「真夏の願望」

October 21 [Sun], 2007, 20:12
クリームソーダに乗っているバニラアイスをスプーンで一口。
溶けかけて、メロンソーダの味が少し混じっている。

「おいしい?」
 
桜井がクスクスと笑いながら、
テーブルの上のストローが入っていた紙袋をつかみあげた。
くるくると巻いていって、またテーブルの上に転がす。

「なんだよ」
 
僕は半ば照れながら、ズズ、とメロンソーダをストローですすった。
子供だましのメロンソーダの味は嘘くさくて、それでいてひどく甘い。
夏場の清涼感にトロリと溶けたバニラの味が重なる。

「クリームソーダって、子供の願望を全部満たしてると思わない?」
 
そう言うと桜井は、
自分の前にあるアイスレモンティーのグラスを、
両手で抱えるようにつかみ小さく一口だけ吸った。

グラスの中の氷がカクンと揺らぐ。
クラスの女子の中でも小柄な方に入る桜井は、
何でもかんでもよく笑う。

「なにが言いたいんだよ、」
 
僕はいつまでもニヤケ顔の桜井を恨めしくにらんだ。
桜井はささいな事でよく怒っているし、
わりによく泣くようにも思える。

それは桜井が女だからかもしれないし、ただ単純なだけなのかもしれない。
だけどその感情の起伏の激しさは、いつも僕の思考範囲を軽く超越していて、
思いがけず戸惑う事は時折あった。

「だって、すごくない? メロンに炭酸にアイスクリームだよ?」
 
見た目は悪くない。肩先まで伸びた髪とか、薄い唇とか、パッチリした目とか、
日焼けしても赤くなってヒリヒリして終わるんだろうなみたいな肌とか。
性格だって、人懐っこいし、良く笑うし、
とびきりってワケでもないけれど、
「かわいい」ってこういう子の事なんだろうな、とか。

「へぇ、」
 
頬の肉がピクリと痙攣したように思えた。
僕は呆れて苦笑いを返す。
クリームソーダに罪はないが、
これほどまでにクリームソーダをバカバカしいと思った事はなかった。

「すごいよね、クリームソーダって」
 
言いながら、何がおかしいのかクスクスと笑いを漏らした。
とてもキレイに整った白い衿元とか、
きちんと梳かしつけられた茶色がかった髪。
それでいて、くるんとしてない伏せた長いまつげや、
色素の薄い唇は僕をバカにしているようにも思えてくる。

どう返事をして良いものかわからずに、
仕方なしにアイスをスプーンでつぶしてメロンソーダの中にとけ込ませていく。

「今、困ってるでしょう?」
 
また、桜井は笑いを堪えきれないという風にくっくっと喉を鳴らした。
確信犯であるトコロの無邪気さは罪だと思う。

「悪魔、みてぇ」
 
せめてもの仕返しにと僕が発した言葉ですら思うツボだったらしく、
目の端に涙を浮かべて桜井は笑い続けた。

僕はひどく自分の顔が赤くなっているだろう事を自覚していた。
クリームソーダがそんなに悪いのだろうか。

別に、いつもいつも喫茶店に入る度にクリームソーダを注文するわけでもないし、
今日注文した事だってひどく久しい事なのだ。

ただ外は暑くて、夏休みの補習授業もかったるくて、
桜井が「オゴるから」と言ったから頼んだだけなのに。
そんなにも笑われるとは心外である。

「ごめん、ごめん、ほんとに・・・、」
 
ただ、いつも少なくとも桜井との会話でのイニシアチブは、
僕が握っているようなつもりだった。
桜井は思った事をすぐに口にするから、
その単純さや支離滅裂な部分を取り上げるのは常に僕の方だったのだ。
それがこんな些細な事で覆された事がひどく恥ずかしい。

「違うの、あのね。久保田くんにね、クリームソーダが全然似合わなくて。
すごい、かわいかったんだもん」
 
ストローに口を付けたままで、
僕は顔から火が出るくらいに赤くなるのを感じた。
まさか、思ってもみない言葉だった。
妙に胸がドキドキする。

今になって、周りにいた客が笑い続ける桜井に、
視線をちらつかせているのにも気づいた。
いくら恥ずかしくても、僕にはどうする事もできない。

「・・・」
 
どうしようもなくて、
僕は無言のままで調度よくアイスの混ざったメロンソーダを勢いよく飲んだ。
それは甘かったり酸っぱかったり、さっぱりしたり濁ってたりした。

「セミ」

October 21 [Sun], 2007, 20:08
何かを考えようと思った。
だけどイライラして落ち着く事ができない。
こんな時思い出すのは、昼間のどうしようもない会話だけ。

