♪また逢う日まで 〜PCに興ざめ 

2008年12月11日(木) 14時53分
とても久しぶりに登場です。

なにせ、PC立ち上げるのも久しぶりで。

まぁ、こうなっちゃった原因は、マウスやらカーソルがすぐフリーズしちゃったり、
要は 持っているPCと世の中が噛み合っていないのでしょうよ。
一応、XPなんやけどもね。といっても 初期のね。
フリーズすると イラっとするよね。
再起動って 待つ時間が ヤーよね。
そのまま フリーズしたりも あったり。
そういうイライラしたくないし … あぁ、そうか、しなきゃいいね。ってことで。

それもあるけど、最近、世の中、ネットやコミュで犯罪やら なんやらかんやら。
書き込みも イタズラやら エロちゃんやら …そういうのがガードをすり抜けまくりで。
もう これらのことで かなり PC社会に興ざめしてたり。
ブログを出すことも なんだか バカらしく、嫌になりました。

もっぱら 携帯のメールでえぇやん、直電でえぇやん。
どうしても 調べたいことがあるときやら、
父から『メールいっぱいで送信できんかったど』というメールが携帯に入ったときに 
しょうがなく 重い腰をあげて PCを立ち上げる程度になっています。
コミュニティにも さっぱり遠縁しっぱなしです。
新しいお友達探しもいいけれども、
やっぱり 顔の見える付き合いを大事にしなくちゃ、と 思い直したり、
昔ながらの アナログの生活がやはり 性にあっているのでしょうか。
けっこう 不自由しません。

けれど 遠い友人からのやりとりや…あぁ、携帯で充分か。
料理のレシピとか…あぁ、携帯でモバレピできるか。
検索とか…あぁ、コレも最近は携帯でできるのか。
まぁ 詳しく調べたいときやなんかは 便利よね、PCのネットは。


ということで、あまりUPしていません。
そして このブログをUPしたら また イタズラ書き込みが送り込まれてくるのでしょう。
もう それを消去する手間や時間ももったいないので 放置します。と 宣言しておくよ。

♪今度は いつと言えません♪
が、また いつか、こうして思いを書き込むときがあるか、ないか。

いままで ココをチェックしてくれた方々 どうもありがとうね。
これからは 携帯や ホームPCアドのほうへ 連絡ください。
1対1 外野観覧なしで お話しましょう。

命名 りき 

2008年09月25日(木) 14時32分
我が家に家族が増えました。



“りき” と名づけました。
夏に産み落とされていた あの子を 我が家の一員に迎え入れることをたくちゃんが許可してくれました。
いま 生後2ヶ月半。
歯が痒いんでしょう、いたずらしたいんでしょう、
やんちゃな男の子猫です。

7歳のさくらやぼこにとって、この環境の変化は大きく、最初はイライラしてたようです。
意外にも 人見知りの激しい臆病なぼこが、りきの面倒をよく見てくれます。
まだまだ加減も分からず、ずかずかとパンチやキックをしてくるのに めげずに毛繕いしてやっている姿は あぁ、オトナになったねぇ…とほほえましい。
意外にも 人懐っこい外交的なさくらが イラっとうなったり威嚇したり、本気で追っかけまわしたり 少々オトナゲナイ。
けれども これも 躾の一環ということで。

いままで まったりした生活に 騒々しいりきが入り、これまた 生活のメリハリがつくんやないのか?さくらぼこ。

久しぶりの子(猫)育てに 苦戦したり、オトナ猫とまた違う癒され気分だったり。
毎日同じことを言っても、なかなか覚えず、耳をひねりながら叱ったり、手足顔をじゃばじゃば洗ったり…
けれど懲りずにまた走り回り、ダメって言ってんのに玄関を降りたり、テーブルに登ろうとしたり…怒りです。

そのうちに パタンと電池が切れて
いやぁ、カレの寝顔を見たら ホロホロです。
目が覚めたら そろそろ コレダメ・アレダメ わかってちょうだいよ、可愛い子めぇ。

目覚めとともに テーブルに足をかけようと こっちをみて固まってる。くぉーらぁ!!

