怒りの記録 

May 29 [Sat], 2010, 17:22
亭主関白的なあれこれが、どうにも好きになれません(-_-#)

やよ〇軒でごはん食べてたら、60過ぎくらいの年配の二人連れ、
奥さんのほうがご飯おかわりに立ったので、へぇーすごいな、と思って
チラッとお膳の上を見たら、旦那さんの方のお茶碗がない…
なんだよ、旦那のおかわりだったのか。

てかさぁ、自分のご飯のおかわりくらい、自分で行けよっっっ!\(`O´θ/キック!

細々と男の世話をやくのが好きな女性も世の中にはいるのでしょうから、いいんですけどね…
お母さんが坊やちゃんの世話してるんじゃないっての(-"-;)


こどもたちのこと 

May 31 [Sun], 2009, 14:52
前述のように、私は以前不登校の子どもが通うスクールのスタッフをしていて、今は塾の講師をしているのだけれど。

塾に通っている子どもたち、つまり普通に学校に行けている子どもたちの状態を見ていると、最近なんだか悲しくなる。

一つ目の塾の子どもたちは、なんだか妙に攻撃的だった。
いらいらしているし、弱いものや格好悪い(と思える)ひとに平気できつい言葉を投げかけるし。
だから、どんどん、「攻撃される前に攻撃しとけ・・・!」みたいな空気になる。
そのくせ劣等感がひどくて、すぐへこむ。で、自分はどうせダメだから・・・などと言い出す。
ものすご〜く、自己評価が低い。

二つ目の塾の子どもたちは、とにかくおとなしい。なにか聞いても、最小限の受け答えのみ。
私にだけかと思いきや、そうでもない。ほかの先生にもそうだし、生徒同士でもほとんどおしゃべりしない。
こうしろといえば素直にやるし、だめといえばやめる。だけど、何をしてても基本的に無表情・・・(全員じゃないけどね)
…ゴメンやけど、きもちわるい。

多分、前者は攻撃的になることによって、後者は感覚を麻痺させることによって、自分を守っているんだろう。その感覚は、私にだっておなじみではある。

だけど・・・

不登校のたちというのは、なっとくのいかないルールや命令に従うことができなかったり、
いじめられている子などがいると自分の方が苦しくなってしまったりする。
だからそこ、集団生活になじめなかったりするんだけど。
正直すぎて、耳の痛いことを言いまくってまわりからひんしゅくくらったりね☆

世間は、不登校の子を病んでると思うのかもしれないけど・・・
なんだかなぁ・・・
学校行ってる子と行ってない子と、どっちが病んでんのかわからんわ

記憶 

April 27 [Mon], 2009, 2:24
ふと思い出したこと…

私は以前、不登校の子たちが通うフリースクールのようなところで働いていたのだけれど、そこの子で、傷だらけのキャラを頻繁に描く子がいたんです。それも、見てるこっちが痛くなるほど生々しいやつ…なまじ絵がうまいだけに、その子の精神的なしんどさがこれでもかと伝わってきて、一緒にいて正直とても辛かったのです。
かといってねぇ…そういう傷だらけの絵やスプラッタな絵を描くことで、多少のカタルシスを得ているのもあるんだろうし、「描くのやめたら」とも言えません。さらに、そもそもの元凶たる精神的なしんどさを私が解消してあげられるわけでもありません。
絵を見せられてもどう引き取ったものか(上手に描けてると褒めるのもアレだし、どん引きするのは尚更NGだし)と悩んでいたのですが。

ふと。
つい先程。
自分も中学生の頃、似たような絵を描いていたことを思い出しました。
制服を着て、腰までの長い髪に長身のそのキャラは、感情を凍らせていて常に無表情で、そしてやはり傷だらけだったのでした。包帯を巻かれた腕やガーゼをあてられた顔、治りかけの傷のあとなんかを、飽きもせず繰り返し描いていた時期があったんでした私にも!

どうして、今の今まで記憶に上ってこなかったんだろう…??

