仕事と結婚 

July 06 [Sun], 2008, 3:34
マイミクさんの日記に結婚したら仕事を辞める云々という話があって、考えていたらあることに気づいた。
つまりこの価値観の違いは「子育てがどれくらい大変な仕事であるか」という認識のずれなんだと。
私は以前も書いたように子育てが昇進を諦めた理由の1つの父や、主婦業は立派な仕事である、という考えのガーディアンの元に育ってますから、子育ては一大事業という認識。
だって子供が心を病んだり犯罪をしてから、「仕事が忙しかったんで…」とは言えない。もちろん仕事をしてたら子供がダメになると言いたいわけではないけど、普通に考えて今仕事してるだけでも大変でしょ?それに家事+子育てがあったら、疲れることは間違いない。そうしたら小さなことは見落としがちになると思う。少なくとも私はね。
保育所の人は結局他人だし、私自身高校から寮で、小さいころから親元を離れて寮暮らししている人はたくさん知っているけど、やっぱり学校は家庭の代わりにはならないと感じる。
集団の中の社会性といったものは学べるけど、モラルなど個人の心の成長には身近な人との充分な対話が必要だと感じるんだ。
だからところどころ働いて時々保育所を利用するというのはありだと思うけど、大金払って24時間保育とか、今はあるみたいだけど、そこまで働きたくはないね。保育所のお金のために働いてるみたいな人もいるみたいだけど、それだったら、自分で子育てした方がずっとマシじゃない?
イタリアの北部の人が夏に南部にバカンスに行って、海辺で現地の人に「なんで一生懸命働いてるの?」と聞かれ「こうやってここの海辺に転がるためさ」と言うと「私たちは働いてないけど毎日海辺に転がってるよ」っていう話と同じようなものを感じる。
とはいえ、私も働くことの価値を全く認めていないわけではない。心理的にも経済的にも、外部との繋がりが切れるのは非常に辛いことだと思う。
経済的に、というのは、例えばある日旦那さんが病気になるかもしれないのに、その時仕事が見つからなかったらどうするのか、とかそういうことね。
だから私は子供が生まれたら非常勤くらいで働きたいわ〜。今就活してるとこだと、相当バリバリ働きそうなんだけどね…。
まあ20代はバリバリ働いて、子育てが終わったら戻れるくらいの実力を身につけておければいいかな。セカンドベストとして。

キャンプは〜初めてじゃない〜けど 

July 01 [Tue], 2008, 23:20
いっつも来るたび、どっきどき〜♪



そんなわけで、野尻キャンプに行ってきました。
3年ぶりに。

 

前のキャンプは卒業式の前日で、私はあんまり馴染めなくて、その上次の日には卒業してしまって、私はやっぱり大学時代をキャンプにかけていた人たちとコミットメントの量が違うなと思っていて、だから私がそういう人たち以上にキャンプに思い入れてちゃいけない気がしていたのです。
そんな私がOGとしてキャンプに参加していいのかなって。
実際今まで参加していたOBGみたいに、スタッフを陰から支えるほどの経験も知識もないし。ただの消費者になることに罪悪感を感じていて、ちょっと空回りしていたかもしれない。
そんな私に「そういうのって年齢でも社会人だからってわけでもないから」と言ってくれたのはゆーへい。
ODCの時キツツキハウスの隅でぐずぐず泣いていた私の愚痴を聞いてくれて、「人間関係はある日ふっと楽になるときが来るから」「今すぐではないけれど、いつか涙の分だけしあわせになれるから」って言ってくれたのはガイザー。
私の出したネタに乗ってくれた6キャビのみんな。キャンパーのみんなにとっては当たり前のことかもしれないけど、私にとってはガイザーの物真似をすることも結構勇気のいることでした。それに関して沢山コメントをもらって、ほんとに嬉しかった。
ガールズトークで盛り上がった月とveve。
私の忘れ物のフォローをしてくれたアメペン。
いじってくれるもりぞーとながいも。姉さんって呼びたいのはこっちの方です(笑)。
「同じにおいがする」って共感してくれたサク。
夜プロの間、思う存分しがみつかせていただいたゆーへいとはじめちゃん。
「安心できる」ってアドブに書いてくれたP.B.。
「すぐ人と仲良くなれてうらやましい」って書いてくれたいけやん。
「すてきだった」って書いてくれたRyuちゃん。
仕事の話を聞いてくれて「もっと気楽に人生を楽しんで」って書いてくれたKタロ。
全部は書ききれないけど、ほんとに私は皆より年上で社会人なのに、皆から支えてもらってばっかりでした。

キャンプに来て皆が思うことって「人によって感じ方は違うけど、『自分は人間なんだ』ってことなんだ」ってクロージングファイヤーの時に顧問の先生が言っていました。
出発前に相変らず人見知りしながら、それでも自己紹介ゲームで涙が出るまで笑って、こんなに笑ったことって1年以上なかったな、と思いました。
キャンプで日々を過ごしていくうちに、ほんとに、私は人間でいたいんだって思ったよ。
もっと人間でいられる場所に私はいきたい。



キャンプに参加した人もできなかったけど支えてくれたOBGも、キャンプ楽しんできてねって言ってくれたみんなもありがとう。楽しんできました。

あんたは愛することを知らない さようなら 

June 24 [Tue], 2008, 9:49
タイトルはフレンチシャンソンの歌詞だけど、友人SOQが書いていた日記を読んで考えた。
彼の日記は駅のホームの事故で、知らない人を自分の身を危険に晒してまで救おうとすることができなかったという内容。