大嵐に浸水に。 

2008年07月12日(土) 18時38分
この夏一番すごい雷雨だったよね

そんな今日に限ってたくちゃん車でオイラがバイク、
いくらでも昼間出かけれたのにわざわざ、そんな夕方の時間帯に限って出かけてしまったよ。

明日新盆で着る喪服お直しが今日仕上がりでさ。

ヨーカドー出たら前見えないくらい雨でさ。

まぢで?
雷がビリビリ光る中、がんばれオイラ。

このうだる暑さゆえに、おうち至るところ、窓という窓全開にしてきたしさ。

ずぶ濡れで帰ったら、
ロンちき腰抜かしてずぶ濡れ泥んこ。

まぢで?

あの嵐ん中、
腰抜けた泥んこロンちきを泥地帯から連れ出し洗って、玄関収容したよ。
それにしてもロンちき、この頃いっつも突然の雷雨や嵐に、小屋に帰るの間に合わないよなぁ。
もう歳だからか?
雨の前にゴロゴロ雷なってすぐ腰抜かしたんかのぅ。

おうちん中は、悲惨。
畳に湖、床に湖。
寝室だけでバケツ半杯。
雨んにゃろー、雨んにゃろー、って拭き取りました。
ベッドの畳は幸い湖にはなってなくて、あまり濡れてないからよかった。
けど、遊びルームのユニット畳がすっかり浸水。
籐の敷物もアウト。
しかも、オイラの半幅帯がぁ!
ムカムカムカムカ
雨めぇ!雨めぇ!
一階も御座がすっかり水吸っちゃって。
んもう、雨きらい。

出かける前に拭き掃除したのにまたカヨっ。

こんなにおうちを浸水させといて、拭き終わる頃には晴れ間。イラッ!


けど、どんなに雷鳴だろうが、ひどい雷雨だろうが、おちょびさんはぐっすり。
それが何より救いです。
カレが濡れなくてよかった。

あぁ、我が家のオトナのキャツラは怖がることもなく、“あーぁ、水びたし。なんとかしてねー。…んー、それにしても暑ーい”
ってなカンジで、ぐでーんと濡れないとこで横たわり、一生懸命拭いているオイラを横目でちらり、夢うつつ。

まったく家猫ってヤツはぁ。
ちやーんと、ありがたみわかってくれてんのかしら?

あぁ、そうそう、
おちょびさん、今朝目が開きかけていました。

ミルクの飲みっぷりはいっちょまえで、1ヶ月の猫さんくらいの量、飲んでるからねぇ。

ただいま生後11日目。
いまだ里親見つからず。

おちょびさん2代目 

2008年07月04日(金) 18時52分
長い間放置していました。
心配かけてごめーんなさい。

あっという間に初夏ですな。
暑い毎日。
先日、7/2 仔猫を拾いました。
どうやら 猫界にも 無責任な親が流行っておるらしく。

その日私は、たくちゃんがZで行ったので、トリッカーでのお買い物やら役所ごとやらに勤しんでおりました。
ガソリンがどんどん値上がるこのご時世、トリッカーくんは 我が家一番の頼れる働きもの。
カレ以外はみんなハイオクだし…。
燃費はいいし、お店は目の前駐輪場だし、街のりにはやっぱり大型バイクより このお気軽バイクでしょう♪
と その日も ごきげんで 午前・午後と 「その路地」を3往復していました。
PM3:00 さぁて これで お出かけごとは終わりかな。
と あー、たくちゃんのタバコ買い忘れたぁ、明日にまわしても面倒だしなぁ。
自転車に乗り換えて、おうちを出発。チリンチリン。
自宅の道をまっすぐ降りた最初の路地が「その路地」。
右の隅っこに うにょうにょ もごもご 湿ったごみ?のようなもの。ねずみ?
自転車降りて よく見たら、ほんの数十分前くらいに生まれた猫でした。
へその緒がまだ 白くてデローン。にぃにぃにぃにぃ。と道路の方へよちよちと。
目もまだ開いてなくて、周りに猫らしき影も ついでに人も 誰もいなくて。
そろそろ 夕刊のおじちゃんたちが 行き来する時間帯。
今日何度もココを通ったけど、バイクじゃ見えなかったよー。
見つけちゃったし、どうしよう…。
角のおうちはピンポーンしても お留守。
しばらく 道路から離れたところへ 放置してみたけど、母猫現れず。
なので 夕暮れ時、連れて帰った次第。
そのうち 里親を探して、お里に出す所存です。

