ヘンリー・ダーガー 少女たちの戦いの物語-夢の楽園 

May 06 [Sun], 2007, 9:53
  
美術手帳5月号でも特集され、いっそう注目が高まるヘンリー・ダーガーの展覧会が東京、原美術館で開催されている。社会から隔離されてしまったひとりの人物が願望を内へ内へと広げて作り上げてしまった世界。ヘンリー自身だけのものだった物語を世の中の目にさらし、暴いてしまうことが果たして許されるのかどうかは別として、それはまさに至高の世界。

展覧会場で「持ち去りたいほど魅力的。」と思ったのは初めてかも
公表されることを望まなかった個人の精神をアートと呼べるかどうかなどわからないが、とにもかくにもこれは別格であると言いたい。
興味がある人はぜひ原美術館まで足を運んでほしい

笑い展/日本美術が笑う展 

May 06 [Sun], 2007, 9:24
今回の美術めぐりの当初の予定にはなかったが、森美術館にて同時開催中の「笑い展」「日本美術が笑う展」に足を運んだ。
「日本美術が笑う展」では笑ったように見える埴輪や、日本画、仏像などから日本美術における笑いという要素を発見することができ、反対に「笑い展」では現代美術における笑いを取り入れた表現を読み解く。とても皮肉で難解な作品も多いが、「笑い」というくくりで集められた今回はその共通点からまた新しい発見が期待できるユニークな展示となっている。
ゆっくり見回るととても時間がかかってしまうため、途中で足を速めてしまったのが残念だ。
森美術館では今秋「六本木クロッシング2007」が行われる予定だ。
また、同ビル、森アーツセンターギャラリーでは6月1日より『ねむの木のこどもたちとまり子美術展』が開催される


森美術館

東京アートアワード2007 

May 06 [Sun], 2007, 9:10
日本の美術大学の卒展からノミネートし展示し、そこから新しい才能を発掘するプロジェクト、アートアワード2007が地下鉄丸の内線東京駅「行幸地下ギャラリー」で行われていた。意外なことに全国の芸大、美大からの選抜とはいえここ東京における展示にもかかわらずおよそ三分の一が京都市立芸術大学の卒業生のものであった。現代において日本人らしい美意識が取り戻されつつあるなかで京都という土壌の中で育った才能が注目されつつあるのかもしれないと感じた(たまたまの可能性はあるけれど)

もちろん東京芸大、多摩、武蔵野の出展数も多く、これから期待される才能や大学ごとの「色」を感じられる興味深い展示であったように思う

「森」としての絵画:「絵」のなかで考える 

March 27 [Tue], 2007, 23:57
愛知県岡崎市まで少し遠い遠征。遠い展覧会へ最近よく一緒に行く友人と行った。
朝早く起きて車で出掛けるのは楽しい、あえてドライブインに寄るのも良い。ドライブイン嫌いな人なかなかいないものね
で、お目当ては岡崎市美術博物館で行われた展覧会「森」としての絵画:「絵」のなかで考える。

しかし、どう間違えたのか岡崎市美術館に着いてしまった我々。そこでは習字のジュニア県展が行われており、我々が間違えて来てしまったのに気づいた受付の人は「じゃあさっき渡した冊子いらないわね。返して」…すいません

実際の岡崎市美術博物館は綺麗に整備された山の中にあり、とてもいい感じの建物でした。噴水から放たれるマイナスイオンが日々疲れた体を癒し〜…省略

伊藤存やO JUN、岡崎乾二郎など、もはや著名な作家も多く出品していたけど、全体的に身のある良い作家がたくさん出品されていてすごく良かった。個人的に特に良かったのは横内賢太郎、岡崎乾二郎、杉戸洋、手塚愛子、奈良美智、パラモデル、村瀬恭子だった。
本などではよく見る奈良美智や杉戸洋、実は実物を見たのは今回初めてだったのだが、本ではわからん魅力があって素敵。友人はいたく村瀬恭子を気に入っている様子だった。先に行った人からおすすめされていた横内賢太郎は本当に綺麗な作品でたまげた。材料や技法がわかったところでこんなもん作れる自信ないわーって感じ。パラモデルはギャラリーなんかではお目にかかれない超パノラマ展示。公園をぶらつきながら近くから遠くから堪能しました。うーん、失礼ながら加藤泉と佐藤勲の作品は生理的に好きになれなかった。
あとは、見に来ていた人の中にどっかで見た事ある人がいるわと友人と話していたんだけど「さわらぎのいか!」と適当に言ってみたがはずれで某国立美術館の学芸員さんだった。(キュレーターではないよな)という事があった。
その後は渋滞に巻き込まれながら名古屋でコーヒーを飲んでみそかつなど食べて帰路へ。残念ながら小倉トーストは食べなかった。かっこいい筆屋さんと漢方薬の店があったんだけど行くの忘れた。

