名前を変える(3) 

2006年02月10日(金) 10時37分
4月から中学2年生になる息子。
今、戸籍上の名前と変えた名前が少々めんどくさいことになっている。

例えば部活動
スポーツ系の部活動をしているので、
何か大会に出場するときは、
スポーツ保険に加入することになるので、
その時は本名を使う。

高校受験
どうするのか
戸籍上の名前を使う
それとも今の名前でOK

現在、戸籍の名前を現在使用中の名前に変えるか検討中
戸籍の名前を変えるには家裁に行かなくてはいけない。
私にとっては大事件なのだ。

名前を変える(2) 

2006年02月09日(木) 10時30分
名前を変えるということは、
新しい名前を使わないと意味が無い
使えば使うほど、効果があるそうだ。
例えば、本人が新しい名前に抵抗がある場合、
毎日、新しい名前を書かせたり、
または変わりに誰かが書いても効果があり、
新しい名前が好きになるそうだ。

ということで、学校の名札の名前も当然変えることになる。
学校の先生に何て言おうか
きりの良い時から使うほうがいいか、と思い
3年生の1学期の個人面談で、
「2学期から名前を変えてみるので名札を作り直したい」
とお願いしたら、
「お気持ちわかります。私の主人も変えていますから。」
とあっさりOK
なんだ、心配することなかったな。

息子は新しい名前をもらっているのを
知っていて、いつ名前をかえるの
と言っていたので、あっさり名前を変えることができた。
が、しかし、画数が多く難しい字に変わるので、
夏休み中かかって、練習させた。

そして現在に至っている。
そして今「ささやかな悩み」となっている。

名前を変える(1) 

2006年02月08日(水) 10時53分
小学校3年生くらいから、
息子のかんしゃくはひどくなるし、
自分の考えに1本の芯がなく、
考えがフラフラするのが気になるようになった。

息子が小さい時に(たぶん4歳くらい)「名前がよくない」と言われ、
新しい名前をある人からもらっていた。
その人が言うのには、私は結婚して独身の時より、
良い名前になったそうだ
その人の言うことは、
私に関してはピッタリ当たっていた。
そして、この家の家系は男がダメな家系で、
おじいちゃん、ダンナ、息子、3人とも名前がダメと言われた。

ダンナと時にはケンカごしになったりもしたが、
2人とも息子の性格がひどく心配になってきたので、
名前の漢字を変えてみることにした。


余談昨日何年かぶりに次女のために、
ピンクの炊き込みご飯を作った。
次女は、「わぁ、きれい〜」と大喜びだった。
これは、長女と長男が小さい時、
お雛様の時や、入園、入学の時、
お祝いのご飯としてよく作ったものだ。
長女と長男は「なに〜、このピンクのご飯」と言っていたが、
「覚えてない?小さい時作っていたでしょ。」と私が言うと、
思い出したようだ。なつかしかった
今年は、お雛様の時にまた作ろう、っと

同じように育てる・・・ 

2006年02月07日(火) 10時33分
息子が1歳くらいの頃、
目の離せない息子に手がかかり、
長女になかなか絵本などを読んでやったりすることが
困難で悩んでいた時期があった。
その頃、地元の保育園の園長先生の
子育ての講演会を聞きに行く機会があり、質問してみた。

園長先生は、
「もし長女が4月生まれだとしたら、二人は同じ学年。
同じカリキュラムの指導をうけるであろう。
2人を分けて考えるのではなく同じように接してみたらどうか?」
と言うアドバイスをもらった。
私はなるほどと納得しそれからずっと同じように育ててきた。

小さい頃は、それで良かったのかもしれない。

でも、小学校に入学した頃、
そう、同居が始まった頃、
私は「同じように育てる」の意味を考え直すべきだった。
同じように育てる同じように接する、ではなく、
同じように育てる長女のようになるように、
またはキレない子になるように、
育てることが「同じように育てる」ということだった、
と、今では思う。

今からでもやり直せるかな
いや、まだ遅くないはず・・・

余談長らく風邪をひいてブログ更新できず、
昨日やっと更新はずなのに、
ブ、ブ、ブログがどこにもない〜〜〜
どこいったの〜〜

長女と息子の違い 

2006年01月31日(火) 10時19分
息子はキレていくのだが、
長女は同じ環境で育っているにもかかわらず、
どうして同じようにならなかったのか

それは、長女と息子の気質の違いなのだと思う。
長女は幼児期から、自分をしっかり持っている子だったようだ。
例えば、夜歯を磨いた後でダンナが美味しそうな
お土産を買って帰ってきても、
歯を磨いたら食べない子だった。
私は、我慢できずに食べてしまうタイプ。
長女のほうがずっと大人だな、と思うこともあった。

