無拳流空手道 春季社会人審査会2017

April 18 [Tue], 2017, 11:04





































































無拳流空手道青山本部道場 春季キッズ審査会2017

April 18 [Tue], 2017, 6:19



































































































「親子空手&108Challenge'17」イベント後記

March 06 [Mon], 2017, 17:03

【親子空手&全支部合同稽古会】


今日は多くの方から「とても素晴らしいイベントだった」という反響をいただいて、とりあえず安心しています。そしてとても励みになりました。さすがに今日は1ミリも動きたくないです。そして発声どころか呼吸さえしたくないです。笑 皆様からメールやFBなどで喜びの声を届けていただける度に癒されています。

初めてのイベントは本当に色々と読めないことだらけ。
「やってみて初めて分かること」
これをなるべく瞬時に判断して、できる限り「現在進行形で修正」していかなくてはならないので。



場内に約200名。
まずは事前に「一応のグループ分け」を計画する。
単純に数でグループ分けをするわけではなく、どうやったら楽しさが伝播しあっていく「作用」が生まれるかなと。シンパシーの波紋が反応し合って、どんどん増幅していけるような配置ってなんだろうと考えました。

そう考えると従来の稽古方式、縦長の配置はできないなとなって、コンサートホールでいう「シューボックス型」ではなく「アリーナ型」を取った方がいいだろうとかブツブツ言って。そうやって企画を作っていくわけです。



でも、イベント当日に瞬時に(あ、動いたらダメだな)と気がつきました。
会場を横から横へ動くような稽古もありました。
例えばムカデ競争的なものも。

でもそういう類のものはやめたんです。その場で。
で、その他にも準備してきた多くのメニューも捨てることにしました。



各家族には「各家族の時間」が流れている。
まるで会場に集まっているたくさんの家族やグループが無数のアナログ時計のように見えました。ダリの描くような。笑

小さな子がいるご家庭は小さな子がいるご家庭の時間がある。
女の子の家庭。男の子の家庭。お爺ちゃんやお婆ちゃんのいる家庭がある。
それを見た瞬間(ああ、家って動かしちゃダメだな)と悟りました。



それでなるべく同じ場所でできる稽古に切り替えたんです。

前提として、大人が体を貸してあげられるもの。
それでいて子供が主導していけるもの。

トレーニングメニューの組立てとしても、空手をしている子供が馴染んでいる「稽古の流れ」には添うようにしました。それだったら子供も得意になってお父さんやお母さんに教えてあげられる。

イメージとしては、イベント会場の中に各ご家庭のテントが沢山あって、そこに空手道場を持ち込んでもらうみたいな形式。

いわば「Karate Picnic」そういうイメージに切り替えたんです。



僕は今まで空手のイベントには「交流」という文字を入れ続けてきました。
組手の大会でも「無拳流空手道交流組手大会2015」とか「無拳流空手道交流演武会2014」とか。

空手というと「殴り合う、蹴り合う」みたいなイメージが先に先行してしまいますよね。
だから「交流」っていう言葉がかなり遠くなりやすい。

でも、僕は空手が人と人の心を温める交流の手段でもあると自信を持っておすすめできる領域にMUGEN KARATEを持って行けるよう努力しているんです。絶対に必要なことだと思っています。



それから空手の格好良さって昔風の表現で「バンカラ」にあるという風潮がまだまだあって、これだったらファミリーでやりたくないし、若い人にも社会人にも全然魅力的じゃない。別にバンカラだから「正しい」わけでもなんでもないので。

家族でも楽しめるコミュニケーションの手段として空手が位置付けられることもそうだし、社会的な価値観、バランスの中でも魅力的な格好良さがあること。ライフスタイルの中でスタイリッシュであること。それがこれからの時代、本当に大切になってくると思っています。



昨日はそう言った意味でも、とても素晴らしい場になったと感じています。
参加してくださった皆さんの価値観がしっかりと重なって共鳴できたんだと感じました。

最後に親御さんとお子さん、或いは社会人門下生のメンバーとキッズの子がスパーしてましたけど、当然どこにも「ガチな人」はいなかったし、大人が子供をスパルタにまくし立てているような人はいませんでした。当たり前ですが。

