わくわく。 

2008年12月06日(土) 21時36分
卒論 いとたのし!
というか、字数のかせぎ方がわかってきたような気がする。


感情をコントロールする、その意味は、すなわち、どの思考を選ぶかをコントロールすることで結果的に感情がコントロールされる、ということなのね。きっと。

われおもう、ゆえにわれあり。なんだ。
この言葉の凄さを思い知る。


金子みすずは、やさしい。やさしすぎて、死んでしまった。
宇野千代は、楽しんだ。楽しんだから、生きた。

私はみすずの生き方がすきだった。
やさしさは、美しい徳だと思う。

だけど、楽しみを譲る、というやさしさは、つきつめれば、死ぬことなのかもしれない。みすずは死んでしまった。
もしも、楽しみを分けるというやさしさだったのなら。

自己犠牲と不足について、認識が変わってきた。


「義理に死ぬ」武士について。
私は彼らをあわれで美しいと思うのだけど、
美しいとされているから、美しいと思うのだろうか。
美しいから、美しいと思うのだろうか。

答えを知るのは怖い気もする。

でもまぁ、どっちもあるのかな。

必死。 

2008年10月24日(金) 20時00分
充分な時が流れても、治らない怪我、傷痕、それから古い筋肉の痕!
あの時節は、よく耐えて、よく適応してくれて、ありがとう!

って言ってはじめて、癒える方向に動き出してくれるのかもしれないなぁ。
もしかしたら。

自分で決めて自分で選び取ったものの結果だったのに、それを記憶から抹消して(笑)、文句ばかり言うようになっていたような気がして
反省した。



私だったらまだ傷”痕”と認識しないような傷を、気にして労わる「女の子」を見て、
一瞬返答に戸惑った。不覚だった。
いい心がけ。
それは治るよ。


必死になって、集中して、でかいエネルギーをつぎ込んで、
多分そういうのは、それしかない、という思い込みを持てる、子供だったからこそできたことだと思えば、本当に貴重な体験。と思うことにしよう。
体なんてどうでもいいよー、という感覚はたぶんそこから生まれるけど、その言葉の矛盾を理解しなかった時代だからこそ、得たものもあるんだろ。
もうゴメンだけどね。笑!

きっと今の当たり前も、本当は、今しかできないことを、やっている。

不思議。 

2008年09月23日(火) 21時32分
長い間分からなくて、ずっとずっと知りたかったことが、一冊の本によって簡単に、感動的に、解き明かされたんだとする。

「その本との出会い」が、普段使わない隣町の図書館にたまたま寄ったときに、普段絶対手に取らない種類だけども何故か借りて、その上めずらしくきちんと読んで、そこからまたまたなんとなくピンときて、その参考文献に載っていた本を取り寄せて、それが、アタリだった、そこに、ずっとずっと知りたいことが全部書いてあった。というような出会い。

すごい、偶然が重なったなぁ。と思った。
普通だったらきっとこんなことしない。
あまりにも、どこで途切れてもおかしくないような出会いのルートだったから、そのことについて、面白かった。

でも、私は随分前だけど、「こんな感じの本に出会いたい。」と思った。
だから、アタリハズレを繰り返しながら、いろいろ探してた気がする。
そのはじめのとこから考えてみると、

ん?必然だったか。と思った。
いつかは、出会うはずだったんだろう。



そう考えると、時間というものは、知覚しようとするならば、過去・現在・未来というふうに順序良く流れて去っていくものなのかもしれないけれど、
じっさいは、混在しているのかもしれない。


***

バスケが したい!
無心にシュート練習がしたい。
パワー勝負の一対一がしたい。

もしくはピアノが弾きたい。
無心に楽譜の最初から最後まで弾きたい。
うるさくて明るいのが弾きたい。


・・・寝すぎて力が有り余っている。

遂に、PCの壁紙が、スラダンの牧紳一になった。
ファウルされてもシュートを入れきる、ダンプカーのようなパワー。
あこがれる。
決めるという強い信念がないと、あーゆープレイは絶対できない。

腹をくくれ。 

2008年08月23日(土) 20時27分
市役所の面接カードは書きにくい。
いきたくないから志望動機が書けない。
テンション上げてわくわくして、とりあえず自分に暗示をかけねば。


**
ついにやってきた教育実習。いつになったら腹をくくって私は前向きになるのか。もう時間がない。
最終手段を使おう。無理矢理わくわくするのだ。
心の内側から楽しめないときは、外側から攻略してみよう。笑!
**

今朝、夢でシュートを打った。パスが来て、スリーを打った。手からボールがずり落ちた。
またチャンスが来た。もっかい負けずにスリーを打った。手からボールがずり落ちそうになる。ボールに回転がかからない。肘が痛い。でも確信があった。無理矢理体ぜんぶを使って打った。
・・・入った!