思えば、当時の私は、親の都合で話す言葉も違う土地に引越して、信頼できる人もなく、相当にストレスはためていました。
それにしても。潜在的な不登校児だったとは思ってたけど、まさかここまでだったとは。いや、それ以前に、何故仕事を辞めた今になって思い出しているのか。もし当時自分も同じことをしていたと気づいていたら、彼らへの接し方もきっと違うものになっていただろうに。それがなにより悔やまれます。
あの頃の私には、過去の自分の傷と向き合う準備ができていなかったということなんですかねぇ…
それが今、ようやく、可能になりつつある、ということなんだろうか??

だったら、いいなぁ〜☆

バトン 

September 11 [Thu], 2008, 8:08
どんなもんだろう…と思ってやってみた☆頭の運動にはいいかも。けど、こんなん作る人は何を考えているんだろう

もし…だったら?バトン
Q1 もし1億円あったら?
クルーザーご購入だなっ
Q2 もし100万円あったら?
んー…借金返して自転車買ってバッグと時計と靴を新調したら…赤字?
Q3 もし1万円あったら?
高級中華フルコース
Q4 もし100円あったら?
3円足して井村屋のあずきバー
Q5 もし1回だけ魔法が使えるとしたら?
自宅を美しく改装してもらう
Q6 もし1回だけ無料で海外旅行に行けたらどこに行く?
サハラ砂漠
Q7 もし透明人間になったら何をする?
皇居の中をのぞく
Q8 もし誕生日プレゼントに「ホットケーキミックス」を貰ったらどうする?
ありがたくいただきますス
Q9 もし誕生日プレゼントに「マヨネーズ」を貰ったらどうする?
マヨラーの逆なので誰かにリ・プレゼントィ
Q10 もし1万円で自家用ジェット機が買えるとしたらどうする?
そんな怖いジェットはいらない
Q11 もしディズニーランドが貸切になったら誰と行く?
あんなとこ少人数で行っても寂しいだけなのでありったけの人に声をかけます
Q12 もしテレビに出演できるとしたらどのテレビ番組がいい?
食わず嫌い対決
Q13 もし有名人と話せるなら誰がいい?
中田英寿かなぁ…ハリウッドスターだと英語やしホ
Q14 もしドラマに出演できるならどのドラマがいい?
ドラマきらい
Q15 もし無人島に1週間行くとしたら3つまで何をもってく? 
食べ物、着替え、毛布
Q16 もし無人島に1ヶ月行くとしたら10つまで何をもってく?
てか状況わかんねえよ…とりあえず本とペンとコーヒー一式(ドリッパーと豆とマグ)
Q17 もし知らない人に急に1万円渡されたらどうする?
もらわない
Q18 もし道でサインを求められたら?
してあげる
Q19 もし雨が自分の上だけに降ってきたら?
走ってみる
Q20 もし昔に戻れるとしたら?
平安時代くらいまで戻りたい
Q21 もしこの先これしか食べれないとなったら?
納豆ごはん
Q22 もし空を飛べるようになったら?
飛ぶ。あたりまえ
Q23 もしタイムマシンがあったらどうする?
乗る。19世紀ヨーロッパとかおもしろそう
Q24 もし朝ごはんがステーキだったら?
ビールがつくとなお良い
Q25 もし日本で太陽が西からでて東に沈んだら?
いいんじゃない?
Q26 もし朝起きたら有名人になっていたらどうする?
いいねえ
Q27 もし朝起きたらライオンになってたらどうする?
だれか飼ってくんないかなぁ
Q28 もし高級料理がタダで一つ食べれるとしたら?
やっぱ寿司~
Q29 もし地球が無重力になったら?
超楽しそう!
Q30 もしネットを切られたら?
「誰に」かによる

おすすめの本 

August 27 [Wed], 2008, 18:30
めったに本などすすめない私ですが、この本は珍しくたくさんの人に読んでほしい!と思いましたのでご紹介します。