本当にマナーが良くて、学級崩壊的な現象も一切なし。これも当たり前ですが。
明るくて暖かい本当に素晴らしい空間でした。



できれば年に一度の定例行事として固定したいです。
その時は一緒にMUGENの道衣を着られる「パパ空手家」や「ママ空手家」が増えているかもしれませんね。笑

でもまぁ一年に一回「空手家になる日」みたいな感じで盛り上がっていただくのもいいかもしれません。

どちらにせよ、また来年の実施が楽しみになりました。


【108 Kumite Challenge】


「昔はこれを1R1分でしかも大人同士ですか。。それは大変でしたよね。。」
イベント後の打ち上げで須藤さんがイキイキとしつつ、しみじみとつぶやいていました。

そこに鈴木先生が、醤油を少し落とした「あさりバター」のような笑顔を注ぎこみながら「昔は大変でしたけど、やっぱり面白かったですよ。やりがいがありました」と繋ぐ。

ベテランの麻生さんは「50を迎えると、今日のように子供の糧になれる場をこなしながら108を完遂するっていうのも悪くないもんですね。。」と深く目を瞑る。。。(そのまま深く眠ってしまわないか心配)

達成感と安堵感。
ありふれた表現ですが、打ち上げ会場に漂っていた会員さんの顔に浮かんでいたのは、それ以外にない単純明快で心地の良い後味でした。



この108チャレンジ。
これを15年以上前に仲間内で始めた頃とは、目的がすっかり変わっています。

その時は僕も大会選手でした。
関東大会や全日本大会を目指して「強さ」が欲しかった。

選手練習をしているメンバーと、ハードに頑張ってきた一年を締め括るイベント。
"煩悩の数だけ組手しよう"
それがそもそものスタートでした。



でも生徒さん持つ指導者の立場になってからは、「違った価値観」において継続する意味があると思い直しました。

勝利ではない、目指すべきまた別の偉業があったとしたら。。
しかもチャレンジする人全員と分かち合えるもの偉業だったら、素晴らしい価値があるのではないか。

それが実現できるのが、108Challengeでした。



正直これは「お手軽なイベント」ではありません。
このイベントの経験をしっかりと積んできた経験がある僕だからこそ、安全に運営することができたと自負しています。

老若男女、いろいろな人がこの安全にイベントに取り組むには1分、45秒、40秒、30秒...これを何本重ねるとどういうケースが生まれ得るか。それを豊富に知っておかねばならないのです。

僕にとってもチャレンジでした。そして僕だからこそできるイベントとしてのチャレンジだったとも思っています。

改めてあのラインナップは適切だったなと思っています。ビギナー女性たちも最後まで頑張れて抱擁し合うほどだったのですから。



回を重ねるごとに上達をしていく。
これはほぼ全員に見られた現象でした。

「量から質が育まれる」
108には確実にそういった性質があります。

何度も何度も自分の攻撃や防御を繰り返すたびに、スタイルが磨き上がっていくのです。
長い反復練習ですね。

でもその反復の土台にあるのは間違い無く、相手となってくれる人への信頼と友情。
お互いに励ましあい助け合い、共に空手に向かい合う。

相手と共に、メンバーみんなと共に並び立つ。空手の前に。
それが108Challengeであり、Mugen Karateのスタイル。



「このイベント、自分で申し込んでおいて、緊張して前日はあまり眠れなかったですよ」
冒頭の須藤さんがしみじみと打ち明けてました。

「昔は僕にもそんな時代がありましたよ」
鈴木先生が「夜鳴きそば」のような哀愁ある微笑みを返す。

ベテランの麻生さんは深く目を瞑り、涅槃の境地に今にも消えようとしている。
(麻生さん、ニルヴァーナ昔僕聴いてました!)




既にイベントが終了して1日が経過しました。

また日々の稽古で皆さんと汗を流せる日が来ることを楽しみにしています。

きっとここまで読む人は誰もいないでしょうね。笑

もしおられましたら、青山FBのシェア記事のコメント欄に「あさりバター」または「夜泣きそば」とコメントしてください!後日鈴木先生から素敵なプレゼントが発送されるはずです!

