晩秋 その2 

December 07 [Sun], 2008, 11:35
 ある晴れた日の午後、
 つけっぱなしの電気を消した。
 部屋の半分が暗くなった。
 
 大きなゴムまりは陰影に囲まれて真ん中が輝いている。
 テレビの長方形の枠ががくっきりと前に出て、他は暗く下がっている。
 ソファーは皮革のしわが柔らかい。

 部屋ってこんなにも立体だ。
 手元のマウスもふっくらと流線型。
 新聞紙も折れ目がへこんで、平らじゃないよ。
 椅子の背なかはこんなにカーブしていたんだ。
 
 ものがいろんな形でそこにあるよ。
 陰影が美しさを際立たせ、
 陰影が光の部分を前に押し出し、
 陰影と光が、立体感をしめし、
 なつかしい触感を感じさせる。

 ソファーの上のフェークフェザーはくねくねと
 白クマのように横たわっているよ。
 円形ではなくて球、
 正方形ではなくて立方体。
 現実の世界はディスプレーの画面じゃない、
 ほら自分もこんなに凸凹してるよ。


 

晩秋 

December 07 [Sun], 2008, 10:37
 道を歩いていたら、人の影法師がすぐそばにある。
 前をみると、ずうっと先に人がいた。
 もっと先の電信柱の影もすぐそこまで伸びている。
 
 振り向くと私の影も伸びている。
 見も知らぬ青年の横の道端にまで伸びてるよ。
 小さい道の交差点を自転車に乗った高校生が横切った。
 その長い影が私に触れたよ。

 そうだ、ここは夏には暑い道だった。
 影一つないアスファルトだった。 
 いつも黒い日傘をさして歩いたよ。
 
 今は道には影がいっぱい。
 民家の屋根も、お庭の植木も、
 みんなが影をもっている。
 誇らしくて長ーい影だよ。

 日と影の仲良く広がるアスファルト。
 日も今は、ほの暖かくて心地いい。
 
 

ポーランド国立ワルシャワ室内歌劇場オペラ「セビリアの理髪師」 

December 01 [Mon], 2008, 12:13
 ロッシーニの歌劇「セビリアの理髪師」は、気楽なストーリーで、お笑いのような、遊びのような、娯楽系のオペラだ。
 テノール(レシェック・シフィジェンスキー)のアルマヴィーヴァ伯爵が、愛しのソプラノ(エリザベタ・ウロブレヴスカ)のロジーナとめでたく結ばれる。バリトン(アンジェイ・クリムチャック)のバルトロ博士が邪魔をするが、二人の純愛が様々な障害に打ち勝つということかな。人気者の理髪師フィガロが、二人を応援する。
 格好良いお金持ちの青年が美しいお嬢さんと結婚する。貴公子と玉の輿に乗った美人女性の物語は、シンデレラにあこがれるアメリカ映画と同じ。
 あまり感動しなかった。なぜだろう?
 喜劇を演じる役者は、名演技で観客を魅了しなくてはならないだろう。当時の世相は不明だが、現代社会では、この歌劇は平凡すぎる陳腐なスト−リーだ。
 このようにたわいないストーリーの喜歌劇では、歌唱の魅力や演技や演出の妙味が何よりも求められると思う。どうもあまりよくなかった。素人の印象なので、申しわけないが。
 なお、武蔵野市民文化会館は、都心のホールよりも割安な値段でチケットが買えるのでうれしい。ただ、なんとなく音の響きが良くないように感じた。それに、トイレの数が非常に少なくて、並んでいたら、20分の休憩が終わってしまった。
 

三丁目の夕日 於明治座 

November 24 [Mon], 2008, 8:13
 原作は1974年から現在まで小学館で連載している人気漫画(西岸良平作)であるという。映画で見たことはあるが原作は見たことがない。
 ところで、この演劇は大変楽しかった。
 この劇に登場したのは映画に登場した家族や人物とは全く違う。映画とは別の作品だった。おそらく原作にはさまざまな人間模様が登場するのだと思う。その中から演出家が主体的にエキスを取り出し、テーマを創出し、見事な演劇として創り上げたものといえる。
 演劇って楽しいなあ。
 傑作だった。昭和30年代の日本の人々の喜怒哀楽・生きがい・文化・生活・世間を生き生きと描いていた。
 紙芝居・隣近所・高度成長時代以前の貧しくつつましい助け合いの運命共同体的都会生活における人々の触れ合いが胸にジーンと沁みてくる。
 しかし、終了間際の背景は、経済成長の到来を感じさせる。
 あの後の日本は急激に経済成長を遂げるのだ。電化製品が次々と登場し、テレビのある家がぽつんぽつんと存在するようになる。
  日本中が貧しかった昭和30年代前半までとちがって、経済成長が少しずつ忍び寄る30年代後半はその後の日本社会の成長と矛盾の拡大のスタートの時だ。言い換えれば、気楽な個人主義と実力主義と格差社会のスタートの時だ。
 その後、経済の目まぐるしい発展を繰り返し、日本社会はこんなにも豊かになった。だが、失ったものも多い。
 ああ、日本中が貧しかった頃の「人と人との触れ合いの豊かな社会」はどこに行ってしまったの。