リングに入れたいと思うから、ボールを放つという行為をする。
この、「順番」を間違えるとシュートは入らない。
また、順番を間違えないまでも、焦って「リングに入れたいと思う気持ち」をないがしろにした時も、シュートは入らない。
なんでかというと、それはそのまま「ボールを放つ」という行為をないがしろにすることに繋がるからだ、というふうに感じる。
何故かはわかんないけど、感覚的にそう思う。

胃が痛い。 

2008年08月04日(月) 6時56分
苦手なことは、人の2倍か3倍、練習すればいいだけのことだよ。ただそれだけのこと。単純なこと。
何もやらないでいて、ただ怖がってるだけだったとしたら、そっちのほうが体に悪いし、結果もでない。


でも私は、いまは本当は、一週間くらい何もしないで休憩していたい。
7月の疲れを溜め込んでしまった気がする。



クーラーは、肌が疲れるけど、つけないでいても、消耗するなぁ。扇風機がほしい。
しかし、おもしろいのは、眠りが浅いときに、頭が面接モードになって志望動機とかべらべらしゃべってるのが分かるってこと。
昔、試験近くになった夜とか、化学式が勝手に頭の中流れたりしたのと同じ感覚。

起きてるときには再生できないくらいのわりと高度・・・ていうか込み入った文章や文脈を、眠ってるときに猛スピードで作ることができるってのは不思議。でもこれって錯覚なのかな。

バスケがやりたい。 

2008年06月11日(水) 20時32分
観察実習というのは、思ったより疲労するようだ。ただ見てるだけなのに。
今日は昨日よりも多く、休養を取ろう。

慣れない環境だから かな。それとも暑いから?スーツだから?教室の後ろが意外と窮屈だから?

最近バスケの試合の夢をよく見る。
体が運動したがってるんだろな。
おもしろいんだけど、現実で悩んでるときって夢でもシュートが入んない。しかも監督に怒られる。5ファウルで退場することもある。これは悲しい。

けど現実で迷いがないとき、何本打ってもシュートが入る。カットインも決まる。バックシュートもころりん、と入る。リバウンドもがっつり取れる。
昨日の夢で打ったシュートは、すごくきれいなループを描いてリングに吸い込まれた。目覚めてふふふん、と思った。

弓道。 

2008年05月27日(火) 22時25分
足りなかったのは、鍛えなければならなかったのは
技術じゃなかったんだ。でもそれは知ってた。
長い間「気持ち」の問題かと思ってた。

しかし、それも間違いだったんじゃないか。

つまり、それら以前の問題だったんだ。私に一番足りなかったのは・・・
体幹の使い方、基礎だったんだ。手先にこだわるな、と言いながら、誰よりもこだわっていたのは私だったのかもしれない、という事実。

あまりに情けない答えだったけど、夜ひとりで弓を引きながら、直感した。

人より少し早いうちに昇段したり、普段はそんなに中てないくせに、名誉に繋がる試合だけはなぜだか結果を出したり、そういうのは・・・

私が少しは上手いからだ、と、底力があるからだ、と、集中力の問題だ、と、
表に出したことは一度もなかったけれど、たぶん誰にも見せない自分の心の奥でだけ、思ってたんだな。

だから成長できなかったんだな。

チームメイトに頂いたものだったのに、必要以上に驕ってたんだ。


***



でも、確かに、気持ちだけでも中るんだ。どうやってそういう状態に持ってくのか自分でも分からないけど、結果的にすごく集中した時は、確かに中るんだ。

後から考えると、その一番最初の発火装置は責任だったり名誉欲だったりで、それらはそのままだと結果は残念しか出ないんだけども、
なんだろう・・・

着火したものを昇華させる感じ。
こめかみに力がぐわっと溜まるような感じがして、「”私が”。やる。」 「”私が”。やんなきゃ。」っていう確信のような自信のような無心のような感覚に昇華した時、その、こめかみに溜まった力が体の中でキュッと下降する。

そういう時、純粋に現在だけを生きてるんだよね。未来を感じないから、不安を感じることもできない(ここが大切なのかも)。
で、気が付いたら、的に迷いなく吸い込まれていく矢が見える、そんな感じ。ほんとおもしろいんだよね・・・。いつもできるわけじゃない。
ぐわっと追い立てられるものがないとできない。