それにしても こうやって 数時間おきにミルクとシッコとウンチと…と手をかければかけるほど ホント可愛い。
動物病院のDrには、たぶん育たないよ、と言われたけれど
そんなことは そっちのけで、
カレは よく飲み、よく出し、よく動き、よく甘え、目が離せません。
ぐんぐん育つことでしょう。
ミルクの飲みっぷりも 去年のあの仔の倍くらい。

予定では7月の末には段取りつけて 8月アタマにはお里に出さねばです。
誰か里親希望の人がいたら メールちょうだい。

“ユァブームよ再来してクデー” 

2008年07月01日(火) 19時52分
さぼっていた間のこと。

スポーツスター883 

ボブテイルをはずして カーボンのテイルを装着。
やっぱり スポーツスターは この丸っこいテイルのが可愛いのかもねー。
取り外して 重さ比べたら 驚くほど重かったボブテイル。
なぜも 納車にあわせて 高いお金だして買ったのか…このような重いものに…チカラのないアタクシが…。
外したボブなアイツは、たくちゃんが工場へ持っていって きれいに塗装してくれた。
さっすが プロですなー。新品です。感謝。
近々 できれば梅雨明け前には オークションにてサヨナラする予定。
いままでアリガトウ、ボブなテイルくん。

LEDテイルランプにつけかえ。
夜でも昼でも やっぱりLEDライトってすごいね。見やすくなりました。後ろの人が。

スタンドの先っぽに 金具をとりつけ。
たくちゃんが乗るときには それをかかとでスチャっと出し入れするため。
けどね、私の足は そんなに人並みほどないので、私が乗るときは いつもどおりに つま先で探して つまさきでヨイッショっと外すのである。

今年に入ってから たくちゃんのZ1Rは 入院がほとんどで。
なかなか一緒に走ることになりません。
それどころか、2週間前にZが久々に戻ってきたら “駐車場が狭くなった”と少々ご機嫌斜め。ひぃ。最近 “あんなバイク”だの “もういいでしょう”だの 後ろ向きな言葉が出るので、
“そんなことゆわんでクデー、また火がつけー、乗りたくなれー…”と心で念願するこのごろです。
戻ってきたかと思えば、また ヘッドライトの調子が悪いから入院だな、とのこと。ひぃぃ。

今年 楽しいツーリングが 何回できることか…。たくさんできますように。ひぃぃぃぃぃ。

明日から金沢へ 

2008年02月02日(土) 19時54分
ことの発端は
たく母が 北海道から戻ってきてから。
おばあちゃんにたく父が亡くなったことを告げるために おばあちゃんと温泉旅行に行ってきたそうです。
少し痴呆が出てきたらしく、話をしている途中で 「あんた誰かいね、」 といったことが多々あったそうです。
私は おばあちゃんと仲良かったので わからなくなる前に会っておきたいなぁ。
私のことは、わかっているのですが、どうやら たくちゃんの奥さんということは理解が難しいようです。
近々 たくちゃんと北海道に行こうかな。。
北海道に向かうのに 格安の飛行機を探すつもりで、たく実家で旅行広告を見ていたら、
金沢のトラベル企画を見つけ たく母が「お父さん行きたいって言ってたなぁ。」
たく本家は 曹洞宗の檀家だそうです。
その曹洞宗のおおもとが 金沢の近くにあるとか。
その話の流れから じゃぁ これは 親父が行かせようとしているのかも…ということで
2月初頭 たくちゃんは日・月のいつものお休みに火曜日に特別お休みをもらって、3人で行くことになりました。
北海道の話から 金沢3人旅行の話に流れていったわけです。


明日早朝に出発して金沢へ行くのでロン、さくらとぼこを病院に預けてきました。
いま突然ひとりぼっちで、なんだかとても寂しい気分です。
家族なんだなぁ とひさびさに実感。。
思い起こせばもう7年もひとりぼっちをしていなかったので、きっと彼らがいない一人暮らしは耐えられないな。。
静まり返った 我が家。いつもの我が家なのに 家族がたりないせいね。
いまさっき連れて行ったのに もうお迎え行きたい気分です。

明日は雪になりそうだし、病院ならぬくぬく暖房きいてて、
彼らのためには 寒い部屋でお留守番よりいいのだろうよ、、
ロンに至っては外犬だからって お外で数日もお留守番なんて 10歳犬には寒さが骨身にこたえるでしょうし。
でも ロンにとっては、初めての知らない場所での外泊。
いままで 下関に帰るときは、実家へ預かってもらってたし、
1泊2日くらいの旅行なら、我が家の庭小屋にて いつもの毎日ぼんやり昼寝したりのお留守番だったからね。