ダニエル・ゴットリーブ著、児玉清監修『人生という名の手紙』講談社、2008

監修した児玉清がコメントも書いてますが、本当にこの本は深いです。泣けますが、決して皮相的な涙でもセンチメンタルな感傷でもなく、人として生きるとはそういうことなのかと考えさせられます。

事故で四肢麻痺になった精神科医(四肢麻痺でも精神科医として働き続けられるアメリカもすごいな…)が、自閉症と診断された孫のサムにむけてつづった手紙32通を収めた本です。

全編にわたりあふれているサムへの愛情にも感動しますし、作者本人が己の逆境にいかに向き合い、時にさまざまなものを呪いながら乗り越えてきたのか、にも圧倒されます。「私は彼女を憎んだよ」など、普通ならキレイごとにくるんで書かないこともしっかりさらけだされていて、よっぽどの勇気と、己の弱さに起因する醜悪な感情をも凌駕する人生に対する愛情がないと、決して書けない本だと思います。

私は、自分がいくらラフマニノフが好きでもリベラが好きでも、京極夏彦や小野不由美が好きでも、それを人に勧める気はさらっさはさらっさらありませんが、この本だけは、読んだ直後、いや読みながら、「これはスゴイよ!!良いよっ!読んで!!」と叫びたくなりました。きっと、気持ちが楽になる方や目からウロコの方が(もしくは全然こんなんありがちじゃん、という方も)いらっしゃると思います。何をこの本から受け取るかはその人の自由ですが、少なくとも手にとってパラ見だけでもしていただければな、この文章がその契機になればいいな、と思います。

自分のこと(3) 

August 27 [Wed], 2008, 18:30
鬱を抜けるには、結局1年半ほどかかった。大学院の博士課程の後半はほとんどこれでつぶれた。博士論文を書く気はなくなっていた。書いた後に待っているもの――よく知らない大学での講義、やる気のない学生相手のゼミ、尊敬できる大人がほとんどいない学会――にまるで魅力をおぼえなくなっていたからだ。かといって一般企業なんてさらに興味のカケラもなかった。学問の世界自体は好きなんだ。研究そのものは嫌いじゃない。でもあまりに形式の縛りのきついアカデミックな論文に私の言いたいことを載せていくのは無理だとも感じていた。

留学はしたかった。しかし、ちょうどイラク戦争から広範な「テロへの戦い」に移っていて、覇権国アメリカへの嫌悪感がどんどん強くなってきてまいっていた。そんな時期、カナダで博士号を取った先輩と久しぶりに話す機会があって、留学先としてカナダという選択肢もあることを知った。カナダに行こう。そう決めたとたん、いろいろなものがするすると進んでいった。2005年2月、ブリティッシュ・コロンビア大学付属の英語学校に行くことに決め、4月8日、私はバンクーバーに降り立った。

4月から10月のバンクーバー滞在はおおむね素晴らしかった。ただ、

自分のこと(2) 

August 27 [Wed], 2008, 18:29
鬱のきっかけは…多分酔っぱらっていたのだ。しこたま酔って、なぜか突然、高1の時に亡くなった小学校時代のクラスメイトのことを思い出した。そうしたら、自分が生きているのがおかしいと思った。自分こそが死ななくてはならない、殺してほしいと友人に頼んで本気で怒られた。普通だったら酔っぱらいの奇行で終わるはずが、翌日になってもその後も、二日酔いは晴れたのに重苦しい気分はしつこく居座り続けた。以降1年半にわたって私は鬱と向き合うことになる。

鬱になって初めて、私はあまりに根深い、理不尽な自己嫌悪に気づいた。私はこれまでいろんなことを達成してきたはずで、人柄だって多少内向的だったり気がきかなかったりするけれど基本的には善良で、人に迷惑をかけるようなこともほとんどしないし、見てくれだってアトピーがあるにしろ目を覆うばかりに醜いわけでもない。どっちかというと、見ようによってはかわいい、というレベルだ。それなのに。なぜ私はこんなにも自分が嫌いなんだろう…。

1ヶ月くらいは本当に死にたかった。手首が勝手に切れて血がしたたり落ちる幻覚(錯覚?)や、とがったものを見るたびに頚動脈に突き立てたくなる衝動や、道を歩いているときにふうっと車

自分のこと(1) 

August 27 [Wed], 2008, 18:29
いろんな意味で頭の中の棚卸しをしているので、半生記も書いてみました。ざっくり走り書いたのを少し手直ししただけなので、話の筋がずれてしまっているところもあるけど気にしない!

