選挙事務所 

April 26 [Sun], 2009, 14:21
来週30日に国政選挙がある。日本の選挙運動のように街宣カーで怒鳴りながら候補者の名前を連呼していないので静かだが、選挙事務所の前は夕方になると人でごった返している。ここはコングレスの選挙事務所、昼間なので殆ど人はいない。

部屋から見える風景 

April 24 [Fri], 2009, 21:42
やっと写真を貼付できた。

リビングからの風景、このビルは第3棟で2007年に建造された。24階建てのビルだ。4階の部屋を借りた。同じビルで17階に西向きの部屋があったが、大きすぎるのと西向きがいやであったから、この部屋に決めた。道路に面しているが、ひろい踊り場があるので、車の騒音は気にならない。




この写真はベットルームからの風景。

再開です。 

April 21 [Tue], 2009, 1:48
1年半ぶりにこのブログ再開します。
長い事休んでいたが、インドでの生活は続いています。5年目に突入した。
2008年の5月に Versoba地区からAndheri West地区へ引っ越してもうすぐ1年になる。
会社から近いアパートを借りているので通勤は楽になった。
このアパートはRahejaというビル会社が建てたアパートで、ムンバイでは結構名の知れた会社だ。
2DHKの広さでベランダが寝室とリビングにあるが、あまりベランダに出る事はない。
70 m2程あるのでゆったりした広さだ。リビングと主賓室は東向きで、もう一つの寝室は南向きだ。
この部屋を洗濯室として使用している。(洗濯物を干し器にかけている。外に干す気にならない)
キッチンが少し狭いが、機能的なので不便ではない。しかし換気扇は五月蝿いだけで、一向に換気しない。魚を焼くと部屋中に煙が充満して大変だ。
前にすんでいた所はリビングが西向きであったので、午後の日差しがキツかったが、今度は東向きなので前ほどあつさを感じない。
Lonk road という通りに面しているが少し引き込んだ所にあるから、車の騒音もさほど気にならない。

まずは、再開第1報で住居移転のお知らせ。

インドのサリー服地屋 

October 08 [Mon], 2007, 1:15
 先週は風邪でダウン、今年2回目の風邪ひきでした。でもその間マダム育子にマニラ出張時の留守番手当ではないけど、サリー服地屋で絹のサリー生地でドレスを仕立てました。マダム育子に言わせると、男ばかりの店員で、採寸もいい加減で、仮縫いも無く、本当にうまく仕上がるのか不安だった様ですが、まあまあの出来、安心しました。生地の余りでスカーフが作れ、ちょっとしたパーティーに着ていっても、問題ないでしょう。

NAVRATORI(グジュラテ州の祭り)  

October 02 [Tue], 2007, 12:00
ガネシャ祭のガンパティが終わると、ナブラトリと言う祭りが始まる。これはまさしく日本の盆踊りみたいな物で9日間夜に踊り続ける。スタッフには余りハッスルして踊らない様に注意している。実際にまだ見に行っていないが、大体よる7時から11時まで踊り続ける様だ。これはムンバイの隣の州、グジュラテが本場であるが、ムンバイはインド各地から人が集まっているので、その地の人がソサエティー毎に祭りをするから、ディワリ(インドの正月)まで、踊りが絶えない。このナブラトリの時期に人口が増えると言うくらい、女性の踊りは豊艶らしい。機会があれば見に行きたい。

GANPATHI(ガネシャ祭り) 

September 19 [Wed], 2007, 23:17
ガネシャが祭られて今日で5日目になるので、各町内会や集落、家族毎にガネシャを海や湖に流す日となった。
お囃子と言うよりリズミカルな太鼓に合わせて阿波踊りに近いダンスをしながら、行列していた。

