もいなくなってしまう。
今も11/8に向けてのリハーサルをしていると不安になってしまう。
かつてみんないなくなってしまった。
魔法は二度とかからないかもしれない。
かかったとしても魔法はいつとけるとも知れない。
みんなまたいなくなってしまうだろうか。
そしたら僕はまたひとりになるだろう。
それでも僕は音楽を続ける。
でもそれはなんの為だろう?
一体どれくらいの人数に支持されれば音楽は続ける価値があるだろう。
人に才能があると見なされるのだろう。
音楽をやるべきだと、音楽をやる資格があると見なされるのだろう。
歌いたいと思っても、聴く人がいなければ歌う価値なんてないのではないか。
じゃあ10人いればいいのか、100人なのか、1000000000000人なのか。
数が価値を決めるのだろうか。数は増えたり減ったりするのに。
数を増やす為に維持する為にもやっとした最大公約数を目指すだろうか。
やり直すのには歳をとり過ぎていて、諦めるには早過ぎるだろうか。
諦める頃合いも見失って、新たにやり始める事も選べないだろうか。

自分の感情が色々な事をねじまげないように。
後には辛い事しか残されていなくても、その時感じた素晴らしい事までも
ドブに捨てる様な事をしない為に、また声を聴かせてくれよ。
目をつむって息を止めたら時間が巻き戻って止まってくれたらいいのになあ。

2005-1

September 23 [Wed], 2015, 15:25
僕らは3人になった。
サポートギタリストはレコーディングに一回とライヴに一回参加してもらった。
ライヴの出来が本当に良くなくてがっかりしてしまった。
何も一回のライヴでがっかりしなくてもと我ながら思うけれど、当時は色んな事がめまぐるしく動いていて
初めて取材を受けたり、雑誌に載ったり、テレビに出たり、自分でも振り落とされない様に必死でやっていたのだろう。
誰かの事を思いやったり、ひとつひとつの事を省みたり出来なかった。
彼とは結局そのライヴで最後になってしまって、最後に会ったのは町田の横浜銀行の前で僕が彼に貸していたJOY DIVISIONのCDを返してもらった時だ。
その時のやりとりも冷え冷えとしていて、辛い時に巻き込む様な事になってしまって本当に申し訳ない。
それから数年後彼と脱退したギターの天野君とこれから脱退する事になる丸山君は一緒にバンドを組む事になるのだが彼等もまた成功しなかった。
成功していたら僕は一生彼等の事を許せなかっただろう。まあそれはそれで。実際に今はそうでないのだから。
天野君は僕が中学生でバンドの真似事を始めた時から一緒にやっている。
彼がいなくなり、丸山君と花澤君の3人で活動する事は考えられなかった。
調子がいいところはあるけれど、基本的にいい奴だし、潤滑油の様な存在だった。
正直に言うと、僕は天野君の事が羨ましかったのだ。
僕は今もあまり、というかほとんど、いや全くと言っていい程友だちがいないけれど彼の周りには沢山の人がいた。
丸山君と一番仲が良いのも彼だし、花澤君とも天野君づてに知り合ったのだ。
僕は人見知りでからきし駄目だけど、彼は他のバンドの人達ともすぐ仲良くなれた。
CDをリリースして世に出た形式としては3ピースだけど天野君がいなければ今度の11/8、丸山君とも花澤君とも一緒に出来なかった。
後悔と申し訳ない気持ちと罪悪感でまると花澤にどんな顔をしていいのか分からなくなってしまう。
天野君とは辛い事をあまり共有していないからある程度気が楽というのもあるけれど、彼は人と人を繋げる潤滑油としての役割というか才能がある。
10年経って距離を置いて離れた場所から見てみると、なんか嫌だなあと思っていた所は彼の良い所で、自分の羨望が正しく見えなくさせていたんだと分かる。
僕は人をすぐ好きになってしまって、その反動ですぐ嫌になってしまうから、そうならない様に距離を保っていなきゃいけない。
人が人の事を悪く言う時は大体色眼鏡で見ている。だから悪口を言っている人を見ると、その人の心の在り様が見えてしまい、いたたまれない気持ちになる。
僕の悪態は基本的にサービスで、実際には誰の事もどうでもいいし、何とも思っていない。興味が無い。いやいや本当に。
他人に対する悪意が自分の妬みやひがみから発せられているものかどうかいつも自分に問いかけている。

