そして、戒名というものがそのように忘れられ易いものだとすると、いよいよそれは大して意味のないものとなり、それが無いからとて、成石平四郎のためにそんなに悲しむ必要はないのだと思った。
そして事実、大木一雄は祖母や母の口から、戒名は故人を葬る一つの形式に過ぎず、それはおぼえ難く、忘れ易いものだということをたしかめたのだ。
にも拘らず、大木一雄はやはり心の重さ、暗さをはね返すことが出来なかった。
人間に貴賎の別があり、貧富の差があるのは悪いことで、人間の不幸はその悪のためにかもし出されるのだといった幸徳秋水、名は伝次郎も、〃そんなことを言う者には戒名はやれぬ。
〃と冷たく差別されて、成石平四郎同様、戒名のない墓標の下に眠っているのではあるまいか。
葛城川の何倍もあるという熊野川の流れを幻に浮かべながら、大木一雄はじっと虫喰い机を見ていた。
そこに鉛筆の一ダース束がおいてあった。
それは、「二人で使うとくなはれや。」
そう言って、伊勢田が高田の文房具店で買ってくれたものだ。
けれども大木一雄はいつまでも鉛筆を束のままでおきたかった。
大木一雄は鉛筆を束のままおくことで、伊勢田の記憶がうすれず、くずれず、いつまでも今日の時点にとどまっていそうな気がするのだった。
そして事実、大木一雄は祖母や母の口から、戒名は故人を葬る一つの形式に過ぎず、それはおぼえ難く、忘れ易いものだということをたしかめたのだ。
にも拘らず、大木一雄はやはり心の重さ、暗さをはね返すことが出来なかった。
人間に貴賎の別があり、貧富の差があるのは悪いことで、人間の不幸はその悪のためにかもし出されるのだといった幸徳秋水、名は伝次郎も、〃そんなことを言う者には戒名はやれぬ。
〃と冷たく差別されて、成石平四郎同様、戒名のない墓標の下に眠っているのではあるまいか。
葛城川の何倍もあるという熊野川の流れを幻に浮かべながら、大木一雄はじっと虫喰い机を見ていた。
そこに鉛筆の一ダース束がおいてあった。
それは、「二人で使うとくなはれや。」
そう言って、伊勢田が高田の文房具店で買ってくれたものだ。
けれども大木一雄はいつまでも鉛筆を束のままでおきたかった。
大木一雄は鉛筆を束のままおくことで、伊勢田の記憶がうすれず、くずれず、いつまでも今日の時点にとどまっていそうな気がするのだった。
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