山口

「正しさ」が一番ではない。

February 17 [Fri], 2017, 12:34


代表の山口です。
僕の仕事は日々いろいろな会員さんとコミュニケーションをとる仕事。
3歳児から60代まで幅広いです。



空手の指導だけでなく、相談にのらせてもらうことも多いです。
でも、僕は何の解決策も提案することもないです。ただ状況を聞いていきながら、関連のあることなのかないことないこと話し続けますが、「僕自身は元気」であることだけ示し続けます。



悩みは「正しさ」をまず先に考えて発生したりしますよね。
そういう時は「こうすべき」。本人がわかってたりするわけです。
で、相談された人も「正しい対処方法」を提案する。
それでまた本人も、「やっぱりそうだよな。。」と言って深く考え込む。。



それって、分かりきった世界の中で、同じことループしてるだけ。
誰かに相談に乗ってもらっても、説教とかされると余計に落ち込んだり。
正しさは置いといて、まずは元気になるのが先かなと。


僕は鈴木先生に「僕は悩み多き中年です。常にローテンションな男なのです。。」とゴチると、指をさして笑われます。全く分かってくれません。酒井駒子さんの世界が大好きです。

山口

「50歳を突き抜けたい」と思う男でありたい。

February 07 [Tue], 2017, 9:16


「どうしてオジさんになると祭に走るんですかね。。」

かつて20代後半〜30代前半だったメンバーたちが呟いた言葉だけど、今は彼らも40近くになりきっちり祭やってます。なんでなんでしょうかね?笑

他に体力使うことや目指すことが億劫になっても、祭だけは欠かせねぇぜと、ものすごい体力や気力使ったりできるんですよね。祭パワーすごいなと。。

僕は祭野郎に入れないモヤシ野郎のままこれからも生きていきたいと思います。

さて3月1日ですが、108スパーという昔からある程度のレベル以上の社会人門下生の間で「年末の締め行事」としてきたものを、今回初めて公式イベント化します。

うちの道場には子供から大人まで、男性だけでなく女性も、そして外国の人も、とにかくいろいろな年代の方がいます。

ファミリーユースな道場であると、ついフォーカスしにくくなるのが「尖り感のある格好よさ」。

子供の青臭い尖りは正直いらない。
しかし、中途半端な大人の尖りもサムくて辛い。。

なかなか良い尖り感を見つけるのも一苦労。

だけど僕の場合は、けっこう道場で50歳以上の方たちの「尖り感」のあるシルエットを発見することができる。

あ、今の表情ヤバいなとかゾクッとすることがある。

自分より若い人間に「まろ味を帯びた笑顔と握手」をした後に、息苦しさから苦味の走ったしかめっ面で手を仰ぐ。

若い子たちが「このオジさんも頑張ってるじゃん」とかある意味上から評価しているとしたら、大きな勘違いかもしれない。

このオジさんたちは、とっくに歯を食いしばった頑張りなんか突き抜けている。
孤高だ。

お互いに孤高になれた場所で出会えた時の、ハグは最高かもしれない。
こんな表現は女性には悪いけど、僕が考える「男らしい男の出会い方」だ。そしてその瞬間だけで「別れる」のがいい。

108スパーはもし叶うなら、Over50(見習いでover45)のグループを作ってみたい。
そこで108を目指してみていただけたら、かなり格好の良いシーンが広がるんじゃないかと。。

忙しくて時間がないかもしれないが、蔵前の江ノ上さんにリーダーをしていただきたい。中嶋さんにも盛り上げてもらいたい。サブさん、瀧井さんとか竹内さんとか久しぶりに参加してみないだろうか。山岸さん、中西さん、麻生さん、野沢さんどうだろうか。もちろん多賀さんもいます。あ、石井先生を久しぶりにお呼びできないだろうか。。