いいなー良い絵はいい。自分は平面作家ではないかもしれないが、平面を否定していない。むしろ支持しているし、単純に絵を描く人は素敵だと思っている。決して美術=絵ではない現代においてこれからも平面における新たな可能性を見守っていきたい。平面作家よファイト!
「森」と題して現代絵画の多様性を示したこの展覧会。センス良かったの一言に尽きる

ignore your perspective3 

March 02 [Fri], 2007, 1:17



知人が出展しているとの情報があったのでビル・ヴィオラのあとにKODAMA GALLERY COLLECTION"ignore your perspective3"に足を運んだ。
彼は同郷の作家。かなりおもしろい作品を作る子でそのうち期待できるぞ。とは思っていたのだけど…一緒にやってる人は、え〜と、伊藤存、青木陵子お〜!!!??
とりあえずプルプルしながら見る。それでさあ、むかつく事にこの展覧会がいいわけよ〜。まじで

しかも彼の作品の割合、めちゃ多いし。期待の新人なのだろうねえ〜きっと
もう私の安っぽいレビューなんかつけません。見に行ってください。行け。おすすめ。

帰りはくやしすぎて気づいたら御堂筋を走っていた。人間、悔しい時は走るんですね〜。負けん。
写真は全く関係ないが白いハト


児玉画廊

ビルヴィオラ はつゆめ 

March 02 [Fri], 2007, 0:12

ビルヴィオラやっと見に行きました。朝6時に起きてしまったので余裕をもって温泉につかってから行った。
電車に揺られる事2時間。なつかしの兵庫県立美術館へ。ゴッホ展以来なのでもう、かれこれ5年とか経っているのだろうか?当時私も19歳か20歳。信じられない
ビルヴィオラを特に好きなわけではないが二度目の訪問がヴィオラの展覧会とは…なかなかオツである

ヴィオラの映像は死と生を大きな主題としていた。今回のメイン作品である「はつゆめ」は彼が仏教、アジアに強く惹かれ影響を受けている事がよくわかるものだった。朝日、昼間のさまざまな風景、田園、竹やぶ、山、恐山、賽の河原?イカの死、そして夜の海、闇の中の光、夜の街、灯籠流し、降り注ぐ雨がネオンに照らせれ、溶けて、それは水の中の魚となり、最後にマッチが擦られ、闇を照らす。

闇とは死。光は生。闇のなかに残る光。死の中の生。夜は長い。怖い、不安、でも強い輝きは死の不安をかき消す 表と裏 朝と夜。生と死 ふ〜んと思った。意外とわかりやすかった。ただ、これは僕が最後の5分間本当に寝てしまったからなのかもしれないけど(だって淡々とした映像が1時間もあったんだもの)
はじめは退屈なだけだった暗示要素としての場面場面をつなげてあるだけの映像を見ているうちに、心地よい夢と悪夢を長い間、両方見ていた気分になった。しかし「はつゆめ」を見てる時に寝てしまうなんてねえ〜

展示は素晴らしかった。スローモーションで歩いてくる男。近寄って来てみると2〜3メートルくらいの大男!(スクリーンがでかいのだけど)火がつく、そして反対側では水が降り注ぐ!どばあ〜!!ごおお!!『クロッシング』

19人くらいの個性様々な人びと、に突然すごい勢いの水が!どごおお!みんな吹き飛ばされる。あ〜あ、こうなった瞬間誰も同じに見えるなあ。人間なんて自然とか死の前では平等なんだなあ。と思っていると、水がやむ頃、人びとは思い思いの行動に出ていた、濡れた服を気にしたり、他の人を助けてあげようとしたり、抱き合ったり、叫んだり…。生きるとは人間とは…すごいな
『ラフト』

他にも人間がふたりいて、あ、キスしたと思ったらそれは水面で、水面から顔を上げると人間はゆらゆらゆれて、それを繰り返していくうちに、じつは水面だと思ってたほうが本物の人物だった事に気づく
『サレンダー』
だとか。ヴィオラは感覚に訴えるのがうまいと思った。派手な技術はあまり使っておらず、それでもスローモーションひとつで人間の内面や心を見事なまでに現す。
ただあまり目立った動きがない映像が多いためか見る人によっては退屈に感じるようで、足早に去る人も多かった。ゆっくり見ればわかるのに。ただ、いつも良い展覧会をみると感化されすぎて自分の制作に影響を及ぼす私であるが、今回はそういうこともなく客観的に楽しめたのは良かった

ただ、『はつゆめ』上映のミニシアターがミニすぎるのは気になった。森美術館ではもっとすごかったのだろうか。展示の数も違ったのかな。うーん、見てみたかった気もするが、時間の関係上無理だったろうな。うむ