私はどこ出身かと訊かれるとき、たいてい迷う。生まれたのは東京墨田区の病院で、母が病弱な人で帝王切開後の入院が長引いたため、人生最初の1ヶ月を病院で過ごし、その後は葛飾にある母の実家にいた。だから「出生地」ならば東京と答えている。その後は本来の家――神奈川県厚木の社宅――に移り、その後1歳になる直前に埼玉に引っ越した。22歳で都内のアパートに一人暮らしを始めるまでは埼玉県内の最南端と最北端の街を行ったり来たりしながら暮らしたから、1歳より前の記憶なんてあるわけがないし「埼玉出身」でかまわないのだが、とりたてて埼玉という場所に愛着があるわけでもない。根無し草だ。どこに行っても余所者という感覚がつきまとう。

病気がちの子どもだったようだ。幼稚園年長の時には、毎週金曜日に体質改善とやらの注射を打ちに行っていた。どうしても皆勤賞が欲しくて、一度幼稚園に行って出席のシールを貼って、それから病院に向かっていたのを覚えている。小学校は入学3日目で熱を出し

ラフマニノフ(2) 

August 27 [Wed], 2008, 18:28
前の記事を書いた後、つらつらと思い出していた。いつ頃からラフマニノフ好きになったんだろう? 中高生時代はほとんど琴線に触れなかったんだ。その頃はベートーヴェンとかブラームスとか、わりとがっちりした曲が好きだったから、ラフマニノフとかシューマンとかドビュッシー(こちらはいまだにあまり好きじゃない)はやわらかすぎる曲というイメージがあった。眠くなる曲、というか☆

認識が変わったのは大学院生の頃にリヒテルの弾くピアノ協奏曲第2番を聴いてからだ。同じCDにチャイコフスキーとプロコフィエフのも入っていたんだけど、一番気に入ったのがラフマニノフのだったので、気になってほかの曲も探すようになった。ただその頃は2台のピアノのための組曲とか第2交響曲にはぴんとこなくて、ただシューラ・チェルカスキーの弾く第3協奏曲だけはすごく気に入ったんだった。特に第2楽章など、速いピアノのパッセージがぽろぽろとこぼれる真珠のようで美しかった。これが本当に世界で最も難しいピアノ・コンチェルトなんだろうか、とひどく疑問に思ったのを覚えている。

今にして思えば、それはチェルカスキーという独奏者のなせる技だったのだろう。テミルカーノフのリードとあいまって、技巧を特に誇示することなく調和のとれた美しい仕上がりになっていた。だから、2番よりもこちらのほうが好きになって繰り返し聴いていた。初めに技巧重視のヒトで聴かなくてよかった。もしそうしてたらきっと私のラフマニノフ熱はそこで打ち止めだったろう。私は、ピアノのあのハンマーを打ちつける音が聞こえてしまうタイプの演奏は苦手なのだ。ヴァイオリンは逆に切り裂くように鋭いのが好きなのだけど、ピアノはあくまで真珠のネックレスをひきちぎってばらまくような風情でいてほしい。

で、しばらくは第2&第3協奏曲しか聴かない時期が続いて、ラフマニノフの映画がきっかけだったか、ワイセンベルクの弾く前奏曲全集を手に取ったのが先だったか定かではないけれど、これもやはり有名な前奏曲嬰ハ短調Op.3−2を久しぶりに聴いて感動したんだった。この曲自体はチェルカスキーのCDにも入っていたし、相前後してアシュケナージとルガンスキーの演奏でも聴いたのだけれど、ワイセンベルクのが完全に秀逸だった。何よりもあのテンポの均一性、それでいて音楽としての美しさも十分に伝わってくる――というのは、なまなかなことではない。和音の中で、中音域の響きが優先されて豊かに響いてくるのもワイセンベルクだけだった。ただ、彼の音は硬質なので少し痛いなぁと感じることも多く、そんなに聴きこんではいないのだけれども。