「カレーに卵、入れるほう?」

学校の食堂で、
夏休みだからカレーくらいしか食べるものがなかった。
暑くて、セミがミンミンと鳴いている。

わたしはどういうわけか、
同じクラスのそんなに親しくもない日高さんと二人、
一緒にお昼を食べるハメになってしまっていた。

たまたま学校に未提出だったプリントを提出しに行って、
先生に「いまさら」とイヤミを散々言われて。

運動部の顧問だかなんだか知らないけれど、
真っ黒に日焼けした腕と顔が
押しつけがましい夏の暑さとシンクロして、
どうにも堪えきれなかった。

同じプリント未提出だった日高さんと偶然に会って、
「お昼食べて帰るの」と言われ、
つい「じゃ、わたしも」なんて言ったのが運のツキだった。

遠くから、グラントを走っている陸上部のかけ声とか、
野球部のノックの音がかすかに聞こえてくる。

「じゃ、わたしは帰るから」とは言えなかった自分の弱さを、
言った後すぐにわたしは後悔することになった。
だけど、全ては後の祭りでしかない。

夏休み中の食堂は、
真っ昼間なのにガランとしていて誰もいなくて、
食堂のおばちゃんも、
いちいち大声で呼ばないと奥から出てきてくれない。

ゆっくりとカウンターに来たおばちゃんは、
「カレーしかないよ」と無愛想に一言だけ言った。

「じゃ、カレー二つ」

日高さんとはもう、三ヶ月以上も同じクラスにいるのに、
必要最低限以外の会話を交わした記憶がまるでない。
おとなしい類のグループにいて、その中でも隅にいるような子だ。

別に可愛くないわけでもなく、特別カワイイわけでもない。
夏休み中でも校則を守って、
きっちり二つにくくられた髪の毛は、毛先が少しだけハネている。
起きたままのようなクセのついた前髪の妙な図太さは、
どうにもわたしの心をイライラさせた。

「今日のカレー、ちょっと辛いね」

人の良さそうな、はにかんだ笑顔で日高さんはそう言った。
わたしは、不器用に口の端を歪めて笑う。
もうだめ、もうだめと何度も心の中で繰り返す。

ミンミンって鳴くセミの声に、
ジージーと唸るようなセミも加わって、
耳の中でへばりついて、汗と一緒に流れていく。

「カレーに卵、入れるほう?」
「え?」

どうしようもなくなって口走った一言に、
絶体絶命の自己嫌悪を感じた。

日高さんの表情は明らかな困惑を示していたし、
返事をする声も少しうわずっているように思える。

「・・・あんまり、入れないかな」

「甘くなるっていうじゃない?」
「うん。家では時々入れる、かな」
「あたし、けっこう入れるの好きなの」
「ふーん、そうなんだ」

一気に話して、そこからまた沈黙が続いた。
冷たい汗が毛穴から出てきて、
空気に触れてゆっくりと流れていく。
最低サイアク、というのはまさにこの事だと思わずにいられない。

わたしはすがるように何気なくポケットの中に手を突っ込んだ。
ポケットの中には、小さな糸くずが入っているだけだった。

「DAY BREAK」

October 21 [Sun], 2007, 20:02
セミがひっきりなしに鳴いていた。

おつかいのお釣りは何でも好きなモノを買って良いと言われたので、
ソフトクリームを買う。
1つ、120円。

「はい、じゃあ、こぼさないようにね」

真夏のお姉さんは、とても優しい。
にっこりと嘘みたいな笑顔でソフトクリームを渡してくれる。
逆光で、顔はわからない。

長い髪を後ろで一つに束ねていることは良くわかったけれど、
予想以上に自分が子供に見られている事に、少し情けなくなった。

小学五年生にして、身長142センチじゃ、仕方ないのかな。
友達の中には、すでに163センチもあるヤツだっているんだから。

それにしても、暑い。

太陽をニラんでやろうかとも考えるけれど、
あの眩しさでは瞼の裏にフラッシュみたいな閃光が
張り付いて取れないだろうから、ニラまない。

ややうつむき加減で、日差しを避けるように歩くのが正解だろう。
少しでも放っておけばトロトロ溶け出してきそうなソフトクリーム片手に、
ボクは買い物袋を提げて公園のベンチに腰掛けた。

夏休みだとういうのに、公園には誰一人いない。
みんな、この暑さにまいって家の中に閉じこもっているのだろうか。

セミの声が汗と一緒に耳へとへばりつく。
ボクは、端のほうから溶けかけてきたソフトクリームをペロリとなめた。
青色が剥げかかったブランコが、生温い風に少しだけ動く。