なるべく早く帰ってこよう。。なるべく早くお迎えいこう。。
ごめんよ、我が家族よ。。

2008〜新年の抱負 

2008年01月12日(土) 12時02分
長らく 不在がちでしたが ようやく落ち着きました。

先日49日も無事終え、いつもの日々が戻ってきつつあります。
いろんなことやりすぎて たく父が亡くなったことが すごーく前のことのようにも思える。
会社を経営している人がいなくなると 多々宿題が残るもので…まだまだ 完全解決といくには 1年はかかるだろうけど。

このたび いろんなことが見えた。
本人の兄弟たち、子供たち、親戚たち、仕事の繋がりの人たち、
様々な人間模様だったよ。
へぇー、っと思ったり、まぁ!と思ったり、ふぅーん、と思ったり。
そんな様子をたく父が今頃 天界でどう思っているかはさておき、
嫁の立場は近いようで第三者的立場なので 
時折外野で拝見させてもらい たくさん勉強させてもらいました。

***

新年がやってきた。
これからは 毎年 “新年の抱負”を持って 生きていくことにした。
書初めとまではいかないけれど、ちゃんとスケジュール帳の1ページ目に書いた。
開くたびに 読み返し反省し 気をつけよう。
書いていくうちに なぜか ぎっしり。よくばりか。
まぁいい、主要なひとつをクリアしつつ、あとの項目は余韻で…
できなければ来年持ち越そうじゃないか。
毎年これで1つずつクリアしていけば きっと 素敵なばーちゃんになれるに違いない。
小さいころ 確か そうやって教わって…いつから 年の初めにちゃんと目標を立ててって しなくなったんやろう。
これからは 忘れず 続けていくぞ、と とりあえず今は 強く思っているところ。

年末にできなかった大掃除。
嫌にならない程度に、と 毎日ちょこっとずつやることにした。
今日は 2F雨戸のシャッターだけで 終わり。

今年は たくちゃんと本当に文字の練習をしよう。
毎回 字のきれいな人の手紙を見て『素晴らしいよね、やんなきゃね。』 と言いつつも、そのときの会話で終わって それっきり。
今年こそは ユーキャンで…なんて お金かけるにも ちょっと勇気がいる。
続くかわからない、とは あえて言うまい、字ごとき なるべく安上がりに練習しようではないか、という 魂胆。
で また 思っただけの魂胆で終わりそうになっていた。
ダイソーで 暇つぶしに見つけた “暮らしに役立つ書道シリーズ”!!おお!
さっそく 6冊も購入。我ながら なかなかのお熱ぶりね。
ついでにミニ辞書シリーズ 名言名句やら現代スピーチやらことわざやら…結構 このポケット辞書のシリーズが好きで 案外役に立っている。
その日は 買ってやったさ!という行動で ふたりとも満喫。ぱらぱらめくって終わり。

今日 たく父から譲り受けたスキャナーをつなげた。
おぉ!以前のスキャナーより 進化してて素晴らしいぞ。
ふと棚に並んだ書道シリーズ。
あぁ、そうだった、よし スキャン&プリントして 今日から本格的にスタートしよう。
たくちゃん用と自分用と2枚ずつね。
やるぞー!
とにもかくにも 何事も 少しずつね。
これ基本だから、今日も少しずつね。
続けることが大事だから少しずつね。
無理のないように…。


宣言:新年の抱負
「人の話を最後までちゃんと聞くこと」
大人になるにつれて ついつい 途中で口を挟んでしまうようになった気がする。
ちゃんと 黙って聞いて あとで質問するように心がけようと思うよ。はい!

たく父逝去 

2007年12月01日(土) 17時06分
11月23日。
奇しくも 勤労感謝の日。大安。
たく父が逝去しました。
仕事人間で生きてきて、吉日ごとにうるさかったたく父らしい、いい日を選んだね。
享年66歳。
精一杯に生き抜いて、息を引き取るまで 「強さ」をしっかと持った方でした。

