一次通過 

February 06 [Fri], 2009, 1:56
こんばんは
今日は家に帰ってから、朝昼抜いて腹ぺこだったので食事して、それからばったり寝ていました。

院試の一次試験、通過してました!!セーフでした!
筆記試験のとき軽く20人くらい受けてたと思うんですが、掲示板に張り出されたのは10人くらいでした。
高校受験や大学受験と違って、掲示板の前での悲喜こもごも……というのはあまりなくて、結果を見に来た人はみんな淡々としていましたが、やっぱり厳しい世界だと思いました。学科によっては合格者が一人か二人、というところもあるので、高倍率過ぎてみんな心の準備をしてからやって来たんだろうと思います。わたしも掲示板の前に立つ前に、ベンチに座って30分くらい気持ちの整理をしました。

なぜか通過してた!これは現実です。
これからまた火曜日に論文審査があるので気は抜けないですが、こうなったらもうヤケクソでやります
落ちたときのことは今は考えない。スーツを着てがっちり武装していきます!


崩壊の予感と春の兆しの区別がつかないんだ 

January 27 [Tue], 2009, 21:44
 お久しぶりです
 1月8日に卒論を提出して、おととい25日に大学院の第一次試験(筆記)を受けてきました!
 そしてあさってが卒論の口頭試問(=口述試験)です。
 
 筆記試験の成績ももちろん大事で、成績が悪いともうアウトですが、進学を希望しているのは今在籍している研究室の修士課程(マスター)なので、教授陣に卒論をどう評価されるかも、事実上かなりのポイントになります。
正直卒論も一次試験の成績もかなり危うそう!!

 

 電車に乗って大学に行って、研究室の掲示板に貼られた結果発表を見に行ったら、私の受験番号がありませんでした……一緒に受けた学科の仲間たちはみんな受かってて、気まずそ〜な、気の毒そ〜な顔をして逃げ去る私を見送っていました。


 ……という夢を昨夜見ました!つるかめつるかめ!! 

 今まで卒論と院試の準備に必死すぎて、大学院受験に失敗したときのことを考えるのを避けてきましたが、真剣に考えておいた方がよさそうです……。

 たとえば卒論の提出届を取り下げて、一年留年して就活するというのがよくある選択肢で、(新卒採用になるから。)、あとは卒業はするだけして、新卒を問わない公務員試験を目指すというのも一般的な道のようです。
 
 大学受験のように、浪人してもう一年がんばる、という道ももちろんありうるのですが、それで次の年に受かる見込みは低いらしいので、院受験で浪人している人というのは少なくとも私の学科ではあまりいないよう。
 (あ、法科大学院(ロースクール)を狙う人は別です!そちらは浪人も当たり前の世界で、法学部なら「大学5年生」は珍しくありません。)
 でも文学部は……処女論文を認められないというのは、将来的にも見込みがないそう

 一応気ぜわしい時期は終わりましたが、2月5日の結果発表までは安眠は出来なさそうです……



 崩れゆく音はわが身かわが殻か 幕が降りたか役者死んだか

蜜柑は火燵に乗って 

January 22 [Thu], 2009, 22:59



−−俺はそう云うことは、どうだっていいんだ。ただ俺は、そうだね。俺は、ただ、ドイツのミュンヘンあたりへいっぺん行って、それも、雨の降っている所でなくちゃ行く気がしない」


横光利一『春は馬車に乗って』(大正15年)

もうすぐ夜明け・・・! 

January 05 [Mon], 2009, 17:23
 もうすぐ夜明け・・・!な気分です。やっとワードとプリンターから解放される!

 大学への卒業論文の提出日が8日。
 製本屋さんへは当日駆け込んでも間に合うけど
 料金が加算されちゃうから念のため7日の3時に持ち込み。

 ということは、今日と明日がんばればゲームセットです!

 思えば長かったことよ・・・。

 去年の春休みまず扱う時代をしぼって、それから作品を決めて、
 先行研究を調べつつ自分のテーマを模索し、夏休みからは図書館通い。
 国会図書館に行き、大学図書館の地下書庫に潜り、古本屋を漁りまくり
 うっかり脱線し。

 図書館とコンビニの往復中ににわか雨に遭ったときには、
借りた本(高そうな希少本)を抱え込んで死守しました。

 もはや涙なしには語れません!!

 ・・・の割には、

 学会を揺るがすような壮大な論文(4月時点の意気込み)はどこにも生まれませんでしたが、
 規定ぎりぎりのショボ〜な論文なら、明日の夜中までになんとかひねりだせそうです。

 がんばるぞーー!!

 今週末は、まだ予定はなんもないですが、とりあえず大いに街に繰り出したいと思います(^^)繁華街に!福袋がほしいな♪

 これまで応援のメールを頂いた方々、本当にありがとうございました。とても励みになっています!


