人間、万事塞翁が馬

January 26 [Thu], 2012, 11:05
世界全体が幸福にならないかぎりは、個人の幸福はありえない。
by宮沢賢治おそらく逆に考える人の方がほとんどではないでしょうか。
世界中の人々が幸せになることは、なかなか達成できないことだけれど、その一部であれば幸福になれるのではないかと考える方々の方が多いという意味です。
でも宮沢賢治はそう考えなかった、それは幸福ではないと。
一部の人たちの幸福は、他に多くの不幸な人々がいる限りは、その不幸な人たちの上に乗っかった幸福であるのです。
まるでピラミッド型のヒエラルキーの頂唐いるような幸福といえるかもしれません。
観音菩薩を連想します。
観音様は、最後の一人が極楽に行けるまで、私は仏にはならず残って見守るという誓いを立てたとあります。
ただ、私は幸福という定義自体にも疑問を持っています。
今の自分は幸せだとか今の自分は不幸だと思っていたとしても、そのことが過去になって後で振り返った時に、それぞれが別の評価に変わるかもしれないと思っています。
いや、その方が多いでしょう。
だから、あんまり幸福にはこだわりません、というかそういう風には考えません。
まあ、こういうように自分が幸福にこだわらなくても生きてこられたこと自体が有り難いことだと思う次第です。
芸術家は人がその作品を見て、その作家を忘れる時にのみ真に賞賛される。
byレッシングかなり前の事ですが、ある音楽家が画家の方との対談で言われたことを思い出しました。
音楽家は演奏中は自分が音楽の中に浸っており、観客もその音楽の中にその瞬間はいるのだけれど、演奏中は観客の事が脳から離れる時もあると言いわれました。
そして、画家の方に絵画は観る人と一対一の関係で観賞されることが乱交すばらしい。
その瞬間には他の誰も入ることができない時空間ができるとも言われたのです。
その時に画家の方は、でも描いた人間はそっちのけにされるんですねと答えました。
まさに、そのことなのだと思った次第です。
音楽も絵画も観客があってこその芸術だと思いますが、その魅せ方にも違いがあるのですね。
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