雨。 

2006年02月01日(水) 10時56分
今日は雨です。
朝起きて雨の音がすると とても憂鬱。
うつは朝がとても症状が出る時間なので寒くて
しかも雨の朝なんて最悪です。1日ブルー。

朝彼からいつものおはようメールが来たけれど
ちょっと心配させてやりたかったのと気分が悪かったので
30分くらい遅れて返信。

彼も意地悪なのか忙しいのかわからないけど返事が
なかなか来なかった。

つまらないので男友達(既婚)に
たまにはデートしてよ〜とメールしてみたw
もう1年以上お友達。でも何も深い関係はない。
そういう関係がないからお友達でいられるのかな。
キスはしたことあるけどねw
いつでもいいぞーとすぐに返事が来た。
なんかそれだけで満足。

私はいったい何がしたいんだろう。
いろんな人からチヤホヤされてたらそれでいいのかな?
そうじゃない。ただ淋しい。。。それだけなのかも。

PROFILE 

2006年02月01日(水) 10時35分
HN えり 29歳

夫 女の子1人 男の子1人 の4人家族

只今 一つ年下の彼と恋愛中

パニック障害 不安神経症でメンタル系の薬を服用中

その行方は。。 

2006年01月31日(火) 15時00分
ドラマで
「いつの間にか
  夫婦は夫を男と見なくなり 妻を女を見なくなり
       そうなった男女はいったいどこへ行くのでしょう」
というセリフがあった。ウーンどこへ行くのかな・・・?

子供の成長だけを心の糧にして頑張る人もいれば
他の人に癒しやドキドキを求めてそれを糧にしていく人も
いるんだよね・・・。
仕事や趣味を生き甲斐にしてる人もいるだろう。
私はいつまでも女として誰かに見ていてほしいし、
誰かのためにおしゃれしたりしていたい。

でも誰からも愛されないことが何よりもさびしい

小早川の妻 

2006年01月14日(土) 10時10分
ドラマ小早川伸木の恋を見た。

小早川の妻は衝撃的だったなぁ。
トラウマで不安症?っぽい状態みたいだけど
実は私も今の夫と付き合っている時がまさにあんな感じだった。

10年前は携帯もないし、家に電話しないと連絡が取れない。
電話するから と言われても電話がない日は気が狂うかと思った。
けんかして電話を切られ、そのまま無視された日には
車で2時間かけ、彼の家の近くで朝待ち伏せした日もあった。(怖)
軽くストーカー?w
もう小さなことでも拒絶されるといてもたってもいられない状態。
まさに小早川の妻!!
あんな部屋を荒らしたり暴れたりはしないけどね。。

でも気持ちって不思議だねぇ。
あんなに好きだった夫のことも、今じゃなんとも思わない。
生活できなくなるし、子供にとってはとてもいいパパなので
いてもらわないと困るけど間違いなく異性には見れてない。
したがってHもない。なので私は不倫している。
Hがしたくて不倫しているわけではないよ。

まだ女でいたいから。
そしてなんだかんだ言っても相手のことが好き。
それだけ。。。

二年前の今頃は・・・ 

2005年12月05日(月) 7時26分
二年前の今頃は毎日病院通いで・・・

朝、子供を幼稚園に送り出し、家事を済ませ病院へと通う毎日。

不思議と朝は早く母の所に行かなくちゃという思いと忙しさで

悲しい気持ちは薄れた。

朝病室に入ると嬉しそうな顔で「おはよう」と言ってくれた母。

不眠を訴えてもらった安定剤を飲んだら一時的に私のことを誰だか

わからなくなってしまった時もあったなぁ・・・。あの時はさすがにショックだった。


二年前の今頃の気分になって話せば、あと少しで茨城の病院まで

ガンマナイフという、母を一番苦しませている頭痛の原因、脳の腫瘍を焼く

治療を受けに行く。それは自家用車で医師の付き添いもないのでとても不安。

それがちょうどクリスマスイブから一泊の予定。

本当の気持ち 

2005年11月28日(月) 21時29分
もうひとつのブログには どうでもいいくだらないことばかり書いていた。

心の中のこと ひとつも書かないで 意味のないくだらない日記。

本当は心も体も醜い姿で生きている私。

毎日毎日 家にこもってチャットばかり。

子供のことはきちんとしているつもりだけど きっと他の母親から

比べたら手抜き育児以外のなにものでもない。

2年前に母が亡くなり それから私はおかしくなった。

亡くなった後は母方の親類との揉め事でうつ病になり 通院した。

母の主治医もひどい医者だったけれど精神科の先生もテレビで見るような

親身になってくれる先生は1人もいなかった。

それからは薬をもらうだけの通院。お酒と飲んで倒れたこともあった。

私を支えてくれたのは 父でもなく夫でもなく

いつもそばに一緒にいてくれた友達だった。

父は母が末期癌という現実が多分受け入れられなかったのだろう。

先生との治療方針などの話合いもみんな私まかせだった。

夫は私が病院から帰ると おかえり とだけ言ってテレビを見て笑っていた。

私も夫の親が余命幾ばくもないとわかったら同じことをしてやろうと思った。

その時に私の気持ちがわるだろう。

おばあちゃん子だった私の娘もお葬式で親戚の子と遊んでいて

まともにお別れもしなかった。人の生死がわからない歳ではない。

私の育て方が間違っていたのか。この日から娘の見方もかわってしまった。

ひどい母親。でもこれが今の私。

親戚、父も夫も娘にも失望した年だった。

そういう意味では私は大切な人を何人亡くしたんだろう。



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