子供達は20歳を目指すけど、格好良い大人の男は50歳を突き抜けて生きている。

僕のような45手前の中年男性門下生には、若い人たちの元気をもう少しだけ受け止めていく役目をしても良いと思ってます。


日々の仕事を含め、暮らしを含め、いろいろなものが戦いではあるけど、現実に戦いの形式に則った武道に、まだまだ汗だくになれても良いのではいかなと。。

これから一人一人コンタクトして創っていきたいと思っています。

道場あるところ小峰社長の技がある。

February 05 [Sun], 2017, 8:43


今年のGW始めの、MUGEN KARATE HAYAMAのオープンを目指して目まぐるしい日々です。

打ち合わせに次ぐ打ち合わせの連続。

あまりのロケーションの良さに、いい意味でプロデュース&デザイン関係者がどんどんバージョンアップしていく道場構想。資金繰りも大変ですが、絶対に良いものができるので最大限の努力をしていきたいと意気込まざるをえない。

ある程度のデザインを練り込んだ後に、何人かの関係者やスタッフ、門下生の皆さんに、現段階のブループリントを見せると、みんな色めきだつ。「ここで何かやりたい!」と瞬発的なワクワク感がそのまま「今夏の海辺の思い出」へと巨大に立体的に立ち上がります。

すごく魅力あふれた場所。

すでにサーフボードを製作している会社から「会員さんに使ってもらいたい」とボード2枚のご提供のお話があり、もしかしたらジェットスキーも手にはいるかもしれないとのこと。ゆくゆくはMUGEN仕様のボードやアイテムを作ろうなんて話も。

また、浦安のクルージング事業の会社経営者の方からも、面白いプランを提案していただけるということにもなっています。三浦半島周辺で子供も大人もクルージングを楽しめたら最高です。かつて葉山で青春を謳歌した男、アウトドア好きの僕の父が興奮していました。「それならこんなコースも面白いぞ!船はいいぞ!」と。

今のはほんの一例ですが、生徒さんや関係者のつながりから「面白いこと」をやろうとすれば、「こうすればもっと面白くなるかもしれません」を提案して繋がってきてくださる連鎖反応が、今の僕にとってはすごく励みになります。

もし何かセッションできそうなお話があったら、関係者の方には是非お声がけいただきたいなと。

葉山には山もあって、トレイルランニングも楽しそうです。
自然も文化も充実したスポット、それが葉山です。

そうそう、また話が戻ってしまいますが、MUGEN KIDSのためのサーフィン教室もできるかもしれません。
子供用のボードって可愛いんですって。
大人には街で練習する、サーファーのためのスケボーがあるそうですよ。

資金繰りには本当に苦労せざるをえませんが、この場所を選んだことに「確かな手応え」を感じています。
人のつながりが豊かになって繋がっていけることがその証拠です、

今まで色々な展開を繰り広げてきましたが、いつも新たな拠点を根をおろすたびに帯同してくださっているのが小峰社長です。

僕がかつて念願の常設道場を蔵前に持った時が、小峰社長との「出会い」でした。

不動産屋さんにご紹介していただき道場を作っていただいた後も、そのまま蔵前道場に入会してくださりました。

今では三段の腕前。テクニック多彩な実力者でもあるのですが、周囲の人を幸せにする方を好み、いつもユーモラスな人柄で周囲を和ませてくれています。

社長さんは、昔の出会いから今まで、何もブレずに僕と付き合い続けてくれています。
交わした約束は全うしてくださるのが小峰社長。アフターフォローも万全なのが小峰社長&アサヒ建工。
しかも真心と誠意を感じます。
薄っぺらいありふれた表現かもしれませんが、それでも言います。
小峰社長さんは、真心と誠意を貫く人です。「心こそ技」の人です。

仕事を社長さんから、人として学ぶことが本当に多いです。
いろいろと困難もありますが、小峰社長がいることで僕も毎回のプロジェクトを希望を信じて頑張りきることができます。

小峰社長に感謝。

愛着と探求について

February 02 [Thu], 2017, 10:26


だいたい一週間に10冊以上は書籍が届きます。
ミーハーなものから意味不明なニッチでナードなものまでいろいろと読みます。

歴史上の人物のハンニバル・バルカについて。
そこから映画のハンニバル・レクター博士について。
この間魅力的なタンブラーの外国人のサイトを見つけたので、それ関連。
ゲイリー・ガイギャックスについての本は是非とも読みたかったので。