たく父が頑張った最後を書きとめておく。
最後まで 自分が死ぬなんて思わなかった認めなかった人だった。

看取ることができたのは、たく母と私。
息遣いが変わり、“危篤”から 数分で息を引き取った。
一般的に 昼間、一度目の呼吸が変わると『今夜 近い』ということらしい。
が、たく父は 真昼間に 誰の到着も待たず、
子供たちはみな間に合うことができず、さっさと逝ってしまった。
それもまた たく父らしいか。と みな 口を揃えて微笑み言った。
11月初頭からこれまで そばで始終お手伝いをさせてもらい、
“最後まで よーく 目を凝らして見ておけよ!” 
と言われたようだった。
人が死に逝く様を 私は生まれて初めて見た。

最後の3日間、四街道近くの緩和ケアで過ごした。
亡くなる前の夜、20時頃、少し強い眠剤を注射して、少しゆっくり眠ってもらうことにした。
数日間、昼夜 浅い眠りとうわごとを繰り返し、たく母もたく父もひどい顔をしていた。
その夜、たくちゃんが仕事帰りに寄った。
深い眠りに入っているので、たくちゃんが来ていることはわかっていなかったろうが。
小上がりの座敷で たく母と3人、たく父のことを話した。
ポツンと頭上に柔らかい電灯のもと いい話から悪口から 苦労話やら いろんなこと。
奥のベッドでは たく父が深い眠りにもかかわらず 手を上げたり下げたり 夢の中でも仕事ばかり。

翌朝、たく母から よく眠れたよ、と 快調なメールが届き、
お昼のお弁当を作って 私も駆けつけるところだった。
“すぐきて!起きないの!”たく母の焦ったメールが届いた頃は向かっている途中。
病室へ到着して、「おとうさん、起きてー。」と呼びかけ、うっすら起きてきた。
そのときは、なーんだぁ、と たく母とふたり、いつも通りの朝のように思えた。けれど。

それまで確実に日々、悪化していたことは間違いなかった。
特に11月に入ってからは、昨日より今日は…といったふうに。
階段で息が切れるようになり、
ふらつき歩くことができなくなり、
座位姿勢が保てなくなり、
起き上がることができなくなり、
字が書けなくなり、見えないのか乱視のようなのか 視力にもなにか支障が出てきて。
その間に 食が細くなり、
固形物が喉をつっかえるようになり、
ごはんから 七分粥、三分粥、ついには重湯へ。
じゅるじゅる柿を好み、『1個で130キロカロリーもあるんだって。これなら食べれるね。』
でも それを食べる頃は、言うこともちぐはぐになり。
幻覚・幻聴・ろれつも回らなくなり。
人影がいろんなところに見えるようになり、武士が見えるようになり、剥製の鳥が動いていたり、
その後ろで 小さい頃のたくちゃんが遊んでいたり、私も一緒に遊んでいたり…。などなど。
日々 一緒に過ごしてない人には 聞き取れない言葉が増えてきた。
それでも 時折見せる 強気な言葉や傲慢な態度には、たく父らしさが見え ほっとした。
痴呆のような症状が出ても、やりかけの仕事のことについては 時間の間違いはあっても、しっかり電話で対応したり、
なによりすごいのは 11月16日、ベッドから離れるのがやっとの状態なのに、たく母の付き添いで神田まで出向いて 仕事のメンバーと会ったということ。
真の仕事人間が成せることでしょう。
そこで 信用できる人間に「任せたぞ!」と言う行為で たく父の仕事は完結した。
覚悟はしていたけれど、
その翌日から がくん、とまた症状が悪化した。覚醒、幻覚、嚥下。

22日夜は、テレビで花火の映像を見て、話をしながらアイスとかぼちゃスープをなんとか少量。
その日は あんなによく飲んでいた水もむせるようになり、もう氷対応かな、
むせた後の咳払いや喀痰が自分でとれなくなってきていた。
喉にごろごろあるまま、眠剤で眠りに。。
23日 12:00
起きてから、氷を1つ口でコロコロ。
その後、背を起こしているのが辛そうなので 少し倒し…また覚醒。
13:00頃、
手足が冷たい、呼吸がいままで聞いたこと無い 浅いゼーゼーと音がする。
看護士を呼ぶ。血圧の上が60しかない。湯たんぽで足を暖め手をこすり。
今夜あたりに近づいているというので、たく母が親族へ連絡を始める。
看護士が呼びかける「わかりますかー。娘さんの手を握ってくださーい」
すると たく父がフッと右ほほを上げて笑った。
「そうよね、私、娘じゃない、嫁よねー。」ちゃんとわかっているよね。
13:30。
私も たくちゃんへ すぐきて、とメール送信。
と同時に たく父が息を吸わなくなった。
「おとうさん!息吸って!」私は焦って大きな声で。
それを聞いたたく母もすぐベッドサイドへかけつけ、一緒になって呼びかけ続ける。
それから 何回息を吸ったろう・・時間の感覚が とても長い時間のような気もするが。
10回か15回か。
そのうち 深く吸っていた息がどんどん浅くなり、瞳孔が開いてきた。
「しっかり吸って!みんなこっち向かってるよ!がんばって」
最後の息は ほんの少し。その次に吸うことはもうなかった。
13:54。
こっちへ向かっているたく兄一家。
たく兄嫁から着信があったが、なんと言えばいいのかわからないので出なかった。
14時すぎ、たくちゃんが到着し、数分後たく兄一家も到着。
たく兄は 父にすがるように泣き崩れた。
たくちゃんは涙を見せることもなく、たく父の顔を眺め、
「間に合わなかったか。でもきっと最後を俺らに見せたくなかったんだよ。
笑顔で明るく送ってあげよう。」
それもそうね。