次に契機となったのがヴォカリーズ。アシュケナージのCDにゾルタン・コチシュ編曲のピアノ独奏版が入ってて、その美しさにやられた。で、ザンデルリンク編曲の弦楽合奏版、ラフマニノフ本人のフルオーケストラバージョンと求めていき、その過程でパガニーニの主題による狂詩曲と交響的舞曲にはまり…それからはどっぷり(苦笑)。3曲の交響曲全てをエンドレスでかけまくり、マイナーなものを含め作品番号を網羅するかのように集めだして今に至る。

一般に亡命前の作品のほうが評価が高いけれど、私の場合、個人的には晩年のもののほうが聴く回数が多い。コレッリ、パガニーニ、第3交響曲、交響的舞曲、あたり…。もちろん第3協奏曲、ヴォカリーズ、死の島(これって原題The Isle of the Deadなのだから「死者の島」では?)、第2交響曲、古いところでは第1交響曲や巌も好きだ。だが、後年のものになってくればくるほど“もっさり感”が減って、すっきりと洗練された音作りになっているところが気に入っている。

ちなみに、生前は作曲者というよりはむしろピアニストとして認知されていたらしいラフマニノフのピアノ曲に素敵なものが多いのは確かなのだろうけれど、正直私には、いまひとつ、である。特にピアノソナタ第2番…あまり好きでないホロヴィッツで聴いたのが良くなかったのか? もう、痛々しくて聴いていられない。もんっのすごく技巧的で、誰がどう聴いてもこの曲は難しいんだろうな、と思わせる。ピアニストとして世界最高峰にいた人間としては、やはりこういう簡単には弾けない激ムズな曲を世間に示して自分のピアニストとしての凄さを再認識させねばならなかったんだろうか…曲そのものよりも期待に応えなければというプレッシャーのほうをまず感じてしまって、聴いてて苦しくなってしまう。幻想小品集のエレジーOp.3-1やライラックOp.21-5なんかは素敵なんだけどなぁ…

ラフマニノフ(1) 

August 27 [Wed], 2008, 18:27
「のだめカンタービレ」で取り上げられ、また今年春には映画「ラフマニノフ――ある愛の調べ」(パーヴェル・ルンギン監督、2007)も公開されて、日本でのラフマニノフの人気が高まっています。私も、ピアノ協奏曲第2番から入り、3番で感動し、ほかのピアノ曲や管弦楽作品へと手を広げていましたが、先週、有名な第2協奏曲を生み出すきっかけとなった「失敗作」と誉れの高い(笑)交響曲第1番を聴いて以来、すっかりこの曲にはまってしまいました。

ご存知でない方のためにかいつまんでいうと、「それまで順調に作曲家として歩んでいたラフマニノフだったが、初めての交響曲がグラズノフ指揮による稚拙な演奏のためひどい悪評を浴び、そのショックで鬱状態になり作曲ができなくなった。その後、ダール博士の催眠療法により回復し、第2協奏曲の成功で作曲家としての自信を取り戻した」という逸話です。

さて、この失敗作として有名になってしまった第1交響曲、最初に聴いたときは「暗くてもさもさしてて奇怪」という印象だったのですが、繰り返し聴くうちにすっかりその魅力に取りつかれてしまいました。暗くて渋くて地味。それはそのとおりなのですが、それを補ってあまりあるエネルギーと美しさにあふれています。なかにはこの1番を最高傑作とする方もいるようです(文末資料参考)。私自身は、これはどうよ…というところ(曲の終わりがくどい等)もあるので「最高」かはわかりませんが、「傑作」であることは間違いないと思います。