子供の時に水木しげるの南方熊楠についての漫画を見て、「好きなことをやって生きてる人」の意識に興味を持ちました。

世の中で、お金を手に入れて「好きなことができる人」というのはいますが、自然に「好きなことだけに吸い込まれて生きている」そういう人間はなかなか見かけません。

こういう人の愛着であるとか探求とかについて興味を持っています。
愛着から執着のモチベーションは、獲得にあるのか喪失にあるのか。

南方熊楠の言葉。

『宇宙万有は無尽なり。
 ただし人すでに心あり。
 心ある以上は
 心の能うだけの楽しみを宇宙より取る。
 宇宙の幾分を化して
 おのれの心の楽しみとす。
 これを智と称することかと思う。』

ただし人すでに心あり。
心の能うだけの楽しみを宇宙より取る。


融合ではない、隔離の感覚。

『世界に、
不要のものなし。』

とする一方で、

「肩書きがなくては
己れが何なのかもわからんような
阿呆共の仲間になることはない。」

とも言い放っていたようです。

一応「名言」として抜粋されている言葉なのですが、でも他者の共鳴を許さない言葉なのではないかと僕自身は感じます。

それでいて人の世の中にいる意味。
それについて考えます。

いろいろな人の物語から、主人公のモチベーションよりも愛着や探求の元となっている、特異な喪失感(≠寂しさ)について思い馳せてみます。

もちろん僕のような凡人には何も解りません。

このことを近い人間たちに話すのですが「どうでもいい」という反応ばかりです。
僕自身、その反応に何ら期待を裏切られた感もなく、「はい、分かりました」と返すだけなのです。

2月の社会人入会キャンペーン

February 01 [Wed], 2017, 15:35


2月も社会人クラス用にキャンペーンを行うことにしました。
入会初期費用「最大20,000円OFFキャンペーン」です。

1月のキャンペーンで興味を持っていただいた方で、1月中にはどうしても行くことができなかったと、とても残念がられる方もおらました。本日いっぱいで1月かなりお得なキャンペーンは終了しますが、せっかく興味を持っていただいた方になんとかチャンス提供させていただきたいと思っておりました。

2月中入会の方には、入会時に道衣代を含めて約50,000円ほどかかる初期費用より10,000円をオフさせていただきます。

なお見学や体験の日にご入会いただいた方には、道衣代含めた場合に20,000円をオフさせていただきます。
1月のキャンペーンよりは少しボリュームは下がりますが、十分にお得なキャンペーンとなっております。
是非ご活用ください!

子供たちとの距離

January 30 [Mon], 2017, 17:07


先日ある若い女性からSNS経由で「山口先生、お元気ですか?」と連絡が来ました。
全く覚えがないので怪訝に思っていると、「昔子供の時に空手でお世話になっていました」というコメントが。。登録している名前も私が覚えていたものと違っていたので余計わからなかったので、昔のその生徒さんの面影をやっと思い浮かべて「あ!」と気がついた次第でした。

昔小学生の時に教えていた子供が、もう立派な社会人の女性になっている。
すごく不思議な感覚でしたし、もうとっくに空手を卒業した後なのにふと連絡をくれたことが嬉しかったです。昔の空手の先生=「今、自分頑張ってますよ!」と言いたい存在なのであれば何よりです。

先日蔵前から翔太くんという、僕が蔵前で主に指導をしていた時に「幼年クラス」に3歳で入会してくれた生徒さんが、青山道場に出稽古に来てくれました。彼も今年は6年生です。9年の空手歴。
小学生最後の年を、僕の元に定期的に出稽古に来て締めくくりたいそうです。

昨年末の大会で、彼の同年代が一堂に会しました。
元門下生の子、昨年限りで外国へ留学してしまう子もいましたが、みんな小さな頃から空手をやってきた「幼な馴染み」。精一杯共に拳足を応酬しあった後に「これからは俺たちの時代になる。他のジャンルに入った奴も含めて、みんなで頑張っていこうぜ」と激励し合ってたらしいです。ご父兄にうかがいました。

僕は子供を「子供扱い」することより、男子だったら「男扱い」することにしているし、女子だったら「大人扱い」することにしています。みんなきちんと自身のアイデンティティを確立している立派な個人です。

彼らが自身で立てるようになり、歩けるようになり、さらに飛躍したいというモチベーションが高まった時には、僕はたとえ子供たちが目指すべきところが自分の領域外であっても絶対に快く肩を押すべきだとしています。