娘は嫁に出て、息子たちは一家の大黒柱なので 仕事をしないわけにいかない。
たく母も役所やいろいろな手続きや 昼間は地元で走り回り、夜にたく父の元へ駆けつける毎日。
私ひとりが 残されたたく父の時間を独り占めして過ごさせてもらった。
親族や家族は みな 私に感謝してくれているけれど、
私はひたすら自分のためにたく父へ会いに行っていたから気にしなくていいのに。
ちぐはぐな会話も たく父のからだをさすり浅い眠りを見続けている時間も
どの時間も わたしには 楽しい時間だった。
家のことは何もできなくても へっちゃら。
たく父に会いに行くことが楽しみだった。

逝ってまでなお、勉強させてもらっている。
いままで本当にありがとう。
生きるんだ!という生命力の強さを学びました。

その日の夕方には、いつも通りの夕焼けが、スピーカーからは「夕焼け小焼け」が流れ。
昨夜 たく父と見て「明日は満月かもね。」と話してた通り、大きなお月様が昇り。
そんななか遺体は 実家へ戻ってきた。ようやく帰れたね、おかえり。

26日通夜、27日葬儀が終わり、たく父のいろんなお土産に まだバタバタし続けています。
また 時間がとれたらば 更新します。
メールくれたのに返信できなかった友人達ごめんよ。忙しさにかまけています。

2007 誕生日 

2007年11月14日(水) 20時14分
いつもならば うるさいくらい はしゃぎまくりなのですが、今年は誕生日どころじゃなかった。

下関では、母のことで 父は疲れた顔は絶対しないし 一言も弱音も愚痴も言わないで介護を続けて、楽しんで生活している。

どんなに忙しくても 山へ柚子を取りに行ったり、柿をもいで送ってくれたり。
そんな時間 どこにあるんやろう、と 思わせるほどの行動力。

“私は お父さんの子だもん。
お父さんのように 無理を無理ともせず できる!はず!”
だから 私も たく父のことでは、少々のことも 引き受け、ありがたくやらせてもらってきた。
“たく父のことでぜったい弱音は吐かない。
きつい、えらい、しんどい、疲れた、は 言わない。
ため息はつかない。
ひとりのときも!”
って 心に決めていたのに。


ここのところ、たく父の具合があまりよくなくて。。
毎日実家へ介護に通っています。
が もう在宅も たく父の体力・病状ともに限界…
明日 入院となり、空き次第、緩和ケア病棟へ。

病気は脳まで侵食し、記憶が断片的になってきている。
断片のかけらが かみ合わない話が多くなっている。
そのせいで口が悪くなっているって わかっていたのに、
たく父に言われた言葉が その日は ずきーんときて。
(“私、誕生日なのに、”なぞと自分理由で。ははは。勝手だ)

夜、たくちゃんがお得意のコンビニデザートを片手に
「こんなもんですまないねー。」と帰ってきた。
そんなことない、その気遣いが嬉しいよ。
なのに、私は カラ元気だったみたい。
きっとそのときすでに 疲れた顔してたんだ。
「元気ないなぁ。なんでか言わないんなら オレもこれから 何にも言ーわない。」
そしたらつい たくちゃんの前でつぶやいてしまった。。。
「ちょっと今日疲れちゃった。。」

それを発したら ぷんっと何かが途切れたように 一気に涙があふれてきた。
なんでも父のようにこなせて、疲れたなんて言わないって決めてたのに。
私って 弱い。
ほんっと ダメなやつだ。
「アナタはお父さんのようにはいかないよ。
お父さんは経験を積んできてるんだから。
いいんだよ。がんばり過ぎないでも。」
そっか。
たくちゃんの前じゃ、ちょっとくらいなら弱音ちゃんを出していいのかもよ。

ざーっと泣いたら いままでのモヤモヤや がんばんなきゃって力んでた錘が取れた。
また 明日から がんばれる!