 

November 12 [Wed], 2008, 16:48
 今年の夏は辛かった。疲労と運動不足と食べ過ぎのような不快感が付きまとい、鈍く重い痛みが体のどこかに常にあった。暑さに負けたのだろうか。子供のころから暑さを苦痛に感じたことはないのに、残念だった。
 しかし今は秋。さわやかな風が吹き、木々は日々紅葉の色を深め、どこからかあの菊の上品な香りが漂ってくる。
 子供のころから、秋の豪華さは苦手だった。あまりにもまぶしくて自分には不似合いに思えて嫌だった。それよりも厳しい冬や暑さの夏のほうが親しみがもてた。好きな季節はと問われると躊躇なく冬と答えた。冬の良さは今でもすらすらと出てくる。
 しかし今、秋の良さが素直に受け入れられるようになった。季節を受け入れるのに貧富の差などないのだ。
 
 先日、通勤の途中で、民家の塀から上にまっすぐ伸びている薔薇の枝を見つけた。その枝の先に2輪のピンクの花をつけていた。青く澄んだ空のもと、小さいバラの花は無駄のない美の結晶のようなものに感じられた。バラ園のバラも美しかったが、このたった2輪の小さいバラも実に美しい。やがて時雨や北風に打たれるだろうが、無駄のない小さい薄い丸いかわいい花は精いっぱいに咲いていた。うつりゆく季節の中の凛とした美しさよ。このような良さを感じられるのが日本の四季の移り変わりの魅力なのかもしれない。春と秋がなかったら
どんなに無味乾燥な国になるだろうと思うが、世界には一季節・二季節の国がけっこうあるらしい。
 暑さの夏と寒さの冬に挟まれた、豪華絢爛な紅葉と収穫の秋。それに、香りと澄んだ空と研ぎ澄まされた美と快い触覚など………秋って素晴らしいなー。

 ゆく秋の 空に向かいて 伸びた枝 先の花こそ いとおしきかな 

バラの庭園、生田緑地10.18と神代植物公園11.1 

November 12 [Wed], 2008, 14:28
 小田急線の向ヶ丘遊園で降りると駅前から親切な標識が出ている。期間限定と月曜日休園のためやっと三回目にいよいよたどりつけそうだ。川崎とは思えない山と清流の川のそばを歩いて行くと、登り口についた。
 ススキや秋の草の茂る山道をしばらく登ると、急に開けて、バラ園があった。生田緑地の木々に囲まれた広いバラ園だ。中には柱やベンチ・芝生があり、ゆったりとしてしかもしゃれている。いい香りがする。赤、黄、ピンク、オレンジ、紫や現代的な感じの赤などの大小さまざまなお花がたくさん咲いている。
 プリンセスミチコやプリンセスモナコが特にすてきだった。
 優雅な庭園に心がいやされ、限りなくリッチになった気分なのに入園無料。入場料をとったほうがよいと思う。そして、だれもが気軽に来れる贅沢なバラ園ををこれからも維持してほしいと思う。そのための寄付をしたら、金魚草とスノーポールの種をいただいた。楽しみな種は、我が家のプランターの中で発芽してくれるかな?
 


翌週、職場の同僚に誘われて、神代植物公園のバラ園に行った。
 このバラ園もすごい。国内のバラ園では最も大きなものではないかしら。周りを武蔵野の大樹に囲まれた広い庭園は、噴水や、喫茶店とテラスもある。バラの花も豊富で、弦バラや大輪の色とりどりのバラの花が一面に咲いている。白は美しいと思って黄色を見ると、黄色は最高、さらに深紅をみるとその美しさに言葉を失う。
 プリンセスダイアナ、プリンセスミチコ、プリンセスモナコはそれぞれご本人の美しさとダブって、限りなく美しいと感じた。
 においの強いものや、かぐわしさもそれぞれ感じられ、最高だった。
 入場料は500円、入口で、チューリップの球根を三ついただいた。丸い鉢に植えた。楽しみ。
 帰りはみんなでお蕎麦を食べた。お店を出ると、夕暮れの中に、お店のオレンジっぽい明かりが点々と灯って暖かい感じだった。縁日ではないが、人がけっこう歩いていた。若い人のデートコースかな?

