生まれることも死ぬことも。

November 25 [Sun], 2012, 4:41
はい、31歳になりました。
お祝いのメッセージ等、ありがとうございます。
30歳は私の身に色々なことが起きました。
やはり一番大きいのは、私自身が人の親になったことだと思います。
出産に立ち会い、生まれたばかりの息子をおそるおそる抱き上げて、その温かさに感動し、打ち震えました。
生まれつきの病気を抱え、死産や誕生死も懸念されてhappyho.jpいたにも関わらず、驚くほどの生命力の強さを見せてくれました。
生後1週間でほとんどの子供が亡くなってしまう病気を抱えながらも、3ヵ月半生きた事実は、奇跡と呼んで差し支えないものだったと思います。
その日、いよいよという時、妻と交互に息子を抱き、何度もありがとう大好きだよと声をかけました。
そうして小さな命が空に還って行き、冷たくなってゆく肉体を抱きながら、滂沱たる涙に感情を任せました。
看護師、担当医、執刀医も皆、息子を偲んでくれました。
まさしく愛の現場を目の当たりにしたと思います。
そんな30歳最後の日。
つまり昨日11月1日早朝、父方の祖父が亡くなりました。
享年101歳。
年齢的にいつそうなってもおかしくはないのだけど、おじいちゃんは不死身なんだと心のどこかで思っていた自分がいたので、驚きました。
弟、子、孫に看取られて、眠るように息を引き取ったとのこと。
大往生、なんて私が言うことではないのかも知れないですが、世間的にそう呼ばれる死に方だと思います。
大往生という言葉の意味を知りたくて、ネットで検索してみると、次のような文章に行き当たりました。
人は死にます必ず死にますその時に生まれてきてよかった生きてきてよかったと思いながら死ぬことができるでしょうかそう思って死ぬことを大往生といいます永六輔二度目の大往生よりこれを踏まえれば、祖父はもちろん、わずか3ヵ月半しか生きられなかった息子の死も、大往生と言えるのではないでしょうか。
おじいちゃん、本当にお疲れ様でした。
先に行ってる幸多朗を宜しく頼むね。
オレにしてくれたみたいに、源平合戦のことや戦国武将のことを教えてあげてね。
また数十年後に会えるのを楽しみにしてます。
釈迦は生老病死を目の当たりにし、思い悩んだ末に出家をしたといいます。
とあるアーティストは身内の死を受けて、死と生について、寝食を忘れて考え続けたといいます。
しかしながら、私は昨日も普通にご飯を食べ、夜もグッスリ眠りました笑聖人やアーティストにはとてもなれそうにありません。
だけど、普段通り食べて、寝て、仕事をして、家族や友達と笑い合ってっていうことこそが、生きている我々が出来る最善策なんだろうな、と思います。
今日も執筆時AM610私は会社に行き、仕事を終えて家族の待つ家に帰るでしょう。
アーティストぶっていた頃はバカにしていたこのサイクルこそ、今の私が守りたいものです勿ケ楽も続けていきますよ。
バンド活動も、新開拓のDTMも頑張っちゃうもんね目指すはアマチュア最強そんじょそこらのプロ様よりつえー奴を目指します乞うご期待
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