 

 
 

謹賀新年 

January 01 [Thu], 2009, 3:18
みなさまあけましておめでとうございます

紅白をちょっと見たあと

有料放送の海外ドラマを見て

ぎりぎりに行く年来る年をちょっと見て

それから荒川静香のツィゴイネルワイゼンを見てしまった

卒論中&受験勉強中(のはず)のレフトです(笑)。


……日頃昼夜逆転しているので、おそらく初日の出も余裕で拝むことができるでしょう。


振り返ってみれば、08年はHPの更新が全くと言っていいほどにできませんでした。

が!

09年こそは再び鋼イヤー!

まさに牛年の到来です。

連載途中の小説もきっちり進めていきたいと思いますので
どうか今年もお付き合いくださいませ。

21巻発売!極悪兄弟・・・ 

December 22 [Mon], 2008, 22:39
21巻が発売になりましたね!待ってました!
コンビニのマンガコーナーに鋼がずらっと並んでると、癒されます。
大学の生協にもちょっとだけコミックコーナーがあるんですが、鋼のタワーが出来てました。うれしい♪

ところで表紙のアル、凶悪過ぎます。13巻と並べると・・・・・・



 極悪兄弟。禍々しさがみなぎりすぎです。絶対少年漫画の主人公ではない!

 これから物語は佳境に入っていくわけですが、彼らは内在する、外在する「罪」と戦う強さを持っていられるでしょうか?
 楽しみです!がんばれ兄弟!

小さな花園で 

December 01 [Mon], 2008, 1:51
 
 最近は家にこもって卒論を書いてます。今は14世紀前半、鎌倉時代と南北朝時代の間くらいを中心に、宮廷の人間関係を洗い出しているところです。

 この時代の宮廷というと、後醍醐天皇とか後醍醐天皇とか建武の新政ばかり歴史の教科書ではピックアップされてしまうのですが、そのかげに、ちいさな甥っ子を育てた「花園天皇」というひとりの人間がいたことに感動させられました。

 (以下敬語の使い方などに至らないところがあると思いますが、気になるという方には申し訳ありません。)

 花園天皇は天皇家の系図をみると後醍醐天皇のひとつ前の代の天皇です。といっても後醍醐天皇とはひいおじいちゃんがいっしょなだけです。この時期には天皇家が「持明院統」と「大覚寺統」に分かれていて、しょうがないので両方の家から交代で天皇を出すことになっていました。

 花園天皇が持明院統の代表として突然即位することになったのは十二歳のときでした。それまで天皇だった大覚寺統の後二条天皇がたった二十四歳で亡くなってしまったからです。大覚寺統に属していた人々が嘆き悲しむ中、花園天皇は即位しました。

 このころ、実際の政治は天皇のお父さんなどの役割でした。というか、政治をしていたのははるか東の鎌倉幕府の武士たちでした。天皇になった花園天皇は、宮廷の儀式に出たり、和歌や学問をして一日を過ごしていました。花園天皇は和歌がとても上手で、信仰心も強い青年になりました。

 花園天皇が十六歳のとき、お兄さんの後伏見上皇のところに男の子が生まれました。花園天皇はお祝いを贈りました。この子が自分の次に持明院統から出る天皇になる子どもだな、と思いました。もともと自分が即位したのは、この子が生まれて成長するまでのつなぎだったのです。

 花園天皇が後醍醐天皇に譲位することになったのは、即位してから十年後、二十二歳になったときでした。もちろんこの譲位は鎌倉幕府の政治家たちの後押しによるところも大きかったのです。

 花園天皇の周りから人々は去っていきました。


   殿守のとものみやつこよそにしてはらはぬ庭に花ぞ散りしく
 (主殿の役人たちが、知らんぷりをして掃除をしないこの庭に、桜の花は一面に散り敷いている)


  花園天皇はお兄さんの後伏見上皇が天皇だったときのことを思い出していました。お兄さんが天皇になったのは十一歳のときで、退位したときにはたった十四歳でした。大覚寺統の圧力によるものでした。

 翌年の寒くなってきたころ、ふっと花園天皇は、何もかも捨ててみたい気になりました。出家をしてしまおうか。花園天皇は退位してからお兄さんのところに同居していたので、夜になってからお兄さんとお義姉さんのところに相談に行きました。
 お兄さんは反対しました。出家などしたら世間が騒ぐにちがいない。この家で静かにしていなさい。
 思い立った出家は、諦めざるをえませんでした。


 そんな日々の中、花園天皇が甥の量任親王(光厳天皇)の教育をしはじめた理由はよく分かっていません。
 二十二歳で隠居生活に入った花園天皇は、七歳の小さな甥っ子の手に琵琶を持たせました。それから和歌を詠むための練習も始めさせました。連句、漢詩、笛。甥っ子のための学問所。それらのこともみんな日記に書いてあります。

 甥っ子がひと月以上病気で苦しんだあと、ようやく回復してお風呂に入れるようになったときには、花園天皇は関係者たちに牛一頭・馬一頭を与えました。

 都は荒れていました。後醍醐天皇は古代のように天皇による政治を行おうとやっきになり、武士たちは不満をもらし、貴族たちは右往左往していました。そんななか、ひっそりと学問をして暮らすこの二人の間にどんな絆が生まれたのか。