白神山地・秋田・津軽 10.4〜5 

November 12 [Wed], 2008, 12:43
 羽田から秋田北空港へ、そしてバスで白神山地へ向かった。少々黄葉している木々の中を、次第に内陸へと進んだ。途中の休憩所で、美味しそうなリンゴが東京の半分以下の値段で売っていた。早速丸かじり...おいしい。新鮮で甘くて爽やか。リンゴってこんなにおいしいんだと感心した。
 白神山地の入口にも市があった。リンゴとプルーンを買って昼食後に食べた。おいしかった。
 山のガイドさんの案内で津軽峠からマザーツリーを見に行った。ガイドさんが甘酸っぱい山ブドウを取ってくれた。苦しみに歪んだマザーツリーは人間に伐り出された木々の歴史を記録しているようだ。もどってくると、
道に津軽峠と書かれた標識があった。ああ津軽だーとしみじみ思った。
 白神さんちに入り緩やかな山道を登った。美しいブナがたくさんあった。若い頃、一目見てブナの魅力にとらわれてしまい、ずうっと白神山地に行きたいと思っていた。来てみると、飛行機とバスであっという間だった。そして今周り中にブナが伸びやかな曲線を描いて群生している。白神山地は日本の世界遺産第1号とのこと。
 ガイドさんの説明では、中ぐらいのブナの木が樹齢2百年、その木には、なんと1tの水が蓄えられているという。また、たとえ酸性の雨が降っても根で吸収されるまでには中和してしまうという。ブナが雨水を浄化して蓄え、秋になると地中に放出するそうだ。足元には、黒くて柔らかい土があり、心地よい湿り気がある。谷には清らかな水が流れている。地中を回り回ってしみだして小さい流れになっているそうだ。
 ブナの幹はグレーでどことなく迷彩服風な模様があり、茶色の藻がはえていている。ほんとに美しい。のびやかな梢の上品な葉がどことなく秋の色を感じさせる。葉は受けた雨水を幹に送り、幹はさらに根に送る働きをしている、そのための葉の形だそうだ。幹にも水の通り道とわかる筋が残っている。実もなっていた。世界遺産なのでとることは一切できないが実がおいしいらしい。実から発芽した小さなブナがたくさん生えていた。
 川にそって登っていくと暗門の滝が三つある。こじんまりしていて、秘境の滝という感じ。
 いつまでも自然の命が強く成長するように願って、ブナの保護のための募金をした。
 津軽のホテルに宿泊。津軽の夜の街を歩いた。人が少なくてさびしい。
 翌日は、津軽城址公園へ。小さいが美しい天守閣だった。桜の木がたくさんあった。桜のころはどんなに美しいかしら。また、お城からねぷた村に行く途中の大通り沿いの手焼きの津軽せんべいがすごくおいしかった。
いつかまた行ったら、あのおせんべいは絶対に買うぞ。
 青森からバスで日本海沿岸を南下して、大間越駅から岩舘駅間は五能線に乗って秋田に入った。岩が美しい海だった。しかも小さな湾ではなくてグレーの大会が空と並行して広がっていた。すてき。
 最後に秋田の生鮮市場に寄って秋田北空港に戻った。
 

黒部・白川郷・上高地巡りツアー   8月23日〜26日 

November 12 [Wed], 2008, 9:26
 東京駅から新幹線のグリーン車で上田駅に、そしてバスで黒部に向かった。黒部では、多くの人が苦労して掘ったトンネルをトロリーバスで進んだ。そのトンネルロードの脇には、工事中のたくさんの人命を奪った豊かな地下水が今でも勢いよく流れていた。
 黒部第四ダムは豊かな水の国日本の誇らしい風景だ。先ほどの地下水が飲料水として崖の下に引いてある。飲んでみるとああなんておいしいんだろう。こんなおいしい水は飲んだことがない。
 電力を生産する水、美味しい水、ダム湖の美しい水の光景、涼をくれるさわやかな流れの水、しかし人命を奪う力も持つ水にい畏敬の念を抱いた。トンネルの外の草原のヤナギランとヒヨドリソウが美しかったよー。 
 その後バスとトロッコで室堂に出た。高原を歩くあのすがすがしさ。霧と立山の大地と湖とおいしい水と手が届きそうな大空、こんな素晴らしい所を夫と健康で歩けることの幸せに感謝の思いが地下水のように湧いてきた。その夜は宇奈月温泉に泊。翌日はトロッコ電車で黒部峡谷を巡り、金沢に泊。
 
