徳と人生の違い 

2008年06月29日(日) 8時44分


という訳で前回のブログでは簡単に徳について調べてみた。

週末のニュース番組では、居酒屋タクシーとかウナギの偽装とか、飛田牛の偽装とかで嘘や偽り、責任転化のオンパレードだった。
徳などあったもんじゃない。

社長に責任転化された工場長とかは、もう社長を信頼できないだろう。

徳が高い人ってのは多くの人から好かれ敬意をもたれるし、信頼されるのだろうことは想像できる。
逆に言えば不徳というか、徳がなければ、敬意をもたれないし、信頼もされないだろう。

やはり、自分が、これまで生きて色々な人に会ってきた。振り返って思い出してみよう。

仕事は優秀で結果をだしているけれど、傲慢で言行不一致で、人間として敬意をもたれていない人。
思いやりや優しさが感じられない人。
悪い人ではないけれど、向上心がなく頼りにならない軽い人。
仕事は出来るけれど、えこひいきしたり、言い方のきつい人。
自己宣伝がうまいけれど礼儀知らずで怒りを買ってしまう人。
約束を破り、平然と嘘をついて、もう二度と信頼できないと感じてしまう人。

徳が感じられない人、何か沢山思いつく…

逆に徳が感じられた人、人徳があるよねーって人は

今の仕事関係の人で、私のミスで迷惑をかけているのに、「疲れているからですよ。健康に気をつけて下さいね」と逆に心配してくれる思いやりのある人。
病院で駆け出しの臨床心理士をはじめたときの私のコーチというかメンター(精神的指導者)になってくれた主任、ダメな私をやさしく粘り強く指導してくれた尊敬できる先輩。
仕事や人生は「真実一路」「誠実に」といつも言っていた前に努めていた研究所の上司。
いつも笑顔で何でも相談にのって助けて下さった、さる総本山の管長猊下。
素直な子供のように純真な心の持っていて、人の言うことをきちんと聴け、いつも人が集まってくる今の仕事のパートナー。



徳の感じられない人(不徳の人)と徳が感じられる人(有徳の人)の人生を比較してみると、やはり大きな違いがあるようだ。

不徳の人たちは人生でのトラブルが多いようだ。社会との関わり、会社や組織の人間関係だったり、友人や家族との関係など。そのトラブルも、その人が原因というかキッカケであることが多い。

有徳の人は、人から好かれたり、信頼されたり、尊敬されたりして社会的評価も高いようだ。そして、有徳の人も、トラブルはなくはないが、トラブルを解決する役であることがほとんどだ。

今、気づいたのだけれど上にあげた不徳の人は、ほとんどが浮気しているか離婚している。有徳の人は浮気の話など聴いたことがないし、家庭はうまくいっているようだ。

私は、それらの有徳の人と会って、自分もそのような人になりたいと思ってきた。それらの素晴らしい人たちの影響で、少しはマシな人間になれているような気がする。

(続く)

道徳ってなんだ? 

2008年06月28日(土) 8時13分
モラル・ヘルス、つまり道徳的に健康な人が悩みやトラブルがないと言うわけではない。しかし、モラル・ヘルスが病んでいるというか道徳的に不健全な人は人生でトラブルややっかい事、悩みや苦しみが多いのも事実だ。

かといって窮屈すぎる思いやりのない教条的な道徳観に縛られたり、それらを押し付けることは権威主義的になったり、時には虐待につながることもあるかも知れない。

モラル・ヘルスという言葉から興味を持って、そもそも道徳とかモラルって何か調べて考えてみた。善い人間にはなりたいと思っていたけど、道徳っていうと何か古くさい偽善的説教をされそうなイメージがあるからか、あまり考えてこなかった。

道徳は「道」と「徳」に分けてその意味を探ってみと、「道」は道路のこと。つまり、目的や理想に向っていくための筋道というか実践の方法とかそんな意味。



「徳」とは何か。
ギリシア・ローマ時代においては、善き生を送るためには徳を身につけることが最も重要だと考えられ、それゆえ徳ないし有徳な性格をめぐる議論がさかんになされたという。

儒教では、安定した秩序の世を統治するために統治者がもたなければならない資質というような意味で、具体的には仁・義・礼・智・信が有名で、徳のあらわれた実際の量の結果によって社会的地位が決せらるべきだと考える。つまり、徳のない人が偉くなると、その組織は秩序が乱れてしまうとか。

ちなみに仁・義・礼・智・信とは

仁…思いやりの心
義…正義を貫くこと
礼…礼を尽くすこと
智…智慧を磨くこと
信…人を信じること

確に、これらのない上司やトップ、いやいや恋人だとしてもついていけないよね。

徳は、英語でVirtue、ギリシア語ではareteで、日本語では、長所、美点、優秀さを意味し、哲学用語としては「卓越性」とも訳される。広い意味では「ある事柄に関して優れていること」ということを指す。動物と異る人間の固有の能力は何かとすると、それは理性的能力であると考えれば、一時の感情や欲望のままに生きるのではなく、自由意志を理性的に使いこなし、社会の中で敬意を持たれ、本当の意味でうまく生きていくための資質かも知れない人間としての卓越性(立派さ)のことであろう。

西洋古典世界の基本的な(cardinal)徳は、四元徳(cardinal virtues)と言われ

智慧(思慮)
正義
勇気(忍耐)
節制

で、プラトンの「国家」まで遡られる。そして、アリストテレスには、徳が「足りなさすぎ」と「行きすぎ」という中庸説をとなえた。確に過ぎたるは及ばざるが如しだ。四元徳がないのも困るが、これらに凝り固まり過ぎてもしんどいだろうし。

(続く)

モラル・ヘルス (道徳的な健康) 

2008年06月26日(木) 10時57分


少し前に「モラル・ヘルス」っていう本を読んだ。アメリカ人のセラピストローラ・シュレッシンガー博士の翻訳本だ。
おいらの専門の一つはメンタル・ヘルスだし、この聴き慣れない題名に興味をもったからだ。

色々とモラルや道徳について自分なりに考えるキッカケになったな。

ちょうど友人に裏切られた頃だったし。
ホントに大事にしていた友人だったのに、約束を破られ、ウソをつかれてたことが分かった辛い時期。

また、仕事で多くの人に会い、様々な相談を受けたり、話を聴いていて、少なくないモラル・ハラスメントの存在も知っていたし。

モラル・ハラスメントとは職場や家庭、友人や恋人の関係で言葉や態度を使って相手を傷つけることで、相手を支配し、隷属させようとすること。
最近ではモラハラとか言われている。



自分なりに考えたことは、モラル・ハラスメントを行う人は、本人のモラル・ヘルスが病んでいる、不健全な状態だろうと。

そしてモラル・ヘルスが不健全だと周囲の人々に迷惑をかけたり傷つけたり、本人にも悩みや苦しみをもたらし、人生に不幸を産み出す。
そして、やっかいなのは、時にモラル・ハラスメントを行う本人が知らずに相手を傷つけてしまう点だ。

このブログでは少しまじめな内容を書いていこうと思う。

まずは、モラル・ヘルスや道徳的な健康とかについて次回からかな。
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■心理学、健康科学、行動科学、宗教学とかが専門だったりします

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