で、翌日知った事だが、この2日後ヴィオラ本人の講演会があったそうな。ばかな…

エッセンシャルペインティング 

December 18 [Mon], 2006, 7:26
エッセンシャルペインティングを見て良くなかったという人は多い。確かに下手だし、主観的だし、ちょっと前まで現代美術として認められなかったものだから当たり前かもしれない。こんな事を言うとセンスがないと思われるかもしれなくてあまり口にするのは怖いのだけど、僕は良いと思った。(もちろん好きじゃないのもあったけど) 特にエリザベス・ペイトン。彼女の絵は描く対象への憧れが現れすぎていて全然リアルではない。リアム・ギャラガーも、カート・コバーンも美しくなりすぎているし、まるで少女が憧れの男性像を少女マンガチックに描いたようだ。しかし、物寂しげなロックスターへの憧れをまるでそのまま絵にしたような感覚、なんとなくわかるのだ。近年の若者が抱く理想像がそこにはあり、ゆえに多くの若者に支持されているのだろう。昔はイラストとしてか見られなかったようなこのような絵画も現代に生きる人の憧れを代弁するものとしてもっともリアルであるなら現代の美術として認められるのも必然である気がする。グリーンバーグが美術ならざるものとして定義し、差別化したキッチュ(大衆的なイメージ)は現代においてもはや虐げられるべきものではなくなった。奈良の登場が必然であったように
キッチェをキッチュに訂正しました。ださ!

小川信治はすご過ぎだし上手過ぎる。描いたのか写真なのかもわからない。口をぽかーんとして会場を後にした

ギャラリー巡り 

December 17 [Sun], 2006, 23:07
TOMIO KOYAMA GALLERY『加藤美佳展』
自作の人形をオイルペインティングで変形キャンバスに描く事で有名な加藤美佳さんの個展が小山登美夫ギャラリーで行われていた。一度見てみたかったと友人と意見が一致したのでいそいそと訪ねてみた。が、どうやら今回は五島記念文化賞 美術新人賞研修帰国記念ということで、いままでのような作品はほとんどなく、おそらく研修で描いたとおもわれるデッサンや油彩ばかりだった。それでも卓越した描写力に感心していると一つだけ例の元になる人形が展示されていた。なんて精巧な造りをしているのだろうか。かわいい女の子をまじまじと見てるようで気が引けてしまうような感じさえあった。はー、例の作品見たかった。まあいつか見れるでしょう。それにしてもやっぱ立体作りたいなーとミーハー心をそそられた

ギャラリー椿『桑原弘明 SCOPE』
下調べした段階ではどんな作家さんかもよくわからなかったのだけど、岡本氏が「桑原さんの作品は感動もの。絶対行った方がいい」とすすめてくれたのでいってみる事に。そこには、まさに別世界の扉が待っていた。手のひらに乗る、実に精巧に作られたスコープを覗き、光をかざすと…、目の前に静寂の世界が広がる。静かな部屋、半分開いた窓からさわやかな風が吹いてくるのを感じる。光の角度を変えると部屋には夜が訪れ、ランプの明かりと隣の部屋の明かりが窓に映り込む。さびしげで、夢の中の静寂が具現化したようなその情景は、子供の頃誰もが心に持っていた物語の風景だった。人が大勢来ていたが僕たちは全部の列に並び、その日見れる全部のスコープを見た。 スコープの中は絵や写真ではなくすべてミリ単位の本物なのだそうだ。桑原さんは一個一個時間をかけて作り上げ、一年間に5つしか作る事ができないのだという。もはや職人技どころか神業である。今回の展覧会は日ごとに違うスコープが展示され見る事ができるらしい。すべての作品はすぐ買い上げられてしまうため、今回はコレクターから借り直しての特別なもの。くそー、全部見たかった。こんないいものを独り占めするなんて…ずるい!

Oギャラリー 『神保千絵』
なかなかいいギャラリーに巡りあえず最後に辿りついたのが大阪「Oギャラリーeyes」でおなじみのOギャラリーだった。さすがOギャラリーと言う感じで、そのときやっていた神保千絵さんの絵は丁寧でクオリティーも高く、センスもなかなかのものだった。またその上のOギャラリーup'sの展示もよかった。

大竹伸朗『全景』 

December 17 [Sun], 2006, 22:12
一言で言えば凄まじかった。絶対行こうとは思っていたが、とりわけ好きというわけではないのでものすごい期待をしていたわけではなかったのだが、なにしろ、展示数が想像より遥かに膨大な数で圧巻だった。数を耳で聞くだけでは実感できない、そこに作家の人生ありと言わんばかりの超大型展覧会だった。
 スケジュールの関係上、あまり時間をかけないように見て回ったのだがそれでも約二時間かかってしまった。全く持ってとりとめがない。大竹のこれまでの人生、好きな作家、音楽、カルチャーすべてが作品群からにじみ出ている。驚くべき事に普通ならば年を経る事に作風や、趣向は変化していき、古き要素は切り捨てられてゆくはず。それゆえに「この時代はこういう作品」というわかりやすい解釈が可能なはずなのに、大竹の作品群にはそれはない。新しい作法や要素は増えて行くものの、薄れていくものは何一つとしてない。新しいものを作る時にそれまでのものを捨てるなどという事はせず、大竹伸郎は増殖しつづける。彼は昔から今もずっと収集家であり少年でありギターでありナルシストでありキュビスムでありポップであるのだ。僕はこうも思った。自分の作風ばかり気にして描けないなんてばからしい。描きたいときに描きたいものを描けばいい。それもまた自分自身なのだと

訂正 

December 15 [Fri], 2006, 1:27
ごめんなさい。八谷和彦、今日からでした。
P R
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