とにかく、3人でやるより仕方ないじゃないか。
ライヴはサポートギタリスト無しの3人でも散々な出来で、歌もまずいのにギターも全部自分で弾かなくてはならない。
高円寺で知り合いのバンドのイベントに呼んでもらった。期待してくれた様な演奏は一瞬も出来なかった。
アンケートに「きれいでした」という様な事を書いてくれた人がいたが、きれいって一体なんだったんだろう。
ライヴ後メンバー3人でお好み焼きを食べて帰った。
じっと耐えて練習をして決まっているライヴをひとつずつやるしかなかった。
でも曲が出来ていた。新しい曲が出来ていたから心配はしていなかった。やりたい事があった。
少しずつ新しい曲をセットリストに加えて行った。
CDをリリースしたばかりだというのに収録曲のほとんどをセットリストから外してしまった。
そんな事ちっとも気にもとめなかった。生まれて来る新しい曲の方が大切だったし今の自分にふさわしいと思った。
ライヴ中のMCもどんどん減らしていった。ついにはバンド名も言わなくなった。ありがとうも言わない。演奏をするだけ。
まあそういうのがかっこいいと思ってたんだ。あるでしょう、そういうさ、後で恥ずかしくなっちゃう時期。
なんでヴィヴィアンウエストウッドの指輪してたんだろう、とか。僕はしてないんだけど。
MCなんか無い方がかっこいいってのは今も変わらず思っている。
面白い人にはいくらでも喋って欲しいのだけど、面白くない話を聞かされる事の地獄、ひょうきんな癖してつまらない奴を見ると混じりっけなしの殺意が芽生えてしまう。
面白い事を言うか、言えないのであれば普通に喋るか、さもなくば黙って歌え。
僕はダラダラ喋ってしまうから、なるべく喋りたくない。かっこいいと思われてた方がいいもんね。
閑話休題。
3人になって何度目かのライヴ、4月に入って間もない、代々木でのライヴで変わった。
もやもやがなくなって、良い演奏をしていると実感した。3人でも演奏が出来る様になっていた。
高円寺の演奏とはまったく別だった。別のバンドになった様な気がした。
この感覚はなんなのだろうといまだに思う。ちょっとずつ良くなるのではなく、予兆もなく突然良くなるのだ。
滅多にはない事だけれど、それはこの時に限った事でなく今でも時々そういう事がある。
CDリリースのイベントを一週間後に控えていた時の事で、心底ほっとした。

