なんでもない平和は殺人より大変さ。

February 18 [Thu], 2016, 22:16
普段、自分の心は見えない私の場合、自分の心を見てる余裕がないからだ。

それどころじゃないからだ。

仕事をしないと、稼がないといけない。

泣きたい心は、怒りたい心は、奥底に閉まっていたが、そこももう一杯でパンパン状態。

いつしか、自分の心の管理を放棄した。

放棄しないとやってられないからだ。

「何を甘いこと言ってんだ」と思うあなたと私は違う。

私はできない人間。

あきらめてはいないが、できるあなたと違ってできない人間なんである。

だからできない人間は放棄せざるを得ない。

ブータンでは、物質の豊かさを計る指数、GHQだっけ?の代わりに心の豊かさを計る指数があるらしい。

その心の豊かさを表わす指数で国の行き先を決めてるんだとか。

己のダメな現状を国のせいにするなんて、なんてダメなんだ私。

日本は1度脱落するとなかなか這い上がれないような気がするよ。

だったら、脱落しきった国のほうが幸せだったりして。


と話を戻して、こんな私だから心はもう大変。

最悪。

寝る前に1度は自分の心の低さまで降りるようにしている。

降りた時に、荷物を降ろして、足を崩して、お茶とお菓子を飲んで、ホっと一息どころじゃない。

降りた世界は殺気で渦巻いている。

コロス、コロス、コロス...

それ以外、聴こえてこない世界。

別にコロスという響きもいいんだけど、それだけで、いささかつまらん。

いや、余計なものがないから、シンプルでいいのさ、とも思う。

コロス、コロス、コロス...

雨の日、ベランダの鉄柵に落ちるしずくのように、一定で短い間隔を刻む響き。

コロス、コロス、コロス...

あ〜、あ〜、あ〜と思う、コロスの響きを聞くと。

今日も1日、平和なのは、無数のコロスをやり過ごしたからだ。

コロスというしずくを散らかさずに、処理しきったからだ。

コロスというしずくを、そのまま実行に移してしまうのは自然で簡単なことだ。

雨のしずくが落ちるのは自然なことだ。

なんでもない平和は殺人よりも大変だと思う。

大変ってのは、もちろん尊くて価値のあること。

人間が人間たる所以なのかもしれない。


P R
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
http://yaplog.jp/muzinsabaku/index1_0.rdf