三日目は、高速道路で白川郷へ。写真の光景が見渡せる丘に行った。何と、合掌造りのデパート、建売住宅の町並みのようだ。がっかりした。学生時代から来たかった白川郷はこんな町並みだったの?どこかにひっそりと息づく合掌造りをいつか見つけるぞー。その後岐阜の街を散策。祭りの山車が見事だった。しかし、メイン道路は渋谷か表参道のようなにぎわいだった。高速道路ってほんとに便利なんだねー。下呂温泉泊。
 4日目は上高地へ。大正池は人が多かった。猿が人と共存しておだやかだった。それにしても40年前の静かさはどうなってしまったの?豊かな水をたたえた梓川のほとりの小道を上流に向かって歩いた。化粧柳があの時と同じように広がっていた



ウクライナ国立歌劇場オペラ於オーチャードホール 

October 15 [Wed], 2008, 11:53
 10月はオーチャードホールで椿姫とトゥーランドットを鑑賞した。
 椿姫はヴィオレッタ役のアッラ・ロジーナが美しいソプラノを聞かせてくれた。つやのあるやわらかななめらかな声は忘れられない。ソプラノののびやかで美しい歌声が愛の強さのテーマとして全編を貫いていた。しかし、救いのない悲しみが深く人の心をえぐるようにして終った。
 はかない恋の悲しい響きと華麗な社交界の生活が美しく織り成されている。恋人アルフレード役のドミトロ・クジミンのテノールはいまいち、父のペトロ・プリーマクのバリトンがよかった。ポピュラーなアリアが美しかった。
 さて、もう一つのトウーランドットはドラマ性が高く、物語として面白い。歌声は、特に、若い奴隷リュー役のアッラ・ロジーナのソプラノが絶妙だった。潤いのある悲しいソプラノが愛の苦悩と愛の強さをを伸びやかに表現していた。。トゥーランドットの声は若いが金属的。カラフ役のオレクシー・レプチンスキーのテノールや、その父ティムールのセルヒー・マヘラのバリトンもよかった。
 幕間には、夫とサンドイッチを食べお茶を飲んだ。素敵なカップルがワインを飲んでいた。オペラの楽しみは休憩時間にもある。
 なお、椿姫のときは座席が3階の最前列だったが、あまり高いので怖かった。舞台がホールの底にある感じ。また、3階までの階段はお年寄りにはきついと思うので、お年寄りや足の不自由な人を温かく迎えるホールにして欲しい。そのために、何としてもエレベータを設置してほしい。年を重ねてもオペラに行きたい。

京王音楽祭 20.9.27 オペラシティ 

October 09 [Thu], 2008, 13:33
 京王グループの主催する第15回チャリティコンサートはとても素敵だった。
 第一に、司会の朝岡聡さんがクラシック音楽に造詣が深く、鑑賞のポイントや曲の魅力について絶妙な解説をしてくれた。
 第2に、プログラムの内容、曲目が大変素敵だった。イタリアンオペラの魅力的なアリアを次々と披露してくれた。アリアの鑑賞って贅沢だと思う。
 最後に「故郷」を全員で合唱した。
 この歌がこんなに心にしみたことはなかった。
 この歌について、若いころは「故郷に帰りたければ帰ればいいのに、なんでそんなにめそめそしているんだろう。」と思っていた。
 しかし今、歌いながら、故郷での子供のころの生活が思い出され、両親や兄弟・友達が目に浮かび、懐かしさでいっぱいになった。失われた生活、失われた父母、それぞれが自立して巣立った兄弟・友人。分解した家と町。すべてが戻らないのだ。自分も都会の生活を維持していて戻れないのだ。失ったもの大きさに涙があふれた。母が亡くなったとき以来の大きな喪失感に打ちのめされた。
 その夜の音楽祭の魅力が、鈍化していた私の内面に故郷の豊かさを思い出し感謝する潤いの心を呼び起こしてくれたのだと思う。ありがとう音楽祭。ありがとうお母さんお父さん。ありがとう故郷。
P R
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