思うに、非常に難しい曲なのでしょう。技術面もさることながら、心をわしづかみにする妖しく凶暴な美しさが、一歩間違うとすぐにわけのわからない音の塊に転落してしまう――そのあやうさがまた魅力でもあるのですが――かといって、あんまりスタイリッシュな演奏にしてしまっては、青年ラフマニノフの野心的な熱っぽさを秘めたこの曲の良さを殺しかねません。今のところまだ3つの演奏しか聴いていませんが、それでもそれぞれの印象はかなり異なります。全体のテンポ設定、ボリュームコントロール、各楽器のバランス等スコアの解釈によってはまるで違う曲になってしまうのではないでしょうか。

さてさて、第1楽章。荒々しいロマンティスト、ラフマニノフの面目躍如というかんじです。低弦やホルンなどからなる底深いうなりがロシアの男声合唱を思わせ勇壮ですし、随所にティンパニをきかせたパンチのある咆哮に(変な日本語ですが)健康的な悲壮さを感じます。木管や弦による旋律もまた、どこかエキゾティックで耳から離れなくなります。

この楽章に限ったことではありませんが、どかんと爆発する音の前後で、また美しい主旋律の裏で、さまざまな楽器が面白い動きをしています。このへんも演奏する側がうまく交通整理しないと聴く側に伝わっていかなさそうです。また、木管吹きの耳には、ラフマニノフのオーケストレーションは正統的で、おいしい役どころもたくさんくれるのでもともと好印象で、(若干渋好みで簡素な分アインザッツや音程が難しそうだとはいえ)それは1番でも変わりません。

第2楽章は、位置づけ的にはスケルツォなのでしょうが、軽快さはあまりありません。変拍子は1小節たりともないにもかかわらず、ものすごく拍がとりづらいです。私が3拍子系を苦手にしているのを差し引いても、難しい譜面だと思います。流れるように、ゆさぶるように、変則的な動きをおりなしていて、吹きたくはありませんが聴く分にはとても興味深いです。

第3楽章はいわゆる緩徐楽章で、ピアノ協奏曲と並んで人気のある第2交響曲と同様、クラリネットの美しい旋律が楽しめます。が、2番と比べるとなんともひんやりしていて荒涼感があります。静謐というのか…。2番はガーベラのようなコーラルピンクの柔らかなぬくもりを感じさせますが、1番のはうす青い氷です。灰色がかった青緑色の、静まりかえった湖の美しさ――。せつなく美しく、そしてえんえんと暗くて不安げな曲調のまますすみます。

さて、第4楽章。冒頭のスネアをバックにしたファンファーレ、トランペットの方々ご苦労サマです…死にそう(長いよー…)。ニ長調(二短調の交響曲なので終楽章はニ長調になるのがセオリー)のわりには相変わらず暗めで悲壮感漂ってますが、優美な弦の旋律も健在ですし、タンバリンなど打楽器が増えるのでにぎやか感もあります。演奏にもよりますが、終盤にかけてのエネルギッシュな高揚ぶりにはすさまじいものがあります。19世紀の聴衆には酷だったかも…。しかし21世紀ならば、たとえ気ちがいじみた荒削りなパワーの爆発に理性をどっかに持って行かれようとも(人によっては呆れながら?)十分に楽しめると思います。

ラフマニノフといえば、甘く美しくロマンティックな曲の作曲者、というイメージが一般に強いようですが、少なくともこの曲においては「甘さ」はまったくありません。曲全体の印象としてはむしろ男性的で、荒っぽい力強さと若干のそっけなさを感じます。もちろんせつなく美しい旋律は健在なのですが、それが決してこびてはこないのです。一抹の寂しさを抱えながらもひとりたたずんでいるような、どこかつきはなした印象を受けます。何もしなくても向こうから綺麗にラッピングされて差し出される花とは違う、愛でるためには山に登らなくてはならない野生の花みたいです。(…佐久間学か?)