昔、バスケの試合で強い相手にあたった。勝ったら悲願のベスト4。試合が始まる前に、
「勝てるかなぁ?」とベンチの子が不安そうに言ったとき、スタメンの5人の方はその時、上から何かが降って来たような言い方で、

「勝つ。」
と落ち着いた声で当たり前のように言った。その瞬間言った本人同士が「えっ?」と5人で顔を見合わせた。
あれ、今誰が言ったの?私が言った?それともアンタ?みたいな感じで。
すごい不思議な一体感だった。5人の想いが全く同じだったので、それが合体して一つの言葉になって誰かの口から出た、みたいな感覚だった。
勝てるかどうかなんて全く分からなかったし根拠だってなかったのに、何故か不安だけがなかった。すっと何かが降りてきたような感じ。つまり・・・丹田か何かが入ったんだろうか??

状況は悪かった。
後半残り20秒で2点負けててしかも相手のオフェンスだったのに、
それから4点取り戻して逆転勝ちした。最後の逆転シュートはブザーが鳴った瞬間にリングに吸い込まれたジャンプシュートだった。最後の20秒をコンマの間隔で思い出せる。
外から見ると、状況は奇跡的なシナリオだったけど、試合の中にいたときは、この展開は危ないぞ、とも、逆に、まだチャンスがあるぞ、とも思わなかった。
ただただニュートラルな、マイナスの感情もプラスの感情もないような、奇妙な感覚だった。


一番忘れられない試合。そして、弓道でたまに集中してると、この変な感覚を思い出す。1秒をもっと細かく刻んで、その小さい小さい現在の時間だけを生きて、結果的にそれが連続して未来や結果になる、そういう感覚。

ありがたいこと。 

2008年05月25日(日) 19時51分
最近、私の身のまわりに、有難いことがたくさん起こる。
とてもありがたいので、感謝をせずにはいられない。
するとまた、予想もしなかった有難いことが起こる。

何?

答えを、ずっとずっと、ずっと昔はなんとなく感じる事ができていたような気がする。
しかし、成長するにつれて(自分にできる事が多くなるにつれて、自分の努力が報われるにつれて)、忘れていったように思う。


最近妙に実感させられるのは、私の求める情報が変化すれば、私に入ってくる情報が変化していく、ということ。

つまり、毎日すべての事が周りに存在してる。だけど、無意識の領域でそれらから取捨選択した、その後の状態を、「私を取りまく環境」と、表現している事実。
それだけでも充分面白いし可笑しいのに、もっと興味深いことは、

そこからくる結論が「全ては自分次第。」というのとはちょっと違うという・・・。




***
「謙虚でありたい」と願う感覚を、忘れたくない。

最近、欲しい情報がたくさん入って来る。心に留めておきたい事柄や情報が、手帳に書ききれないほど入って来る。そして昨日ずっと覚えておきたいと願ったはずの事を今日もう忘れる。
(ああでも、忘れるということは、どんなに素晴らしいことでも、それは今はまだ知ってても知らなくてもいい情報ということなのかなぁ。)


本当によく気をつけていないと、すぐに傲慢になる。
それは、私が背負ってる、・・・・・・という使い方はおかしいけど、 
惰性なんだな、きっと。
私が忘れても思い出しますように。

謙虚さは、人や世界を敬う感覚と表裏一体だ。そして何かを大切に扱う感覚だ。
私は人のそういう部分に、とても弱いと思う。

*** 






何の効果 

2008年04月19日(土) 1時34分
12月ごろできたおでこや顔の大人ニキビたち
前髪引っかかって痒くなったり赤くなったりずっとしてて、洗顔石鹸を変えたりビタミン剤飲んだりいろいろやってみたけど ずーっと治らなかった。

ふと思い立って安物の、ビタミンC誘導効果を謳った顔パックを買ってみた。
寝る前にそれを顔に貼って、モーツァルトを2曲聴いた。
…治った。

モーツァルト?ねぇこれモーツァルト?
だったらおもしろいのに

きらきら星は大人ニキビに効果的。

それにしても 

2008年04月12日(土) 17時09分
私はいつ卒論書けばいいんだ?


効率が悪いせい?それとも時間の絶対量が足りないせい?それか私の運が悪いのか?

運は・・・あんまりよくない気がする。いや、私が呼び寄せた運だ。

まず、引退すれば仕事終わる、引退するまで、とか安易に思った、その考えが甘かったよね。引退後にも付いて回る事柄について、そこまで考えてなかったな。ははは。

でもいい。仕事は捌く!
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