私がもし死にそうになったら、身を呈してでも守ってくれるんじゃないかという人が何人かいる。
でも一方の私といえば、愛する人でさえ自分がそんなことをできるかというと甚だ心もとない。
それは、私がやっぱり愛することを知らないからじゃないかと思ったんだ。
世の中における自分の役割を認識すべき時になってきたんじゃないかと感じる。働く人としても、愛する人としても。

どうして 

June 24 [Tue], 2008, 2:04
私はいつも素直に辛いって伝えられずに、笑ってしまうんだろう。
ずっと昔からそうだった気がする。

面接のために卒論を読み直した。 

June 10 [Tue], 2008, 13:55
修論ならともかく、卒論は3年も前で自分が何を言っているのか忘れている。
簡単に言うと、こういうことらしい。↓

「夢の中にしか現実は存在しない」 と書いた退廃主義者(デカダン)のボードレールに対し、「私は夢を現実の中で探すことはしないし、現実を夢の中で探すこともしない」 と書いたモロー

実は手元に最終バージョンがないんだよね…。その1つ前はあるんだけど。
大学図書館で卒論はコピー禁止だけど、自分のものだってことで手に入れられないかな〜。

自分と他人を愛するということに関する引用文 

June 04 [Wed], 2008, 0:17
人を非難することが、どんなに人生をむなしくダメにしているかがよくわかるだろう。
相手が変わってくれるのをただ待つしかないのだから。
人を許すことは、非難しておこるマイナスを超越する手段なのだ。
人を非難しないで、人生の責任をとろうとすると、大変な自制心がいる。
それには自分を大切にすることだ。
自分を大切な人間だと思えば、自分の感情を他人の意のままにされることなど決してありえない。
だから他人を許すのは、他人の意のままにならないための手段なのである。
ウエイン・W. ダイアー

「自分を愛している人」とは、人間は自分がもっているものしか他人に与えることができないということを知っていて、それゆえにさらによりよいものを採り入れることにつとめている人とのことである。
レオ・バスカリア

信じても 信じていなくもない 

May 25 [Sun], 2008, 19:15
私が「非科学的なもの」に対して取る態度。占いとか霊とかさ。
現代社会では科学vs宗教(非科学的なもの)という対立構造が昔から続いてきたように信じがちだけど、実際今は偉大な科学者と言われている人は今から見ると怪しい、っていうことと科学的っていうことの両方を信じていくなかで今は当たり前だという科学的なことを発見したのだ。
所詮は村上先生の受け売りだけど(笑)、コペルニクスが地動説を発見したのは、太陽を神を見なすキリスト教の一派の信仰から来ていて、地動説の発見は教会からは歓迎されたらしい。
ここからは村上先生の影響を受けつつも自説なんだけど、今私たちに確認できる世界は世界の真実の一部である。
中世にも重力は存在したが、人々はそれを科学的に説明できなかった。でも重力はずっと存在していた。現代に関していえば、たとえば現代にも霊は存在するが、私たちはそれを科学的に説明できないだけかもしれない。
そういう意味では、世界における規則を科学的に発見するためには、一旦信じられないものも信じてみる必要がある。
私は科学者ではないので発見するために信じてみたりはしないが、可能性はあると思うので信じもしないし否定もしないつもりだ。
今科学で説明できないことがすべて存在しないというのは、現在すべては説明されているという前提のもとに成り立っていると思うんだよね。
ただし、もちろん証明できないものであればそれを利用して人を騙そうとしている人間がいることは常に念頭に置いておくべきだが。とはいえ、データが示されていたからといってそのデータの確実性は常に疑うべきなことにも変わりはないので。

これとは別に、信じることの心理学的効果に関しては信じているけどね。

ルーマニア語のレッスンを終えて思うこと 

May 21 [Wed], 2008, 1:16
得るものがあるということは、失うものがあるってことで
失うものがあるということは、得るものがあるってこと

人間の細胞は7年で全部入れ替わるんだったかな。
ということはつまり、イギリスの片田舎でまだ見ぬ恋を夢想しながら人見知りを抱えつつオーケストラに入ったり踊ったり劇を書いたり馬に乗ったりしていた私はもうまったく私じゃないんじゃないかっていうこと。
全部持ったままでいられればいいのにね。
それでも、忘れることに救われる回数も多いんだけど。

今年後半の目標の1つとして語学をきちんとやりたいんだけど、ルーマニア語にするかフランス語にするか、真剣に悩んでみた。

昨日久しぶりにルーマニアの友人たちと連絡取ったよ。miss youと言われることは純粋に嬉しい。嫌なことはたくさんあったはずなのに、今はすべてが美しく思える。
あまり親しくなかった中学のクラスメイトと再会する機会が来週あって、私は当時学校に行きたくなかったくらいでそういう集まりにはいつもだったら絶対行かないんだけど、今回はどうしようか悩んでたりする。
これは、忘れたおかげだね。

書いてからアポリネールの「ミラボー橋」みたいだと思う。

アフリカンフェスタ! 

May 17 [Sat], 2008, 11:49
チラシ撒きに行ってきます〜!

ゴールデンウィークの写真 

May 13 [Tue], 2008, 2:51


プエルトリコ!
人材マネジメントを失敗しニート大発生!
そのわりには健闘したよね〜。
もっとゲームしたいです。来てくれた皆ありがとう。
P R
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