生前には低い評価しか得られなかったものも含め多くの作品を聴いていると、なぜこの人がそんなにも甘ったるいイメージをもたれているのか不思議でなりません。鬱っぽくて「ディエス・イレ(怒りの日)」のモチーフばっかり使いたがる暗ーい作曲家、とかだったらまだわかるのですが(誤解しないでください、私はラフマニノフが大好きです)。「のだめ」で真一が弾いた第2協奏曲にしたところで、甘いのは第2楽章くらいで、その前後は激しい奔流を抱えている曲だということは一度でも聴けばわかります。

おそらくは、第2交響曲第3楽章やパガニーニの主題による狂詩曲第18変奏などのごく限られた曲のみが「甘い曲」として恣意的に選ばれ映画音楽等で使われた結果なのでしょう。第2交響曲も第2楽章のスケルツォなどはかなり激しいですし、パガニーニにいたっては、むしろ第18変奏こそが異質であって、ほかの大半の変奏はパガニーニと悪魔とのやり取りを描いたとされる美しくも奇怪な曲で構成されているのにもかかわらず…。

個人的には、ラフマニノフの魅力とは、狂気と正気の境をぬうような荒々しさと甘美きわまりないロマンティシズムとが、あやういバランスで共存しているところにあると考えています。この第1交響曲は、そのラフマニノフが世間の批判を浴びてより耳ざわりのよい方向に軌道修正する前の、本来の志向性とその強烈なパッションが味わえるという意味で、大変貴重な曲といえるでしょう。

さて、この第1交響曲のスコアですが、隠匿していたラフマニノフが亡命時に持ち出せなかったため紛失してしまい、死後になってレニングラードの国立図書館でみつかったパート譜から復元されたのだそうです。ご本人は無念だったようですが、紛失してむしろ正解だったかもしれません。そうでなかったら、第1協奏曲と同じように晩年のラフマニノフによって改訂(というより改作)されてしまっていたでしょう。ほかの作品はともかく、これはこのまま残されていたことに価値があるのではないでしょうか。まったく手付かずで残っていたからこそ、当時の酷評がどれほど不当なものかわかろうというものです。

もっとも、当時の批評家ばかりを責めるわけにもいかないですね。聴き慣れていない音に拒絶反応を起こすなどよくあることですし、この曲に限らず一回聴いただけではその良さがわからないものも、ラフマニノフの曲には多いですから。それにしても、パート譜を残していた図書館、および見つけた人…ブラボーです!!

<参考資料>
ラフマニノフ資料館「ラフマニノフの最高傑作 交響曲第1番」
http://homepage1.nifty.com/rachmaninoff/features/1st-symphony.htm


<ディスコグラフィ>
Sergei Rachmaninoff, Symphony No.1 in D minor, Op.13


Vladimir Ashkenazy(cond.), Concertgebouw Orchestra, Amsterdam, 1982, Decca
指揮者としてはまだ円熟期とはいいがたい、80年代初頭のアシュケナージによる勢いのある演奏。多少整理しきれてないのかなぁとも、終曲直前のドラ!それはないだろう…(泣)とも思いますが、金管が元気だったりしてわりと好きな演奏です。

Mariss Jansons(cond.), St. Petersburg Philharmonic Orchestra, 1998, EMI
ロシアオケならではの重厚感が魅力的。和音を豊かに響かせ歌うところはたっぷり歌っています。ただ、慎重に演奏しているというか、こころもちぎこちないような(笑)。カップリングの<死の島>の伸びやかさを聴くと笑ってしまいます。なお、スコアは原典版ではないようです。

Gianandrea Noseda(cond.), BBC Philharmonic, 2008, Chandos
イタリア人指揮者とイギリスオケによるロシア音楽…なんかちょっと不思議。とってもバランスが良い洗練された音づくりで、一番練れた演奏かな、という気がします。これで初めて「あ、こんなとこに音が」と気づいたものも。特に中低弦が存在感あって好印象です。それに比して、もう少しだけホルンとボーンが元気だとなお私好み…ですが、これはこれで完成度が高くて良いです。
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