 それは嵐の吹くなか、壁に囲まれた小さな庭園で過ごす穏やかさだったのではないでしょうか。

 花園天皇は三十四歳のときに、甥っこのために本を書きました。千四百八十九字の漢文で書かれたそれには、この嵐の中で生き抜くために、帝王としての徳を身につけることの重要性が切々と説かれています。
 ちょうどこれが書かれた翌年には、後醍醐天皇は幕府によって佐渡へ流され、十九歳の甥っこが光厳天皇として即位しました。


 「後醍醐天皇」という中世の巨人のかげに、こうした伯父と甥の姿があることは、いまでは殆ど知られることはありません。
 花園上皇は三十年の長い隠居生活を過ごし、そして光厳天皇の長男・崇光天皇が即位した同じ年に、五十二歳でなくなりました。

 中世のひとこまでした。

 
 

 

 


 

 

1年ぶりのweb拍手更新 

November 29 [Sat], 2008, 21:36
掃除ついでに部屋の正面の本棚をクリスマス仕様にしてみました。

背表紙を赤・黒・緑に統一。
中央の一冊だけ金色の背表紙です。

右上にはさりげなく限定版の13巻をあしらっています(^^)




・・・・・・さて卒論に戻るかな。。。


追記: HPウェブ拍手のお礼画面を更新しました。よろしければご覧ください。

ブログの背景変更&現代アート偶感 

November 26 [Wed], 2008, 0:38
 サイトの管理人としてあんまり更新がないのもアレなのでこそっとブログの背景を変えてみました。

 ろうそくがいくつも暗闇に灯っていると、一見冬の夜のひっそりと暖かなイメージにも見えますが、多少不気味な印象でもありますね。死者の思念とでもいったような・・・

 大学生になってから興味を持ったのが「現代アート」です。東京に住む利点のひとつに、見たい美術展は大体電車で行けるところでやってくれるということがありますが、いろんなものを見に行きました。現代アートに限らず、かたっぱしから見に行った感じです。

 現代アートはジャンルで括れないのが特徴ですが、全体的にいっていいと思うのは、私が心を捉えられる作品は、どれも「欠落感」「喪失感」や、それと表裏をなす「完全性への志向」を持っているということでした。

 それはどこかアニメ版の『鋼の錬金術師』のテーマと似ているかもしれません。

 たとえばフランス出身でユダヤ系の現代アートの作家であるクリスチャン・ボルタンスキー氏は、無数の衣服や写真といった、「人間の存在した痕跡」を材料にして、人々の心の中から死者たちの記憶を呼び覚ますようなインスタレーションを世界各地で近年発表しています。

 検索して頂いたらすぐに何か作品の写真が見つかると思いますが、例えば《シャス高校の祭壇》(1987年)という作品は、祭壇のようにしつらえられた子どもたちのモノクローム写真。写真はいくつかの白熱灯で照らされていますが、なぜか白熱灯のコードは写真の前にわざとぶら下がり、子どもたちの顔を断ち切っています。

(注:「インスタレーション」ということばはどうやら現代アートの専門用語らしく、絵画・彫刻・映像・恣意的な芸術的行動などのあらゆる「作品」を意味するカタカナです)

 クリスチャン・ボルタンスキー氏の作品から誰もが感じ取れるのは、なんともいえない無気味さ、悲しさ、そして思わず遠い遠い記憶の中へ引き込まれてしまいそうな独特の暗さです。それはその作品たちが、もう取り返しのつかない喪失を現わしているためです。

 彼のように、自分の喪失感を練り上げるようにして作品を生みだしているのが、「現代アート」のような気がしています。喪ったものが肉親なのか、自分の子ども時代なのか、あるいは思想なのか。その喪失の種類自体も作者のアイデンティティですし、どう表現していくのかもまた作者のアイデンティティだと思います。表現しないこともまた表現のひとつかもしれません。

 喪失感がなぜアートを生みだす力になるのかといえば、おそらく作品によって世界と繋がることで喪失感を埋めようとする本能が人間に備わっているからです。そしてその作品に魅入られる人間もまた、作家と共に自身の喪失感を何かによって充填しようとしているのではないでしょうか。

 その何かがたぶん、アートが持つものです。

 そういう意味では「現代アート」は生きるためのアートであり、現代に生きる私たちの求めるアートです。

 LIVING ART.

 

ドスケベ大総統 

November 21 [Fri], 2008, 9:32
 アニ鋼ファンのみなさんにはもう周知のことかもしれませんが、
 現在ニコニコ動画で公開されているギャグアニメ「天体戦士 サンレッド」に
ブラッドレイ大総統の声を担当された声優さんが、悪の将軍(笑)役で出演されています。

 悪の将軍なので、なんとなくブラッドレイをほうふつとさせる人物。

 このアニメは毎週金曜の深夜に最新話がアップされるのですが、今日の深夜まで公開予定の第7話冒頭では
こんなセリフが聞けます。

 「わたしは ド ス ケ ベ だ!!」

 口調も威厳もブラッドレイのまんま。

 よければぜひご覧ください。冒頭の数十秒です。

 

 
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