こんな感じで、核家族の時の生活のルール、
リズムをアマアマのおばあちゃんと
同居してもペースを崩す事はあまりなかったようだ。
長女と息子は1年離れていない年子で、
1年で1週間だけ双子(同じ年齢)になってしまうほど、年が近い。
にもかかわらず、これだけの差が出てきたのだから、
気質の違いとしか思えない。

かくして長女は、成績優秀運動神経抜群性格良し
の何でもできる学校の先生のほめられっ放しの子に
現在なっている。

今になって気付いたことがある。
私は双子のようなこの子達に、同じように接してきた。
同じように教えてきた。
でも、世の中すべて平等では無い、という事も教えてきた。

この同じようにが曲者だったのだ

癇癪玉(かんしゃくだま) 

2006年01月30日(月) 10時11分
息子が小1の終わり頃、フルタイムの仕事に変わった。
はやく家のローンを返したいと思ったからだ。

アマアマのおばあちゃん逃げ込む生活を続けていた息子は
たぶんこの頃(古い話なので記憶があいまい)から、
気に入らない事があると癇癪(かんしゃく)が起きるようになった。

あまりにも回数が多いので、私に癇癪玉と呼ばれるようになった。

私も仕事に出るようになったので(実働8時間)
おばあちゃんが子供の面倒をみてくれる時間が増える。
が、それを阻止するため、学童保育にいれた。
それでも、夏休みなどはやはり頼らざるおえない。

私は自分のルールとして、
おばあちゃんに子供を預ける時は何一つ口出ししない、
と決めている。
私も子供を預ったとして、あれはダメ、これはヤメテ、
と注文をつけられたら、預りたくないと思うからだ。

多分おばあちゃんに怒られる事は無かっただろう。
アマアマだから、なんでも言う事をきいてくれる。

そして、仕事から帰ってきた私にガミガミ言われる。
息子は忘れ物が多かったから、あれは持ったか、これも持ったか、
と私は細かいものまで確認する。

そして、癇癪が起きる。
これが、成長するにしたがってキレていく。

そして仕事にでる 

2006年01月27日(金) 10時45分
同居が始まり3ヶ月位たった頃から、パートに出るようになった。
二世帯住宅といえども、やっぱり、一つ屋根の下。
やっぱり、疲れる。
同居するために、隣の市から引っ越してきた。
なれない土地での生活。
外に出たほうが、自分の精神状態が良くなるだろうと思ったから。

息子は、相変わらず2階で私に怒られると、
「おばあちゃ〜ん」と泣いて1階に逃げ込んでいく生活が続く。

夏休みの宿題、
小1だったので、初めての宿題だ。

読書感想文の宿題のやり方を教える。
去年、姉に教えたように。
「できない」の一点張り。
自分でとりくもうとしない。
少しでも、自分でやるように言う。
「できない」と言う。
ダンナと相談して少しでも自分で手をつけるまで、
手助けはしない、と決めた。

息子は「おばあちゃ〜ん」

おばあちゃんが泣く息子をつれて、
2階に抗議しに来る。
「かわいそうじゃないの」

その時は、ダンナがいて、
「子育ての方針に口をはさまないで」
と言ってくれたので、そのまま引き下がっていった。

こんな生活がしばらく続く・・・

いつからなんだろう? 

2006年01月26日(木) 10時33分
息子にムカつくようになった原因(原点)は、いつだろう?
時間をさかのぼっていく・・・
息子は現在中1だが、それは小1がスタートではないか?と、思う。
この時何があったのか。
それはダンナの親との同居生活がスタートした時、
2世帯住宅を建てて同居が始まったのだ。

それまで、息子はカワイイ男の子だった。
では、何故同居が原因のキッカケだと思ってしまうのか?

もう限界だ! 

2006年01月25日(水) 14時02分
私には、長女、長男、次女の3人の子どもがいる。
長女は、成績優秀、運動神経もバッチリ、性格も良し、
いつも学校で先生にほめられる優等生
次女は長女と干支が一回りして同じ。年の離れた子で、
まだまだ性格は不明なところが多い。

そして、長男
私の目の上のタンコブ、である
なぜかというと、すぐキレるのである
毎日毎日、息子にムカついている
我慢の限界にきそうである。
毎日毎日ストレスがたまる

どうしてこうなってしまったのか
書きながら考えてみたいと思って、
今のこの現状をなんとかしたくて、
書き記していこうと思う
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