初めてツアーに出た。メンバー3人で車を運転して。丸山君と花澤君は興奮して道中はしゃいでいた。
そんなにはしゃいでいたら本番前に疲れてしまうからなるべく体力を温存していこうという様な事を僕は言ったか、思ったかしたのだけれど
丸山君はエネルギーを抑えておくのが苦手で往路は終始テンションが高かった。
そして本番前に「疲れた〜」と言った。3人でやっていけるのか心底不安になった。
今となれば、そういう性格なんだからと可愛く思える部分もあるのだけれどね。
前年の夏が10月までずっと暑かった事もあり、花粉が飛ぶ様が煙みたいで山火事さながらだった。
初日が関西でのライヴで、翌日は名古屋へ向かった。初日は同じ事務所の先輩と同行した。
彼等はいくつかのバンドとのスプリットツアーで仲間達と一緒だったけれど僕らはまるっきり3人だった。
翌日先輩のバンドのライヴに社長もついて行った。
僕は甘ったれなので、寂しかった様な羨ましかった様な気持ちになったのを覚えている。
バンドワゴンという曲はこの時期に見た景色を歌ってる。
これからだってツアーに行く事はあると思うけれど、この先に見るものはこの歌の中の景色とは違う。
僕の中で姿形をつくった、現実とはちょっと違う、あるいは全く違うものだ。歌はそれでいい。
誰もが見られるものを誰もが見ている様に歌われたものなんてひとつも共感出来ない。そんなの転がる石ころと一緒じゃないか。
狭過ぎるか広過ぎるライヴハウス、楽屋には落書きの数々、鏡にまで貼られたバンドのステッカー、閑古鳥が鳴く静まり返るフロア。
そういったものは全部記号に過ぎない。あなたがそれを目にした時、耳にした時に何を思うかが歌の果たすところなんじゃないか。
ライヴを終えて夜走りで東名を飛ばし、トンネルを抜けて、小雨の降るパーキングで休憩をすると野良猫がいた。
野良猫は人になついていてミャアと小さく鳴きこちらへやってきた。頭をなでると脂っこかった。
ライヴは良いときもあれば駄目なときもあった。演奏を聴いていない客に悪態をついたりした。
僕はいつも不機嫌だった。まるで不機嫌にしていないと良い演奏なんて出来ないという具合だった。
機嫌よくしている奴はふざけていて、音楽なんてやらなくていいとさえ思った。
何で観ている人間に演奏する側が合わせたり、ちやほやされる事に気を良くしなきゃいけないだ?
ステージが客席よりも高い位置にあるのは何故だ、ステージに立つ人間は観ている人間と一緒じゃいけない。上下関係の話ではない。
スポットライトを浴びる為にステージに立つ訳じゃない。表現する何かがあるからステージに立つんだ。
僕は四六時中音楽の事を考えていたかった。メンバーにもそうして欲しいと思った。
まるも花澤も考えていなかった訳じゃないし、考えていてくれていたのだけれど、僕は苛立ばかりを募らせていた。
二人に対する接し方は本当によくなかったと今も思い出すと胸が冷たくなるのだけどその時に僕が感じていた事自体を責める気にはならない。
僕は自分なりのやり方で音楽を捉えようと必死でやっていた事は間違いないから。
そして今の自分には、もしかしたらそういう意味での真摯さはないかもしれない。

食べ物をもらえる様子がないので、すぐに飽きて野良猫は去って行った。
マンゴスチンの様な金玉がふたつ闇夜に消えて行った。

書けば書ける書かないから書けない

September 23 [Wed], 2015, 1:17
僕の実家の商店街(というのもおこがましい程だけど)に
店先でアイスクリームを売っていて、店内はレストランになっている「バニー」という店があった。
レストランとか喫茶店てなんでその名前にしたんだろうという所が好きだよ。
今あるのかどうか、多分ないのだけど、チョコミントのアイスが小さい頃から好きでよく買ってもらった記憶がある。
あの悪そうな色とハッカの匂いにチョコのつぶつぶした感触が好きだ。今はそうでもない。
バニー店内で食事をした事もない。その店内で食事をするのが憧れだった気がする。
大きくなったらいつでも行けると思っている内に、大きくなった頃には地元の商店街なんて恥ずかしいものでしかなくなり
ついぞ行く事もなく、チョコミントのアイスすら食べなくなった。そしてバニーも今はもうない。
バニーだけでなく初めてギターを買った楽器屋も、初めて買ってもらったギターも今はもうない。
レジが混み合うと応援を求めてビートルズのヘルプが流れるイトーヨーカ堂は健在だけれどその他の小さなお店の数々、
広末涼子(ポスターもくれた、恥ずかしくて部屋に貼る事は出来なかった)からピンクフロイドまで
僕が沢山のCDを購入したレコード屋も、有隣堂も今はもうない。
なにより自分がもうそこにはいない。
今はもうない沢山の事が今の自分を形成している。

人から昔の話を聞くと、その瞬間まで戻ってその人に会いたくなる。
ひとりぼっちでどうしようもなかった時までタイムトラベルをして寄り添っていたいと思う事がある。
自分の過去に対してもそうだ。やり直すのではなくて道を示すのでもなくてただ寄り添っているだけなら
時間を変えるとかの諸問題にぶち当たる事もなく、タイムパトロールの人達にも目をつむってもらえそうではない?
未来から見た曲ってのがあったらいいな、という様な事をぼんやりと思ってつくった歌を今日遠くへ旅立つ子に歌って来た。
自分の意図するところを超えたり、違ったりしても、歌なんてそれでいいなと思った。
今日はその子の為に歌って、今度は誰かまた違う誰かの為に寄り添ってくれたなら歌に、曲になった意味がある。

