クリスマスガード 

2007年12月10日(月) 14時06分

ブーゲンビルの「世界周航記」 

2007年11月21日(水) 12時39分
ブーゲンビルの「世界周航記」

 「世界周航記」は1767年〜68年にフランス人のブーゲンビルによって書かれた。この周航記ではブーゲンビルは栽培植物や航路だけでなく、オランダに対して植民地支配の様子など、スパイとして偵察していたことが書かれている。ブーゲンビルはインドネシアを支配しているオランダのものだけではなく、みんなのものにしようと情報公開をしようとした。

 インドネシアのバタヴィアはモルッカ諸島の丁子を中心とした生産物の中継地であった。インドネシアは香辛料であるナツメグやメースがとれる唯一の島だったので、オランダはその取引権を独占するために取引以外の香辛料は処分された。その後、イギリスやフランスによる香辛料の流出を防ぐために、生産拠点をアンボン島付近に限定しテルナテ島での生産を禁止したというようなことが書かれている。また、インドネシアではオランダが持ち込んだカースト制度により、身分が貴族・平民・奴隷という三階層に分かれていた。その他にも色々書かれているが、東インド海域におけるイギリス船の動向や、東インド会社の経営基盤とその権力の配置や香辛料に関する情報収集は詳しいものであった。

 ブーゲンビル一行は「地上の楽園」と呼ばれるタヒチを発見し、そこで生産性に優れたサトウキビを発見しフランス植民地に持ち込んで栽培技術を確立していった。また、彼の情報収集には植物学者や動物学者などを加え、科学的探検の面も併せ持っていたため、地誌学は「具体の学」であると主張した。

テルナテの歴史 

2007年11月05日(月) 0時10分
テルナテはモルッカ諸島の中のテルナテ島の中心都市で、ポルトガルとオランダ植民地時代を通じて物流拠点として栄えた。人口は152079人で、文化は西インドネシアのマライ文化とメラネシア文化が混交し人種はポルトガル人の混血が多い。
始祖はGamma lamaにいたKaicil Mashur Malamoである。第十八代の時代にヨーロッパへ輸出するための丁子を求めてジャワ人、マレー人や中国人などが来島。初代スルタンのGainalabidinはイスラム教に入信したが1534年にSimon Vazにキリスト教に改宗される。1512年ティドレの第二スルタンMushuの時代テルナテにポルトガル人が来航し丁子の独占的販売権を与えられる。又1521年にスペイン人と香料を巡る独占契約を結んだ。第四代スルタンはテルナテ島の領土を南はティモール島のビマから北はフィリピンのミンダナオ島まで拡張した。1602年からオランダ・スペイン・ポルトガルが混戦し、スペイン軍にスルタンを捕らえられた副王のダヤはオランダ軍にスペイン軍を排除するのと引き換えに丁子の独占販売権を売った。1814年ティドレとテルナテが平和協定を結び、ウィーン会議後、オランダの東インドの領土が認められ1817年にはオランダが支配した。テルナテ島はオランダの武器支援を受けながら版図の拡大を行い、オランダはスルタンの政治的影響を利用して商館の経営をはかった。1827年テルナテに農業委員会が発足し丁子、ナツメグなどの植え付けを行ったが、植え付けの面積を拡大するための賃金と労働力が不足した。1830年にコレラが流行し、島民による香料生産は完全に消滅した。1879年ニューギニアを除きテルナテ、ティドレ国において奴隷制が廃止された。1890年当時テルナテではタバコ、天然ゴム、ナツメグ、メースを輸出し食料を含めた日用雑貨品を輸入した。  
現在南テルナテは植民地時代のオランダの管轄区に当たり、周辺の島々からの居住者、華人やキリスト教系の島民が混住している。文化的な多様性に加えて、より近代的であり社会的にも開放性が強く、スルタンを頂点とした保守的なイデオロギーには反対の立場である。

ジャワ島におけるTambakの分布図 

2007年10月24日(水) 16時59分

東北大学に所蔵される昭和18年外邦図(インドネシア・テルナテ島)の破損地図の補正 

2007年10月24日(水) 13時18分

Partial truth(部分的真理) 

2007年10月24日(水) 12時57分
Partial truth(部分的真理)は、任意の事象について、それはその他のすべてのケースについて一般化することのできる「全般的真実」ではなく、あくまでその一部や特例に過ぎないが、しかし「部分的真実」としては存在するという意味の言葉だ。

  これは言い換えると・・・

「科学的研究は現実の正確な把握を目的としておこなわれるが、そこで提示される現実は(全知の神にみえているような)「生の事実」などではない。それは特定の概念図式にもとづいて解釈(あるいは研究)をすすめるなかでたちあらわれてくるのであり、現実を把握するには特定の概念図式に依存する必要がある。」

ここでいうところの「特定の概念図式の上にだけ成り立つ真理」がPartial truth(部分的真理)。

数学的には多値論理、論理学的は真理の複数性、いま時の言い方をするとファジー論理などはPartial truth(部分的真理)の近傍にあるものだろうか。

日常会話の中では?

以下で説明する(A)(B)両面を含んだ言葉だ。
すなわち、否定的な意味合いでは「虚実が混然一体となったいい加減な話」→(A)位の意味、、肯定的な意味合いでは「一面の真理」→(B)位の意味だ。従ってPartial truth(部分的真理)とは、一面の真理を含んではいるが虚実が混然一体となったいい加減な物言いを意味するということになろう。
P R
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