そして今朝。
ラジオ体操の歌を歌いながら 始まれた。
“あーたーーらしーい、あーさがきった…”

そうか、時々 こうやって 錘を取りながら 人間の器を大きくしていくのかもね?
新しい 33歳の幕開けです。

在宅看護在宅介護へ 

2007年11月07日(水) 14時34分
11月早々に たく父が退院し、在宅介護が始まった。
といっても 
私の母のように 全介護からというわけでもなく、
けれども 
母のように これから機能が向上していくという 明るい未来があるわけでもなく。。。


寝返りを打ったり体位は自分で好きに動かせるので リビングに設置したベッドから 大好きなテレビを1日中見ている。
ときどき 起きあがり 備え付けのテーブルにおいてあるお茶をすすったり 大好きな 熟し柿を食べたり。
家の中では 車椅子で動き回れるほどのスペースはないから、コロのついた椅子を押してもらって移動し、階段は肩腰を支え 自分で手摺を持って上がる。が、すぐ息があがってしまうので ほんの少しずつ、休憩しながら 息を切らせながら 大仕事。

その一週間前、
金曜の夜、突然 「明日 自宅へ外泊する」 と言いだしたもんだから騒動。
介護ベッドまだきてないし、どうやって過ごす?
ちょうど 台風がきていたが、構わず 絶対外泊するんだ、と 大雨の中帰宅。
たく父はご機嫌で、「オレがここにいるのに なぜタクヤは来ないんだ?」
という。
台風だろうが、たくちゃんがバイクで仕事に行ってようが お構いなしでござる。
「…と ととさまが言っておられますけど。。。」
と連絡すると 「おおせのままに・・・」 と 同僚に送ってもらって 実家へやってきた。
外は 強風で 大雨で 大変なことになっていたけれど、実家では 家族が集まり 久々に出動した大鍋を皆で囲んで、満足そうなたく父の顔を見れた。
てんやわんやした結果、一泊外泊は なんとかなった。
一週間後に控えた 在宅介護にむけての 予行練習といったようだった。

それから たく父の退院にあわせて 介護ベッドと車椅子をレンタルした。
退院するという作業が よほど疲れたのか、お天気も悪かったのも重なり、帰宅後眠ってばかりいて 心配だった。
2日後 天気の回復と同時に 少しずつ たく父の元気も回復。
ごはんも食べられるようになり、「おーい!リハビリやってくんねーか。」 と誰彼構わず頼んでくるようになった。
自宅へお見舞にきてくれる来客でさえも 大汗かくほどの作業を頼んでいる。
その様子を見て たく母が 陰で 「ゴメンネ。ゴメンネ。」と謝っている。ははは。
たく父らしさが 出てきたということは いいことですよ、元気になってきた証拠やもんね。

月曜、たく母がおでかけで 私とたく父とでお留守番。
たく母がもうすぐ駅に着くというので 「ちょっとお迎えいってくるね、」 とたく父を一人にした。
帰宅後、締めていったはずのリビングのドアが 少し開いている。???
一人ではトイレに行けないと思っていたのに、今日はたく父、気分が高揚しているせいもあり、伝い歩きでひとりチャレンジして 行けたという。すごい!!
在宅とは 予期せぬ回復を招くことも こうやってあるんよね。ホントすごい!

けれど・・・
火曜、昨日できたことが 今日も出来るとは 限らないということ。
それは 当然 わかっていたことだけど
思いがけない侵攻の早さ、改めて病気の恐ろしさを感じた。

在宅が始まってから まだ4〜5日なのに。

日々、一刻一瞬 何がどう起こるかわからない。
来週火曜日の外来診察まで 6日だけど
いまの私たち家族のなかでは “6日も” あってしまう。。
せめて 来週まで 在宅でなんとか。
できるだけ 在宅で
いけるだけ・・・。
P R
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