LUNKHEADを観に日比谷へ。
ロックバンドは刹那的なのも勿論かっこいいんだけど、長年続けている事にもかっこよさがある。
自分はずっと前者に憧れていて、バンド1枚出して解散みたいのが最良だと思っていたのだけれど
僕はもうひとりになってしまって解散出来ないから、ずっとやり続けるより仕方ない。
とかなんとか言い訳みたいな事を言いながらダラダラしてるんですけど、ランクは格好よかった。
11年前に横浜で観たのが最初でそれっきりちゃんと観た事はなかった。
それは自分が興味がある音楽とは違う種類のものだからなのだけれど
音楽というのは同じ人や人達が長年続けていると人間性が音楽を追い越してしまうのだ。
小高君と話をしていると、その話自体がLUNKHEADそのものじゃないかと感じる事がある。
小高君と話している時にも今日のライヴの様な感覚を覚える事がある。
音楽的かどうかという事は本当にどうでもいいし、そもそも音楽的ってなんだろう?
ロックやポップなんて高尚なものではないのだから、真に迫るものや人の心を捉えるものは結局演奏する人自身だ。

今日はとってもいい天気だったねえ。

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テキサス

名前も知らない 場所も知らない 遠くの街
君しか知らない 今は知らない 遠くの街
とことこ歩いて 背筋を伸ばして バスを乗り継いで ちゃんと前向いて
まぁいいさ 今日は好きなものを食べな

アイスクリーム口につけて コーヒーも飲める様になって
体に気をつけて 野菜も食べなきゃね 時々はちゃんと顔を見せてね
辛くなったり 寂しくなったなら 電話しておいで

また話聞かせてほしいよ なんでもいいから どんな事でも構わない
時間や場所を飛び越えて 君の元へ 会いに行けたらいいのに
会いに行くよ 待っているよ 未来で 会いに行くよ 待っているよ
大人になったら 歳をとったらさ コーヒー飲みに行こう

名前も知らない 場所も知らない 遠くの街
君しか知らない 誰も知らない 遠くの街

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2004

September 20 [Sun], 2015, 23:34
書かないと日記

11/8にEdBUSのバンド名義でイベントを開催します。
ワンマン以外のイベントなんてもうどれ位振りになるんだろう。
初回のHANDSOME以来だ、きっと。
時間はどんどん早く過ぎる様になって、何もしなくっても早く感じるんだから。
早いんだったらそれはそれでいいんだけど、と思う事も少なくない。
何かに囚われてるままなら時間がびゅっと過ぎて洗い流してくれたらいいよね。
僕が囚われてたものというのはこのEdBUSというバンドに他ならなくて
20代の情熱を捧げて来たのだけれど、まあ上手く行かなかった、20代は。
30代に突入して死んでしまいたいとか消えてしまいたいともあまり思わなくなった。
実際にはほとんど思わなくなった。一年に一回あるかないか。
20代は半分以上、実際にはほとんどそんな風に考えてた気がする。

EdBUSは4人編成で活動をしていて、最初の作品をリリースすると決まったところでギタリストが脱退した。
彼が辞めるといった理由を聴いたはずだけど僕は殆ど覚えていない。
町田のリハーサルスタジオの入り口で辞めると切り出された。
僕は壁を背に向けていて、右手にスタジオのガラスドアがあり、僕の左斜め前に彼がいた。
辞めた理由を今も聞きたいとは思わない。もう済んだ事だし、多分今聞いても納得は出来ないだろうから。
理由自体には納得出来ないだろうけど、彼の性格と当時僕らがどういう状態だったかという所から理解は出来る、気がする。今なら。
ただ当時僕が感じた事は、これからという時にそんな事言うならさっさと辞めてくれ、という様な事だった。
他のメンバーはどう感じたのだろう。そういう話もした筈なのだけれど。してないのかも。
していたら、というか話が出来ていれば(自分がちゃんと人と話をしようという心構えを持っていれば)何か違ったのかもしれない。違わなかったかもしれない。
ベースはギターと一緒に続けたいという事を言った気がするのだけれど、それは僕に合わせてそう言ってくれたのかもと思う。
僕は素直に気持ちを人に伝えられなくて、大切な時に裏切られた様なふてくされた心持ちになっていて「一緒にやりたいのなら止めに行けば良いじゃないか」という様な事を言った。
「明日朝からバイトだからなんだっていうんだ、一生の内の一日位寝不足で辛くたってどうって事ない、引き止めたいなら追っかけろよ」
主人公の友だち役みたいな事をのたまってないで、そうしなくちゃいけなかったのは僕だったのだけれど。
一生の内たった一日素直になる事も出来なかったのは僕だったのだけれど。
11月、バンドの初めてのイベントを最後に彼は脱退した。
そんな事はよくある事で感傷的になったりはしない。
何も成し遂げていないバンドメンバーの脱退や解散は「大切なお知らせ」でもなんでもない。
鳥がつついたビワの実がイナバ物置に落ちた音と同じだ。何か音がしたな、位の。