僕もそうやって人生を応援してきてもらったので。
その代わり、それまでに僕の道場で「精一杯やり続けることの素晴らしさ」を経験してもらえるように、指導のベストを尽くしておきたいのです。

今年も子供達には所属支部を問わず、しっかりと時間を作って関わらせていただくつもりです。
みんながやがてどういう大人になっていくのか、その時のことを楽しみにするのは僕の役目ではありません。僕はみんなが鮮やかに脱皮していくのを応援させてもらう役目です。抜け殻だけ置いていってもらえれば十分です。

山口

鈴木先生 VS アミノロイド

January 26 [Thu], 2017, 22:33


もういい加減このブログを見る人もいなくなっていると思い、ガードを下げていきます。
先日鈴木先生に「ロボット」について話しました。

今年に入って早々、僕は鈴木先生と相変わらず「道場がもっと良くなるために何が必要か」という普遍のテーマを掲げてあれこれと話し込んでいました。

道場なんて昔からある。
国家個人の生存目的の鍛錬を絶対の存在意義とした道場の時代から、各個人の「人生充実」の受け皿となるべき「経営」の本質を伴った道場も誕生してから久しい。
だから本当は道場運営の「絶対の法則」が生まれていてもおかしくないと思います。

でもいつもそれを考え続けなくてはいけないのは、絶対の運営が目指すゴールは人によって違うからなのだと思いあたります。それに加え、世の中にも自分たち自身にも時が流れている。

僕自身は「経営の成功」を手に入れたいのであれば、絶対に道場はやりません。
自分の考える「人生の充実」。それを達成できるのがこの仕事だからやっているのです。
その充実とは、この道場で出会う会員さんたちの充実ともまたイコールの関係にあります。

そこで充実の本質を僕なりに考えると、「寂しさ」という要素がいつまでも強く濃く高く深く広大に広がっていきます。これは余裕で「喜び」とか「達成感」とかを飲み込みます。

「寂しいから何かを求める。それが満たされることが充実」

すぐにそんなことを思いつきましたが、よく考えると何もこんな簡単な図式では収まりません。
人によってはその寂しさを埋めるはずのものを、自ら失い、壊し、飽きて腐らせ、無視をし近づかずいることさえもある。

その分析は面倒なので飛ばし、寂しさの発生について考えます。
そこでロボットの登場でした。

山「鈴木先生、それで僕はロボットに行き当たったんすよ」
鈴「え?ロボットすか?」
山「2045年、世の中は人工知能に支配されるらしいのです」
鈴「そうですか、僕は負けませんよ。心の通っていないロボットごときに!」
山「厳密には人の形をしたロボットに支配されるとかそういうんじゃないと思いますけど、わかりやすくロボットにしましょう」
鈴「負けません!」
山「いや、気持ち良く負けます」
鈴「いや、負けません!」
山「打ちのめされますよ。ボロボロっす」
鈴「心のない奴らには負けません!」
山「いや、僕らは心があるから負けるんす。しかもロボは戦いません。いい奴らなんです、僕らにとって。。」

この話は行きつけのハンバーグ屋で繰り広げられたのですが、ついに二人は右手にナイフ、左手にハンバーグが刺さったフォークを持ち上げたまま30分を話し続けたのです。

本当は冒頭のように「鈴木先生vsアミノロイド」の話にまで及びます。

*** 前略 ***
山口「。。。でも、スーさん、そいつは人じゃないんだよ、ただのアミノ酸の塊だ」
鈴木「いや、違う!僕にとってそいつは人間ですよ!」
山口「いや、でも真実としては人の形をしたロボットだったわけで。。」
鈴木「うぅぅ。。俺はそんな簡単に割り切れる人間じゃないんです!」

以上、ハイライトですが、でもこんなストーリー展開を適度にアツくなりながら書こうとしている自分自身に気がついて、とても冷めてきてしまいました。寂しいです。僕はこの寂しさをわざと作り出して「充実」しているのでしょうか?

こんな話、誰も読んでないでしょうが、気になる人がいたらハンバーグ屋行きましょう。
僕は寂しいから、こんな文章を考えているのでしょうか。。?
いい加減にします。笑