母の恩師より母への手紙を届けてくれるという連絡がありまして。。

September 28 [Wed], 2011, 3:21
昨日ですが、職場に1本の電話がありまして。母の同級生の方からの電話でありまして。それによると、母の恩師から母への「手紙を預かっているので。そちらに持って行って届けたい。」とのことでして。もちろん電話をかけてきてくれた方は、母が亡くなっていることは承知のことで、「彼岸でもあることだし、仏前にでも置いてくれたら。」ということのようでして。亡き母がそれを読むことはできないので、わざわざ来てもらうのも気が引けたので、どうしたものか、どう断ったらと、電話の最中、少し思ったのですが。「明日、昼から、いてますか」と尋ねられたので、「昼からなら大丈夫です。」と答えてしまい、来てくれることになりまして。職場にも、いろいろと勧誘などの電話が多々あります。自宅の電話、それから自分個人の携帯電話なら、知らない電話、それから登録していない電話には、この時代、出ることなど考えられないですが。職場の電話は、どんな電話であろうと取らないわけにはいきませんから。職場にかかってくる勧誘の電話の傾向としては、会社名を名乗らず、個人名でかかってきます。自分以外の職場の人が電話を取ってくれたときには、自分に「さんていう人から電話ですが、知ってます」と聞いてくれます。全く知らない姓の人なら、「外に出ています。」等で取り次がないのが、このところの電話の応対の仕方でしょう。今回も、職場に電話がありまして。「さんていう人から電話ですが。」自分以外の人は、大体、先物取引や、マンション等の不動産投資などの会社からなのではと思ったようで、「断わろか」とも聞いてくれますが。今回は、その人の姓を聞いて、少し理解したところがありましたので。母とは幼馴染のような感じになる人でして、自分が就職する前から、その人の話は少し聞いていたことがあったのですが。学生の頃から、かなり「優しい方」だったらしく、男の方ですが、今でも同窓会とかになるとずっと幹事さんとかしてくれているようです。それから、ほんとうに「優しい方」だったらしく、母の地元でもそういうことで結構、有名で、それで確か酒屋の主人の人にかなり気に入られてしまって、「娘をもらってくれないか。」というようなことで、何度も何度も足を運ばれて、その人と結婚したというエピソードを母から何度か聞いたことがありまして。何年か前、その母が、飛びぬけて「優しい人」だったという人と一緒に仕事をすることになるとは思いませんでしたが。担当課の課長さんをされていた方でもありまして。少し早期退職をされて、今は、海南の奥の方、それは母の実家の近くでしょうが、住まわれているようでして。今回、そちらからわざわざ出てきてくれるということでして。訪ねてきてくれるということが前もってわかっているとき、それに対してなにも準備しないわけにもいかず。それから、もし母が対応するとしたら、どうするのかというようなところも考えねばならず。そこをしっかりと考えないと、「孝」は成り立たないので。今日は、台風の悪天候の日、その日にわざわざ手紙を届けてくれるという、このことに対しての「恩」と「孝」。自分も雨の中を、少し「お土産」をということで、準備させてもらわないとと思い、昼休憩、少し時間があったので、バイクで。和歌山でちょっとした「手土産」をと考えると、「駿河屋」。「総本家駿河屋」ですので。持って帰ってもらうのに、相手にもあまり「気」を使ってもらわずに済む程度のものを1準備してもらいました。箱は少し大きいような気がしましたが、ほんの「気持ち」程度のものでして。実は、駿河屋さんに行くのはかなり久しぶりのことでした。ほんの「気持ち」程度のものでしたが、外の天気が雨天ということもあり、包装などは、びっくりするほど丁寧に対応してくれまして。包装したものをビニールできっちりとカバーしてくれて、また袋。そしてその手提げ袋にぴったりのビニールをまた掛けてくれまして。また、包装をしてくれている待ち時間は、テーブルに案内してくれまして、小さいですが、茶菓子とお茶を出してくれます。そういうところが、やはり550年の伝統なのだろうかと、そう思ったりするわけですが。実は、この「総本家駿河屋」さんですが、7年前頃までは上場しておりまして。実は、自分はその株主なのですが。2004年の年末に架空増資の問題がニュースになり、そして年明けに上場廃止となってしまいまして。自分が株を取得したのは、上場廃止のスケジュールが決まってからのことでしたが。2004年の年末、もう益出しのタイミングはないだろうと思っていたときに、少しまとまった益出しができまして。当時、自分は職場で、ちょうど大学の後輩と2人1組のチームになっておりまして、その後輩を鍛える立場だったのですが。「また、儲かったんですか。御存知だと思うんですけど、駿河屋とか、大変みたいんで、できたら、なんか株とか買ったりして、助けてあげちゃってもらったら。」と、少し冗談も混じっていたでしょうが。ならばと、少しまとまった買付をしまして。そのまま上場廃止となりました。普通、上場廃止となって、株式の価値がそのまま残るということはめずらしいことです。いくらかの減資なりがあったりで、本当にそのままの価値で廃止になったというのは、自分の知る限りでは、この駿河屋と西武だけではないかと思いますが。しばらくして、株券が送られてきまして。そうすると、今度は、信託銀行に株券を持っていき、名義の書換えをしないと権利の効力が発生しません。そういったあまり経験できないことを経験できる、いい勉強になると思ったので、わざと上場廃止銘柄を買ったのですが。名義書換をしに信託銀行にいったときは、少し大変でした。株券の裏面に名前を書く欄があり、そこに名前を記入し、信託銀行の確認印を押してもらいます。名前を書いていなかったので、「すべての名前を御記入してください。」と言われまして。「全部、ですか。」と言ったのを覚えております。かなりな枚数だったので、休憩中に手続き終えてはやく職場に戻らないとと思い、手が痛くなるくらいに必死になって名前を書いたことを覚えていますが。それからもう1は、しばらくして「少し株を売ってください。」ということで、個人間で、売買もしましたので。相対取引(あいたいとりひき)といいます。自分たちで売買契約書を作成し、その益にいては確定申告も必要でして。本当にいい勉強になっていると思います。少し話はそれてしまいましたが。予定どおり、今日の午後、母のいう「とっても優しい人」が「恩師からの手紙」を届けてくれまして。その方から少し説明を聞きましたが。どうやら、阪神大震災のときに、神戸の芦屋に住んでいて被災された「母の恩師」に、母たちが内輪の友達同士で、「お見舞い」というか、そういうことをしていたようです。そのことが、「母の恩師」の心にずっと引っかかっていたというか、そういうことのようです。今日は彼岸で、日中、お寺の住職さんがお経をあげに来てくれたそうです。自分は、この「仏壇の前での」という行いにいては、仏教上の考え方が違うのですが。今日は、「そういう日」「こういう日」だったようです。スターclub
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