3人になったバンドでサポートのギタリストを交えて初めてレコーディングをした。
中止してもいいと言われたのだけれど、チャンスをみすみす手放したくなかった。焦っていた。
その時に中止にしなかった事を後悔はしていないけれど、どうする事が正しかったのかは分からない。
中止して自分たちで立て直しが出来てたかというと出来ていなかったと思う。
いや、たらればの話なんて不毛だ。今こうなっているとしか言えないじゃない。
レコーディングに際してプリプロという、レコーディングの為のリハーサルがあるのだけれど
僕らはプリプロが何か分からないので闇雲に練習をしていた。
車で100時間位、不安に不安を重ねてもおつりが来る位の外灯もない真っ暗な道を走り、
相模原あたりの田んぼ道にあるガレージというか掘建て小屋(ドラムの知り合いがリハーサルが出来る様にミキサー、ドラムセットやギターアンプ等を設置していた)で練習をした。
12月のコンクリートがむき出しの床、やたら高いトタン屋根に隙間風で寒い小屋で申し訳程度に石油ストーブがついていた。
コートを着込んだまま収録する曲の演奏を繰り返した。
飽きてはやめて、別の曲をさらって、また飽きたらやめて、収録しない曲の練習をしたりした。
夜で、窓の外は真っ暗で、蛍光灯の青白い光の中で、吐く息も真っ白で、自分たちの出す音以外は聴こえなくって、とっても楽しかった。
6/8拍子の寂しい3コードの歌(今もそんなのばっかりなんだけど)を、今よりももっとずっと下手くそだったけれどギターをかき鳴らしていたら自分が消えるみたいで心地よかった。
今でも自分をなくす事が出来たらどれだけいいだろうとずっと思っている。僕は自分、自分、自分の事ばっかりだ。他人の事を考えている方がよっぽど楽なのにね。
小屋はその後すぐに使えなくなった。ドラムの知り合いが無断で使用していたとかなんとかだった。

今度はベースが辞めたいという事になった。
レコーディングの準備期間か、レコーディング中なのか、いつどのタイミングで言われたのか覚えていない。
その年の冬はまだ12月だというのにとても寒くて、レコーディング中にも雪が沢山降っていた。
当然ながらレコーディングは難航し何が良くて悪いのか判断も出来ず、それでも締め切りは決まっている。
訳の分からないまま録音を進め、歌に関しては本当に散々だった。
どういう風に歌いたいなんてないし、そもそも歌えていない。恥ずかしくて仕方ない。
デジタルじゃなくてテープで、しかも一発録りしたいなんてよく言ったもんだ。
そしてその通りやらせてくれて、関わってくれた人には今でも申し訳ない気持ちになる。
最低なのは僕はその後も練習をそんなにしないという事だ。
ベースは辞める事を決めたからなのか分からないが、落ち着いていて彼のパートの録音はとてもスムーズに行ったし
例えばギターソロや歌のどのテイクを使うかのジャッジをする際にもあまり迷っている様子がなかった。
僕はずっと分からなかった。何がよくて悪いのか。良くする為には歌をもっと練習しておくべきだった。そもそもレコーディングの前にね。
ベースにはバンドに残ってくれる様にお願いをして、続ける事になった。
年末にライヴに誘われていたのだけれど彼は辞める気でいたので、バイトだからライヴには出られないけどと言った。
せっかく辞めるつもりだったのなら年末は休めばいいのにとなんだかよく分からない事を思った。

雪は年末もずっと降り続いていた。
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EdBUS 水野創太
  • プロフィール画像
  • ニックネーム:水野創太
  • 血液型:O型
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