ガネシャ祭壇の内側 

September 19 [Wed], 2007, 0:15
これが祭壇の入り口です。

これが内側です。此処にヒンズー教の人々がお参りに来ます。15日にガネシャが運ばれお祈りします。集落、町内会毎にこのガネシャを海に流す日が決まっており、10日後(25日)が最終日となっており、その日に多くのガネシャが海に流されます。ガネシャは日本式に言うならお神楽を組んだ物に乗せたり、トラックで運んだりします。運ぶのはほとんどが若者で、顔に赤い香料などを塗り付け、踊りながら、喧しいお囃子と共に海まで行列します。25日はそんな光景が午後から激しくなり、半ドンにしないと身動きができないくらいの混雑になります。

今日出勤時にこのガネシャに色々とお祈りして来ました。良い事があるといいのですが、、。

ゴア旅行 

September 16 [Sun], 2007, 23:51
9月14日から16日(今日)までゴア旅行して来た。TAJ FORT AGUADA BEACH RESPRTに宿泊した。このホテルはVIPも宿泊するホテルで、海岸沿いに立っている。そこはポルトガル人が建てた要塞の後があり、海岸沿いに城壁が残っている。此処は観光名所になっているようで、毎日切れずに観光客が来て、記念写真を撮っていた。夜は潮騒が聞こえ、ムンバイの喧騒から解放され久しぶりにゆっくり出来た。宿泊中(2泊)、夜になるとスコールがあり、日中の熱気を下げ、風が心地よく、眠りを誘い、よく寝た。此処はガイドブックに(地球の歩き方)に書いてある通り、インドに食傷したら訪れる所だ。静かで本当にのんびり、リラックスできる。

スタッフの不幸 

September 11 [Tue], 2007, 0:17
事務所ピョン(事務員、雑用係)の父親が、早朝、5時半頃、郵便列車によるアクシデントで亡くなったと、出勤したらアニー(秘書)から報告受けた。その事務員(ピョン)は2002年から当社で働いており、アニーと同じく最古参だ。警察の取り調べが終わり、遺体が親族に返されるのが3時頃で荼毘に付されるのが4時半過ぎとなったので、花輪とお見舞金を持参して弔問した。事務所から約1時間半の所に、彼の家があり、親戚縁者が沢山来ていた。ヒンズー教は火葬だ。死亡したその日に荼毘に付す。小さな家のロビーに遺体置き、それこそギューギュー詰めの中で、遺体を前にしてみんな泣きはらんでいた。親族の誰が面倒見る者が居て、着いてから直ぐに遺体の所に案内され、花輪を献花した。それから遺体を洗い、プジャ(祈祷)してから火葬場に持って行くのが、このヒンズーのしきたり(ヒンズーでもいろんな宗派がありそれぞれ葬儀の仕方が違う)、らしい。(面倒見の良い者が説明していた)
花輪と見舞いだけで、お悔やみを言って引き上げた。
帰る途中で事故付近を見たが、そこは駅近くで、塀が壊れた所から多くの人が駅まで近道をしている所だった。少し離れた所に駅に通じる歩道橋があるが、時間が掛かるので、みんな其所を通って行くらしい。
事故は(聞いた内容に自身無いが)どうも線路を横断している時に、郵便電車(特急)が来てレールに足を取られ転倒して後頭部を打ち死亡した様だ。
遺体を見るのは苦手だ。献花する時、少し気分が悪くなった。
これでインドでの葬儀が2回目となった。最初の葬儀の時には、花輪は火葬場身持って行く時に献花すると言っていた。

ガネシャ祭の準備 

September 08 [Sat], 2007, 0:41
祭壇の化粧塗りがほぼ終わった。後1週間後にガネシャ祭が始まる。やかましい日々の始まりだ。なんだか最近は人々がエネルギーを発散させる前の静けさみたいな雰囲気を感じる。しかし旨い事作る物だ。竹を組んだ櫓に麻の布を張り、その上に漆喰を塗り、それから化粧のペイントをして様になって来た。ピンクの祭壇だが、何故か許せる。インドだからだろうか。ピンクのどぎついサリーを着た女性も、この祭壇の下では、マッチしている。
P R
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