ブランコと滑り台と、シーソーと。
住宅街に無理矢理作った隙間のようなこの公園には、
揺れているブランコの前を通ってケガをした記憶が残っている。

ふと気づくと、足下には蟻の行列が地面を這っていた。
蟻は目が見えないと聞いた事がある。

どこかから、どこかへ。
甘い香りに誘われて、前を行くヤツの背中だけを頼りに歩いていく。

ボクは、こんな小さな蟻たちにも体があり、
手足がある事をじっと見て取った。

「・・・あっ」

ちょっとばかり前屈みになって蟻を見つめてたもんだから、
溶け出したソフトクリームの先がポトリと落ちた。
乾いて、ひび割れてきそうな砂の地面に、ソフトクリームが滲む。

どこかへ向かって真っ直ぐに歩き続けていた蟻たちが向きを変え始める。
蟻たちは列を乱し続け、ソフトクリームに群がろうとしていた。
どういうわけか、ボクは蟻たちから目が離せなくなった。

ジージージージージー、というセミの声が耳の奥まで入ってきて、
ボクは体の奥から湧いてくる暑さに、むずがゆくなった。

指と指の間にべったりとこびり付いたソフトクリームは、
照りつける太陽にカラカラと乾いていき、
甘ったるい匂いを発散させていく。

それに群がる蟻たちの数は、急速に増えていった。

「・・・っ」

どこからともなく無数に増え続ける蟻たちに嫌悪感を覚え、
その気持ち悪さがソフトクリームにまで連動し、
ボクは手に持っていたソフトクリームを落としてしまう。

ボトリ、と落ちたソフトクリームには、どんどん蟻たちが群がっていく。
ソフトクリームに溺れて死んでしまう蟻や、
コーンの周りをただグルグルと行ったり来たりする蟻。

蟻が溺れて死んでしまうソフトクリームを。
自分が食べていたと思うと背筋に悪寒が走った。

もしも、この蟻たちが甘い匂いに誘われて、
ボクの体や口の中にまで入って来たら・・・。

そう考えると、耳の中で響くセミの声が音量を増したような気がして、
ぎゅう、っと拳を作った。

だけど、ボクの右手はソフトクリームがこびりついて、
ベタベタしている。
湿り気を帯びた夏の空気に漂った、甘いにおいが濃度を上げていく。

ゴクリ、と喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
その唾の中に、蟻はいないだろうか。

ボクは必死に優しい笑顔のお姉さんを思い出そうとするのに、
逆光が邪魔で、後ろで束ねた髪の毛しか思い出せない。
制服の赤いミニスカートだけが、
裾のシワも含めて鮮明に思い出された。

ボクは買い物袋をひっつかむと、急いで公園から飛び出した。
体中にこびりついた甘い匂いをかき消そうと、
ボクは勢いよく走り続ける。

はあっ、はあっ、はあっ。

夏休みに入ってから、ほとんど走っていないのですぐに息があがる。
足がダルくなって、
お醤油とニンジンとピーマンの入った袋を持った手が下がった。
走る速度を落としたとたん、
ふっきったはずのセミの声がまた張り付いてきた。

ボクはまた、走り出した。

何かが追ってくる。
だけど、その何かはよくわからない。
そんな恐怖感に、ボクは襲われていた。

「・・・はあっ、はあっ、はあっ、」

前に突きだした喉に、ゴクリと唾を飲み込むと喉がキリリと痛んだ。

ボクがたどり着いたのは、近所のひまわり畑だった。
こっちの端からあっちの端まで、数千本のひまわりが咲いている。
ひまわりたちは、一様に同じ方向を向いていた。

その先をチラリと見たボクは、買い物袋をゴトンと落とす。
ひまわりたちの視線の先は、
ボクがずっと見ないように避けていた太陽だった。

ゆるい坂道になったコンクリートの地面を、
プラスチック瓶に入った醤油がゴロゴロと転がっていく。

ベッタリと瞼の裏にひっついた、
太陽の光はいくら目をつぶっても払い落とせない。

ボクは気が狂いそうになった。

にじりにじりと汗がこめかみから噴き出してくる。
ドクドクと、体中に真っ赤な血が流れていくのを感じる。
この感じは、昔ブランコに額をぶつけた時に少し似ていた。

空が落ちてくる。
何故かボクはそう思った。
P R
プロフィール
  • ニックネーム:むかか。
  • 誕生日:1979年2月20日
  • 血液型:B型
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